その1 【テオの手紙】
アスラン王国。その歴史はレヴィ王国よりも浅く現在の国王は四代目である。国境を接するカエド王国と戦争中であるが、王都ラービタタルは活気に溢れていた。その王都の北方にある王宮は壁で囲まれておらず、庭は市民に開放されている。
十二日の船旅はジョージに言わせると天候に恵まれたらしいのだが、ライラにしてみれば馬車以上の揺れであり、気持ち悪くて仕方がなかった。途中補給を兼ねて島に寄港した時に一息つけたものの、一泊する事もなく数時間で船上に戻った。彼女はアスランとの定期的な往復を考えていたのだが、この船酔い対策が出来ない事にはどうにもならない。平気そうな顔をしている彼に聞いたら慣れるしかないと言われ、最初の数回は我慢するしかないとなると次の計画は練り難いと彼女は思った。
船を下りてから馬車で二時間。一行はアスラン王宮へ足を踏み入れた。ジョージは使節の代表として礼装軍服を着ている。彼女も最初は軍服を着ようと思ったのだが、通訳に軍服はおかしいと言われてワンピースである。それは記念式典の時のように色合いは軍服に合わせて作ったものだ。アスランではレヴィのようなドレスを着る風習がなく、アスランの衣装も他国からの使節団として相応しくないだろうと言って結果落ち着いたのが訪問着用のワンピースだった。
通された謁見の間の奥には人のよさそうな男性が腰掛けていた。その男性こそがアスラン国王である。アスラン王国には結婚式という概念がない為、国王の前で紹介して終わりである。ジョージは長話をする性分ではないので簡潔に必要な事だけを述べ、それを語弊のないようにライラが通訳をし、淡々とサマンサの嫁入りは終了した。
謁見の間を出るとサマンサはこれから暮らす部屋へと案内されていった。ジョージ達は王宮内の応接間で今夜の宴まで時間を潰す事になった。その応接間は広くレヴィから来た者全員用であった。ライラはまだ隊長夫人の仮面は外せないのかと残念に思いながら椅子に腰掛けた。その横にジョージも腰掛ける。
「何だかまるで品渡しみたいだったな」
「そうですね。ですがセリム殿下は多分サマンサ様をずっと見ていたと思います」
ライラは通訳である以上、よそ見は出来ない。それでも視界の端に映る以前ケィティで見た青年の視線が自分の後ろに向かっていたと感じた。サマンサはジョージの後ろにいたのである。
「ヴェールを被っているから見ても仕方がないと思うが」
「ジョージ様は私の顔が見えたのでしょう?」
「隣に立てば見えるけれど、あそこまで離れていたら無理だ」
それもそうだとライラが納得していると、女官がカートを押して応接間に入ってきた。そして手際よく飲み物をカップに注いでいく。彼女は初めての香りに何の飲み物か見当がつかなかった。
『こちらは何かしら?』
『珈琲でございます』
女官はジョージとライラの前にカップを置いた。他の人達の分もカップを置くと一礼をして女官は部屋を辞した。
「珈琲か」
「ジョージ様は御存知なのですか?」
「ケィティで飲んだ事がある。だけどレヴィまで広がっていない事を考えれば、察するものがあるだろ。俺は好きだけど」
そう言ってジョージは珈琲を飲んだ。他の赤鷲隊の隊員も初めて珈琲を見る者達ばかりで迷っていたが、隊長が普通だから大丈夫と次々に飲み始めた。美味しそうな顔をする者。顔を顰める者。ライラはその反応を見て飲むべきか悩んだ。
「一口飲んで無理ならやめたらいい。残して怒られる事もないと思う」
ジョージに勧められライラは口に運んだ。今まで感じた事のない苦みと甘さに彼女は美味しいと判断していいのかわかりかねた。
「甘いか苦いかはっきりして欲しいのですけれど」
「こっちの珈琲は砂糖も大量に入れるのが普通らしい。ライラなら牛乳で割った方が好みの味になるかも」
「牛乳下さいとは流石にお願い出来ません」
「気に入らないのならやめておけば。紅茶はないから残りの選択肢は水と酒になるけど」
ライラは少し悩んだものの結局珈琲を飲む事にした。香りは気に入っていたのだ。味も嫌いではない。ただエミリーの淹れてくれる紅茶が急に恋しくなった。
宴はレヴィ王国の夜会とは趣が違うものだった。立食ではなく全員が指定された席につき、着席したまま歓談をしながら食事をする。
「これではサマンサの所へ会いに行けないわね」
ライラはジョージにしか聞こえないように囁いた。彼も頷く。
「そうだな。ライラは近くの人と交流をしておいて。俺は話せないから」
ライラは視線で了承の旨をジョージに伝えるとサマンサの様子を窺った。サマンサはセリムと何やら話している。その表情に困惑は見られない。彼女は胸をなで下ろして周囲の人達に積極的に声を掛けた。
宴が終わった後、ライラ達一行は王宮を後にした。王宮はあくまでも政治をする場であり、宿泊施設が整っていないので王宮からほど近い宿屋を押さえてあったのだ。
ライラは宿屋の中に入って落胆した。寝台が二つである。彼女は聞いてはいたのだ。アスラン王国では恋人や夫婦で出かける風習がないので宿屋はシングルとツインのみでダブルはないと。だが実際目の当たりにすると少し寂しかった。移動の軍艦ではジョージは司令官室を使っており、そこに彼女は入れて貰えずサマンサとポーラと三人で会議室に簡易式の寝台を運び込んだ急誂えの部屋で過ごした。最初は船酔いが酷くてどうにも動けなかったが、半分を過ぎて慣れてくると甲板に出る事もあった。しかし彼は基本的に海軍の軍人と舵の前にいて、彼女はそこには近付けなかった。
「ライラ、少し話があるんだけど」
そう言いながらジョージは二人分の荷物を長椅子に置くと寝台に腰掛けた。ライラは彼と向かい合うようにもう一つの寝台に腰掛けようとしたが、腕を引っ張られて彼の横に座らされた。彼の声から真面目な話だと思ったのに自分の判断が間違っていたのかと彼女は問うような視線を彼に向けると、そこには真剣な表情があった。
「これを読んで欲しい」
ジョージは軍服のポケットから封筒を取り出すとライラに差し出した。封筒には宛名も差出人の名前もない。封も簡単に閉じてあるだけである。
「何の手紙?」
「じいさんからの贈り物」
ライラは意味がわからずジョージを見つめた。だが彼は早く読むようにと催促する視線を送るだけで口を開く気はなさそうだった。彼女は仕方なく封を開けて中の手紙を取り出した。そして開いた瞬間眉を顰めた。
「何、これ」
「ライラなら読めるだろうと聞いてるんだけど、もしかしてわからない?」
「わかるわ。わかるけど……」
ライラはそこで言葉を切って手紙に集中する。二人の結婚はテオとアルフレッドの話し合いによるものなので、テオが彼女の語学について知っていても不思議ではない。大陸で一番識字率が低いと思われる帝国西方語を使っている時点で内容が簡単に洩らせないものだというのもわかる。しかしそこに書かれていたのは、一介の商人が知っているような内容ではなかった。
「ジョージ、明日からの予定をテオさんに話しているの?」
「いや。今回は父上にさえ三週間の滞在としか言ってない。そもそも未知の場所だから計画をしても予定通りには進まないと思ったから」
ライラも予定は聞いていなかったが、それは彼女がジョージを信頼しているので聞く必要はないと判断したからである。しかし手紙には予定を知っているかのように書かれている。
「橋を見に行く予定があるのね」
ライラの言葉にジョージは眉を顰めた。
「あるけど、じいさんには何も言ってない。レヴィの問題だし」
「でもここに橋の進捗の様子を見に行く時、周囲をよく確認する事。予想以上に遅れているはずだから原因を追究するべきとあるわ。そもそも橋とは何?」
ジョージは立ち上がると長椅子へと近付き、自分の荷物から地図を取り出すとライラの横に再び腰掛けた。そしてその地図を寝台の上に広げた。
「今いるのがここで、こっちがカエド王国。今回の戦争中にカエドがアスラン国内まで攻めてきた。ここまで侵入した所でアスラン軍が持ち直してカエド軍を押し戻した。その時にカエド軍は追手が来ないようにこの橋を落としたんだ」
ジョージは地図の上で指を動かしながらカエド軍の進軍の様子を見せた。レヴィとガレスの戦争は長かったが、川を挟んでの小競り合いでどちらかの国に大きく侵入する事はなかった。しかし彼が動かした指はアスラン王都に迫っており、かなり厳しい戦争なのだとライラは認識した。
「ここはレヴィとガレスの間の大河と同じくらいなのかしら?」
「いや、こちらの方が狭いと聞いている。ここは国境でもないからね。橋が直っていれば戦場近くまで様子を見に行こうと思ったけど、その感じだと直っていなさそうだな」
「戦場へ行くつもりだったの?」
「アスランの後ろにレヴィがいると脅しをかけてもいいかなと思ってる。何の為に隊員を引き連れていると思ってたの?」
「昔ジョージが国内同様には守れないと言っていたから警護の為だと思っていたわ」
「あー。そんな嘘を言った気がするな」
「嘘なの?」
ライラは驚きの表情を隠せなかった。ジョージは意地悪そうに微笑む。
「そう言えば諦めるかと思ったんだ。実際は俺の横にさえいてくれたら守る。だから絶対に俺の視界から外れないで」
「わかっているわ。でもそれなら途中から二人きりの旅行になるの?」
ライラは期待を込めてジョージを見つめた。この三週間の予定が視察となっている以上、赤鷲隊隊員を連れての行動になるのだと彼女は諦めていた。それでも宿屋では二人だけの部屋になるだろうから普段よりは彼の近くにいられる分ましだと思っていたが、旅行となると話は別である。
「アスラン内の視察が終わった後は二人で行動するよ。軍服を脱いで商人の恰好になる。ライラの服も商売道具も全部持ち込んである」
「商売道具?」
「あぁ。ケィティで宝飾品を色々と借りてきた。もし売れたらその代金は全て渡す、その代金が契約料だ。アスラン周辺の国々へ行商の旅だな」
「今回は商人の真似事をするのね。いいわ、とても面白そう」
「じいさんは商人の真似事をする事は知ってる。だから他に何が書いてあるか教えて」
ジョージに催促され、ライラは手紙をレヴィ語に変換しながら読み上げる。
「サムルクへ行く時は怪しまれないように細心の注意を払え。カエドへ行くにはニーデを抜ける必要があるが面倒に巻き込まれる可能性があるから行くな。ニーデはなかなか財布の紐が固いから顧客を見つけたら紹介しろ」
黙って話を聞いていたジョージだったが予想外の言葉に引っかかった。
「紹介しろと書いてあるのか?」
「書いてあるわよ。何故私が嘘を吐かないといけないのよ」
ライラは手紙をジョージに見せてここだと指した。しかしそれが彼に読めるはずもない。
「じいさんはまだ商売範囲を広げる気なのか。いい加減引退すればいいのに」
「でもこれは商人が書いたとは思えない内容なのよね。それぞれの国の政略図みたいなのもあるし」
「そうだ、政略図と言っていた。何か戦争になるような話は書いてある?」
ジョージに言われライラは手紙の内容を全て話した。カエド王国が領土拡大の為だけにアスラン王国へ戦争を仕掛けた事、カエド王国の資金源はサムルク王国という事、この二ヶ国は国境を接していないが間にあるニーデ国を通って連絡を取り合っている事、ニーデは自分の国を守る為にその二ヶ国が連絡を取り合っている事を黙認している事、アスラン王国でこの事に気付いていた者は三年前に消された事。
「消された? 誰だ」
「名前は書いてないわ。でも第一王子ではないかしら。確かセリム殿下が王太子になったのは三年前くらいのはずよ」
「サマンサの夫は第二王子だったのか」
「待って。ジョージは妹の夫にも興味がないの?」
ライラは訝しげにジョージを見た。いくら興味のない事を覚えない彼でも妹の嫁ぐ相手なら調べていると思ったのだ。
「じいさんが選んだ男なら間違いないだろうし、王太子なら長男だと思っていたから」
「違うわ。彼は第四王子よ」
ライラはジョージにアスラン王国には五人の王子がいた事、第一王子は三年前に病死、第二王子は生まれて三年で病死、第三王子は五年前に戦死、第五王子は存命中である事を伝えた。
「詳しいね」
「アスラン語を習うだけでなく、アスラン王国についての話もサマンサと一緒に聞いていたの」
「第一王子が暗殺されているからセリムもどうなるかわからないという忠告か」
「だけどサマンサをテオさんが危険な場所へわざわざ嫁がせるかしら」
「じいさんは他に見当たらなかったと言っていた。多少危険でもここしかなかったのかもしれない」
ジョージはテオとサマンサの間に何の話があったのか気になったのでサマンサにそれとなく聞いてみたのだが教えて貰えなかった。それが危険を回避する術なのかもしれないとも思うが、情報が少なすぎて想像がつかなかった。
「じいさんが無駄な物をくれるとは思わない。俺に何かさせたいのだろうけどわからない」
「祖父というのは面倒な人しかいないのね」
ライラはため息を吐いた。アルフレッドと彼女は今も書簡を往復させている。帝国の内部についてやたら詳しいその手紙は、いつ帝国が崩壊するかわからないから備えておけと言わんばかりで彼女は少し辟易していた。ちなみにアマンダは未だに独身のまま実家に暮らしている。
「じいさんは薬売りだけど、多分情報も売買していると思う」
「そうなの?」
「多分。それで集めきれなかった分を俺に集めさせたいのだろうけど、カイルを置いてきてるから今回は厳しい」
「カイルがいないと駄目なの?」
「今回連れてきた隊員の中に諜報活動担当もいるけどカイル程賢くないから指示を出すのが面倒だ。そもそも土地勘もなければ言葉もわからない。通訳兼案内人二人を使うのも気が引ける」
ジョージは悔しそうな表情をした。通訳兼案内人はテオに紹介して貰ったケィティで暮らしているアスラン人と、アスランで暮らしているケィティ人である。アスラン人の方はレヴィ語が片言なのでケィティ語でやり取りする必要があり、彼は他にいないのかとテオに尋ねたものの、四ヶ国語以上話せる通訳が選べる程いると思うなと一蹴されてしまった。ライラが身近過ぎて彼の感覚は鈍っていたが、改めて彼女の凄さを思い知ったのである。
「それなら三週間で出来る範囲を絞るしかないわね。最初に書いてあるのだから、橋の進捗問題は調べるべきだと思う」
「ライラ、妙にやる気だね」
「サマンサには幸せになって欲しいもの。出来る事があるならやるわ。アスラン語以外が無駄になるかと思ったけれど役に立ちそう」
サマンサはアスラン語しか覚えなかったが、ライラは他にも三ヶ国語を覚えていた。ただサマンサの所にアスラン語を教えに来ていた人はアスラン語しか知らず、彼女は移動中にケィティから同乗していた通訳のアスラン人に残りの三ヶ国語の発音の確認をして自分の覚えた言葉に磨きをかけていた。
「残りの三ヶ国語は簡単に覚えるだけと言ってなかったか」
「えぇ。でも時間が二年以上あったから予定より覚えられたと思うし、通訳の人にも船上で教えて貰ったから」
「あぁ、甲板で結構話していたよね」
ジョージは少し棘のある言い方をした。ライラはそれが気になった。
「食事以外は一緒にいられなかったから、有意義に過ごしていたの。それに甲板ならジョージの目が届いたでしょう? 流石に私も会ったばかりの男性と密室に籠るなんてしないわ」
「それは良い心掛けだけど、俺はライラの肌が赤くなるんじゃないかと気になってたよ」
「男性と二人で話していた事に嫉妬してくれたのではなくて、その心配なの?」
「海の上は焼けやすいからね。それとも嫉妬して欲しくて話してたの?」
ジョージは意地悪そうな笑顔を浮かべた。ライラは悔しくて彼の腕を軽く叩く。
「言葉を完璧にしたかったの。私が間違えても誰も訂正してくれない。ジョージと妙な所へ迷い込んだら大変だもの」
「優秀な通訳がいて俺は幸せ者だ」
そう言いながらジョージは地図を折り畳むと寝台の間にある脇机の上に置いた。そしてライラの手から手紙を取ると地図の上に放り投げた。
「肌が赤くなっていないか確認させて」
「な、なってないわよ。全身覆うワンピースを着ていたし、帽子もずっと被っていたのを見ていたでしょう?」
「でも頬が少し赤い」
ジョージは優しくライラの頬に触れる。
「それはジョージが妙な事を言うから」
「心配するのは妙な事なの?」
「それは……。せめて入浴後にして。最近身体を拭くだけだったから見ないで」
軍艦に浴場はない。補給がてら寄った島でも簡単に汗を流しただけだった。
「それはお互い様だから」
ライラは困ったような表情をしてジョージから視線を外した。彼はふっと笑う。彼は少しからかう気持ちがあっただけで、本気で彼女が嫌がるような事はしない。
「この宿屋に浴室はあるの?」
「受付で男女別の浴室があると聞いたわ。狭いから公衆浴場へ行く人もいるそうよ」
「公衆浴場は無理だな。この宿屋は王都で一番いい宿屋だから信用するしかないか」
ジョージは立ち上がると荷物へと近付き着替えを取り出す。ライラも長椅子に近付くと荷物を持って別の椅子へと荷物を運び、そこに腰掛けて着替えを探す。
「前から思っていたけど今更じゃない? それとも俺が見てない新品に着替えるの?」
「見られているのはわかっているけれど、慣れないの」
「つまり新品ではないんだ。こっちの寝衣はいやらしいみたいだね」
ジョージの言葉にライラは眉を顰めた。以前サマンサが嫁入り道具を用意する際にアスラン式の衣服を取り寄せた。その中で寝衣を見せて貰ったのだが、それは下着が透けそうな絹織物だった。サマンサが困った表情でこれは夫婦なら普通なのかと問うたので彼女はナタリーと共にそれはやめてレヴィの物を持ち込むべきだと説得をしたのである。
「あれは絶対に着ないわ。そもそもそれを着て廊下を歩けないから」
「それもそうだな。土産として買ったら王宮で着る?」
「絶対に着ない。ジョージもそういう趣味があったの?」
「いや、寝衣は何でもいいけど恥ずかしがるライラが見たい」
ライラは手を止めて信じられないものを見るような目でジョージを見る。
「だからライラがずっと慣れなければいいと思ってるよ」
笑顔のジョージに手にしていた物を投げつけようとしてライラは手を止めた。持っていた物は下着である。彼女は慌ててそれを寝衣の中に隠した。
「いい趣味ね」
「嫌いになった?」
「生憎私の愛は簡単に冷めないのよ」
ライラは入浴一式を手に立ち上がる。ジョージは彼女に近付き触れるだけの口付けをした。
「気が合うね。俺も冷める気がしない。さっさと入浴しに行こう」
「久しぶりだからゆっくり入りたいわ」
「いいよ。その代わり俺が満足する前に寝そうになったら叩き起こすから」
ジョージは意地悪そうに微笑む。ライラは話している途中でも寝てしまう事がある。そして一度寝てしまうとまず起きない。彼は過去に何度もそれを経験していたのでどういう時に彼女が先に寝てしまうかを理解していた。それは今日のように普段とは違う事をして疲れている時である。
「いいわよ。でも今日は何故かあまり眠くないの。不思議」
「今日は昼寝をしてないのに?」
「えぇ。旅行気分で高揚しているのかもしれないわね」
ライラは微笑んだ。ジョージは信用ならないと思いながらも彼女の手を取って部屋を出た。
珈琲の覚醒効果がライラに現れているだけです。
それにジョージが気付くかは別の話。