最後の義理姉妹のお茶会
サマンサがアスラン王国へ嫁入りする準備は着々と進み、出立日は明日と迫っていた。サマンサは最後の義理姉妹のお茶会をライラの部屋で催す事を望んだ。ライラはそれを了承し、エミリーにはリデルの紅茶を今までで一番美味しく淹れてくれるよう頼んだ。
「懐かしいわね、このケーキ」
サマンサの侍女をしていた侯爵令嬢達は既に王宮を去っていた。今彼女の侍女はアスラン王国へ共についていくポーラだけである。ポーラは主に言われてケーキを一台、カートに乗せてライラの部屋まで運んできていた。それは二年半前、三度目のお茶会の時にサマンサが用意したケーキと同じものだった。
「最後はこれしかないと思って。今日は七人いるから一台でも余裕でしょう?」
ライラの部屋にはエミリー、サマンサ、ポーラの他にナタリー、イネス、アリスがいる。アリスは四歳になり、自分専用の木のカップを持って一員気分でソファーに腰掛けていた。以前は一人だけ違うと泣いたものの、それは特別な物だと説得されて今ではご機嫌で木のカップを使っている。特別感を出す為にこのカップには王女しか使用が許されていない百合の模様が刻印されている。
「ポーラ、綺麗に七等分してね」
サマンサの言葉にポーラは困った表情を浮かべる。丸いケーキを綺麗に七等分にする術など身に着けていない。それを見てナタリーが笑う。
「アリスと私はひとつでいいから六等分でいいわよ」
「お母様、私もひとつ欲しい」
「それなら八等分して、二切れをナタリーお姉様に渡して」
サマンサの言葉にナタリーは困った表情を浮かべる。
「私は二切れも要らないわ」
「もうひとつはお腹の子の分。これで綺麗に八等分だわ」
ナタリーは今第三子を妊娠中で、来月出産予定である。
「でもこの前、この子は甥だと決めつけていたでしょう?」
「細かい事は言わないで。ポーラが泣きそうな顔をしているわよ」
ポーラはナイフを持ったまま、どう切り分けていいのか困惑していた。先に言い出したのはサマンサだとナタリーは抗議の視線を向けるも、サマンサは平然とそれを無視する。それを気にせずエミリーは紅茶を黙々と配っていた。
結局ナタリーが折れて、彼女にケーキが二切れ配られた。暫く他愛もない話をしながら紅茶とケーキを楽しんだ。
「お姉様、ひとつお願いがあるのだけど聞いてくれるかしら」
「アスラン行きの軍艦に乗らないで、以外なら聞くわよ」
ライラの答えにサマンサは笑う。ライラはジョージの通訳の座を確保していた。しかもアスラン語だけでなく隣国の言葉も旅行に困らない程度には覚え、ジョージも別大陸の視察と言う名目をもぎ取り、向こうに三週間の滞在の許可を得ていた。
「違うわ。私の宝飾品とお姉様がガレスから持ち込んだ宝飾品のひとつを交換して欲しいの。この髪飾りも気に入っているけれど、もうひとつ欲しくて」
サマンサの髪には二年半前、ライラがケィティでお土産として買った髪飾りが留められている。ライラはサマンサの願いを理解してエミリーの方を向くと、エミリーは頷いて立ち上がり、部屋の奥から箱を持ってきた。
「サマンサが先に好きな物を選んで。それと同じ物を私も選ぶ事にするわ」
エミリーが開けた箱の中に、レヴィへ来てから増えた宝飾品は入っていない。ジョージから貰ったのは左手薬指にはめている指輪だけである。それだけライラの持ち込んだ宝飾品は流行にとらわれない一級品ばかりで、たまに出席する夜会で困る事は一切なかった。
サマンサはしばらく見つめた後、ひとつの髪飾りを手に取った。
「髪飾りでいいの?」
「えぇ。髪を切る予定はないから、いくつあっても困らないもの」
サマンサに声を掛けられ、今度はポーラが立ち上がる。ケーキを運んできたカートの下に置いていたいくつかの箱の中から髪飾り専用の物を取り出すと、ライラの横に控えてそれを広げた。
「たくさんあるのね。流石王女だわ」
「お兄様が煩かったのよ。私が買わないと貴族達も遠慮をしてしまうと。ほら、王妃殿下は宝飾品をあまり身に着けないし、ナタリーお姉様は帝国の妙な物が多かったから」
「あれはもう全部寄付したから持ってないわ」
ナタリーは少し恥ずかしそうにした。レヴィでは帝国の宝石が大きいだけの宝飾品は下品とされていたのだが、彼女は異母姉である侍女に逆らえず、ずっとそれを身に着けていた。それを戦争が終わった後、全てを戦争によって負傷した人達の為に使って欲しいと換金して寄付をしたのだ。
「知っているわ。そして今身に着けているのは、全部エドお兄様の趣味だというのも知っているわよ。結局服も私達と一緒に選べば楽しいと言ったのに、全部エドお兄様任せよね」
サマンサは不機嫌そうな表情を浮かべた。ナタリーは申し訳なさそうな表情をする。
「ごめんなさい。殿下には言ったのだけれど聞いて貰えなくて」
「私が選ぶと露出が多めの服になりそうで嫌らしいわ。ナタリーお姉様は鎖骨が綺麗だから見せた方がいいと思うと言ったら、絶対選ばせないと怒られて。本当に器が小さいのよね」
サマンサとエドワードの間に、そのようなやり取りがあった事をライラとナタリーは初めて聞いた。二人の視線を感じてサマンサは微笑む。
「私はエドお兄様と結構仲良しと知っているでしょう? 執務室も私室も自由に入れるもの」
サマンサの言葉にナタリーは驚いた表情を向けた。
「私室へ? 私は一度も入れてくれた事がないのに?」
「ナタリーお姉様は一生入れて貰えないと思うわ。むしろ入らない方がいいと思うわよ」
「何故?」
「言ってもいいけど、傷付いたと言って私を責めたりしない?」
「絶対にしないから教えて」
ナタリーは真剣な表情をサマンサに向けた。サマンサは微笑むとアリスに聞こえないよう小声でナタリーに告げる。
「あの私室はエドお兄様が以前女性を口説いていた場所なのよ」
サマンサの発言にナタリーは表情をなくす。そんなナタリーにサマンサは微笑む。
「冗談よ、信じないで。あのエドお兄様が自分の部屋に心を許していない女性を連れ込むわけがないでしょう? この王宮には空き部屋が多くあるから、適当に使っていたらしいわよ」
「え? それなら何?」
「あの部屋ね、庭が良く見えるの。ナタリーお姉様が散歩している所が上から見えるのよ」
ナタリーは首を傾げた。それの何に傷付くのかわからなかったのだ。
「エドお兄様はナタリーお姉様が散歩している所を、あの部屋でじっと見ていたの。監視されているみたいで嫌でしょう?」
「全然知らなかったわ」
サマンサの予想に反して平然としているナタリーの反応が、サマンサには面白くなかった。
「それだけではないわ。ナタリーお姉様について調べた報告書も全部保管してあるの」
「報告書? 私を調べても何も面白い事なんてないと思うけれど」
「公務で何をした、誰と会った、そういう事を事細かく調べているの。ナタリーお姉様の生活は完全に監視されているのよ」
監視と聞いてナタリーは困ったような表情をした。それは別に普段の生活を監視されている事に嫌悪感を抱いたわけではない。今後、ライラと帝国について内緒で話し合おうとしている事も筒抜けになるのではないかと危惧したのだ。
「それで監禁なんて以前言ったの?」
「えぇ。監禁しかねないでしょう? 今はエドお兄様の思惑通りにナタリーお姉様が生活をしているから問題ないけれど」
思惑通りと言われてもナタリーは意味が分からず首を傾げると、サマンサは意地悪そうに微笑んだ。ライラがジョージと共にアスランへ行くので、ナタリーもケィティまで見送りに行きたいと言い出さないかエドワードは心配をしていた。しかし天はエドワードに味方したのか、身重のナタリーがそのような発言をする事はなかった。
「ねぇ、サマンサ。これを貰っていい?」
ライラは二人の会話を聞きながら、髪飾りを選んでひとつを手に取った。サマンサはライラに向かって頷く。
「ポーラ、他はあとでナタリーお姉様の部屋まで運んでね」
「宝石箱でしたら私が今から取ってきます」
そう言って立ち上がろうとするイネスをサマンサは手で制した。
「ナタリーお姉様と交換する気はないの。残りは全てナタリーお姉様に譲るから」
「そんな、困るわ」
「困るのなら将来アリスに譲ってもいいわ。アリスも綺麗な宝飾品は欲しいわよね」
サマンサは優しくアリスに問いかけると、アリスは嬉しそうに頷いた。
「ほら。現王女が将来の王女に託す、それを預かる。それならいいでしょう?」
「それなら構わないけれど」
「でも出来たら私の役目を引き継いでほしいの。貴族達に羨ましがられるような宝飾品を身に着けて。アリスが育つまで王女がいないのだから、これは王太子妃として大切な仕事よ」
仕事と言われナタリーは頷いた。サマンサは満足したように微笑む。
「この二年半、本当に楽しかったわ。探り合いをせずに、ただ楽しく時間を過ごせる日が来るなんて思っていなかった。お姉様、ナタリーお姉様、本当にありがとう」
サマンサは心からの笑顔を浮かべた。ライラも笑顔で応え、ナタリーは泣きそうな表情を浮かべる。
「サマンサ、幸せになれるように祈っているわ」
「マリー様に祈られると向こうの神様と喧嘩しそうだから、そこは気を付けてね」
サマンサの言葉にナタリーは笑みを浮かべるものの、涙を堪えきれなかった。アリスは突然泣き出した母親に不思議そうな表情を向ける。イネスは慌ててハンカチをナタリーに手渡した。
「今日は構わないけど明日はやめてね。エドお兄様が面倒だから」
ナタリーはハンカチで目を押さえながら、小さく二回頷いた。
「私はサマンサから貰うばかりで、何も返せなくてごめんね」
「私はナタリーお姉様に一番重い物を託していくのだから何も貰えないわ」
ナタリーはハンカチを顔から離すとサマンサを見た。サマンサは微笑んでいる。
「エドお兄様をこれからも支えてね。本気で側室を迎えないみたいだから、かなりの負担になると思うけど、最期まで面倒を見て欲しいわ」
「私は彼の側にいる事しか出来ないわ」
「それで十分よ。気持ちが冷めても側にはいてあげてね」
「冷めないわ」
ナタリーは言い切った。サマンサは眉を顰める。
「監視されていると聞いたのに冷めないの? ナタリーお姉様はどこか感性がおかしいと思うわ。だからこそエドお兄様も心を開いたのだとは思うけれど」
サマンサは呆れた様子でそう言ったが、ナタリーは少し照れたような表情を浮かべた。
「サマンサからもそう見える? エ……殿下は私の事をずっと愛してくれるかしら」
ナタリーの発言に、サマンサとイネスは訝しげな表情をナタリーに向ける。近くで見ていればエドワードの執着はかなりのもので、ナタリーもそれに少し嫌気がさしているような雰囲気が最近では感じられた。にもかかわらず、目の前のナタリーは嬉しそうな表情を浮かべている。
「ナタリーお姉様、この前エドお兄様に側室がいてもいいと言ってなかったかしら」
数回前のお茶会でナタリーはそう発言をしていた。それはライラも聞いていたので問うような眼差しをナタリーに向ける。
「ライラには怒られるかもしれないけれど、以前は一人で眠れる日があって羨ましいなと思っていたわ。でも実際一人では眠れなくて考え直したの」
ナタリーの発言がサマンサには信じられなかった。エドワードがナタリーを一人で寝かせる事などないと思っていたので意外過ぎたのだ。
「この前メイネス王国から使者が来て会食があったのだけれど、途中で私だけ退席を促されてしまったの。内容は第二王女を側室にというものだったのだけど、断るのが難航したようで殿下が寝室に全然来てくれなくて。ライラの寂しさをやっと理解したの」
「今更? 結婚して何年経っているのよ!」
ライラの的外れな指摘にサマンサ、イネス、エミリーが冷めた視線をライラに向ける。ライラはその視線の意味がわからず戸惑った。それを気にせずナタリーは口を開く。
「八年。でも向き合ってからはまだ二年半なの。結婚生活自体は長いけれど、実際はライラとあまり変わらないから、同じでもいいのかなと思えたの」
「ねぇ、前から気になっていたのだけど、アリスを身籠った経緯がわからないから教えてくれない?」
ライラの質問にアリス以外の全員がライラに視線を向けた。今の話を聞けば、何の事情も知らないポーラでもアリスの年齢とあわない事はわかる。わかるからこそ深い事情があり、聞いてはいけないと瞬時に判断をした。それなのに聡明そうなライラは堂々と尋ねている。しかしナタリーは嫌そうな顔一つせずに微笑んだ。
「それはライラでも教えられないわ。アリスは私達にとって大切な娘なの。だから彼も溺愛しているのだと思う」
ナタリーは母親らしい笑顔をアリスに向ける。アリスもそれに笑顔で応える。
「全くわからないのだけど」
「無粋ですから遠慮をして下さい。ライラ様もジョージ様との事で、話したくない大切な思い出があるでしょう?」
エミリーに指摘されライラは考える。確かに色々とジョージとの事を聞かれても、恥ずかしいし出来れば答えたくはない。
「わかったわ。ごめんね」
「いいの、気にしないで。過去があって今の幸せがあるのだから」
ナタリーが微笑みライラも微笑む。一瞬にして室内の空気が柔らかくなる。エミリーはナタリーの変化を感じ、これなら帝国の問題に対してもライラと話し合えるとも思った。
「そうだ、エミリーにもお礼があるの」
サマンサがポーラの方を向くと、彼女はカートに積まれている箱の下から封筒を取り出してエミリーに渡した。
「ポーラを教育してくれてありがとう。あとでゆっくり読んでね」
「ありがとうございます」
エミリーはサマンサに頭を下げた。こうして最後のお茶会の時間は穏やかに過ぎていった。
皆が帰り、エミリーも茶器などを片付けてライラの部屋へ戻ってきていた。ライラに勧められ、エミリーはソファーに腰掛ける。
「サマンサから直々の手紙には何て書いてあるの?」
ライラは封こそ切っていなかったものの、中を見る気満々でエミリーを見つめている。
「これは私が頂戴したものです。ライラ様は髪飾りを交換したではありませんか」
「その髪飾りは見たでしょう? 私にも見せてよ」
その理論はおかしいとエミリーは思ったものの、ライラの目は輝いている。エミリーは冷めた視線をライラに向けた。
「人の手紙を見るなんて悪趣味ですよ」
エミリーに正論を言われ、ライラは口を尖らせてソファーに凭れ掛かった。エミリーはライラの視線を逃れた所で封を切り中の手紙を広げた。
――ポーラを私の希望通りに教育をしてくれてありがとう。お礼にカイルにはエミリーを幸せにする事を誓わせたわ。もし泣かされたのならお姉様を通じて手紙を寄越して。カイルに忠告の手紙を送ってあげる。カイルと幸せにね。 サマンサ――
エミリーは手紙を見て驚いた。彼女がカイルと結婚をした事はジョージとライラ、それにウォーレンしか知る者がいないはずである。カイルとエミリーが婚約をしてすぐにハリスン家当主ロナルドは病死し、ウォーレンが当主になっていた。ウォーレンはガレスから偽装の馬車をハリスン領へと向け、その令嬢がライラの友人という設定だったので、ライラとエミリーもハリスン領の本家へと出向いた。その偽装馬車の中にはエミリーの母エマが、御者として父ヘンリーが乗っていた。予想外の再会にエミリーは驚いたものの、彼女は用意されていたウェディングドレスに着替え、ささやかな結婚式を行った。しかしこれはハリスン領の屋敷の中で行われた事であり、王都にいたサマンサが知っているとは思わなかったのだ。
「ライラ様、私の結婚の事を誰かに話しましたか?」
「ジョージ以外に話すわけがないでしょう? え? サマンサが知っていたの?」
驚きの表情を向けるライラにエミリーは頷いた。豊穣祭の時にカイルと一緒に出歩きはしたものの、ウォーレンに習った化粧で変装をしていたし帽子も被っていた。それにサマンサは昨年の豊穣祭も妊娠しているナタリーの側に控えていたので、祭自体には参加していない。
「サマンサ独自の情報網なのか、お義兄様の情報網かわからないわね」
カイルはウォーレンの命令でガレスの令嬢と再婚をした事になっていて、誰もそれを不審がってはいない。カイルは初婚の時も滅多に赤鷲隊を離れなかったので、現在も隊務中心の生活をしている事を隊員達は特に気にしていない。
「ジェシカを見破られたのかもしれませんね」
「それはないと思うわ。サマンサは基本的に使用人のいる場所には近付かないし、ジェシカの変装は本当に上手だもの」
ライラはジェシカの変装に驚いていた。化粧は当然だが歩き方や声まで似せていて、かなりの人を欺けるだろうと彼女は思っている。
「サマンサはずっとカイルが好きだったから、カイルの視線の先に誰がいるのか気付いてしまったのかもしれないわね」
「カイル様は私にそのような視線を向けていないはずです」
「私は気付かなかったけれど、ジョージは気付いていたと言っていたわ。だからサマンサが気付いてもおかしくないと思う」
エミリーは人の事はよく見ているはずなのに、自分に関してはどうにも見えていない事を悔しく思った。
「でも噂が広まっていないのだから、サマンサは黙っていてくれたのよ。感謝しないとね」
「えぇ。こうして今まで通りライラ様の侍女が出来て幸せです」
「結婚式から半年過ぎてウォーレンの催促があるようだけど大丈夫?」
「あの方は煩いので、確実と思えるまでは黙っておこうと思っています」
エミリーの言葉にライラは嬉しそうな表情を浮かべる。エミリーも微笑んだ。
「悪阻を我慢しているなら休んでいいわよ。明日から例の屋敷に引っ込んでもいいわ」
「いえ、いわゆる悪阻がなく私も判断しかねているので、ここで御帰りをお待ちしております」
「カイルには言ったの?」
「それも確実と思えてからにしようと思っていますが、多分勘付いていると思います」
ライラは嬉しそうに微笑んだ。
「それなら私もジョージにお願いするわ。アスランから帰ってきたらナタリーはもう出産していると思うけれど、二人で妊婦生活と言うのも楽しそうよね」
「私はまだ確定ではありませんし、ライラ様に至ってはその兆候もないではありませんか。願えばすぐ出来るものでもないのですよ」
「それはわかっているけど、すぐ出来そうな予感がするの」
ライラは既にその未来を想像し楽しそうに微笑んでいる。エミリーも呆れたように微笑む。
「私とライラ様は三ヶ月違いですから、それくらいの間隔になるかもしれませんね」
「エミリーの方が後に結婚したのに先を越されてしまったわ」
「アスラン王国へ行くまで妊娠したくないと言っていたのは、どの口でしたでしょうか?」
エミリーの指摘にライラは微笑む。
「そうね。アスランから戻ってきて妊娠出産したら、サマンサの第一子誕生の頃には旅行出来るようになっているかもしれない。その時は子供の面倒を頼むわね」
想定外のライラの発言にエミリーは驚きを隠せなかった。
「子供を置いてアスランへ行かれる気なのですか?」
「子供は連れて行けないでしょう?」
「そういう意味ではありません。母親になったのなら大人しく王宮に居て下さい」
「嫌よ。サマンサの子供には絶対に会いたいわ。何の為にアスラン語を覚えたと思っているの」
相変わらずのライラにエミリーは呆れた表情を向けた。まだ妊娠もしていないから仕方がない、母親になれば考えも変わるだろうと、エミリーはとりあえずこの話は聞かなかった事にしようと決めた。