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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編
35/73

エミリーの新たなる決意

 エミリーはベッドから身体を起こすと、両手を上げて伸びをした。いつもと同じ朝の始まりと両手を下ろし左手薬指を見れば、分不相応の指輪がはまっている。やはり夢ではなかったと思いながら、彼女はベッドを出ると箪笥の引き出しを開けた。そこから革紐を引っ張り出して指輪を通す。仕事をするのに指輪が邪魔なのだが、外して部屋に置いておくのも気が引けるので、首から下げようと思ったのだ。この革紐はレヴィに来る時に母から貰ったものだったが、まさか使う日が来るとは思いもよらなかった。

 エミリーは着替えて朝食を済ませると、ライラの部屋へ赴き朝の準備を整える。そして着替えを持って寝室の扉をノックするが大抵返事はない。ライラは朝が弱いのだ。だから返事を待たずに彼女は勝手に寝室内へ入る。勿論ジョージが朝練の為に寝室を出ている事は確認済である。

「ライラ様、朝ですよ」

 部屋のカーテンを開けて室内に朝日を入れる。ライラはそれに反応し眠そうに目をこすっている。

「今日、少し早くない?」

「申し訳ありません。私事ですが、どうしても朝一でお話したい事があり少し早めに伺いました」

 エミリーの言葉にライラは寝ぼけ眼のまま首を傾げる。

「朝一でないといけないの?」

「えぇ、誰よりも先にライラ様へ私から申し上げないといけない事がございます」

「それなら昨夜言えばよかったでしょう?」

「昨夜ライラ様が入浴された後の話なのです。もう勝手に着替えさせて宜しいですか?」

 ライラが眠そうに頷いたので、エミリーはライラから寝衣を脱がせるとワンピースへと着替えさせた。


 顔を洗って目が覚めたライラは椅子に腰掛けていた。朝食は用意されているが手が止まっている。エミリーの話を聞いて、朝食どころではなくなったのだ。

「何故そのような話になっているの? 途中経過を教えてよ」

「途中経過はありません。突然昨夜言われたのです」

「昨夜いきなり言われてすぐ婚約はおかしいでしょう?」

「おかしいのは重々承知ですが、私には他に選択肢がない事をわかって貰えないでしょうか」

 エミリーの言葉にライラは訝しげな表情を浮かべる。

「選択肢はあるわ。一旦保留にする事も出来たはず」

 ライラの言葉に今度はエミリーが訝しげな表情をする。

「カイルには上司がいる事を忘れているの? 彼は私のお願いは大抵聞いてくれるわ。サマンサも私がお願いすれば噂を広めるような事はしないわよ」

 ライラに言われ、エミリーは昨夜自分がカイルにはめられた事に気付いた。そんなエミリーにライラは微笑む。

「素直に認めたらいいの。エミリーはカイルの事が好きなのでしょう?」

 ライラの言葉にエミリーは泣きそうな表情を向ける。身分が違うからと何度も諦めようとして、それでも諦められなかった気持ち。顔が好みというだけでなく、ジョージに対する忠誠心は本物であるし、ライラに付き合って兵舎へ行くと、ジョージ同様カイルも隊員達から尊敬されているのはわかる。頭の中に大量の情報が詰まっているにもかかわらず、それを有効活用する能力はやや欠けていて、ジョージ専用の歩く辞書のような所も嫌いではない。

「ですが身分も違いますし、本来なら結婚は出来ないはずなのです」

「お互いが好きならそれでいいでしょう? でも副隊長夫人だと私の侍女は出来なくなるのかしら。ジェシカを呼び戻して貰う?」

 ライラの問いにエミリーは困惑の表情を向ける。

「待って下さい。私はライラ様の侍女を辞めなければいけないのなら結婚などしません。何故本末転倒な事をしなければいけないのですか」

「でも王都に家を買ってそこから通うのは大変でしょうし、かといって王宮に二人の部屋を用意するのは流石にジョージでも難しいのではないかしら」

「詳細はゆっくり考えます。まだ婚約指輪を受け取っただけで、カイル様のご家族がどう思われるかわかりませんから」

「それは大丈夫よ」

 ライラは自陣満々に言い切った。エミリーは首を傾げる。

「ハリスン家の実質的な当主はウォーレンよ。エミリーは美人だから、望み通りの子供が期待出来ると認めてくれるわ」

「それはそれで複雑なのですけれど」

「そう? カイルと結婚するという事は私の子供とエミリーの子供が結婚するという事よ。子供同士が結婚なんて素敵だわ。ウォーレンは有言実行するでしょうから、かなり言われるかもしれないけれど」

 ライラの笑顔にエミリーも微笑む。自分の子供がライラの子供と結婚をする。ライラ至上主義のエミリーにとってそれほど嬉しい事はない。その為ならウォーレンが満足するまで子供を産むのも悪くないとさえ思えた。



「どうしたの、カイル。随分久しぶりね」

「例の賭けについてご報告したい事があり伺いました」

 サマンサは少し眉を動かした後、侍女の方へ視線を向けた。

「全員一旦下がって頂戴。カイルと二人にして」

「しかしお二人と言うのは……」

「カイルが私に手を出す気ならとっくに出しているわよ。いいから一旦下がりなさい」

 サマンサの視線は鋭く、侍女達はそれ以上反論する事が出来なかった。部屋から侍女が全員出て扉が閉まるのを確認し、彼女はカイルにソファーに腰掛けるよう勧めた。彼は一礼をして彼女の向かいのソファーに腰掛ける。

「わざわざ人払いして頂き、ありがとうございます」

「カイルの為ではないわ。相手を考えての事よ。わざとらしく指輪を外すから皆が楽しく噂をした事で罠にかかったの?」

「罠かはわかりませんが、婚約までは話が進みました」

「あら、それなら私の勝ちね。私が嫁ぐまで結婚はしないと思っていたのに、やはり焦ったの?」

 サマンサは笑顔だ。カイルも微笑む。

「偶然時機が到来しただけです。ですが賭けについては何でもお受け致します」

「私に口付けしなさいと言ってもしてくれないでしょう?」

「思ってもいない事を口にされるのは如何かと思います」

 淡々としたカイルの口調に、サマンサはつまらなさそうな視線を投げる。

「そうね。今はして欲しくないわ。彼女にも悪いし、あの方にも悪いから」

「噂は聞いております。定期的に手紙が届くそうですね」

「私の話はいいのよ。エミリーを泣かせたら承知しないわ」

 サマンサはカイルを睨んだ。彼は微笑む。

「やはり相手を御存知でしたか」

「何年私がカイルを見ていたと思っているのよ。記念式典でエスコートしている時のカイルの表情は明らかに違ったわ。甘い雰囲気を出して気持ち悪い」

 サマンサは嫌そうな顔をした。カイルはそれを無表情で受け止める。

「言葉が過ぎると思いますけれど」

「周りの誰も気付かないように、けれど確実にというあの絶妙な雰囲気が、気持ち悪くなければ何と表現をするのよ」

「当人でなくサマンサ殿下に伝わってしまったのなら、私もまだまだですね」

「エミリーはお姉様至上主義だから仕方がないとも思うけれど。でも本当にいいの? エミリーはお姉様とは違う難しさのある女性だと思うわ」

「あの兄が認めた女性ですから、簡単でないのはわかります」

「では何故あえて彼女を選んだの? ウォーレンが他の誰も認めなかったから?」

「価値観が同じだからです。私も隊長の命令が最優先ですから」

 カイルの言葉にサマンサは呆れたような表情を浮かべる。

「そうね。カイルは昔からお兄様の為にしか動いていないわよね。女遊びをしていた時も、その辺りを割り切れる人としか関係を持っていなかったのでしょうし」

「当時まだ子供だったサマンサ殿下から、そのような指摘をされるとは思いもよりませんでした」

「私には情報通な兄がいて、聞いてもいないのに色々と教えてくれるのよ」

 サマンサは笑顔を浮かべた。エドワードの情報網は彼女よりも広く、貴族達の不貞の話から他国の流行まで多岐に渡る。しかし妹が好意を抱いている相手の要らぬ情報を教えるのは、いかがなものかとカイルは眉を顰めた。

「エドお兄様は感性が特殊だから気にしたら負けよ。グレンがカイルの為にならない女性を引き離していたという事まで私に教えてくれるのだから」

 カイルは再び眉を顰めた。その表情を見てサマンサは一瞬表情を歪めたが、すぐに笑顔を浮かべた。

「余計な事を話したみたいね。だけどこれだけは覚えておいて。エドお兄様はグレンの事を側近として信頼していたの。ただ不器用なグレンは、王太子という肩書に縛られているエドお兄様に対し、リアンやスティーヴンと同じように接する事が出来なかっただけ。グレンの代わりは誰にも出来ないと言って後任を置かないのが何よりの証拠よ」

「それは初めて聞きました」

「カイルのその悪い癖は直した方がいいわ。不要と思った情報の中にも有用な物があるかもしれないのだから、情報は全て集めるべきなの。エドお兄様のように、どうでもいいものまで集めるかは任せるけれど」

「どうでもいいものとはたとえばどのような物が?」

 サマンサは意味深に微笑んだ。それは意地悪というよりは、聞かない方が身の為だと言っているような雰囲気だった。カイルはそれ以上聞く事を諦めた。

「余談はもういいわ。本題に戻りましょう。これから言う私の命令は絶対に従いなさいよ」

 サマンサはにっこりと微笑んだ。



 ライラの部屋にウォーレンが訪ねて来ていた。しかし部屋の主であるライラは、アスラン語勉強の為にサマンサの部屋へ赴いている。カイルとエミリーの為にライラが部屋を貸したのである。

 エミリーはリデルの紅茶をソファーに腰掛けているウォーレンとカイルの前に置くと、ソファーの脇に控えた。

「エミリーは自分の立ち位置が相変わらずわかっていませんね。カイル、先に言い含めて置け」

 カイルに対してだけウォーレンの言葉遣いが変わるとエミリーはライラから聞いていたものの、実際目の当たりにするととても違和感があった。普段誰に対しても丁寧な口調のウォーレンが発したものとは思えなかった。

「昨日の今日なのでまだ詳細は詰めていないのです。取り急ぎ報告だけはと思った次第ですので」

「昨日? 時間をかけ過ぎだ。仕事は長らく落ち着いていただろうに」

「申し訳ありません」

「それを責めた所で時は戻らぬからもういい。父上の事は気にするな、私が認める。エミリーの事も偽装はこちらでやる」

 偽装という言葉にエミリーは反応をした。それをウォーレンは見逃さない。

「カイルの結婚相手はガレスの貴族令嬢。カイルはあくまでも赤鷲隊副隊長で貴族の集いには参加しない、その妻も表に出てこない。それで満足だろう?」

 ウォーレンは冷めた視線をカイルに送る。カイルはゆっくりと頷いた。それを確認し、ウォーレンはエミリーに視線を移す。

「エミリーは今まで通りライラ様の侍女を務めて下さい。私の望む子供を産んでくれさえすれば、それ以外について私は一切口を挟みません」

 エミリーは想定していた話と違い、必死に頭の中で整理をする。自分はカイルの横に立たず、今まで通りライラの侍女でいい。自分の望んでいた形に近いとは思うが、果たしてこれは結婚なのか彼女はわかりかねた。

 そんなエミリーの迷いに気付いたようにウォーレンはポケットに手を入れると、鍵を取り出してテーブルの上に置いた。

「祖父から相続した例の屋敷の鍵だ。結婚祝いにくれてやる。だがどうせ暮らさないだろうから、浴室と寝室しか整えていない。寝室には天蓋付のベッドを用意してある」

 赤鷲隊隊員は基本的に兵舎で寝泊まりをする。休みの日に家に帰る事はあるが、ジョージに休みがない以上、カイルにも休みはない。だがジョージが見回りとかこつけて王都へ遊びに行くように、カイルも日中空き時間を作る事は出来る。同じくエミリーも日中は空いている時間が多い。それを見越してウォーレンは寝室にあえて天蓋付のベッドを用意したのだ。

「お気遣いありがとうございます。急かされているような気分ですけれど」

「父上の療養は嘘ではなく本当に寝込んでいる。私が当主になるのは時間の問題だ。私が生きているうちに子供が大きくならないと、カイルが困ると思うが」

「そうですね。私は副隊長を全うしたいので、ご期待に沿えるよう努力致します」

 ウォーレンは頷くと紅茶を口に運んだ。

「色々な令嬢を一緒に見て、誰もエミリー以上ではなかったというのは、よかったのか悪かったのか。エミリー、愚弟の相手は嫌だと言うなら今ですよ」

「私に拒否権があるのですか?」

「一応結婚についてはありますよ。子供は産んで頂きますけれど」

「ライラ様の侍女が続けられるのでしたら、それ以外はお任せ致します」

 エミリーはウォーレンから逃れられる気はしなかった。自分の最優先事項を認めてくれる以上、それ以外に言う事はない。

「わかりました。では詳細は二人で決めて下さい。私は仕事へ戻ります」

 ウォーレンはそう言うと立ち上がった。エミリーが扉を開けると彼はさっと部屋を出て行った。彼女が扉を閉めて振り返ると、カイルは満足そうに紅茶を飲んでいた。

「ライラ様がお戻りになる前にお帰り頂けますか?」

「アスラン語講座でしたらまだ時間があるかと思います。文句でしたら先に伺いますよ」

「ウォーレン様の言葉からして、サマンサ殿下に噂を広めさせる気は最初からなかったという事ですよね」

「そうですね。何の得にもならない事はしない主義です」

「私を謀り過ぎではありませんか?」

「普段の貴女でしたらどれも気付いたと思いますけれど」

 カイルに笑顔でそう言われて、エミリーは返す言葉がなかった。彼女は普段なら相手の事を見ながら対応をするのに、彼に対してはルイの一件で騙されてから、二度と同じ失敗はしないと余計に考える事により、正しく見る事が出来なかったのだ。また彼が自分を好きになるはずがないという思い込みが、彼女の視野を狭くしていた。

「正直に申し上げますけれど、私はカイル様の気持ちを疑っています」

 エミリーはまっすぐにカイルを見つめた。彼は微笑んでいる。

「疑うのは構いませんけれど、疲れますよ」

「そうですね。疲れます。ですから男児を一人産んだら終わりにして下さい」

「まだ結婚してもいないのに先に離婚の話ですか?」

「ウォーレン様は子供さえ産めば後は自由と仰って下さいました。私も乳母になれればそれで構わないのです。庶子では都合が悪いでしょうから結婚はしますけれど、それだけです」

「貴女が公爵夫人にならなくてもいいように手を回したのに、随分とつれない返事ですね」

「お気に召さないのでしたら他の女性を当たって頂いて結構です」

「この部屋で話し合いは流石にし難いですね。場所を移しましょうか」

 そう言いながらカイルはテーブルの上の鍵を手に取るとポケットから鍵束を出し、そこにはめた。

「例の屋敷とは何の事でしょうか」

「元ウォーグレイヴ公爵家の屋敷です。ガレス建国時にレヴィ王家が買い上げた物を祖父が購入していたのです」

 エミリーはガレスのウォーグレイヴ家の屋敷を思い出して狼狽えた。同じ規模なら二人で生活するには大きすぎるし、そもそも彼女はライラの侍女である以上、王宮で寝起きをする。その屋敷をどうしたらいいのかわかりかねた。

「心配は要りません。管理は兄の使用人が引き続きするでしょう。私の実家からそう離れていないのですよ。明日にでも行ってみますか?」

「結婚はサマンサ殿下が嫁がれた後でとお願いしたはずです。そういう事は結婚してからにして頂けないでしょうか」

「初めてでもないでしょうに、そこは拘るのですか?」

「正当なハリスン家の跡継ぎと言う名分が成り立たない状況では困りますから」

「それなら結婚を早めるしかないですね。私の予測ではアスランへの旅行前後で隊長は動くと思いますよ」

 何がと尋ねなくともエミリーは理解した。何度でもアスランへ往復したがっているライラをレヴィ王宮へ縛りつける格好の理由。何よりライラは子供が好きで、エドワードの執務中の時間を狙ってアリスやリチャードに会いに行っている。

「カイル様のジョージ様関連の予測は信用しています。私もライラ様には出来るだけ王宮で大人しくして頂きたいですから」

「結婚式をご希望でしたら段取り致しますけれど」

「結構です」

 エミリーは冷めた声で断った。花嫁衣装に憧れがないと言えば嘘になる。しかしライラに一生仕えると決めた時に結婚自体は諦めていた。それに両親はガレスにいて参列するのは難しい。それならする必要がないと彼女は思った。

「そう言うと思いました。気持ちが固まった時は教えて下さい。初夜は私の演出に付き合って頂きます」

 エミリーはカイルの言っている事がわからなかった。この王宮は人の出入りを監視している。赤鷲隊が管理している裏門を使うとしても、一晩戻らないのは不審極まりない。そんな彼女の疑問を彼は察したように微笑む。

「何事にも抜け道はあります。頻繁に使うと露見しますから、滅多に使えませんけれど」

「ライラ様に迷惑がかかるような事でしたら遠慮させて頂きます」

 相変わらずのライラ至上主義発言にカイルは柔らかく微笑む。

「隊長にもライラ様にも迷惑はかけません。貴女を連れ出す際は、ジェシカに臨時の侍女を依頼しますから」

「急にジェシカが現れると不自然ではありませんか」

「彼女は間者としてかなりの腕前で、エミリーの振りをする事も出来ます。勿論、ライラ様を騙す事は出来ませんから、そこだけ話を合わせて頂く必要はありますけれど」

 カイルは微笑みを絶やさない。エミリーは主導権を一向に握れない事が歯痒くて仕方がなかった。しかし彼の演出する初夜も気になる。

「あと半年ほど時間を下さい。ポーラをそれまでに育てます」

 サマンサは来年の春先アスラン王国へ嫁ぐ事になっている。それまでにと思っていたがこうなってしまった以上、何とか繰り上げるしかない。ポーラが近くにいる環境を早々に終わらせないと、そこから情報が漏れそうで彼女は嫌だった。

「半年後ですと豊穣祭の季節ですね。今年は一緒に行きますか?」

「誰かに見つかると困るので遠慮させて下さい」

「それは兄に化粧をしてもらえば済む話ですよ。ガレスの令嬢が存在すると言うのは、見せておいた方がいいでしょうから」

「カイル様の中で計画があるのでしたら、それに従います」

 エミリーは淡々と言った。今の自分でウォーレンとカイルに適うはずがない。大人しく従っておけば悪いようにはならないだろう。大人しく従っているうちに突破口を見つけ、それから反撃すればいい。彼女はやっと落ち着いて物事を考えられるようになっていた。

「何か企んでいますか?」

「そう見えるのでしたら、そうかもしれません」

 エミリーは微笑を浮かべた。

「ところで、ジョージ様はこの事を御承知なのでしょうか」

「ライラ様から伝わればそれで構いません。隊長は私の女性関係に興味ありませんから、わざわざ時間を割く事でもありません」

「そういうものなのですか?」

「そういうものです。それに多分、隊長は勘付いていると思いますから」

 そう言ってカイルは立ち上がると、扉の前に立ったままのエミリーに近付いた。そして彼女の首にかかっている革紐をすっと引っ張った。服の中に隠していた指輪がきらりと光る。

「身に着けていてくれるとは光栄ですね」

 エミリーはあまりの自然な流れに一瞬驚いたものの、たじろがずにカイルを見つめた。

「昨夜箱を貰いそびれましたから置き場所に困っただけです」

「身に着けて頂けるのでしたら何でも宜しいですよ」

 エミリーはカイルの顔の近さが気になって仕方がなかったものの、視線を外せなかった。ここはあくまでもライラの部屋であり何かあってはいけないのだが、彼女は少しの期待と葛藤をしていた。それを見透かしたのか彼は微笑む。

「それではあと半年、気長に御待ち致します。もし例の屋敷に行きたくなった場合は声を掛けて下さい。それでは失礼致します」

 カイルはそう言うと自ら扉を開けて部屋を出て行った。エミリーは期待をした自分を恥ずかしく思いながら力なく項垂れた。男児一人で終わらせたいという話も有耶無耶にされている。半年の間にしっかり対策を練って対応をしなければと気持ちを切り替えるように顔を上げると、彼女はティーカップの片付けを始めた。

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