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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編
30/73

国王と王妃

 王太子妃ナタリーが男児を出産した。スティーヴンが実父を国家反逆罪で告発した際、ナタリーは母国の指示を受けていないと報告をした事、ナタリーがこれまでに王妃ツェツィーリアの代理として公務をこなしていた事、エドワードとの夫婦仲がいい事などを理由に誰もが王子誕生を祝福した。シェッド帝国ともガレス王国とも平和な関係が保てている今、王太子に男児がいないという憂いがひとつ減った事はレヴィ王家としても喜ばしい事であった。

 勿論、それを面白く思わない者もいる。その一人がツェツィーリアである。公国人である彼女は今も帝国人であるナタリーの事を好きになれないでいた。しかもナタリーのせいで自身の産んだ息子の王位継承権がひとつずつ下がったのだ。エドワードが廃太子される可能性を捨てきれず生きてきた彼女であるが、ここ最近のウィリアムの態度を見れば、それはないとわかっていた。ウィリアムは公務を少しずつエドワードに託し始め、ウルリヒには公爵家の娘との婚約を勧め、来月その領地へ向かう事が決まっている。彼女はウルリヒを愛しており手元で育てていたのだが、突然王子の務めと国境付近の軍団基地まで連れて行かれ、やっと戻ってきたと思ったら一年もしないうちに婚約となってしまった。公爵家当主になる事は約束されているので、領地の事を勉強したらまた王都へ戻ってくる予定にはなっているが、その勉強には数年かかるだろう。彼女にはもう一人息子がいるがそちらへの関心は薄かった。

「ツェツィーリア、あとで少し話がある」

 王宮内にある食堂での夕食中、ウィリアムはツェツィーリアにそう話しかけた。今夜は晩餐会ではない為、他に息子二人しかいない。給仕は丁度次の料理を運ぶ為に外していた。

「今では都合が悪いのでしょうか」

「あぁ、後がいい」

「わかりました」

 ツェツィーリアは嫌な予感がしたものの、わかったと言うしかなかった。ウルリヒが心配そうな眼差しを向けていたので、彼女は大丈夫だと小さく頷いた。

 夕食後、ウィリアムとツェツィーリアは国王の私室へと向かった。彼女は王妃ながらも、彼の私室へと入る事は稀であった。何年ぶりに足を踏み入れるだろうと彼女は考えながら少し昔を思い出していた。



 ツェツィーリアが嫁いできた時、ウィリアムには正妻オルガと側室クラウディアがいた。オルガは病弱な息子チャールズの看病に明け暮れており、ほぼ彼女の前に現れる事はなかった。しかしクラウディアはジョージを産み、代理母としてエドワードを育て、尚且つオルガが放棄し始めていた公務をこなしていた。豪商の娘と聞いて見下していた彼女ではあるが、クラウディアは誰とでも分け隔てなく接し、レヴィ語がままならない彼女にも帝国語と公国語を交え、レヴィ王国育ちではないからこそ知らない常識などを教えてくれた。

 同じ側室として仲良くなれるかもしれない、ツェツィーリアがそう思い始めた頃、彼女はウィリアムの視線を見て愕然とした。自分に向けられる国家間の政略結婚故の義務的なものとは違い、彼がクラウディアに向ける視線は愛おしい人を見るものであった。政略結婚に愛情など求めないつもりであった彼女ではあるが、彼の気持ちの差が殊の外衝撃だった事に、自分が彼を愛し始めていた事を知る。そしてその時妊娠している事も知るのである。

 徐々にレヴィ語を覚え始めていたが話すと貴族達に笑われるので、ツェツィーリアは部屋に引きこもるようになった。彼女の拙いレヴィ語をクラウディアは庇ってくれていたが、何よりクラウディアに庇われるのが彼女は嫌だった。クラウディアに悪気はない、そうわかっていてもどうしても嫌だった。

 ツェツィーリアは男児を出産した。息子はとても可愛く、彼女は誰の指図も受けずに育てる事をウィリアムに申し出る。彼も好きにすればいいと言ったので、彼女はのびのびと息子を育てる事にした。クラウディアがエドワードに厳しい教育をしていると聞いていたので、それに反抗したかった。同じように育てて真似をしていると言われたくなかった。

 その後、王妃の座から降りたいというオルガの願いが通り、ツェツィーリアが王妃となる事が決まった。クラウディアは一言も文句を言う事なく祝福をしてくれた。彼女は日に日にクラウディアが憎くなっていった。肩書など要らない、ウィリアムの愛情さえあればいい、そう思っても彼が彼女を見る事はない。彼は依然としてクラウディアしかその瞳に映さないのだ。彼女はウルリヒと一緒に過ごす事で寂しさを必死に埋めていた。

 ウルリヒを産んで一年が過ぎた頃、クラウディアが第二子を妊娠した。レヴィ王宮では国王の寝室に呼ばれた女性が一緒に寝る事を許されるが、拒否権は女性に認められている。ツェツィーリアは妊娠後自室で寝る事を選んでいた。他の女性を想っている男性に抱かれたくなかったのだ。しかしクラウディアが妊娠した事により焦りが生じた。クラウディアが今後ウィリアムの子供を何人も産んだとしたら、自分の立場はどうなるだろう。ウルリヒの立場はどうなるだろう。

 ツェツィーリアは態度を変え、再びウィリアムと寝室を共にするようになった。ウルリヒを守る為に弟が必要である。可愛い息子を守る為なら愛されていない彼との夫婦の営みも我慢出来た。そして彼女は第二子を妊娠し無事出産をする。その子フリードリヒにはウルリヒを守れるように少し教育を施す事にした。彼女の兄には娘が二人しかいないので、そちらに息子を政略結婚として婿に出す可能性もあると思い、フリードリヒにだけ公国語を覚えさせる事にした。こうすれば公国語を話せないウルリヒを手元に置いておけると思ったのだ。



 そして時が経ち、ツェツィーリアの願いも虚しく、ウルリヒは王都から遠い領地へ行く事になった。彼は公爵家当主になるのだから、立場としては彼女の兄と同じ地位である。そして今夜、話があるとしたらフリードリヒの相手だろうと思った。そこまで愛していない息子でも、大学へ行きたいという願いだけは叶えてあげたいと思っていた。ウィリアムはどの息子に対しても冷たい態度で一貫しているのは知っていても、末っ子故に甘くなるのではないかと少しだけ期待していたのだ。

「話というのは私の退位の件だ」

 ツェツィーリアは驚きを隠せなかった。想定外の話だったのだ。彼女は自分とウルリヒの立場を守る為にウィリアムが長生きしてくれるよう色々と手を尽くしていたのだが、まさか自分から退位をすると言い出すなど思ってもいなかった。

「陛下は公務も問題なくされているではありませんか」

「だがもう即位をして三十年を超えた。そろそろエドワードに渡してやらないと、次の世代が育たなくなってしまう」

 ウィリアムの目は国王のものだった。この眼差しの時は自分の意見は通らないと、ツェツィーリアもわかっている。

「私はどうしたら宜しいのでしょうか」

 ツェツィーリアはエドワードの母ではない為、王太后の称号は得られない。元王妃になる。それがどのような立場なのか彼女にはわからなかった。

「ここに残りたければ手配をするし、ローレンツ公国に戻りたければそれも手配しよう」

「陛下はどうされるのですか」

「私はここにいると口を挟んでしまいそうだから、ケィティで余生を過ごそうと思う」

 ウィリアムの言葉にツェツィーリアは再度驚いた。病気で亡くなり十年以上経った今も、彼の中にはクラウディアしかいないのかと思うと、忘れかけていた嫉妬心が彼女の心の奥で蠢いた。クラウディアの墓は王宮内ではなくケィティにある。それはこの余生を元々計画しており、その為に愛おしい人の遺骨をわざと母国へと戻していたと思うと怒りさえ感じられた。

「それなら何故先に教えて下さらなかったのですか。私はウルリヒの近くにいたいのです。クラーク家との婚約が決まった今、どうする事も出来ないではありませんか」

 クラークという名は現当主まで、ウルリヒが当主を継いだ際は家門名を新たにつける事になっているものの、実際は婿である。そこへツェツィーリアも一緒に行く事は流石に憚られた。

「もしよければ私と一緒にケィティへ来るといい。王都よりもクラークに近い」

「よくもそのような事を平然と仰いますね。何故私がクラウディア様の所へ行かなければならないのですか」

「クラウディアはもうこの世にいない。彼女に勝手に縛られているのはツェツィーリアの方ではないのか」

 ウィリアムは優しそうな表情をツェツィーリアに向けた。彼はクラウディアと同じように彼女を愛してはいなかったが、情を感じていた。彼女が嫌がる事は強要せず、彼女への批判も抑えていたのだ。彼女は自分の意思ではなく国家間の企みによって嫁いできて、それでも誰からも利用されないように黙る事を選んだ事を彼は理解していた。クラウディアは愛嬌があり、誰に対しても分け隔てなく接する事が出来る稀有な女性だった。だからこそ彼は心を開く事が出来た。しかし不器用にしか生きられない彼女にもまた、自分とどこか似ているようで徐々に心を開いていったのだが、彼の気持ちが動いた頃には彼女の方が完全に心を閉ざしていた。

「ツェツィーリアはまだ若い。先に旅立つのは私になるだろうからゆっくりと考えるがいい。退位はサマンサが嫁いだ後と決めているからまだ時間はある」

 サマンサが嫁ぐのはまだ一年以上先の話である。ツェツィーリアは何故その時期なのかわからなかった。

「何故その時期に決められたのですか」

「サマンサは王女として嫁に出したい。フリッツには相手を強要する予定はないから、私が退位後でも問題ないと思っている」

「フリッツが大学へ行きたいと言う話は聞いていますか」

「あぁ。学力的にも問題はないと家庭教師が言っていたから通わせようと思う。もし私達が王宮を去ってもフリッツの居場所は確保する。それはエドワードに厳命するから心配しなくていい」

「そうですか。それでは少し考えさせて下さい。今夜はこれで失礼致します」

「あぁ、おやすみ」

 ツェツィーリアは一礼をするとウィリアムの部屋を辞した。この夫婦は現在別々に寝起きをしている。彼女はこれからどうするのが自分にとっていいのか考える事にした。ずっと彼の瞳に自分は映らないのだと思っていたのだが、今夜は自分が映っていたような気がしたのだ。国王と王妃という肩書を外し、ただの夫婦として歩む事も出来るのかもしれない、そう思えた。

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