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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編
28/73

静かな戦いの行方

 レヴィ王国では毎年秋に王都で豊穣祭が行われる。小麦をはじめとした穀物を使った屋台が並び、舞台では踊りや演奏が披露され、身分を問わず誰でも楽しめる祭りである。

 ライラは普段ジョージと共に王都を歩く時と同じ格好で準備をしていた。皆で一緒に楽しもうと思っていたのだが、ナタリーは産み月が近く豊穣祭開催の式典に出席するだけに留まり、サマンサが横に控える事になった。ライラは二人に美味しい物を買ってくると約束をして、ジョージと共に出かける事にした。

「エミリー、準備は出来た?」

「ですから私はここで留守番をしていますと何度も申したではありませんか」

「年に一度のお祭りなのに何故行きたいと思わないの?」

「ジョージ様とお二人で出かけられたら宜しいではありませんか」

「いいから一緒に出かけるわよ。大丈夫、カイルも誘ってあるから」

「余計に大丈夫ではありません。カイル様の横では目立ちすぎます」

 エミリーは明らかに嫌そうな顔をした。以前の記念式典の時、ガレスから連れて来て貰った令嬢や他国の令嬢をウォーレンと共に見回ったのだが、結局カイルに相応しい人はいないという結論に至っていた。それに最近ではカイルが妙に彼女に声を掛けてくるので、彼女としては出来ればカイルと距離を置きたかったのだ。

「大勢の人らしいから大丈夫。ほら行くわよ」

 ライラはエミリーが手に持っていた帽子を手に取り被ると、エミリーの腕を引っ張った。エミリーは困惑の表情を隠せない。

「カイルも軍服らしいから気にしなくていいわよ」

「軍服でも上流貴族というのは雰囲気でわかりますから」

「エミリーは伯爵令嬢になったのでしょう?」

「なっていません」

 エミリーはライラの母サラと手紙をやり取りする際に、父ヘンリーにも手紙を書いた。その内容はライラの侍女として幸せに暮らしているので心配しなくていいというとても淡白な物だったのだが、返信されてきたのは、もしエミリーが貴族令嬢の肩書が必要ならば伯爵令嬢にする事が出来るというものだった。ヘンリーは伯爵家次男であるが、家を出てウォーグレイヴ公爵家の家宰として仕えている。それでも実家と縁を切ったわけではなく、実家であるケイン伯爵家にエミリーを書面上養女として出し、伯爵令嬢の肩書をつけられるという事である。エミリーはその手紙を受け取ってすぐに不要と返信をしたためた。

「せっかくのヘンリーの気遣いを受けなかったの?」

「気遣いでも何でもありません。ここまで平民として暮らしてきたのに突然伯爵令嬢という肩書を貰っても、それに相応しい振舞いは私には出来ません」

 ライラはつまらなさそうにエミリーを見た。確かに彼女は令嬢としては育てられていない。それでもライラと一緒に育ったので教養に問題もなく、刺繍や編み物も出来る。乗馬は出来ないが社交には必要ない。ダンスも習っていないので出来ないが、エミリーなら教えればすぐに習得出来るだろう。

「ヘンリーもきっとカイルに嫁いでほしいのよ」

「父が望んでいるのなら尚更受け入れられません」

 エミリーは断固拒否という強い眼差しをライラに向けた。ライラは小さくため息を吐く。

「今回はヘンリーの策略ではなくて、ただ娘を思う父の行動だと思うわよ」

「娘を思うのならば、ライラ様に一生仕えたいという私の希望を尊重して欲しいと思います」

 二人の会話が平行線でやや重い空気が流れた所に、扉をノックする音が響いた。エミリーはすぐに扉を開け、ジョージとカイルが室内に入ってきた。

「ジョージ、エミリーが留守番をするというのよ。お祭りの良さを語ってくれないかしら」

「いや、俺も初めて行くから」

 ジョージはライラがエミリーとカイルを夫婦にしたがっている事は知っているが、外野がとやかく言う事ではないと思っている。ライラはつまらなさそうな表情をジョージに向けた後、彼の後ろにいたカイルに視線を移した。

「カイルも参加した事がないの?」

「ありません」

 カイルはジョージの側近である。ジョージが参加していない豊穣祭に参加している方が不自然であるのでライラは納得をした。

「それなら一人ではつまらないでしょう? エミリーを一緒に連れて行ってもらえないかしら」

「ですから私は留守番をすると再三申し上げているではありませんか」

 エミリーは淡々とそう言いながらも、ライラに向けた眼差しは強い。ライラはこれ以上押しても無駄だと悟り、諦めてジョージの腕に手を添えた。

「もう、わかったわよ。それならジョージと出かけてくるから」

「いってらっしゃいませ」

 エミリーは微笑むと一礼をした。ライラとジョージは扉を開けて廊下へと歩き出した。しかしカイルは部屋の中に留まっていた。

「カイル様は行かれなくて宜しいのでしょうか」

「私は特に祭りに参加したいわけではありませんから」

「それでも赤鷲隊が警備担当だと聞いておりますけれど」

「私は裏方が専門ですから、警備を担当する事はありません」

 エミリーはカイルが騎士ではなくジョージの側近として、また副隊長として兵站や諜報活動など裏方業務を担っていると聞いていた。地味ではあるが、ジョージの信頼がないと任せて貰えない重要な役割であるとエミリーは理解していた。

「それでは何故ジョージ様と一緒に来られたのでしょうか」

「貴女が豊穣祭に行かれるのでしたら馬車を出すようにと隊長に言われましたので」

「馬車で行けるのですか? 結構な賑わいと聞いておりますけれど」

「えぇ。王宮を出て豊穣祭会場の手前までですね。歩くとなると結構な時間がかかりますし。あのお二人はいつものように乗馬ですから」

「それはお気遣い頂き感謝致します。ですが私は豊穣祭にさほど興味がありませんので、隊務に戻って頂いて結構です」

 エミリーはカイルを部屋から追い出そうとしたが、彼はそれをやんわりと拒否した。

「本当に宜しいのですか? 王宮の外に出る滅多にない機会ですよ」

 王宮で務める使用人は基本王宮の外に出る事はない。出入りは厳重に管理されており、通行許可証を持った者しか出入り出来ない。通行許可証は信用されている商人や貴族達にしか発行されず、使用人達は親の危篤などの理由がない限り許可が下りない。そしてこの豊穣祭だけが例外で、申請さえしておけば王都へ行けるのである。エミリーは申請をしていないが、彼女は未だに赤鷲隊隊長の腕章をつけているので、ジョージかカイルの許可で赤鷲隊管轄の門から出入りが出来る。ちなみにジョージかカイルの許可で年中出入りが出来る訳だが、エミリーはそれに気付いていない。

「わざわざ人ごみに行くのは好きではありません。静かな時なら歩いてみたいとは思いますけれど」

「言って下されば裏門を開けますよ」

 カイルの言葉に驚いてエミリーは彼を見た。彼は笑顔を浮かべている。彼女は裏門はカイルの管轄だから彼に言えば出入り出来ると、以前ライラが話していた事を思い出した。

「いつでも開けて下さるのでしょうか」

「毎日というわけにはいきませんけれど、多少は構いません」

「ちなみに王都は野良猫や野良犬は多いでしょうか」

 カイルは訝しげな表情をエミリーに向けた。質問の意味がわからなかったのだ。

「私は動物が苦手なので、あまりに多いと歩き難いのです」

「それほど多くはないと思いますが、人が集まる所には餌を求めて集まりやすいのは間違いないでしょう」

「そうですか。それでは今は遠慮をしておきます。防寒具で全身を覆う季節にお願いします」

 エミリーの意見にカイルは笑う。

「以前、野良犬にでも噛みつかれましたか」

「いえ。ですが怖いものは怖いのです」

「意外ですね。ライラ様は動物なら何でも触れ合えそうにみえますが」

「ライラ様は平気です。同じ環境で育ったからといって一緒になるとは限りません。そもそも流れている血が違いますから」

 エミリーはカイルの結婚相手を探しながら、何故自分に最近話しかけてくるようになったかを考えていた。そして辿り着いたのが自分は利用されているという答えだった。彼に翻弄されていれば結婚相手探しを辞めるかもしれない、しかも結婚をする気がないとはっきり言っている相手なら彼にとって近付いても不都合はない。彼女は彼の育った環境を考えると、愛情を惜しみなく表現出来る女性を勧めたいと思っているのだが、そのような女性は簡単には見つからないのである。

「貴女は余程階級を意識されているのですね。ご両親は貴族の出身でしょう?」

「父は伯爵家の次男、母は子爵家の出身です。ですが二人とも今は公爵家の家宰と公爵夫人の侍女ですから肩書は平民です」

 ライラの実家ウォーグレイヴ家では階級はあまり意味を持たなかった。前当主アルフレッドがそもそも階級より個人の資質を優先するべきだという考えで、公爵家では平民から貴族の次男以下だけでなく他国の者まで幅広く働いていた。しかしそのような場所でライラと共に育ったからこそ、エミリーは階級意識を強く持ち、ライラとの線引きをしてきた。彼女は不自由な貴族ではなく自由な平民がいいのである。ライラの為になる事なら何でもしたいので足枷は不要なのだ。

「ウォーグレイヴ家の家宰ともなると、きっと家庭を顧みずに働いているのでしょうね」

「えぇ。父の生き甲斐はそれですから」

 エミリーは何故父の話を振ってきたのかわからず、尋ねるような視線をカイルに向けた。彼は困ったように微笑む。

「私も多分同じ人種です。貴女の母君はどういう感じでしたか?」

 以前カイルはこの先もジョージの側で仕事をしたいと言っていた。ジョージもそれなりの量の仕事を捌いているだろうが、側近の彼の方が仕事量は多いだろう。家庭を顧みない男性の妻の意見が聞きたいのだろうとエミリーは判断をした。

「母は父の事を愛おしくて尊敬出来る人だとよく言っていました。私には全く理解が出来ませんが、夫婦仲はとてもいいですよ」

「理解が出来ないのは何故ですか?」

「父にとって第一優先はウォーグレイヴ家です。私が病気で寝込んでも様子を見に来ない、そんな父です。母は父の仕事を理解した上で結婚をしているので、父を責めている所は見た事がありません。ですからカイル様も理解をしてくれる女性を選ばれれば問題ないと思います」

「貴女はそういう男性に理解は示さないのですか?」

 カイルの問いにエミリーは困ったように微笑んだ。

「悔しいですけれど私には父の血が流れていて、何よりもライラ様を優先します。理解を示すも何も私が父と同じ仕事人間です。結婚には向きません」

「貴女のライラ様至上主義はまっすぐで気持ちがいいと思いますよ」

「カイル様もジョージ様至上主義なのではないのですか?」

「赤鷲隊隊員は多分全員隊長に尊敬の念を抱いています。命をかけてもついていきたいと思える人に出会えるのは幸運な事です」

「そうですね」

 エミリーが微笑むと煙火の音が響いた。豊穣祭の開始を知らせるものである。

「始まってしまいましたね。本当に行かなくて宜しいのですか?」

「えぇ。話はライラ様から伺いますから」

 ライラは瞳を輝かせながら豊穣祭の詳細を楽しそうに語ってくれるだろうから、エミリーはそれで満足なのである。

「そうですか。無理強いしても仕方がありませんから、私も兵舎に戻る事にします」

 エミリーはやっと諦めてくれたと安堵しながらカイルを見て違和感を覚えた。

「カイル様、指輪はどうされたのでしょうか」

 先日会った時まではあったはずの左手薬指の指輪が外されていた。カイルは意味深にエミリーに微笑む。

「もうそろそろいいかと思いまして。彼女に未練は元々ありませんし」

「女性避けだと思っていたのですけれど」

「最近近寄ってくる女性はいなくなりましたから。兄の許可が必要だと言うのが浸透したおかげです。父が領地に下がったので兄の存在感も増しましたし」

 ウォーレンは宰相でも大臣でもなければ、王族の側近でもない。しかし父親の代理としてウィリアムの側近に近い仕事をしている。ハリスン家の次期当主として堂々と振る舞い、現当主ロナルドが王都にいなくてもハリスン公爵家の影響力は衰えていなかった。

「ウォーレン様はあまり交友をしないそうですね」

「兄は自分が認めない人とは話さない人ですから。偉そうな態度と思われても、実際偉いのだからいいだろうと割り切れる人です」

「ハリスン家は暫く安泰ですね」

「えぇ。スミス家は強かですけれど、エドワード殿下なら均衡を取れると隊長が言っていました。クラーク家も変わりますし、モリス家は脅威ではありません。王宮内で対立するような事はないでしょう」

 跡取りのいないクラーク公爵家だったが、ウルリヒがクラーク家長女との婚約を発表した為、領地据え置きでウルリヒが当主になった際に家門名を変えて新公爵家となる事が決まっている。

「指輪を外されたという事は、意中の方が見つかったのでしょうか」

 エミリーの問いにカイルは笑顔で応える。彼女は問うような視線を送ったものの、彼は答えを口にはしなかった。

「それでは失礼致します」

 カイルは一礼すると部屋を出て行った。エミリーは心がざわつくのを感じ、落ち着こうとソファーに腰掛けた。答えなかった事が答えだろうから、彼はきっと誰かいい人が見つかったのだろう。素直に彼が決めた女性との結婚を応援したい所だが、言わなかったという事はウォーレンには受け入れがたい女性なのかもしれない。彼女は今後どう動くべきか迷い、瞳を閉じた。

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