表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編
27/73

記念日

 ライラは寝室のソファーに腰掛けていた。海軍の所へ出向いたジョージはその後、二通しか彼女に手紙を送らなかった。一通は海賊の本拠地を突き止めたので、それを叩きに行くから戻るのが遅くなるというもの、もう一通は仕事が終わったので帰るというもの。彼女は一ヶ月以上も王宮を空けておきながら、報告のみの手紙二通だけという事を不満に思っていた。勿論、彼は海上で海賊と戦っていたのだから簡単に手紙が送れないという事はわかっている。数の問題ではなく内容の問題なのだ。封印されたその手紙を他の誰かが読む事はないので、愛の言葉のひとつくらい書いて欲しかった。

 ライラは長らく座っている事に疲れてきたのでベッドへと移動した。ジョージが戻ってくると知り、彼女は嬉々として赤鷲隊兵舎の前で彼の帰りを待っていたのだ。しかし、久々に会えた彼が戻りのあいさつの後に続けた言葉は、仕事がまだあるから夕食は一緒に取れないだった。彼女は隊長夫人の仮面のまま、わかりましたと言って一人で王宮へ戻る以外出来なかったのである。

 今日が何の日かジョージならわかっているだろうとライラは思った。だからこそ今日帰ってきたのだとさえ思うのに、当の本人は寝室に一向に現れない。彼女が脇机の上に置いてある時計に視線をやると十時を過ぎた所だった。日付が変わる前までは何とか起きているか、不貞寝しようかで悩みながら、彼女は彼の枕を抱えて横になった。

 暫くして扉をノックする音がした後、室内にジョージが入ってきた。ライラは横になったまま起き上がろうとはしない。彼はベッドに近付くと腰掛けた。

「ライラ、ただいま」

「それは先程聞きました」

 ライラは不機嫌そうな声でそう言った。ジョージが面白くない態度ならば自分も対抗しようと、せめてもの抗議である。彼は困ったように微笑んだ。

「寝室で敬語は違和感しかないな」

「私はどちらでも違和感はありません」

 夫に対し、妻が敬語で話すのが王族や貴族では普通である。ライラはジョージに言われて敬語をやめたのだが、敬語を使っても態度は素のままという事も出来る。実際、彼女は言葉遣いが敬語に変わっただけで、態度は素のまま拗ねているというのは彼もわかっていた。

「抱きつくのなら枕ではなくて俺にしなよ」

「枕で十分です」

 ライラは枕をより強く抱きしめた。本当はジョージに抱きつきたいのだが、それでは自分だけが会いたかったようで悔しい。出来れば彼から抱きしめて欲しかった。

「そのまま寝るつもりならもう少し場所を譲って。落ちそうで怖い」

 クイーンサイズのベッドの中央にライラは枕を抱えて寝転がっていた。一ヶ月以上一人で寝ていたので、彼女は無意識でベッドの中央で横になっていたのである。彼女はこのまま寝るつもりはなく、枕を抱きしめたまま内心焦った。

「ジョージ様はもう寝られるのですか」

「ライラお嬢様の機嫌が悪いみたいだからね」

「そう思われるのなら機嫌取りでもして頂きたいわ」

「それでしたら遠慮なく」

 ジョージはそう言うとベッドへと乗り、横になっているライラの脇を抱えて身体を起こすと、後ろから枕ごと抱きしめた。

「何が引っ掛かってるの? 今回の仕事が長引いた理由はわかってるだろう?」

 レヴィ海軍は長らく戦争をしていない。ガレスとの戦争は大河の浅瀬で行われていた為、戦場から離れた河口を見張っているだけだった。しかし南方面から貿易船を狙った海賊が現れ、そちらの対策は常にしていた。海の安全が確保されないとサマンサが無事に嫁げないという事で、今回本格的にアスラン王国と協力して海賊対策をする事になったのだ。

「海賊の本拠地を叩きに行ったのでしょう? 相手は海賊だから正規軍とは違って戦い難く、予想通りに事が運ばなかった」

 ライラはジョージに抱きしめられ少し満足したので言葉を戻した。それでもまだ声色は不機嫌なままだ。

「あぁ。俺も陸の軍人だから海の上だと勝手が違う。それでもアスラン王国への海路は安全にしておく必要があったから、途中で引き返せなかった」

 ジョージはライラの顔を覗こうとするも、彼女は顔を背ける。

「俺はずっと海上にいたのに、ライラはそれの何が不満なの?」

「ジョージは隊長としての責務を果たすべきだと思っているわ。それでも少しだけ私の事も気にかけて欲しいの」

「予定が変わった時、ライラにも手紙を書いただろう?」

「あれは手紙ではなく報告書よ。手紙ならもう少し愛情が込められていると思うの」

 ジョージはライラの機嫌の悪さの原因に気付き、小さく呻いた。

「人には得手不得手がある。それは期待しないでほしい」

「何故? いつも甘い言葉を言ってくれるのに」

 ライラは振り返ってジョージを見つめた。彼は困ったような表情をしている。

「俺の癖字で愛を語っても違和感があるだろう?」

「特にないわ」

「面と向かって言うのは構わないけれど、文字にするのは抵抗がある。今後長く出かけないから、それは水に流して」

「それなら面と向かって言って」

 ライラは期待を込めた眼差しをジョージに向ける。彼は微笑んだ。

「ずっと会いたかった。こうして触れたかった」

「それなら何故兵舎前で抱擁してくれなかったの?」

「隊員の前だったのもあるけど、少しライラに触れたら止まらなくなりそうだったから」

「ジョージは途中で止められるでしょう? 部屋で仕事している時の休憩、いつもいい所で止めるのは誰よ」

「心に余裕がある時はいいけれど、今はかなり飢えてるから。止められない自信があるから口付けもしないのに」

 ジョージは二人きりの時は隙あらば口付けをするのに、今夜はまだされていない事にライラは気付き、嬉しそうに微笑んだ。

「私だけがジョージがいなくて寂しかったのではなくて、ジョージも寂しかった?」

「寂しかった。一年前はこんな気になるとは思っていなかった」

 ジョージは柔らかく微笑んだ。ライラは枕を横に置き、身体を反転させると彼に抱きついた。

「今日が何の日かわかる?」

「結婚記念日だろう?」

 ライラはジョージを抱きしめる力を強めた。やはり彼は今日が何の日かわかっていて帰ってきてくれたのだ。たとえ政略結婚だったとしても、結婚式の時はつまらなさそうな顔をしていたとしても、抱く気がないと言われたとしても、あの日が二人の始まりである。

「結婚記念日なのに夕食は一体誰と一緒だったのかしら」

 ライラの口調は怒りを孕んでおらず、少し悪戯っぽいものだった。

「悪い。兵舎で今後の事も含め軍議をしながら食べた」

「少し軍議が長引き過ぎではないかしら」

「それは元々夕食が遅かったんだ。父上に報告をした時に、エド兄上もいて時間をとられた。この一ヶ月強の間に何がったの? あんなに機嫌がいいのは初めて見た」

 ライラはジョージを抱きしめる力を弱めるとまた身体を反転させて座り、彼の腕を自分の前で抱きしめた。以前は抱きつく方が好きだった彼女だが、最近は彼に後ろから抱きしめられている方を好んでいた。

「多分ナタリーのせいよ。サマンサが嗾けたの」

「嗾けた?」

「お義兄様に監禁されたくなかったら欲求を満たせと言っていたの。それでナタリーも行動を起こしたみたい」

 ライラの言葉にジョージは呆れた顔をする。

「やっとエドと呼んだという事か。四人でお茶を飲んだのは結構前だろう?」

「帝国は皇帝が教皇を兼ねていて絶対的存在だから、その環境で育ったせいか王太子に対して砕けた態度を取るのに抵抗があったみたい」

「その抵抗をサマンサが見ていられなくて、監禁と言って脅したのか」

「多分。詳細はサマンサがナタリーに耳打ちして、私には教えてくれなかったからわからないの。あの二人は私が嫁ぐ前から仲が良いから、たまに輪に入れてくれないのよ」

 ライラは少し寂しそうにした。ライラより五年半先に嫁いできたナタリーはレヴィ王宮になかなか馴染めなかったものの、サマンサは当初から親しくしていたのだ。

「サマンサは目的なく行動をしない。エド兄上には義姉上が必要だと思う根拠があって動いているのだろうけど、俺もそれが何かはわからない。ただ、機嫌の良いエド兄上を目の当たりにしたから、サマンサの行動は正しいんだろう」

「私はお義兄様との接点があまりないから、機嫌云々の話をされてもよくわからないわ」

「エド兄上は常に王太子を演じていて私情は表に出さない。だけど今日は明らかに楽しそうだった。少し気持ち悪いとさえ感じた」

 ジョージの言葉にライラは思わず笑いを零す。

「気持ち悪いなんて失礼ではないかしら」

「いや、あれは気持ち悪い。不特定多数の女性に声を掛けて平然としている時の方が余程ましだった。一人の女性にあそこまで執着するとは尋常じゃない」

「そう言えばサマンサがナタリーに掌で転がせと言っていたわ」

「サマンサの狙いはそこか。いくら自分が嫁ぐからといって義姉上を巻き込むのはどうなんだろう」

 ジョージの言葉がわからず、ライラは不思議そうな表情で彼を振り返る。

「サマンサは誰よりもエド兄上を心配してる。エド兄上は完璧に王太子を演じられるけれど、歪で脆い部分がある。サマンサはそれを支えられるのは義姉上だけと判断をしていて、自分が嫁ぐ前に何とかしようとしたのだろう」

「歪で脆い? そのような印象はないけれど」

「エド兄上はライラに素は晒さないと思う。俺が義姉上に距離を置いているのと同じ」

「それは同じではないと思う。ジョージの方がナタリーと距離があるわ」

「そうか?」

「そうよ。お義兄様は私の事をジョージの妻として受け入れてくれている雰囲気があるけれど、ジョージにはないもの」

「いや、エド兄上が妻として義姉上を必要としているのはわかってる。王妃に相応しいかがわからないだけで」

「現王妃殿下は公国の出身という事を忘れていない? ナタリーと宗派は違うけれど王妃殿下もルジョン教徒よ」

 ジョージは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに納得した。

「そうか。あまり関わっていなかったから忘れていた。元帝国だからそうなるよな」

「えぇ。たとえば豊穣祭なら女神マリーに感謝を捧げるのがルジョン教、皆の努力を称えて美味しく分け合うのがレヴィ。女神マリーに感謝を捧げないから参加をしたくないというのが王妃殿下で、ナタリーは王妃殿下の代わりに毎年出席しているそうよ」

「それは初めて聞いた」

 ジョージはほぼ王宮に居なかったので、王都での祝祭も存在は知っているが、興味がないので詳細は把握していない。だから誰が出席しているという話も知らない。

「ナタリーは女神マリーにも感謝をするけれど、国民の努力がなければ豊穣にはならないと、案外割り切った考えをしているの。宗教は彼女の一部ではあるけれど、中心には据えていないわ。皇帝の娘としてそれが正しいのかはわからないけれど、レヴィ王妃としてなら間違っていないと思うのだけど、どう?」

「宗教に振り回されないという事か」

「棄教は出来ないかもしれないけれど、宗教の解釈の幅を広げて対応出来ると思うわ。それより、豊穣祭は一緒に行ける?」

 ライラはナタリーにその話を聞いて自分も参加したかったのだ。昨年の豊穣祭は二人で黒鷲軍団基地へ向かっている時に行われていたのである。勿論ライラは貴賓席で参加する気はないが、それはジョージもわかっている。

「暫くは出かけないからいいよ。俺も参加した事はないけれど屋台が色々あって楽しいらしいから」

「本当? 約束してくれる?」

 ライラは真剣な表情でジョージを見つめた。彼は微笑んで頷く。

「あぁ、食べたい物は何でも買う」

「嬉しい。今から楽しみね」

 楽しそうに微笑むライラにジョージは優しく口付けをすると、彼女をベッドへと寝かせて覆い被さる。

「機嫌は直ったと判断していい?」

「まだ愛のある言葉が足りないわ」

「それなら言葉と身体で語り合おうか」

 ライラはジョージの背中に腕を回し、はにかみながら頷く。彼も嬉しそうに微笑むとゆっくり唇を重ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手
宜しければ拍手をお願いします。

また【次世代リクエスト】がありましたら教えて下さい。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ