義理姉妹のお茶会
「アリス、今夜は私と一緒に寝ない?」
「や」
アリスは短く否定をした。ライラは悲しそうな表情を浮かべて、膝に乗せているアリスを抱きしめる。隣に座っているエミリーが冷めた視線をライラに向けた。
「アリス姫を巻き込もうとするのはやめて下さい」
「姪を可愛がる事の何がいけないのよ」
「可愛がる事に問題はありませんけれど、利用されるのは如何かと思います」
エミリーに指摘されライラは口を尖らせる。それを見て呆れたようにサマンサが笑った。
「戦争の時は平気そうに見えたのに」
「あの時はジョージに対して恋愛感情はないと装っていたから。今はその必要がないもの」
記念式典が終わった後、ジョージは海軍の視察に行くと、赤鷲隊隊員の一部をつれて港町コッカーへと向かった。ライラは一緒に行きたいと言ってみたものの、場合によっては軍艦に乗って海賊と一線を交えるので連れて行けないと置いていかれたのだ。勿論、彼の言い分の方が正しいので彼女は大人しく待つ事にしたものの、彼が出立して一週間が過ぎ寂しさが募っていた。その寂しさを紛らわせるように今日はライラの部屋でアリスを含めて五人でお茶会を催していたのだ。
ライラが強く抱きしめるので、アリスは離して欲しいと主張するように手を動かした。ライラが仕方なく力を緩めると、アリスはライラの膝の上から降りてナタリーの方へ歩いて行く。
「お母様には勝てないわよね」
ライラは寂しそうにしながらティーカップを手に取ると紅茶を飲んだ。ナタリーはアリスを自分の横に座らせると、アリスは満面の笑みをナタリーに向けた。
「アリスはあまり話さないわよね。私達がいるから?」
「私と殿下と三人でもあまり話さないわ。殿下もお父様と呼ばせようとしているのだけど、まだ呼んだ事がなくて」
「以前、殿下と呼ばれてエドお兄様が落ち込んでいたとリアンから聞いたわ」
サマンサが楽しそうに言うとナタリーは困ったように微笑む。
「そうなの。それから私もアリスの前では殿下の事をお父様と呼ぶようにしているのだけど、混乱しているのかその後あまり話さないの。こちらの言っている事はわかるみたいで、先程のように肯定と否定なら話すのだけど」
ライラは諦めずにアリスに手招きをするものの、アリスはナタリーの腕を掴んで首を横に振った。
「私はアリスに嫌われるような事をしたかしら」
「アリスはお母様が大好きだから、お母様の側がいいわよね」
サマンサがアリスに問うと、アリスは満面の笑みで頷く。
「ライラ様はもう少しお待ちになれば宜しいのではありませんか」
「ナタリーが出産後なら機会があるわね。そうね、そうしましょう」
「アリスを可愛がってくれるのは嬉しいけれど、殿下と揉めない程度にして欲しいわ」
ナタリーは心配そうな声色だった。エドワードのアリスに対する執着もそれなりで、執務中休憩と言ってはアリスの元にやってくる。今日のようにお茶会にアリスが参加している時だけは遠慮をするのだが、アリスを誰かに会わせるのは週一回までにして欲しいと言われている。
「アリスが可愛いからいけないのよ。将来降嫁するなら内戦が起こるかもしれないわ」
「不穏な話はやめて。アリスにはレヴィ王女として幸せになって欲しいのだから」
「それはエドお兄様が上手く言い含めるのではないかしら。エドお兄様の王太子の振舞いは完璧だもの。中身はあれだけど」
サマンサは楽しそうに微笑んで紅茶を口に運ぶ。ライラは意味がわからず首を傾げる。
「あれとは?」
「それはお姉様には見せないでしょうから私の口からは言えないわ。ただ、お兄様に近い所はあるから、そういう事」
にっこりと微笑むサマンサを見て、ライラは二人の近い所を探す。そしてひとつの事を思い出してナタリーの方を向いた。
「ナタリーはお義兄様の呼び方を変えたの?」
「え? 何よ、急に。変えられるわけがないでしょう?」
ナタリーは困惑の表情を浮かべた。二人のやり取りにサマンサが面白そうな表情を浮かべた。
「エドお兄様、ナタリーお姉様にエドと呼んで欲しいと言ったの?」
「言われたけど、出来ないと断っているの」
「スティーヴンとリアンに対しては今はもう砕けているのでしょう?」
サマンサの指摘にナタリーは驚きの表情を向ける。ナタリーは帝国にいた時、皇帝である祖父から誰に対しても敬語を使うように強要されていた為、レヴィに嫁いでからもなかなかその癖が抜けなかった。夜会で貴族達に対し敬語を使う事は王太子妃としては相応しくないと言われて、公の場では王太子妃を演じていたが、エドワードの側近の前では敬語で話す事を許容して貰っていたのだ。
「私が王太子妃の振舞いをあの二人に出来ていなかった事、知っていたの?」
「リアンが口調を砕いていたでしょう? それについて相談を受けていたの。失礼にあたらないかと言われたから、リアンなら許されると思うと返しておいたわ。リアンはナタリーお姉様の口調を砕きたくて、自分が砕く事にしたけど効果はなかったみたいね」
「リアンとはそういう人なの?」
ライラが不思議そうに尋ねた。彼女は夜会などで見かけるので顔は知っているのだが、義兄の側近ではそこまで距離が近くなく、またジョージにリアンには不用意に近付くなと言われていたので、あえて距離を置いていたのだ。
「リアンはとてもいい人よ。フローラも子供達も仲良くしてくれているの」
「お姉様も大丈夫だと思うわ。リアンの妻フローラは癖があるけれど、素はとても可愛らしい人なの」
「癖?」
ライラが聞き返すと、横にいたエミリーがすかさずフローラの情報をライラに伝えた。リアンとフローラは恋愛結婚だが、フローラは嫉妬深く女性を誰でも牽制をするので、貴族女性はリアンにもフローラにも近付かないと。
「だけどお姉様は残念なくらいお兄様しか見えていないから、フローラも無駄な牽制はしないと思うわ」
「残念とはどういう意味かしら。ジョージはとても格好良いでしょう?」
「お兄様の事は兄として尊敬しているわ。それと異性として格好良いかは別の話。私はお兄様もエドお兄様も夫にしたいとは思えない」
サマンサの言葉にナタリーが反応をする。
「こちらを巻き込まないで」
「話を戻すけど、エドお兄様の事はエドと呼んだ方がナタリーお姉様の為よ」
「何故?」
「エドお兄様の事を今以上に面倒だと思いたくないでしょう?」
「面倒だなんて、そのような事は……」
「思っていないの? 本気で思っていないの?」
サマンサはナタリーに顔を近付けて問い質す。ナタリーは身体を少し後ろに引いた。
「それも彼の魅力だと思うから」
「ナタリーお姉様がいいなら構わないけれど、私が嫁いだ後部屋から出して貰えなくなっても、誰も助けられないかもしれないから、それだけは覚悟しておいてね」
サマンサの脅しにナタリーは怯えた表情を浮かべる。
「私の態度によって牢に入れられるという事?」
「何故そうなるの? 違うわよ。ナタリーお姉様を監禁して誰の目にも触れないようにするという事。でも監禁ならある意味牢に入っているようなものかもしれないわね」
サマンサの不穏な発言にライラが不安そうな顔をする。
「だけどナタリーには公務があるのだから、非現実的ではないかしら」
「エドお兄様の手にかかれば何とでもするわよ。ナタリーお姉様の公務をお姉様に全て押し付ける事も考えられるわ」
「ライラには以前も迷惑をかけているのに、これ以上はいけないわ。私が愛称で呼べば解決するの?」
「監禁は免れるわ。要はエドお兄様の欲求を満たせばいいの。そうすれば掌で転がす事も出来るわよ。エドお兄様はお兄様よりも扱いやすいから」
「ジョージの方が難しいの?」
「私はそう思う。あくまでも妹としての意見だけどね」
サマンサはにっこり微笑むと紅茶を口に運んだ。黙って聞いていたアリスがナタリーの様子を悟ったのか、ナタリーの手を強く握って見上げた。ナタリーはアリスに微笑むと優しく抱きしめる。
「大丈夫よ、アリス。アリスの為にも頑張るわね」
「子供達の為にもエドお兄様を掌で転がしてね」
「王太子相手にそれは出来ないわ」
「ナタリーお姉様はエドお兄様を過剰評価し過ぎだと思うわ。本当に素はあれだから敬意は不要よ」
ナタリーの表情が曇る。彼女の中にも葛藤があるのだろうとサマンサは思い、にっこりと微笑むとナタリーの耳元へ口を近付けた。囁かれた言葉にナタリーは驚き、サマンサの方を向く。
「何故急に内緒話なの? 私は聞いてはいけない事なの?」
「アリスには聞かせたくなかったの。あとエドお兄様の名誉を一応守りたいから」
サマンサの言葉の意味がわからず、ライラはナタリーに視線を投げる。ナタリーは困ったように微笑んだ。
「私達夫婦はまだまだね。ライラのように私も頑張るわ」
「私もまだまだよ。ジョージは私を置いて平気でどこへでも行ってしまうから」
ライラは視線を伏せた。今回のように長い期間ジョージが王宮を離れるのは戦争以来初めてだったが、数日なら今までも国内の視察の為に色々と出向いている。毎回一緒に行けないのか聞いてみるものの、公務の時は外出許可が出ないと断られる。
「それはエドお兄様の僻みも入っているから」
ライラは驚いたような表情をサマンサに向けた。サマンサはにっこりと微笑む。
「王都への外出許可はお兄様がもぎ取ったけれど、それも本来ならありえない事よ。ただナタリーお姉様次第では可能性があるという話」
サマンサの言葉にライラは期待を込めてナタリーを見る。ナタリーは難しい注文が来たと表情を歪めた。
「私は未だに慣れないのよ。私の我儘で周囲の人を巻き込むのは、どうしても申し訳ない気持ちが勝ってしまって。私が我慢すればいいだけならそれでいいでしょう?」
困ったような表情のナタリーをサマンサは睨んだ。
「よくないわ。ナタリーお姉様が我慢する事でエドお兄様の機嫌が悪くなったら、どれ程大勢の人に影響を与えるか一度考えてみて。そちらの方が甚だ迷惑だから」
「政治の事はわからないけど、私のせいで政治に影響が出るの?」
ナタリーの質問にサマンサは笑顔で頷く。ナタリーは不安そうな表情を浮かべた。それを察してアリスがナタリーの手を握る。
「おかあさま、だいじょうぶ」
四人が一斉にアリスを見ると、アリスは笑顔を浮かべた。ナタリーは嬉しそうにアリスを抱きしめる。
「えぇ、大丈夫。心配してくれてありがとう」
アリスは嬉しそうにナタリーの腕の中で微笑んでいる。その光景を他の三人が冷静な目で見ていた。
「やはりアリスを巡って将来内戦が起こるのではないかしら」
「むしろエドお兄様がアリスを部屋に閉じ込める可能性も」
「アリス姫は将来が楽しみでもあり、不安でもありますね」
エミリーには二歳のアリスが空気を読んでいるように見えた。自由に伸び伸びと育っていいはずの姫が母に気を遣っている。それでもライラには嫌とはっきり言っていたし、自分が口出し出来る範囲でもないので暫く見守ろうと思った。