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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編
18/73

赤鷲隊隊長と元ガレス宰相

 ジョージはライラの祖父アルフレッドと向かいあっていた。

 何故急にこのような事になったかというと、ライラの家族と仲良く夕食を終え団欒をしている所にアルフレッドが視察から戻ってきて、ジョージだけが呼び出されたからである。二人の間にあるテーブルの上にはエマが用意したワイングラスが置いてあった。ジョージは執事ではなく侍女が葡萄酒を注ぐ事に違和感を覚えたが尋ねられる雰囲気はなかった。

「一度お話をしてみたいと思っておりました」

「私もそう思っておりました」

 二人の間に神妙な空気が流れる。先程ライラの両親達と過ごしていた時の穏やかな空気が嘘のようで、ジョージは落ち着かなかった。ライラが好んでいない祖父が一体何の話をするのか、いくつ頭に浮かべてもこれといったものに辿り着かなかったのだ。

「寛いで下さって構いませんよ。私は只の一領主に過ぎませんから」

 アルフレッドの表情は柔らかいものの、到底寛げる雰囲気はない。流石は長年ガレス王国の宰相を勤めた男だと、ジョージは内心感心していた。正直に言えばこの父をもってどうしてあの息子になったのかが理解出来ない。クリフォードには威厳の欠片も感じなかった。ただいい人という印象しか受けなかった。

 アルフレッドがワイングラスを持ち口に運んだので、ジョージも葡萄酒を一口飲んだ。ジョージは酒に詳しくないのだが、とても飲みやすいと感じた。

「私のやり方に色々とご不満があるかと思います。国益を損ねない範囲でしたらお答え致します」

 アルフレッドの提案をジョージは無表情で受け止めた。まさかそのような事を言われるとは思っておらず、ジョージは何から質問をすればいいのか少し悩み、ゆっくりと口を開いた。

「彼女にいくつもの言葉を教えたのは、本当に帝国へ嫁がせる為だったのでしょうか」

 ジョージはこれが何より納得出来ていなかった。ライラほど賢い女性を何故あのような平凡以下にしか見えないルイに嫁がせようと思ったのか、教育を始めた当初はわからずとも帝国へ行かせる前には気付けたような気がしたのだ。

「私には内孫が五人おりますが全て同じ教育を受けさせています。一番秀でている孫娘をシェッド皇妃にと望むのは、おかしな事ではないと思いますけれども」

「しかしルイ皇太子殿下の人となりを御存じだったのではないのですか」

「えぇ。それでも皇宮に人を送り込むのならば一番簡単な方法です。閣下は帝国が今後も維持出来ると思われますか?」

 ジョージは閣下という敬称が引っかかったが、肩書上立場はジョージが上であり言い方からしても嫌味とは思えなかった。わざわざ止めてほしいという方が失礼にあたるだろうと思い聞き流す事にした。

「各民族がそれぞれ燻っているというのは聞いています。ローレンツ公国が帝国軍を追い払った事により、他でも同じように出来るのではないかと」

「私の目的はそこにあります。帝国を解体し、各民族で睨みあいをしている間にレヴィとガレスが国を豊かに出来ればいいと思っています」

 アルフレッドの瞳はとても冷えていた。引退した宰相とはとても思えない、まだまだ野心が残っているその視線をジョージはかわす事が出来なかった。

「帝国を解体する事と孫娘を嫁がせる事は繋がらないのではないのでしょうか」

「私は帝国側に多少伝手がありまして、帝国解体の動きを手伝って欲しいとお願いされているのですよ」

 ジョージの頭の中にシェッド帝国の地図が広がる。シェッド帝国には中央とは別に四民族あり、そのうちの一民族の娘が現在の皇妃である。その結婚が最初から北方地方独立の為の計略だったのだとしたら。彼は頭の中で懸命に可能性を考えた。

「皇妃殿下の関係者と伝手があり、北方地方の独立を陰から支援しているのでしょうか」

「皇妃殿下は静かにしているように見えて実に強かな方です。ナタリー様をレヴィに出したのも計画のうちですから」

「しかしあの時はガレスも王女を嫁にと打診があったと聞いておりますが」

「えぇ。しかしこちらとしては最初から嫁がせる予定はありませんでした」

 ジョージは眉根を寄せた。エドワードの判断にかかわらず帝国の皇女を娶る事が決まっていたような口ぶりに少し苛立った。

「それならば何故最初から打診などをされたのでしょうか」

「レヴィ王国は帝国とガレスを秤にかけて帝国を選んだ、そう帝国に伝わる事を狙っただけの話です」

 ジョージも以前から帝国の対応が表面的なのは感じていた。どういう裏事情があるのかを追求せず、表向きが整っていれば満足をする。それ故に半年前の戦争の時は皇太子が捕虜になったという帝国に都合の悪い事を伏せる代わりに交渉の席へと着かせた。レヴィは皇太子捕虜の件については箝口令を敷き、それを守っている。またその話し合いの結果も未だに守られていて帝国と公国の間は武力衝突がなくなり、公国も小麦をはじめ輸出で潤っていると聞く。彼としてはレヴィ国境を脅かさないのであれば、その二国がどうであろうと興味はない。

「私が帝国を叩いた事は筋書き通りでしょうか」

「えぇ。非常に短期間で決着がついたと聞いています。流石はテオ殿自慢の孫だと感心しております」

「祖父が私について何か申していたのですか?」

「有能な赤鷲隊隊長であると伺いました。その若さで隊長を務められる方が凡庸であるはずがありませんから」

「レヴィの内情を御存知でしたらおわかりかと思いますが、私以外に隊長に就任出来る者がいなかっただけの話ですよ」

 国王ウィリアムには弟が一人しかいなかった。故に前赤鷲隊隊長が亡くなった時、その地位を継げる者はウィリアムの息子達しかいなったのだ。王位継承権は公爵になっても順位が下がるものの持ち続けるのに対し、赤鷲隊隊長は王位継承権を捨てて国王に忠誠を誓う王族と決まっているのである。

「そういう事にしておきましょう。私としては皇妃よりも赤鷲隊隊長夫人の方が魅力を感じますし、テオ殿に声を掛けて頂けて良かったと思っております」

「この話は本当に祖父が持ちかけた話なのでしょうか」

「テオ殿が閣下の為に骨を折ってまとめた話です。テオ殿は肩書が弱いからこそ知らない者にはただの商人のように見えますが、私は尊敬しています。娘を王宮に入れる為に借金の振りをする、船を借りる為に国を自治区にしてしまう、どちらも簡単な話ではありませんし私には真似出来ません」

 ジョージはつい半年前に父から初めて聞いた内容をアルフレッドが知っている事に驚いた。

「祖父とは昔から懇意にして頂いているのでしょうか」

「四十年近い付き合いですよ。仲のいい友人であり、顧客でもあります。こうして長生きをしているのもテオ殿のおかげです」

 テオは薬の商売をしている。パメラがハーブ栽培を趣味としているのも薬草を育てている延長である。チャールズの薬もテオが調合して販売したものだった。

 アルフレッドは葡萄酒を口に運ぶとゆっくりと味わい静かにグラスをテーブルに戻した。

「閣下は帝国についてどう予測されていますか」

「数年は動きがないとみています。食糧難の問題は現状解決していますし、こちらが短期間で勝利を収めたからか、現在は外より中を見て軍事に力を入れるようになったと聞いています」

「帝国中央は軍事力を増強中ですが、これはお金がかかります。増税されるような事があれば地方から声が上がるのは案外早いかもしれません」

「早いとはどれくらいと予測されているのでしょうか」

「三年前後とみています。教皇でもある皇帝を敵に回す事は帝国の人々にとって簡単な事ではありません。公国が独立に成功したのは皇族が立ち上がったからに他なりませんから」

「私は帝国の事情に詳しくないのですが、現在北方を治めているのは皇族ではないのでしょうか」

「皇妃殿下の実兄になりますので婚姻関係を結んだ関係ではありますが、民族としては違います」

「ルイ皇太子殿下が北方へ行き決起する可能性はなさそうですが、どう思われますか?」

「ありえません。皇妃殿下はそのような事を望んでおられませんし、ルイ皇太子殿下には人々を掌握し導くという事は出来ないと判断しております」

 アルフレッドの言葉にジョージは頷いた。ジョージもルイでは旗頭にならないと思っているが、念の為確認したに過ぎない。

「先程ナタリー様がレヴィに嫁いだ事は計画通りという事でしたが、今後帝国の解体に対して、ナタリー様を通じて何か要求が入る可能性があるのでしょうか」

「詳細はエドワード殿下に確認された方が宜しいと思いますよ。あの方は色々と帝国の事情を弁えた上でナタリー様をレヴィに引き止めたのでしょうから」

 アルフレッドは右口角を少し上げた。その意味深な態度に、ジョージは表情が不快に歪まないよう何とか耐えた。他の人間ならともかく、エドワードについてアルフレッドが自分より詳しい事がジョージには癪だった。

「父や宰相ではなく兄が最も詳しいと思っていらっしゃるのでしょうか」

「私はそう判断しております。ハリスン卿は帝国にあまり興味がないように見受けられます」

 ジョージはアルフレッドの宰相に対する正確な判断に、吐きそうになったため息を必死に堪えた。実際宰相は帝国派を追い出した後は積極的に動いている素振りがない。カイルの祖父という事もあり、引退してもおかしくない程高齢ではあるのだが。

「私も帝国にはさほど興味はありません。難民さえ流れてこなければそれでいいと思っています」

「難民問題はガレスとしても困りますので、慎重に事を進めています」

「血を流す事なく各民族が帝国建国以前の状態に戻る事が可能だという事でしょうか」

「私はそれを目指しています。この命がどこまで持つかわかりませんが、可能な限り対応する所存です」

 ジョージはアルフレッドから視線を外すと葡萄酒を一口飲んだ。帝国が建国以前の状態に戻るならば、公国を別にして民族別の小国が四ヶ国と、シェッド帝国中央がガレスとほぼ同等の国になる。ジョージには帝国を解体する意味が最初はよくわからなかったが、話を聞いている内に内戦が起こる前に穏便に解決するにはこの道しかないという判断から来ているものだと理解した。

「私は国に戻り兄に話を聞いてから自分の振舞いを決めたいと思います」

「閣下は好戦的ではないと聞いておりますが、エドワード殿下はそうでもないそうですね」

「兄は意見を聞かない人ではありませんし、現状では私が待機を命じれば軍人は誰一人として動きません」

 ジョージは自信に満ちた瞳をアルフレッドに向けた。彼はレヴィ国軍を掌握していると自負しているし、王太子のエドワードが何を言おうと、彼は国王以外の命令は聞き流せる立場である。

 アルフレッドはジョージの態度に満足したのか微笑を浮かべた。

「非常に有意義な時間でした。普段息子の行動には悩まされていたのですが、たまにはあの考えなしが役に立ちました」

 今回の調印式にジョージがライラを連れていく事はガレス側に通達していない。またクリフォードに言われて領地リデルまで来る事をジョージは想定していなかった。アルフレッドもジョージが自分の屋敷に足を運ぶなどとは思ってもいなかった。

「私にとっても有意義な時間でした。もし今後情報を共有して頂けるのでしたら、祖父を通じてでも構いませんので連絡を頂ければ嬉しく思います」

「国交が正常化したのですから堂々と孫娘の所へ手紙を送ります」

 直接アルフレッドがジョージ宛に手紙を出せば不自然であるが、ライラ宛ならば内容を詮索するような人間は少ないだろう。テオ経由より早く手元に届くとジョージは思った。

「では私は早急に橋の工事を進めましょう。人の往来は両国の発展にも役に立つでしょうから」

「えぇ。そうして頂けると、こちらとしても助かります」

 レヴィとガレスが戦争を始めた時、両国の間を流れている大河に架かる橋を壊したのはレヴィ側である。それ故に橋を直すのもレヴィ負担と平和条約に明記されていた。そしてその工事には赤鷲隊隊員の一部が動員される事になっている。

「最後にひとつ、気になっている事を伺っても宜しいでしょうか」

「何でしょうか」

「リデルの紅茶を淹れてくれた女性がいたのですが、あの方は特別な方なのでしょうか」

 ジョージの質問にアルフレッドは微笑を浮かべた。

「アンの事でしたらリデルの紅茶を研究した者というだけです」

「使用人とも研究者とも違う雰囲気がしたのですけれども、気のせいでしたか」

 ジョージはまっすぐアルフレッドを見据えた。アルフレッドは微笑を崩さない。

「レヴィには女性の研究者がいないので、雰囲気がわからないだけではないのでしょうか」

 ジョージは納得がいかなかったが、確かにレヴィに女性の研究者はいない。大学の教授も全て男性である。これ以上聞いた所で欲しい回答が得られる気もしないし、答えないという事は多分自分の憶測が正しいだろうと彼は潔く引く事にした。

「そうかもしれません。失礼致しました」


 こうしてガレス元宰相と赤鷲隊隊長の非公式会談は幕を閉じた。

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