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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編
17/73

平和条約締結とライラの家族

 ライラ達が王宮を出立して四日後、休戦協定調印式と同じ軍艦で平和条約調印式が行われた。ガレスの代表もレヴィの代表も同じ顔ぶれである。違う事といえば男装していたライラが、隊長夫人としてジョージの横に控えている事だけだろう。本来ならこのような場所に女性がいる事はあり得ないのだが、ジョージはカイルの忠告を、二国間の平和の為に結ばれた結婚が今後も続いていく事を知らしめた方がいいと聞く耳を持たなかった。

 調印式は滞りなく行われレヴィ王国とガレス王国の平和条約が締結された。休戦協定からたった半年という異例の早さにウォーレンが尽力したと言われているが、私情が隠れている事をライラとエミリー以外は知らない。

 調印式が終わり、ガレス王国代表であるクリフォードがジョージに近付いた。

「御無沙汰しております。娘と話をしたいのですけれども、少々時間を頂く事は出来ますでしょうか」

「構いません。控室にご案内致します」

 ジョージは人のよさそうな笑顔を向けると、軍艦内に用意していた控室へクリフォードを案内した。ライラはその二人の後ろを大人しく歩いてついていく。

 室内に入り、扉が閉まったのを確認するとクリフォードが満面の笑みでライラを見た。ライラも笑顔を浮かべるとクリフォードに抱きついた。

「お父様、お久しぶりです」

「あぁ、ライラ。元気なようで何よりだよ」

 ジョージは何が起こっているのか理解するのに少し時間がかかった。ライラが家族と仲が良いのは話に聞いてはいたものの、まさか抱擁から始まるとは思っていなかったのだ。

「ライラ、出来たらリデルの屋敷まで来てほしいのだけど可能か?」

「リデルへ? でもお父様はすぐにでも王都に帰りたいでしょう?」

 ライラは少し困った表情をした。リデルの屋敷は現在彼女の祖父が暮らしている。彼女は祖父を好んでいないので、出来れば会いたくなかったのだ。

「いや、ライラに会わせると約束をしてリデルまでサラを連れて来た。約束を破ると暫く口を利いて貰えないから頼む」

「そのような約束を勝手に……その嘘はお母様に見破られていますよ」

「多分サラはわかっている。だからこそ嘘を真に変えてサラに褒められたい」

 クリフォードの表情は真剣だ。少し離れた場所で見ていたジョージは笑いを堪えるのに必死だった。外務大臣である義父の態度の幼さがあまりにもおかしかった。

「しかし今からリデルの屋敷へ行くとなると一泊しなければなりません。こちらにも予定がありますから」

「そこを何とか頼む。ライラもサラのあの冷たい眼差しは怖いだろう?」

「それは怖いですけれど、私はその眼差しを見ないで済みますから」

「裏切らないで」

「裏切っていません。お父様が勝手に約束をされただけではないですか」

 ジョージは笑いが堪えきれず声を出して笑った。ライラとクリフォードははっとしてジョージの方を向く。ジョージは笑いを収めて柔らかく微笑んだ。

「一泊で宜しければ構いませんよ」

「許可して頂けるのですか?」

 クリフォードは少年のように瞳を輝かせている。ジョージはそんな義父に頷いた。

「えぇ。家族に会える滅多にない機会ですからどうぞ」

「それならジョージも一緒に行きましょう。母に紹介したいわ」

 ライラはクリフォードから離れ、ジョージの側に寄り添った。

「俺は遠慮しておくよ。家族水入らずの邪魔になるだろうし」

「ジョージ様さえよければ是非一緒にいらして下さい。妻も喜びますから」

「遠慮などしなくていいわ。ね、一緒に行きましょう」

 ライラとクリフォードの期待を込められた瞳に見つめられ、ジョージは断る言葉を探すのを諦め、仕方なくライラと共に彼女の実家の領地であるリデルの屋敷へと向かう事にした。



 調印式が行われた場所から馬車に揺られる事二時間、一行はリデルの屋敷に着いた。ライラはエミリーにも事情を話し一緒に来て貰っていた。カイルは黒鷲軍団基地で留守番である。

「おかえりなさいませ」

 屋敷の扉が開き、使用人と共に貴婦人が頭を下げた。その貴婦人にクリフォードは抱きついた。

「ただいま、サラ。長らく離れて寂しかった?」

「まだ一日も経っておりませんけれど。調印式は滞りなく終わりましたか?」

「大丈夫だよ。約束通りライラを連れてきたから」

 クリフォードは褒めてと言わんばかりの笑顔を向けながら抱きしめる腕を緩めてサラの隣に立った。クリフォードの後ろにいたジョージ、ライラ、エミリーがサラの視界に入る。

「本当に連れて来てしまったのですか?」

 サラは慌てた表情をしてクリフォードを見つめた。しかしそれを彼は汲み取らない。

「会いたかっただろう?」

「勿論会いたいと思っておりました。ですがライラは他国に嫁いだわけですから、簡単にこのように連れて来て後日問題になった場合はいかがされるのですか」

「ジョージ様が一緒だから大丈夫だよ」

 クリフォードの言葉にサラは視線を戻す。そしてライラが腕を組んでいる男性がジョージなのだと理解し、サラは慌てて膝を軽く折って一礼をした。

「見苦しい所をお見せして申し訳ございません。初めてお目にかかります、ライラの母、サラ・ウォーグレイヴと申します」

「レヴィ国軍赤鷲隊隊長ジョージ・ローランズと申します」

 ジョージも一礼をした。ライラは嬉しそうに微笑んでいる。娘の態度にサラは文句を言いたかったのだが、一旦飲み込んで笑顔をジョージに向けた。

「すぐにご案内もせず申し訳ございません。奥へどうぞ」

 サラの奥に控えていた使用人が客間へと案内をした。その客間は広く、テーブルを囲んで三方にソファーが置かれている。そこにクリフォードとサラ、ジョージとライラが向かい合って腰掛けた。エミリーはサラの後ろに控えていたエマの隣に控え、視線をかわして親子の再会を喜んだ。

「夫と娘が無理を申しまして申し訳ございません」

「お気になさらないで下さい。私は王族といえ比較的自由がききますから」

 ジョージの態度をライラはつまらなさそうな視線で咎めたが、彼はそれに気付かないふりをして流した。その様子をサラは見逃さなかった。

「ライラ、ジョージ様に対しその態度は失礼に当たるので改めなさい」

「私はジョージの望むように振る舞っているだけです」

「敬称もつけないで。もう少し賢く振る舞える娘だと思っていたのに」

「サラ、少し落ち着きなよ。二人とも仲が良さそうで何よりだと思わないか?」

「あなたは黙っていて下さい」

 サラに睨まれ、クリフォードは叱られた子犬のように項垂れる。ジョージはその様子を楽しそうに見ていた。彼は両親が揃っている所を見た事がない。クラウディアはエドワードを含め子供達に惜しみない愛情を持って接していたが、その傍らにウィリアムがいた事がないのだ。ウィリアムは幼い子供達の前に父親として姿を現す事はなく、例外としてサマンサにだけは個別に会いに行っていたが、それはクラウディアが亡くなった後の話である。

「ライラさんの態度は私がお願いした事ですから責めないで頂けると助かります」

「宜しいのですか?」

「私も色々と責務を負う立場ですから、彼女にまで畏まられてしまうと心を休ませられなくなります」

 ジョージは人のよさそうな笑顔をサラに向けた。サラはその笑顔に偽りがないと判断し、穏やかに微笑んだ。

「勿体ないお言葉ありがとうございます。父親に似て少々残念な所のある娘ですが、どうぞ末永く宜しくお願い致します」

 サラの言葉にライラは不機嫌そうに母親を見た。

「残念とはどういう事でしょうか」

「そういう所よ」

 サラはライラの腕に視線をやった。ライラはジョージの腕に手を絡ませて寄り添っていた。サラは自分の腰に腕を回しているクリフォードの手の甲を抓った。

「あなたも立場を弁えて頂けませんか」

「ジョージ様は家族同然だし。血縁的にも遠い親戚だから」

「遠い親戚という理由で、レヴィ国王陛下の前でも同じ態度を取られるおつもりでしょうか」

 サラの視線は非常に冷めていた。クリフォードは視線を泳がせている。その様子がおかしくてジョージは笑いを堪えられなかった。

「ライラの御両親は随分と仲が良いね」

「えぇ。自慢の両親よ」

 ジョージとライラが仲良く微笑みあうのを横目で見たサラは、諦めたような視線でクリフォードを一瞥するとライラの方を向いた。

「ライラ、よかったわね。心配はしていなかったけれど、本当に安心したわ」

「私は幸せです。お母様とお父様のように今後も仲良くしていきます」

「私達を目標にする事はやめなさい。ジョージ様は残念な男に見えないから失礼よ」

「俺はまだ残念な男扱いなの? 結構頑張ってるよ?」

「宰相への道のりはまだまだだと思いますけれど。ジョージ様はあの若さで総司令官なのです。人望の厚さが違うと思います」

 ライラはサラの言葉に引っかかった。ライラはジョージに聞くまで彼が総司令官という事を知らなかった。それを何故母が知っているのか不思議で仕方がなかった。

「お母様、何故彼が総司令官だと御存知なのですか?」

「エリオットから聞いたからよ。あら、ライラに言わなかったかしら」

 エリオットはガレスの総司令官なので、戦争相手の総司令官を知っていてもおかしくはない。しかしライラはその話をサラからもエリオットからも聞いていなかった。

「聞いていません。何故教えて下さらなかったのですか」

「知っていると思っていたの。だってライラ、ね?」

 サラはライラが素性を隠して休戦協定調印式に参加していた事を、この場で言っていいのかわからず言葉を濁した。それをジョージは察して微笑む。

「調印式に参加する王子の肩書が軽くない事は予想出来たと思う。俺の見た目で軽んじた?」

「軽んじていないわよ。素敵な人だなと思って見ていたの」

 その場が一瞬静まり返った。ライラは自分の発言が恥ずかしくなってジョージの腕を叩く。

「何を言わせるのよ」

「勝手に言ったのに俺のせいにされても困る」

 ライラは頬を赤く染めて俯いた。クリフォードはそんな娘の態度に複雑な表情になり、サラは微笑んだ。

「ライラの可愛い表情が見られるなんて、わざわざここまで来た甲斐があったわ」

「お母様までからかわないで下さい」

「今日は泊まっていくでしょう? ゆっくり話を聞かせて欲しいわ」

「話ならエミリーから間接的に聞いて下さい」

 サラは後ろに控えているエミリーを振り返った。

「私ではジョージ様の魅力を半分もお伝え出来ないので、ライラ様からお伺いになられた方が宜しいかと思います」

「エミリーの馬鹿!」

 ライラがエミリーを睨んだ時、扉をノックする音がして失礼しますと初老の女性がカートを押して入ってきた。ジョージは違和感を覚えたが、その女性は手際よく紅茶を淹れると四人の前に置き、一礼して部屋を後にした。その流れるような動作が更に違和感を膨らませた。年齢的には家政婦長になるのだろうがそういう雰囲気が一切しなかったのだ。

「今の方は?」

「アンは義父の身の回りの世話をしている者です。元々はこのリデルの紅茶を研究し、高級茶葉へと変えた功労者です。ジョージ様はリデルを御存知かしら」

「はい、何度か頂いた事があります」

「エミリーも上手いのですけれど、茶葉を熟知したアンが淹れるとまた違います。是非その違いを楽しんで頂ければと思います」

 サラは優しくジョージに微笑んだ。ジョージは頷いて紅茶を口に運ぶ。まず香りが違うが、確かに味も違う。ジョージは甘味には強いがそれ以外はあまり興味がないので、どう表現するのが正しいのかわからなかった。

「水も紅茶の味を左右するそうで、リデルにはこの地の水が一番合うようです」

 サラが情報を添えてくれたのでジョージは頷いて答えた。

「確かに王宮で頂いた物とは少し違うように感じます。とても美味しいです」

「気に入って頂けて嬉しいですわ。本来なら義父を紹介したい所なのですけれども、生憎領地の視察に出かけていて不在なのです」

 サラの言葉にライラは安堵の表情をしたが、ジョージは少し残念な気分になった。彼はガレス王国を裏から牛耳っていると言われているアルフレッドに会える、またとない機会と期待をしていたのだ。会えたら今までどのようにレヴィ王国を見つめていたのか聞いてみたかったのだが、元宰相が簡単に口を割るとも思えずライラの両親、特に母親に気に入られたようだし、それだけでも来てよかったかと思いつつ紅茶をもう一口飲んだ。

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