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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編
16/73

隊長夫人の日常

 シェッド帝国との戦争から半年が過ぎた。皇太子捕虜という屈辱を味わった帝国はその後、レヴィ王国に対して何の行動もしていない。表面上はあくまでもローレンツ公国とシェッド帝国の揉め事をレヴィ王国が仲裁した事になっている為、今でもこの二国はレヴィにとって友好国である。ただし王宮からは皇女ナタリーを除き帝国派は一掃され、かといって公国派が台頭する事もなく、レヴィ王国は他国の干渉を受けない大国としての第一歩を踏み出そうとしていた。

 そしてその大切な一歩になるのが、長らく戦争をしていた隣国ガレス王国との平和協定締結である。元々一つの国であったこの二国が、元に戻りはしなくとも再び手を取り合う事は近隣諸国にとって脅威でもある。常時戦時中であれば他国に目を向ける余裕はないであろうが、平和を手に入れたレヴィ王国が今後どう動くのか、近隣諸国は情報集めに躍起になっていた。

 そのような近隣諸国の緊張など感じる事もなく、レヴィ王都は平和を享受し賑やかである。休戦協定の一環で政略結婚をした夫婦仲の良さは、ここレヴィ王都でも有名になりつつあった。

「こんにちは」

「いらっしゃいませ。本日は何になさいますか?」

「手土産用のお菓子が欲しいの。三週間程日持ちする物はあるかしら」

 王都にある菓子店にライラはジョージと共に入った。彼女は帽子を被っているがかつらは被っていない。簡単にまとめて左肩に流している金髪は店員の目に入らないわけがないが、常連である彼女に店員が今更驚く事はない。

「三週間も持たせるとなると砂糖菓子になってしまいますね」

 店員は笑顔で砂糖菓子を置いている陳列棚に視線を向けた。ライラはそれを見て一つの瓶を手に取る。

「金平糖。ナタリーもこれをお土産にしたと言っていたの。ねぇ、ジョージはどう思う?」

「金平糖は珍しくもないだろう?」

「珍しいわよ。レヴィに来るまで知らなかったもの」

「それならいいんじゃないか」

 ジョージの答えにライラは笑顔で頷くと店員に向き直った。

「金平糖を全種類一つずつと、この瓶を別に三つ下さい」

「ありがとうございます。すぐに準備を致しますから少々御待ち下さい」

 店員はにこやかに返事をすると陳列棚に並べていた金平糖の瓶を一つずつ手に取り、瓶が割れないように丁寧に梱包し始めた。ライラは別の陳列棚をじっと見ているジョージの視線の先を見た。

「ジョージも何か買うの?」

「いや、料理長に次に作ってもらう物の参考がないかと思って」

「料理長はもうすぐ退役と言ってなかった?」

 赤鷲隊に所属出来るのは肩書に関わらず二十年である。前赤鷲隊隊長の頃より料理人として腕を振るっている料理長は、今年の夏で隊務二十年を迎える為もうすぐ退役になる。

「エド兄上が手を回して王宮の料理長に据えるから今後も料理は食べられるよ」

「そうなの? でも私達の普段の食事はどうなるの?」

「大丈夫、次期料理長に今の味を叩き込んでおくよう料理長には言ってあるから」

「良かった。私も料理長の食事が一番美味しいと思うわ」

 二人が楽しそうに話していると店員が包装を終え、紙袋を持ってライラの側に来た。

「お待たせ致しました」

「ありがとう」

 店員が差し出した紙袋をジョージが受け取る。ライラは店員に代金を支払った。

「いつも御贔屓にありがとうございます。奥様はどちらかにお出かけなのですか?」

「彼と一緒に少し遠出をするのよ」

 ライラはジョージの腕に手を回しにこやかに微笑む。店員も微笑むと店の扉を開けた。

「いつも仲が良くて羨ましいです」

「ありがとう。またね」

「はい。またのお越しをお待ちしております」

 ジョージとライラは店の外に出た。陽射しはまだ高く、王都の市場は活気に溢れている。二人はのんびりと市場を見ながら歩き、時折二人に気付いた人と挨拶を交わした。

 レヴィ王宮をぐるりと囲む壁は高く、市民達は王都にある王宮内の様子を知る術はない。ライラはガレスでは王城の庭が解放されていた事、結婚式は市民達と共に祝った事などを話し、もう少し市民達との距離を縮めた方がいいとジョージに提案をした。それを彼は受け入れ、ウィリアムの許可を得て二人は身分を特に隠さずに王都を歩くようになった。都市ハリスンには出入りしていた彼も王都はほぼ歩いていなかった為、最初は貴族令嬢と護衛にしか見えていなかったものの、彼女が見た目と違いとても気さくに接するので王都の人々も別段気構える事無く二人を受け入れていった。王都内の菓子店に限って言えば皆が赤鷲隊隊長とその夫人と認識しており、彼に新作の味見を依頼するまでになっていた。

「別に買った三瓶は自分用?」

「二つは自分用。一つはナタリーへのお土産」

「義姉上の?」

「最近悪阻が酷いらしくて、アリスの時に食べられたと言っていたから渡そうと思うの」

 二人は王都内にある赤鷲隊駐在所に着いた。出かける時は王宮から乗馬でここまで来て、馬を預けて王都内を歩くのだ。王宮から徒歩だと距離があるし、馬車は嫌だとライラが言ったのでこの形式で落ち着いた。

「隊長、奥様。お帰りなさい」

 戦線が一つもなくなった為、赤鷲隊は現在レヴィ国内各地の警備が主な仕事である。王都を巡回出来るよう王都内にも駐在所がある。王宮内にある赤鷲隊兵舎と大して距離もないのに王都内に駐在所があるのは既婚隊員の為とも言われており、実際既婚隊員の間では一番人気の職場である。

「いつもありがとう。これはお礼よ」

 ライラはジョージが持っている袋から梱包された瓶を一つ取り出すと、出迎えてくれた隊員の妻に差し出した。

「このような物は受け取れません」

「遠慮しないで。この前迷子を優しく保護してくれたでしょう? 御両親がとても感謝していたわ。これからも大変でしょうけど宜しくね」

 ライラは微笑んで瓶を隊員の妻の手に握らせた。その妻は受け取ると頭を下げた。

「ありがとうございます。今後も夫と共に頑張ります」

 ライラは満足そうに微笑むとジョージを見上げた。彼は頷いて応えると女性の横にいた隊員に視線を移す。

「テリー、明日から暫く王都を離れる。何もないとは思うが気を引き締めて巡回を頼む」

「はっ」

 テリーと呼ばれた隊員は挙手の敬礼をして答えた。ジョージは頷くと駐在所横の厩舎へと行き、二人は乗馬で王宮へと戻った。



「ナタリー、お土産を持ってきたの」

 王宮へ戻ってからライラはナタリーの部屋へ向かった。ナタリーは嬉しそうに微笑んでライラから金平糖の入った瓶を受け取る。

「ありがとう。これはどうしたの?」

「今買ってきたの。それなら食べられるかなと思って」

「気遣ってくれて嬉しいわ」

 ナタリーの侍女であるイネスがティーカップに生姜湯を注ぎ二人の前に出した。帝国に帰した二人の異母姉と違い、イネスはナタリーがエドワードに嫁いでからずっとナタリーを支えている。だからお茶会の時はイネスをエミリー同様に扱って欲しいと言われ、それをライラとサマンサは了承していた。イネスは一礼するとナタリーの横に腰掛けた。

「一時期はナタリーの事を色々言う人もいたけど、妊娠したとわかった途端、皆が掌を返したみたいに喜んで呆れるわよね」

 エドワードが女性に声を掛けるのを一切やめ、暗に側室は要らないと意思表示している所でナタリーの妊娠がわかり、王宮内はお祝いの雰囲気に包まれていた。

「ナタリー様は何も責められるような事はしておりませんから、色々言う方がおかしいのですよ」

「そうよね。悪いのは帝国の人達とお義兄様だし」

「父や兄は構わないけど、殿下の事を悪く言わないで」

 ナタリーは不機嫌そうな顔をライラに向ける。その顔を見てライラは思わず笑ってしまった。

「ナタリーがお義兄様の事をすごく好きなのはわかるけど、正直そこまで思える理由がわからないのよね」

 ライラは相変わらず思った事を口にする。エドワードと付き合う事がこの半年で少しずつ増えてきたが、正直エドワードの良さがライラにはいまいちわからなかった。いつも笑顔で人当たりが良く王太子らしいのはわかるが、曲者感が強くてどうにも本心が見え難い。四人でのお茶会の時に言っていた事は本心だろうとは感じたものの、何故ナタリーを選んだのかはわからなかった。

「殿下はとても素敵な方で、私の事を大切にしてくれる。前回妊娠した時も悪阻で辛い時に支えてくれたし、今回も苺を差し入れてくれて嬉しかったの」

 エドワードの事を話すナタリーの表情は穏やかで、夫婦仲が上手くいっているのだろうとは思えるのだが、ライラはやはりしっくりこなかった。

「それくらいは普通だと思うの。もっと決定的な何かがあるでしょう?」

「決定的? 例えがないとわからないわ。ライラ自身の例を挙げて」

 ナタリーに微笑まれライラは言葉に詰まった。ジョージの恰好良さをいくら語った所で、エミリーの理解は未だに得られていない。果たしてそれがナタリーに通じるのかわからなかったのだ。

「私は宰相の孫娘という肩書があって、政治をはじめ色々な事を詰め込まれていたせいで男性には受けが悪かったの。ジョージはそれを受け入れてくれたから」

「それが決定的なら私と変わらないわ。シェッドでは私の事をよく思う男性はいなかったけれど、殿下は最初から優しかったもの」

 ナタリーは少し複雑そうな表情をしながら瓶の蓋を開けると、金平糖を口に運び幸せそうに微笑んだ。ライラにはナタリーの表情が一瞬暗くなったように見えた。

「ジョージは私に心を開いてくれるのが早かったけれどナタリーは違うでしょう? お茶会の最初の頃は苦しそうにしていたし」

「それは仕方がないわ。ライラも事情を知っているでしょう?」

 ナタリーは王太子妃としてレヴィに残ると決めてから、自分の知識量が圧倒的に足りない事を理解し、ライラとサマンサに色々教えて欲しいと頼んだ。その過程でナタリーはシェッド側の陰謀を語ったのだがサマンサもライラもそれは承知で、ナタリーはより学ばなければと強く思い、今では自分に与えられた公務について少し意見が出来るまでに成長していた。

「ナタリー様は少し鈍い所がおありなのですよ」

「どういう事?」

 ナタリーは意味がわからないと言った表情をイネスに向ける。イネスはそれを笑顔で受け止めた。

「アリス姫を御懐妊前後から、殿下が選ばれるナタリー様の服に変化が出ていたのですよ。最初は王太子妃らしい物を仕立てられていたと思うのですけれど、その辺りからナタリー様に似合う物に徐々に変わっていきましたから。今は露骨すぎて何も言う事はありませんけれど」

「露骨? 私はこの半年しか知らないから教えて」

 ライラが楽しそうに声を弾ませた。嫁ぐ前は恋愛話など一切興味のなかった彼女であるが、エドワードとナタリーに関しては腑に落ちない所が多く、興味の対象になっていた。

「以前はもう少し胸元が開いている物や体型がわかるような物もあったのですが、今は完全に全身を隠すような物しか仕立てられません。ライラ様もそのようなワンピースをお召しになられますから、顔が似ていなくとも御兄弟なのだなと密かに思っています」

 お茶会に参加する事に最初は恐れ多いと言った態度のイネスだったが、エミリーが身分など気にせず対応している姿を見て、今ではイネスもすっかり馴染んでいた。

「私の服はガレスから持ってきた物よ。ジョージの趣味は一切介在していないわ」

「そうなのですか。それは失礼致しました」

「嫁いでからまだ一着も買っていないの?」

 軽く頭を下げたイネスの横でナタリーは驚いた表情をしている。ライラは微笑んだ。

「買っていないわ。ジョージに勧めらた事もあるけど、持ってきた物で十分だから」

「私とはまるで違うのね。仕方のない事だとはわかっているけれど」

 ナタリーは寂しそうに俯いた。そんな彼女にイネスは優しく微笑みかける。

「宜しいではないですか。微妙な服がたくさんあっても仕方がありません。殿下が仕立てて下さったものはどれも素敵ではないですか」

「イネスもやっぱり微妙だと思っていたの?」

「し、失礼致しました」

 慌てて謝るイネスにナタリーは可笑しそうな表情を向ける。

「大丈夫。あれはあの二人の趣味で私もそう思っていたから」

「あの二人って、例の侍女達?」

「そう。レヴィの食事に慣れ過ぎたせいか帝国の食事が口に合わなくて痩せたらしいわよ」

「痩せた方が丁度いいと思うわ」

「私もそう思うのだけど、料理人を寄越せと手紙が来て少し困っているの」

「それは図々しくないかしら」

「あの二人はそういう性格なのよ。でも妊娠おめでとうとも書いてあったから驚いたの」

「それを伝えたくて、でも素直に書けないから料理人の事を書いたのかしら」

 ライラに指摘されナタリーははっとした。

「そうかもしれないわ。あの二人、根は悪くないの。私に助言をくれた事もあるし。ただ母親譲りで口が悪いし、態度も大きいし、苛立つと人を蹴るけど」

「蹴るの?」

 ライラは怪訝そうな表情をした。いくら母が妾でも皇帝の娘なのだから行儀作法を叩き込まれていてもおかしくない。だがそれ以前に人を蹴るという行為が信じられなかった。

「あの二人は自由なの。でもライラも十分自由よ。明日からわざわざ調印式の為に出かけるのでしょう?」

「えぇ。父に会いに行くから、その手土産に金平糖を買ってきたの」

「私は二度と父には会いたくないけれど、ライラは仲良しなのね」

「私の実家は使用人達も含めて皆仲良しよ。だから今回はエミリーも一緒に行く事になっているの」

「それなら乗馬でなく馬車で行くの?」

 ナタリーは半年前ライラが乗馬で出かけた事が納得出来ていなかった。ライラに商人の格好をして跨いでいたから長距離も平気だったと説明を受けても、危ないからやめた方がいいと思っていた。

「えぇ。エミリーに乗馬を教えたいのだけど、馬が怖いと言って乗ろうともしてくれないから」

「あのエミリーにも弱点があったの?」

 ナタリーが驚いたような表情をしたのでライラは微笑んだ。

「動物全般駄目なの。馬の何が怖いのか私には全くわからないけれど」

「馬車移動が正しいのだからそれでいいわよ。私もいつか王都以外に足を運んでみたいわ」

「一緒に行く?」

 ライラの問いかけにナタリーは首を横に振った。

「遠慮しておくわ。悪阻と馬車の揺れの相性の悪さは身をもって知っているから」

「それなら出産後に出かけましょう。サマンサも誘って小旅行、楽しいわよ」

「それは楽しそうね。今から楽しみにしておくわ」

 ライラとナタリーは楽しそうに微笑み合った。

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