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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編
15/73

休戦協定調印式 裏話

こちらは謀婚の過去の話です。

 七十年近く続いたレヴィ王国とガレス王国の争いは明日で一旦終止符を打つ事になった。一旦というのはこれが平和条約ではなく休戦協定だからである。


「カイル、明日は俺になりきってくれないか」

 ジョージの言葉にカイルは訝しげな表情を浮かべた。

「休戦協定調印は赤鷲隊隊長の仕事です。私では務まりません」

「いや、その辺はガレスにはわからないだろうし、さ」

 ジョージの言葉の濁し方で、カイルはジョージが何を言いたいのかを理解した。カイルとジョージはもう十年以上一緒にいる。だから初めて会う人は皆見た目でジョージとカイルの立場を逆だと思い込み、挨拶すると意外そうな顔をする人が多い。特に赤鷲隊に入り、ジョージが身体を鍛え出すとその傾向は顕著になった。傍から見ればジョージは王子ではなく護衛に見えるのは致し方がない。普通王子は身体を鍛えたりしないものだ。

「相手は外務大臣です。見た目で判断される事はないと思いますよ」

「でも俺が偽物扱いされて、休戦協定中止になったら大変だろう?」

「そのような事はありえません。休戦協定はガレスが言い出したのですから、ここで白紙には戻りません。それよりも入れ違いが露見した方が危険です」

 カイルの説得にジョージは不機嫌そうな表情を浮かべた。

「カイルの方が適任だと思うんだけどな」

「隊長はいつものように堂々とされていれば宜しいではないですか。普段拘らない所に拘る事はやめて下さい」

 ジョージは不機嫌そうな表情のまま頷いた。何に拘っているかをカイルは察していたが、話を聞く気はなかった。ジョージの見た目は確かに王族らしくないのだが、纏う空気を感じれば、ただの軍人でもない事には簡単に気付く。二十一歳の若さでレヴィ国軍総司令官である赤鷲隊隊長を務めているだけの威厳は備わっているのだ。それが女性受けするかは別の話なのもカイルは重々承知であるが、明日の休戦協定調印式に来るのは花嫁の父親であって花嫁本人ではない。花嫁の父親を納得させるならば自分が偽るよりもジョージをそのまま見せた方がいいと思っていた。



 一方ガレス側。

「ライラ、いいか。気に入らなかったら本当に断っていいから」

「いい加減にして下さい。私は了承したと何度も伝えたはずです」

「だけどこの前の皇太子みたいに妙な王子かもしれないだろう?」

 ライラは父クリフォードの言葉に困った表情を浮かべた。確かに以前話を断ったルイ皇太子殿下と同じような人種ではとても上手くいく気がしなかった。

「ですがジョージ殿下は若いのに調印式へ出てこられるお方。きっと立派な方です」

「そうかなぁ? 軍人というのは何を考えているかわからないぞ」

「エリオット様の事を仰っているのでしたらお門違いです。お父様が一人で嫉妬しているだけではありませんか」

 エリオットはクリフォードの昔からの友人であり、今はガレスの総司令官を務めている。ライラの母サラとも仲のいい友人であり、家族ぐるみで仲良くしていた。

「あの二人は昔から仲がいいんだ。何か嫌なんだよ」

「どこからどう見てもただの友人にしか見えません。お母様もいつも困った表情をされているではありませんか」

「でも俺が嫌だって言っても聞いてくれないんだ。たとえエリオットでもサラが他の男性に触れられるのは嫌なんだよ」

 クリフォードの言葉にライラはため息を吐く。まだ恋心を知らないライラには、父のこの執着心が理解出来なかった。何故愛している母を困らせるような事を言うのか不思議で仕方がなかったのだ。

「触れるも何もただの挨拶ではありませんか」

「本当はライラにするのも気に食わないんだよ。ライラも何で抱擁されてるの」

「何でと言われましても、エリオット様はお兄様みたいな感じですから、抱擁くらい何て事ないではありませんか。お父様にするのと同じ感覚です」

 クリフォードは口を尖らせた。父と娘の会話のはずだが、ライラは精神的に幼い父を諭している気分になっていた。母が絡むと父はいつもそうだが、自分に矛先が向いたのは初めてだった。

「とにかく、明日の調印式ではきちんとして下さい。妙な態度を取って休戦協定が白紙にでもなったら大変ですから」

「わかってるよ。でもライラ、本当に嫌だったら正直に言って」

「わかりました。どうしても我慢出来ないと判断した場合は正直に言うと約束します」



 翌日。二国をわけている大河の中央にレヴィ側が用意した船が停泊していた。調印式はその船上で行われた。レヴィ王国代表は赤鷲隊隊長ジョージ、ガレス王国代表は外務大臣クリフォードである。ライラは男装姿に眼鏡をかけ、父が妙な事を言わないかはらはらしながら父の横に腰掛けていた。

 ライラは最初金髪で端正な顔立ちの青年がジョージかと思った。しかし自己紹介をされ、彼はジョージの側近でありジョージは隣の人のよさそうな青年と知り、何故かほっとした。カイルが女性遊びをしていそうに見えたのに対し、ジョージは真面目そうに見えたからかもしれない。

 ジョージは人のよさそうな笑顔を引っ込め、真面目な表情で調印式に臨んでいた。年齢はクリフォードより二十歳下であるのに年の差を感じさせない。普段は頼りないクリフォードであるが、仕事中はきちんと外務大臣らしく振舞っている。それに引けを取らずジョージにも国の代表としての威厳をライラは感じた。そして調印式が終わる頃には、この人の妻なら幸せになれるかもしれないと心が動いていた。

 調印式は無事に終わり、ガレス側が先に船を降りる事になった。その時クリフォードはジョージに近付いた。

「改めまして、クリフォード・ウォーグレイヴと申します」

「わざわざご丁寧にありがとうございます。ジョージ・ローランズと申します」

 レヴィ王国は約三百年の歴史があるが、途中で王家の家門が変わっている。直系の後継者がいなくなった時に内乱が起こり、その時の勝者である有力臣下一門が王位を継いだのである。その為、レヴィ王国を建国したレヴィ家は既にないのだが国名だけ残されていた。現在の王家であるローランズ家は元侯爵家である。

「二国間の平和が長く続く事を心より願っております」

「私も二国間の平和が長く続くよう努力は惜しまない所存です」

 二人の間に娘を宜しくだとか任せて下さいなどという言葉はなかった。結婚について触れる事なく、クリフォードは船を降りた。ライラは男装が露見してはいけないと、あまりジョージの方を見ず父の後ろについて船を降りた。



「ライラ、何だか王子らしくなかったがあれでいいのか?」

 調印式が終わり、ガレス一行は国内の宿屋に戻ってきていた。この一行で女性はライラだけである為、必然とクリフォードと同室になる。

「むしろ王子らしくない所に好感を持ちました。私も姫らしくはありませんから」

 ライラは微笑んだ。それをクリフォードはつまらなさそうな表情で見つめる。

「ライラがいいと言うならいいけれど」

「大丈夫ですよ。平和の為、私も精一杯努力致します」

「ライラは平和の為なんて言わないで自分の幸せを追求していいのに。俺はサラと結婚しなかったら今の俺はなかったと思う。だからライラにもそういう人を探してほしいんだ」

「ですから見つからなかったと何度も伝えたではありませんか。これでいいのです。いつまでもあの家にいるわけにはいきませんから」

「いつまでいてもいいのに。もしかしてヘンリーに嫌味でも言われたのか」

 ウォーグレイヴ家の家宰ヘンリーは当主クリフォードをはじめ、公爵家の誰にでも言いたい事は遠慮せずに何でも言う。ライラはクリフォードに微笑んだ。

「ヘンリーが嫌味を言うはずがありません。私が嫁がないからエミリーもあの家にずっといた訳ですから。それにレヴィには連れて行かないとも伝えました」

「連れて行かない? それでいいのか?」

 ライラとエミリーは幼馴染のようなもので、まさか離れると言うとはクリフォードは予想しておらず驚きを隠せなかった。そんな父に彼女は微笑む。

「はい。ヘンリーとエマに申し訳ないですから。私は多分一人でも問題ありません」

「ライラなら上手く立ち回れそうだけど寂しいだろう? 知らない国に一人で嫁ぐなんて」

「一人ではありません。フトゥールムを連れて行きますから」

「馬? 馬ではいくら何でもエミリーの代わりにはならないだろう?」

「もし二国間に平和条約が結ばれ、国交が正常化したらその時はお願いしようと思っています。お互い行き来出来る環境があれば、里帰りも出来るでしょうし」

 娘の固い決意を聞き、クリフォードも父として真面目な表情で頷いた。

「そうか。それならまだ頑張らなければならないな」

「はい、私もレヴィで頑張りますからお父様もガレスで頑張って下さい」



 調印式を行った船は海軍所属なので海軍軍団基地へと戻っていった。ジョージ達は長らく滞在している黒鷲軍団基地に戻っていた。

「やはり心配しなくてよかったではありませんか」

 カイルは嫌味っぽくジョージにそう言った。

「いや、どうかな。向こうは結婚については何も触れなかったし」

「それに触れられても困るでしょう? 隊長はやる気がないではないですか」

 カイルは冷たい視線を向けた。休戦協定の要である結婚にジョージは一切乗り気ではなく、全てをカイルに押し付けていた。

「信用出来るか不明な娘を嫁にしろと言われて、受け入れられるわけがない」

「それは私に対しての嫌味と受け取って宜しいでしょうか」

「いや、悪い。そういう意味じゃない。陛下に対しての悪態だ」

「そちらの方が問題です。私の場合はわかっていて受け入れていますから」

 ジョージはばつが悪そうな表情をした。カイルの政略結婚は最初から破綻が目的のものだった。政治的に利用されたと、ジョージもカイルの妻が亡くなった後に知ったのだ。しかし今回の政略結婚は平和の為であるから破綻させてはいけない。

「俺には無理だと思うんだよ。女性受けしないし」

「まだ相手も見ていないのに何を仰っているのですか。それは結婚してから考えて下さい」

「そうだな。考えても仕方がないから後は任せた。俺は提出用の書類をまとめる」

「かしこまりました」

 カイルは一礼すると執務室を後にした。ジョージが昔から女性に興味を持っていないのは長年側にいたので知っている。ジョージは一見では良さがわからない。話せば優れた人物だとわかるのだが、ジョージがそもそも女性と話したがらない。離縁など難しい政略結婚だからこそ、ゆっくりと時間をかけていい夫婦になるよう支えていこうとカイルはひっそりと決意した。



 その決意が全くの無駄となり、勝手に二人が仲良くなったのはカイルにとっていい誤算であった。

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