四人でのお茶会
ライラの部屋には男女四人がソファーに腰掛けていた。エミリーは手際よく紅茶を淹れるとそれぞれの前に配り、一礼をして部屋を出ていった。
「兄上、これは一体何のつもりでしょうか」
「普段通りでいいよ、ジョージ。ここには欺く必要のある人間はいない」
エドワードは柔らかく微笑んだ。その笑顔がいつもの作り笑顔でない事にライラは気付いたものの、彼女もまた何故エドワードがナタリーを連れてきたのかわからなかった。ジョージはエドワードの言葉を受けて身体をソファーに預ける。
「エド兄上がわざわざ来なくてもこちらから出向いたのに」
ジョージの言葉が砕けた事にライラは内心驚いていた。仲がいいとは聞いていたけれど、そこまで親密だとは思っていなかったのだ。
「私はリデルの紅茶が飲みたかったのだよ。ライラさんが以前誘ってくれたしね」
ジョージは隣に座るライラを見る。彼女は以前素を晒して欲しいと言ったエドワードの会話を思い出した。
「それは社交辞令です」
「私に対して言葉を崩してくれて構わないよ。ジョージとも普段通りで。そうでないと私の目的が果たされない」
ライラは微笑みながら内心困った。エドワードとナタリーの前でジョージと普段通り接しろと言われても簡単には出来ない。しかしエドワードは気にせず紅茶を口に運ぶ。
「これがリデルか。流石茶葉一缶が使用人数ヶ月分の給料がするだけはあるね」
「リデルの茶葉はそこまで高価ではありません。祖父が渋るので価値と価格の均衡が崩れているだけです」
「言葉遣いは崩してくれていいのに」
「殿下。ライラ様を困らせるような事を仰らないで下さい」
エドワードを窘めるようにナタリーが間に入った。ライラはナタリーの態度も変わったように感じていた。帝国派が王宮を追い出された時、ナタリーはエドワードと向き合い、夫婦として共に歩む覚悟をした。問題の侍女二人は帝国に帰し、今はまた王太子妃として公務を行っている。王宮内では皇女が王太子妃のままの事に対し不満を言う者もいるが、それをエドワードはナタリーと帝国は縁が切れているから関係ないと突っぱねていた。
「ナタリーも全然崩してくれないよね。呼び方も違うし」
「ですから王太子殿下に対して言葉を崩す事は難しいのです」
「ジョージとサマンサは崩してくれるよ」
「それは御兄弟だからです」
ライラは二人のやり取りを微笑ましく見つめていた。普段低姿勢のナタリーであるが、エドワードに対してはただ従うのではなく、自分の意見を伝えられる妻であろうとしているように感じられた。
「俺はエド兄上が義姉上に対して甘い雰囲気を出すのに違和感があるんだけど」
「そう?」
エドワードは笑いながらナタリーの腰に腕を回す。それをナタリーは頬を紅潮させながら困ったような表情を浮かべて抵抗する。
「殿下、お戯れは……」
「いつもの事だろう?」
エドワードの笑顔が自然で、ライラはどう振る舞うのが正しいのかわからなくなった。彼女は困ったようにジョージを見つめると彼は微笑んだ。
「見せつけたい?」
「遠慮しておきます」
断ったライラの反応が面白くなかったのか、ジョージもまた彼女の腰に腕を回した。
「いつも通りでいいよ。よく知らないけどエド兄上がそれを見たがってるみたいだから」
「よく知らないからでは出来ません」
「理由を明確にしたら崩してくれるの?」
エドワードはナタリーの腰に腕を回したまま、にこやかにそう言った。ライラは作り笑顔を彼に向ける。
「その理由が納得出来るものでしたら」
「私はただナタリーの素が見たいのだけど、なかなか見せてくれなくて。二人の自然なやり取りを見たらナタリーも諦めてくれるかなと思っただけ」
「殿下、そのような事にライラ様を巻き込まないで下さい」
「でも他にお願い出来る人もいないから」
「殿下はいずれ国王になられるお方です。他の方と違うのは当然ではありませんか」
「でも今はジョージの方が地位は上だよ。総司令官閣下だし」
「閣下はやめてくれ」
ジョージは嫌そうな顔をした。赤鷲隊隊長の敬称は閣下であるが、彼はその呼び方が苦手で軍人全員にそう呼ぶなと命令を下している。閣下と呼ばれると隊員達と距離が出来そうで嫌なのだ。隊長の方が身近な感じもするし、年齢的にも丁度いいと思っている。
「甘党軍人の方が良かったか」
「エド兄上もそれを知ってるの?」
「私の情報網はそれなりだからね」
嫌そうな顔をしたジョージにエドワードは楽しそうに笑いかけた。普段は王太子の姿勢を崩さないけれど、今はただ仲のいい弟の前で素なのかもしれない、そう思うとライラも受け入れようと思い表情を緩めた。
「ナタリー、諦めたら?」
義理姉妹のお茶会でナタリーがサマンサを呼び捨てにしてから、ライラとナタリーもお互い呼び捨てになっている。定期的にお茶会をして二人の関係は仲のいい友人である。
「でも」
「お義兄様もお忙しいのにわざわざ時間を作ってくれたのだし、少しくらいいいでしょう?」
「エド兄上はそこまで忙しくない。俺をはじめとして散々人に仕事を振ってるから」
ライラはジョージを見つめた。彼は笑顔だ。
「一時期会食が毎晩のようにあったのはエド兄上のせいだ。エド兄上が全ての会食を多忙という嘘で断っていたんだよ」
「わからないようにしたつもりだったのだけれど、いつ気付いた?」
エドワードはにこやかに微笑んでいる。ジョージは冷めた目をエドワードに向けた。
「毎日会食が入ればわかるよ。自分の自由を確保しようと、こっちに振るのはもうやめてくれ」
「あの時は悪かった。今は環境整えて会食自体減らしたからそれで許してほしい」
「殿下、何故そのような事を」
「ナタリーと過ごす時間を確保する以外に理由はない。ジョージは次期赤鷲隊隊長の誕生を願っているから気にしなくていいよ」
笑顔のエドワードにナタリーは困惑の表情をし、そしてジョージとライラに向き直った。
「私が知らなかった事とはいえごめんなさい」
ナタリーはライラからジョージが忙しいのだと言う愚痴はお茶会で聞いていた。それを戦争で勝利を収めると色々な人が集まり大変だなと思っていたのだが、まさかエドワードが自分と過ごす為に仕事を押し付けていたなどとは思いもしなかった。
「義姉上は悪くないから気にしないで下さい。エド兄上に振り回されるのは昔からなので」
ジョージはそう言うと紅茶を口に運んだ。ナタリーは申し訳なさそうな表情でライラを見つめたので、彼女は微笑んだ。
「ナタリー、気にしなくていいわ。今は二人の時間を持てるようになったから」
「ありがとう、ライラ」
ナタリーは安堵の表情を浮かべた。その横でドワードがつまらなさそうな表情をした。
「ライラさんも呼び捨てなの? それなら私の事も呼び捨てに出来るよね」
「ジョージ様は様付ですから」
「ジョージは呼び捨てにしなくていいけど、私はして欲しい」
二人のやり取りにライラは思わず笑ってしまった。ジョージも様付は嫌いだと言っていたし、サマンサも体裁には拘らないと言っていた。ウルリヒはそのような事を言ってなかったから、多分クラウディアが育てた彼らだけがそこに拘っているのだと思うとおかしかった。
「様付でもナタリーはお義兄様の事とても愛してらっしゃいますよ」
「ライラ!」
ナタリーは頬を染めてライラを睨んだ。その表情に満足したようにエドワードが微笑む。
「随分ライラさんと仲良くしているようだね。私にももう少し砕けて欲しいな」
「これ以上は難しいですと何度も申しているではありませんか」
ライラはナタリーが可愛く見えた。とても苦労していたような雰囲気があったけれど、今もある意味エドワードに振り回されて苦労しているのかもしれないけれど、エドワードの表情は柔らかいし愛情が感じられる。
「随分変わったね、エド兄上」
「ナタリーはまだ変わるよ」
「エド兄上が変わったと言ったんだ。前はそんな表情しなかった。何で結婚五年目になって変わったの?」
ジョージはここ最近のエドワードの変化に違和感を抱いていた。ナタリーを帝国と切り離す為に戦争を目論みそれが叶ったとはいえ、それでも態度が違い過ぎる。ジョージには二人の関係はもっと冷めた仮面夫婦にしか見えていなかった。
「こちらには帝国の野望があったからね。むしろジョージ達の展開が早いのだよ。ジョージはもっと時間をかけると思っていた」
「俺は直感を信じた。平和の為に嫁いできたと言うライラの言葉が響いたんだよ」
「きっかけが平和? もっと恋愛的な話を想像していたのに」
エドワードは意外そうな表情をジョージに向けた。ジョージはふっと笑う。
「出会った当初のライラは恋愛感情の欠片も感じなかったよ。どうやってこちらを向かせるか糸口が全くわからなかったし」
「ちょっとジョージ、何をお義兄様に語っているの?」
ライラが慌ててジョージの口を塞ごうと抗議するも、エドワードはそれをかわしていく。
「ジョージが恋愛感情を持っているのも私は知らなかったけど」
「ライラと出会わなければ一生知らなかったと思う」
ジョージは微笑んでライラの髪を撫でる。彼女は恥ずかしくて俯いた。それを見てエドワードが満足そうに微笑む。
「やっぱりライラさんは素の方がいいね。とても可愛らしい」
エドワードの言葉にジョージは苛立ったような表情を向けライラを胸に抱き寄せた。
「人の妻を口説こうとするな」
「口説いていないよ。もう女性には声を掛けていない。情報を集める必要もないし」
エドワードはそう言って紅茶を口に運び、満足そうに微笑んだ。ナタリーは彼の言う事がわからず首を傾げる。
「情報とは何の事ですか?」
「帝国の件もあるけど、ナタリーの話もね」
「私のですか?」
「ナタリーは私に何も言ってくれないから、君の事を知るには外側から意見を聞くしかなくて。もう少し要望を言って欲しいのだけどね」
「私は殿下の隣にこうしていられるだけで十分です」
エドワードはナタリーに寂しそうな表情を向けた。
「ライラさんはジョージに何でも言うそうだよ。例えば私と二人で出かけたいとは思わない?」
「殿下には御公務がありますし」
「一・二日なら何とでもなるよ。ジョージに押し付けてもいいし」
ジョージはエドワードを睨んだが、エドワードはそれを無視した。
「アリスと三人で庭を散歩出来ればそれで十分ですから」
ナタリーの答えにジョージは笑った。
「エド兄上でも苦戦する女性がいるんだね」
「ナタリーだけだよ。私の事を全て受け入れてくれているようで、冷たい」
「冷たいだなんてそのような事はありません。エド様には私の事で煩わせたくないのです」
「今まで私に対して我慢していただろうから、遠慮なく何でも言って欲しいのだけど」
「遠慮はしていません。本当に十分過ぎるくらいですから」
二人のやり取りを聞いて、ライラはジョージの胸に顔を埋めながら笑いを堪えきれなかった。彼が腕の力を弱めたので、彼女は身体を起こした。
「ナタリーはお義兄様の事をエド様と呼んでいたのね。初めて知ったわ」
「本当はエドでいいと言っているのだけど、頑なに様付をやめてくれない」
「いや、え。その。ライラまでからかわないで」
困惑するナタリーをジョージは意外そうに見つめた。今までナタリーは何を考えているのか全くわからないと思っていたのだが、こんなに表情がころころ変わると思っていなかった。彼もまた皇女が王太子妃のままなのはいずれ問題になるのではないだろうかと思っていたのだが、エドワードがエドと呼ばせたがっていると知った今、ナタリーを擁護する立場に変わろうと決めた。エドワードの事をエドと愛称呼び捨てにしていたのはクラウディアしかいない。エドワードがその呼び方を他の誰にもさせなかった事を彼は知っているので、いかにエドワードがナタリーを愛していて家族になりたいのかを理解したのだ。彼はソファーから身体を起こした。
「義姉上、出来たら様付やめてあげて下さい。可能なら話し方も」
「ジョージ様まで何を言い出すのですか」
「俺達兄弟は王宮で色々な人達の陰謀を肌で感じながら生きてきました。それは今後も続き、精神的に負担になります。だから素でいられる時間が欲しくて、俺はライラと二人の時はとても安心します。エド兄上にもそう言う時間が必要なので、是非くつろげる空間を作ってあげて下さい」
ジョージの表情は柔らかかった。ライラはジョージの言葉が嬉しくて微笑みながら寄り添う。エドワードはその様子を見て、期待を込めた瞳でナタリーを見る。ナタリーは困惑していた。
「王宮内にはそんなに陰謀があるのですか?」
「あるね。貴族達は基本自分達に利益が出るようにしか動かないけれど、王家としては国全体の利益を考えなければいけない。貴族同士が揉めないように、尚且つ国民の生活も守れるように最善の道を探す。それでも誰かにとっては不利益になり逆恨みされる事もある。でも難しい事は考えなくていいよ。それはナタリーの仕事ではないから」
「それでは私の仕事は……」
「ジョージが言ったようにしてくれたら嬉しい。ナタリーの前では王太子ではなくて、ただのエドワードとしていられるのなら、それだけで十分だ」
「私も王太子妃としてエド様を支えさせて下さい」
「公務をこなしてくれるならそれでいい。君は性格的に陰謀に巻き込まれるのに向いていないから無理に入ってこないで。それで君の心が壊れたら私が辛い」
ナタリーは俯いた。彼女は自分がエドワードの役に立っているのかいないのか、わからなくなってしまったのだ。エドワードはそんな彼女に微笑むと優しく抱きしめた。
「難しく考えなくていい。ただ私を受け入れてくれたらそれでいいのだから」
「はい。頑張ります」
ライラはジョージに寄り添ったまま二人を見つめていた。彼は彼女の肩を抱いた。彼女は彼を見上げ二人は微笑みあった。穏やかな午後、四人のお茶会はこの後他愛もない会話が続いた。




