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謀婚 番外編  作者: 樫本 紗樹
謀婚 番外編
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ジョージとライラの日常4

「ライラ、また辞書の請求書が回ってきたけどケィティの次は何?」

 夜、寝室でジョージはライラに腕枕をしながらそう言った。彼女は上目遣いで彼を見上げる。

「それは海の向こうの物よ。もしかして高かった? ごめんなさい。必要経費だと思って値段を聞かずに買っちゃった」

「いや、高くはなかったけど……必要経費?」

 ジョージが訝しげな表情でライラを見ると、彼女は笑顔で応えた。

「サマンサが嫁ぐ大陸について色々と知りたいから。サマンサと一緒にアスラン語は習う事にしたけど、他にも国があって民族毎に言葉も違うらしいから主要な言語の辞書を三冊購入したの。でも大陸が違うからかレヴィとは法則が違うみたいで、習得には時間がかかりそう」

「アスラン語だけでなくて他に三ヶ国語覚えるつもり?」

「アスラン語だけしっかり覚えて、あと三ヶ国は旅行出来る程度のつもり」

 笑顔のライラにジョージは信じられないといった表情を向けた。語学が苦手な彼にとって一度に何ヶ国語も覚えようという発想がそもそもない。

「ちなみにライラが今現在覚えているのは何ヶ国語?」

「レヴィとガレスは同じだから一言語とすると、ケィティを含めて七言語ね」

 シェッド帝国は元々小さな国がいくつもあったものを、ルジョン教教皇の元に従うという事で出来た帝国である。それ故ルジョン教の聖書の言語が帝国語と呼ばれ共通語になった。帝国内には主に帝都中心の民族以外に大きく分けて四民族がいて、それぞれ違う言語を持つ。帝国語を理解する者が自分の国の言語に聖書を翻訳して布教している為、地方では帝国語を理解しないルジョン教徒も多い。そしてその中の独立した一民族がローレンツ公国である。

「七ヶ国語覚えてて、更に四ヶ国語も増やすの?」

「だから三ヶ国は簡単なものよ。多分アスラン語を覚えたら応用でいけると思う」

「アスラン語以外をどうするつもりなの?」

「どうって、向こうの大陸を一緒に旅行しないの?」

 ライラは不思議そうに首を傾げた。ジョージは呆れ顔でため息を吐く。

「俺と一緒に行くつもりで、更に旅行までする気なの?」

「だってジョージは一つの事だけしないでしょう? サマンサを送り届けた後、向こうの大陸を視察するとばかり思っていたから」

「その視察の通訳をする気?」

「出来たら二人がいいと思って」

 ライラははにかんだ。ジョージは観念したように笑った。

「確かに視察する事になるとは思うけど、二人で行けるかはわからない。言葉がわからない以上俺の反応は遅くなるから、ライラを国内と同様には守れないし」

「でも向こうでは私達が誰かわからないでしょう?」

「向こうは褐色肌が一般的だから、俺達は明らかに異国人に見える。海を越えられる異国人は商人か金持ちしかいないと判断されて、盗賊に狙われてもおかしくない」

 真剣な表情のジョージにライラはつまらなさそうな表情をした。

「向こうは治安が悪いの?」

「レヴィほど良くないとじいさんは言ってた。アスラン王国は王宮内なら平気だけど、王都であっても裏道では何が起こるかわからないらしい」

「それは少し危なさそうね。護身術も覚えた方がいいかしら?」

「発想そっち? お願いだからライラは大人しく俺に守られてて」

「つまり私の同行は認めてくれるの?」

 ライラは嬉しそうに微笑んだ。ジョージは呆れたような笑顔を返す。

「どうしても行きたいんだろう? 二年の間に考えるよ」

「ありがとう。ジョージ大好き」

 ライラは微笑んでジョージに抱きついた。

「平和協定が締結された時も調印式に行きたいの。それも宜しくね」

「俺に頼めば何でも許可が下りると思ったら大間違いだよ」

「でも父に幸せに暮らしていると伝えたいの。手紙では納得してくれないだろうから直接言いたいの。出来たら二人で会いに行きたいのだけど、難しい?」

 ライラは上目遣いで少し首を傾げながらジョージを見た。彼女は決して狙ってやっているわけではない。これが素なのである。ジョージはそれを理解した上でため息を吐いた。

「黒鷲軍の復興作業の確認業務を兼ねて、平和協定の調印式には俺が行く予定だ。ただまだ締結までには時間がかかるだろうから、その間に考えてみるけど、王宮から出るのはそんなに簡単な事じゃない」

「何でもいいわよ。また軍服を着てもいいし」

「軍服姿のライラを脱がせると言うのはありかもしれないな」

 ジョージは意地悪そうな笑みを浮かべた。ライラは頬を赤く染める。

「は? な、何を言っているの?」

「まだ慣れないの?」

 ジョージは笑顔のままライラの頬に手を添える。額をつけて至近距離で見つめられ、彼女は視線を外した。

「急に話が切り替わるのはまだ上手く対応出来ないの」

「ベッドで横になってるのに?」

「それは、そうだけど……」

 ライラは顔を背けた。彼女はジョージと話したり触れ合ったりする時間は好きだし、肌を重ねる事も幸せを感じるけれど、急にそういう雰囲気になると恥ずかしい。そんな彼女を彼は優しく抱きしめた。

「可愛い」

 ジョージはライラの耳元で囁くと彼女の耳に口付ける。

「からかわないで」

「からかってないよ。こんなに可愛いライラを置いていくのは嫌だから真面目に考える」

 ジョージの言葉にライラは頷いて彼を見つめた。

「もしお金の問題があるなら言ってね。銀貨ならまだたくさんあるから」

「お金の心配はしなくていいよ」

「でもサマンサに紹介して貰った商人の請求書はジョージに届いたのでしょう?」

「あぁ。お金に関しては全部俺の管轄だ。カイルが請求書を見る事はないから何を買ってもいい」

「将来船を買ってサマンサに定期的に会いに行ってもいいの?」

 ライラはおどけた様子でそう言った。ジョージも微笑む。

「船は高いから無理だし、そもそも王宮は簡単に出られないと何度言ったら覚えるの?」

「王宮の中も慣れてきたけど、たまには外に出たいわ。ジョージはずっと王宮生活でもいいの?」

「俺は軍事関係の仕事で定期的に外に出るから」

「もしかして王宮戻ってきてからも王都に行っているの?」

 ライラは明らかに不機嫌そうだ。ジョージは困ったように笑う。

「だから仕事だって。王都警備は赤鷲隊の管轄でもあるから」

「それなら赤鷲隊の隊服を着て、一緒に王都に行ってもいい?」

「よくない。歩いている途中で喧嘩の仲裁とか頼まれる事もあるから危ない」

「赤鷲隊は仲裁も対応するの?」

 ライラは訝しげな表情をした。赤鷲隊はレヴィ王国内でも選りすぐりの隊員を集めているはずなのに、仕事内容に喧嘩の仲裁があるとは思わなかったのだ。

「赤鷲隊は精鋭部隊だけど何でも屋でもある。戦争が終わった今、建設工事や水道工事なども要請があれば対応する」

「それでジョージの所に、この前病院の建設願いが届いていたの?」

 王宮の人事も落ち着き、カイルの調整の甲斐もあってジョージは赤鷲隊の仕事だけに戻りつつあるが、どこかで却下された申請書が彼の所に来る事は依然として続いていた。それに対し、ライラは彼に呼ばれて意見を求められる事がある。

「あぁ。お金と工夫の問題が一気に解決出来ると思ったんだろう。あの土地は王都までは遠いし、王立病院が王都以外にもあった方がいいだろうと、次の議会で取り上げるよう手配してある」

「そうね。戦争が終わったのだから次は病気を減らしていきたいわよね」

 レヴィ王国は公爵と伯爵に領主として地方の土地を与えている場合、税金さえ納めればその地方の政治には口出しをしない。しかし国内には各伯爵や公爵が結託したり揉めたりしないように、緩衝地として王国内各地に王家直轄地がある。その土地は子爵家の当主が国王に命じられて納めているが統治権はない為、何かする時は必ず許可を得なければいけない。本来なら議会宛てになるが、ジョージは軍隊の見回り以外に王家直轄地の見回りもしており、顔見知りの子爵家当主は最初から彼の元に書類を回してくる事もある。

「あぁ。それとアスラン王国に領事館を置くから交易もより盛んになって経済が活性化すると思う」

「そう言えば以前サマンサのお土産は何を買ったの? 別段王宮で流行っていないみたいだけど」

 ライラの疑問にジョージは困ったような表情をした。

「俺はあの政略結婚の話は墓参りの直前に知ったんだ。だけど偶然アスラン王国からの輸入品で、サマンサにあらぬ嫌疑をかけられてるんだよね」

 ジョージがサマンサに購入したお土産は香炉である。レヴィ王国では香水が一般的で、香を焚く習慣はない。あの時ライラがあまりにも海の向こうに関心を寄せていたので、輸入品は海の向こうを連想させて女性に人気が出るかもしれないと彼は深く考えずに選んだだけだった。

「サマンサは賢いから、本当はわかっていると思うけど」

「多分わかってて文句言ってると俺も思う。やはり海の向こうが嫁ぎ先なのは想定外だったんだろう」

「それはそうよ。往復で約一ヶ月かかるのでしょう? 流石に遠いわよね」

「それをわかってて船が欲しいと言ったの?」

「だって心細いでしょう? 私はエミリーとフトゥールムも一緒だったし、言葉や風習の壁もなかったけど、サマンサは何もかも変わってしまうから」

「サマンサの事を本当の妹みたいに思ってくれるのは嬉しいけど、王都へ遊びに行く感覚でアスラン王国へ行かせられないのはわかってるよね?」

 ジョージはライラを睨んだ。彼女はつまらなさそうに頷く。

「わかっているわよ。そうだ、二年の間に船の改良をしましょうよ。距離は縮まらないけど、移動時間が減ればもう少し身近に感じるかもしれないし」

「それはじいさんがもうやってるから大丈夫だよ」

「そうなの?」

「じいさんも結構悩んだらしい。父上は息子には全員平等に冷たいけど、サマンサだけは可愛がってるのを知ってるから。それでも相応しい相手がこの大陸では探せなかったと教えてくれた」

 サマンサを連れてケィティへ行った時、いつものようにテオとジョージは二人で酒を飲んでいた。その時にサマンサの結婚について色々と話したのだ。

「サマンサだけ対応が違うの?」

「そうか、ライラは知らないのか。サマンサがあれだけ自由にしているのは、父上が何をしても許すからだよ。本当はカイルとの結婚も考慮したらしいけど、宰相が首を縦に振らなくて諦めたと言ってた」

「そんなにハリスン家に嫁いだら都合が悪いの?」

「まぁ、カイルの祖母が王女だからハリスン家に王家の血が濃くなりすぎるのが嫌なのだろう。今でも公爵家の中で一番権力があるから、要らぬ妬みは買いたくないだろうし。降嫁は公爵家を順番に回ると暗黙に決まっているし」

「その順番通りだったらどこだったの?」

「モリス家の長男。フリードリヒに仕えている男だから、そこに降嫁は父上が嫌だったんだろう。どうせなら次期国王か赤鷲隊隊長に仕える男がいいと思うのは当然だ。モリス家は領地が豊かだから苦労はしないけど」

 ライラは聞きながらも納得は出来なかった。たとえ王宮内の発言力が弱いモリス家でも、海の向こうに嫁がせるよりは、王宮でいつでも顔を合わせられる方がいいのではないのだろうか。公爵家の屋敷は王都にあるので、領地ではなく王都で一生暮らす事も出来る。

「政略結婚だもの。何かレヴィにとって利益があるのよね?」

 ライラの問いにジョージは笑った。

「あるよ。向こうの大陸は元々ケィティが交易路を確保していて、こちらの大陸で国交を結んでいる国がない。レヴィはその唯一の国として、交易拠点ケィティを中心にこの大陸各地で商売するんだ。向こうにはいい絹糸があってそれを専売する」

「絹糸は物が良ければ買い手はいくらでもいるから確かによさそう」

 それでもライラには娘を手放すのと絹糸が同じ価値があるとは思えなかった。

「サマンサは幸せになれるかしら?」

「じいさんの目は確かだろう。俺達は幸せに暮らしているし」

 ジョージは微笑むとライラに口付けた。彼女ははにかむ。

「そうよね。きっとあの褐色肌の人がサマンサを幸せにしてくれるわよね」

「あぁ。そろそろサマンサの話は置いといて、俺に集中して」

 ジョージは抱きしめている力を緩め、ライラに覆い被さるように身体を起こすと彼女と唇を重ねた。彼女は少し恥ずかしそうにしながらも彼の背に両手を回した。

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