チャールズの墓前
ウォーレンは王宮内にある墓地へと向かっていた。チャールズが陛下の血を受け継いでいないという事を知っている人間は限られている為、彼は王族として王宮内の墓地に眠っている。チャールズの墓前で彼は足を止めると薔薇を一輪供えた。
チャールズ様。ジョージ様が問題なく帝国軍に勝利を収めました。エドワード殿下とスティーヴンも無事に仕事を終えてレスター公爵家はなくなりました。二年前に仕込んでいた効果も出て、レスター卿が亡くなったと先程連絡が入りました。これでチャールズ様の望みはほぼ叶いましたね。あとはエドワード殿下が国王陛下となり、ジョージ様が赤鷲隊隊長として国王を支えればレヴィは過去最高の栄華を誇るという望みも多分叶うでしょう。本当なら私は貴方の所へいきたいのですが、エドワード殿下に遺言されているので、残念ながらレヴィの為にもう少し働きます。
ウォーレンは愛おしそうに暫く墓石を見つめていたが、微笑を零すと立ち上がった。そして王宮へ戻ろうと振り返った瞬間驚いた。そこにはエドワードが立っていたのである。
「殿下、気配を消して背後を取るのはおやめ下さい」
「気配を消すのは癖だ。気にするな」
エドワードは笑顔をウォーレンに向ける。エドワードは昔から自然に見える作り笑顔をしていた。しかしウォーレンは今の笑顔がそれには見えなかった。
「このような所に何用でしょうか」
「ウォーレンと同じだ。伯父が亡くなった事を報告したくてね」
「それも御存知でしたか」
「遺書に伯父の命の事にも触れていたからな。二年もかかる毒などあるのか?」
そんな遅行性の毒はないとでもいうかのようにウォーレンは微笑を浮かべた。チャールズが手配したのは使用人で、レスター卿に用がなくなった後は簡単に毒殺出来るように、そしてそれまで死なないように健康管理をする為である。レスター家当主を国家反逆罪で裁く必要があった為、その時期がくるまで殺すわけにはいかなかったのである。
「伯父は生かされていたわけだな」
「そうですね。訴える人が先に亡くなっては意味がありませんから」
エドワードは納得したように頷く。国内の帝国派を追い出すには、派閥筆頭であるレスター卿は必要であった。実父を訴えるスティーヴン、それが他の貴族を動かすのに一役買っていたのは間違いないのだ。
「ウォーレン。チャールズにとって私はどのような存在だったのであろうか」
「それを今更聞いて何の意味があるのでしょうか」
「母が亡くなった後は歩み寄る努力をしても良かったのではと、少し後悔をしている」
エドワードの母オルガはチャールズの看病にかかりっきりで、エドワードが近付く事を許さなかった。エドワードもそんな母に近付かず、結果としてチャールズからも距離を置く事になった。オルガが亡くなった後、エドワードはチャールズに会わないという選択をした。エドワードのよき理解者であったクラウディアが生きていれば選択が変わったかもしれないが、残念な事にオルガより先にクラウディアが亡くなっている。レヴィ王宮は広いので意図的に避け続ける事が出来る。チャールズは体調不良で夜会などを欠席していた為、この兄弟は顔を合わせる事が一度もなかった。
「チャールズ様が殿下に会いたいと仰せになった事はありません。ですが、殿下が次期国王であるべきと信じて疑っていませんでした」
「私はレスターの血を引く者。ジョージが国王で私が赤鷲隊隊長でもよかったのではないか」
「私はその意見には賛成致しかねます。ジョージ様こそ赤鷲隊隊長に相応しい。失礼ながら殿下では務まりません」
ウォーレンの言葉にエドワードが微笑む。
「私では無理か」
「えぇ。此度の戦争も殿下では戦争期間が長引き、戦死者ももっと出たでしょう。ジョージ様は常にいつ帝国と戦争が起きてもおかしくないように軍隊を鍛え、街道を整備していたのです。そして何よりあの人柄が軍人を動かしています。戦場で先陣を切る総司令官を守ろうと、全員が必死になったと聞いています。殿下なら天幕で報告を待たれますよね」
「そうだな。先陣は無理だ。あそこまで身体を鍛えるのも無理だ」
エドワードは冗談っぽくそう言った。ウォーレンも微笑む。
「ジョージ様も国王は無理です。玉座に大人しく腰掛けていられるはずがありません。ですから今の状況で宜しいのですよ。スミス家に関しては私にお任せ下さい」
「だがウルリヒ本人は諦めているのではないのか」
「そうですね。国王陛下の思惑通りです。ジョージ様の側に置き、ジョージ様との器の違いを見せつけた。ジョージ様ご自身はそのような意識はなかったと思いますけれど」
「父はそのような事を考えていたのか。流石、宰相の孫は国王陛下の情報を持っているな」
「そんな情報を持っている私を側近として受け入れなかったのは殿下ですよ」
グレンが亡くなり、その後任はウォーレンだろうと誰もが思っていた。しかしエドワードが側近は二人でいいから要らないと断っていた。リアンは仕事が増えたと文句を言ったが、エドワードはそれを笑顔で聞き流した。ちなみにスティーヴンはレスター公爵の爵位を失ったが、国家反逆罪を訴えた功績として個別に爵位を貰い、今も変わらずエドワードに仕えている。
「父上が必要なのは側近ではなく、信頼のおける宰相だと言っていた。ウォーレンは宰相になりたいのだろう?」
エドワードが意味深に微笑むとウォーレンも微笑み返した。
「では今は祖父の右腕として宰相とはどうあるべきかを学ぶ事に致します」
「是非そうしてくれ。チャールズも多分それを望んでいるだろう」
エドワードはチャールズの墓石を見つめた。ウォーレンも振り返りチャールズの墓石を見つめる。
「チャールズの人生はあれでよかったのだろうか」
「チャールズ様は本来ならいつ死んでもおかしくない命を引き延ばしているのだから、自分が幸せになる必要はないと仰せでした」
「そうか。もう二度とチャールズのような境遇が生まれないといいな」
「それは殿下次第ではないですか。殿下の正妻および側室が浮気をしなければいいわけですから」
「肝に銘じておく」
エドワードは真剣な表情をチャールズの墓石に向けた。
「随分と御執心の様子だとお伺いしています」
ウォーレンの茶化しにエドワードはウォーレンを睨んだ。
「アリスは可愛い。嫁にはやらないからな」
「私は生涯未婚の予定なので結構です。ついでにカイルも跡継ぎが必要なので、子供が産めない歳の嫁は要りません」
「レスター公爵家がなくなったから私もハリスン公爵家は残したい。しかしいい娘が見つからないのだろう?」
「えぇ。本当はライラ様が良かったのですけれどね。ライラ様並の女性はなかなかいないのですよ」
ウォーレンの考えを初めて聞いてエドワードは笑った。エドワードから見てもライラは特別な女性に感じたが、明らかにジョージに心を寄せていて、他の男性が入り込む隙間はないように見えた。
「それはまた高望みだな。あのジョージの心を動かすような女性だ。そうそう居ない」
「しかしそれくらいでないとカイルの心も動かないのですよ。殿下もあの一件は御存知でしょう?」
ウォーレンに問われエドワードは神妙な顔つきをした。
「あぁ、知っている。宰相も酷い事をする。結局あの結末は事故なのか」
「事故という事にしておいて下さい。それ以上の詮索は御遠慮願います」
「グレンの嫁二人も事故か?」
「それはどちらも兄がした事であり、祖父は絡んでいませんので存じ上げません」
「そうか、今更どうでもいい事を聞いたな」
「いえ。兄は殿下の役に立っていましたか?」
「仕事はそつなかった。煙草臭くて部屋を別にしたが、それを違う意味に捉えたのだろう。悪循環が生まれたが私も否定はしなかった。あれは見かけによらず心が脆かったな」
「煙草を吸う事自体、精神が弱い証拠です。自ら寿命を縮めましたから」
「あぁ。煙草だけでなく薬物にも手を染めていただろう? 酒臭さも抜けなくなってきていたから注意したが聞かなかった」
「注意して頂けたのですか? 兄も馬鹿ですね。殿下の心遣いに気付かないとは」
グレンの死因は心臓発作である。煙草に薬物に酒と身体によくない物ばかりを摂取していたが、直接的な原因は薬物の大量摂取と思われている。ウォーレンはグレンが自滅すればいいと思っていたので、わかっていてあえて何も注意しなかった。
「グレンは生まれる家を間違えた。スミス家なら煙草も吸わなかっただろうし、今も優秀な側近として生きていただろう」
レヴィ国内で一番の権力を握るハリスン公爵家。現当主である宰相の妻がレヴィ王女である事でその地位は揺らぎない。しかしその宰相の息子ロナルドは凡庸な男で、宰相の期待に応えられる器ではなかった。そこで孫グレンに期待をしたが、その期待が大きすぎて元々優秀だったグレンは精神的負担から逃れようと煙草を吸い始め、酒に薬物と人生を踏み外していった。元々性格は公爵家の跡取りらしく真面目だったが、真面目過ぎた故に一度壊れると手がつけられなくなった。
「兄を壊したのは祖父です。祖父は宰相としては優秀なのですが、家庭に関しては最低です。祖母は早くに亡くなったのが救いですね」
「仕事と家庭の両立は難しいのだろう。その点ウォーレンは家庭を持たないのだから、上手くやれるだろう」
「そうなるよう努力致します」
ウォーレンはエドワードに微笑んだ。ウォーレンは兄を見て育ったので、祖父と上手く渡り合う方法を自ら見つけていた。そしてカイルを壊されないよう必死に守ってもいた。
「そう言えばカイルの嫁の件、公国に姫が二人いるがそれはどうだ。ウルリヒの従姉妹だから見目は悪くないと思う」
「言葉の壁は困ります。私は先日会談に出席しましたけれど、公国人は何を話しているのか全くわかりませんでした」
「あぁ。かなり特殊らしいな。私も先日公主の手紙を見たが内容は一切わからなかった。しかし言葉を気にするなら帝国かレヴィの二択、もしくはガレスを入れて三択か」
エドワードの言葉にウォーレンは反応をした。ウォーレンはライラを諦めた時点で、ガレスという選択肢を知らぬ間に捨てていた事に気付いたのだ。
「ガレスはいいですね。ライラ様の言葉は全く違和感がありません。ガレスの伝手を当たってみます」
「ガレスに伝手があるのか。侮れないな」
「侮って頂いては困ります。私は祖父を越えますから」
「そうか。それは楽しみだな」
二人は笑い合った。
この二人は将来、国王と宰相になりレヴィ王国の発展に大いに貢献する事となる。