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意味が分かると怖い話

『彼』の告別式

作者:蒼原凉
『彼』の葬儀に出席した『私』。そこで見たのは、ある種異様な光景だった

※意味が分かるとちょっと怖い話です。
 『彼』の告別式は慎ましやかに行われていた。
 喪主を務める『彼』の父親が、涙ながらの振りをしながら弔辞を述べる。その告別式の会場は、とても静かだった。涙を流す音さえも聞こえないくらい、静かだった。
 右側の親族の席に『彼』の両親、姉、父方の叔父夫婦、母方の大叔母。さらにはその息子夫妻と『彼』の又従兄妹が座っている。総勢十人。けれどその中には、生前『彼』があったこともなかった人物が何人も見受けられた。告別式の場ともなれば、親戚一同が集まるのが普通なのだろう。
 左側の席には、彼の親友、いや、友人たちと、彼の恋人、クラスメイトや教師、さらには刑事などが座っていた。その端には『私』もちょこんと腰かけている。
 十七歳だった少年の、早すぎる死。しかも、それは殺人事件だった。『彼』は生きた状態で、ガソリンをかけられ、焼き殺されたのだ。あとに残ったのは、炭化した人間の体だったものだけだった。『彼』本人かは、DNA鑑定ではなく歯形で鑑定されたほどだった。
 あまりにも痛ましい事件。しかも、犯人はまだ捕まっていない。そんな中で『彼』の告別式は行われていた。生前彼が親しかったはずの友人たちに囲まれながら、静かに、とてつもなく静かに、告別式は進んでいく。あまりにも残酷な遺体だったせいで、花入れはなかったが、それでも告別式は終わりを迎えようとしていた。
 え、『私』は誰だって? 『私』はとくに彼とは関係の深くなかった、一市民です。ただ、生前の『彼』と最後に言葉を交わしたのが『私』だっただけだ。それもあり、そして『彼』の生き様が気になって、この告別式にやってきた。けれど、結果はご覧の通りだった。
 誰も、涙を流さない。焼香の時も、すすり泣き一つ聞こえなかった。『彼』の通っていた高校の校長先生の弔辞が読まれた時も、生前の『彼』の様子がビデオで映し出された時も、嗚咽の鳴き声は聞こえなかった。
 ねえ、『彼』の恋人さん。あなたにとって『彼』は死んでも涙を流さない程度の人間だったの? ただ目をハンカチに押し付けて泣いてるふりをする程度の存在でしかなかったの?
 ねえ、『彼』のお母さん。あなたは彼のことを愛していたんじゃなかったの。決して優秀とかじゃなく、平凡な彼だったけれど、それでも彼はあなたの息子じゃなかったの? 下を向いて握りしめることしかできないの?
 ねえ、『彼』のお父さん。『彼』に厳しく当たっていたのは、立派な大人になって欲しいっていう気持ちの裏返しじゃなかったの? なのにどうして、そんな演技をするの? 涙腺なんて緩んでもいないのに、今父親ぶった演技をしているの? その弔辞は、本当に心からのものだったの?
 ねえ、皆さん。『彼』はあなたたちの中にいなかったの? 要らない存在だったの? 義理で告別式に出て、義理で焼香をあげて、義理で泣きまねをするような仲でしかなかったの? そうだったんでしょ?
 『私』はある種異様な告別式を、複雑な心持ちで見ていた。生前は、人気者ですらなかったけれど、人の輪の中にいた『彼』が、死んだあとはこんな風に扱われるんだ。そう思うと、少し哀れで、哀しかった。
 『彼』を乗せた棺が出棺されていく。形だけの涙を流していた人々が後に続く。いい加減にしろと言いたい。そんな悲しんでもいない偽物の涙なんて、『彼』に対する冒涜だろう。『私』だって涙は流せないけれど、あなたたちは、『彼』と親しかったはずのあなたたちならば、そんなことぐらいできただろうに。
 何も言わず、何も語らず、ただ棺が霊柩車に乗せられていくのを見送る。きっと火葬されれば、『彼』の遺体は何も残さないんだろう。痕跡一つ残さずに、『彼』という人間は消え去るのだ。きっとあなたたちは、『彼』の存在をすぐに忘れてしまうのだろうから。
 霊柩車は行ってしまった。後には『私』と数人だけが残された。
 人が去っていく。一人、また一人と、次の用事を急ぐかのように。告別式のことなんて忘れ去って、日常に戻っていこうとするかのように。
「そういえば、あなたはどうしてこちらに?」
 喪主を務めた父親が『私』に尋ねる。
「生前の『彼』と最後に会話したのが『私』なんです。偶然、歯医者で横の席に座りまして。その時に、いろいろと愚痴を聞いてもらったんです」
 そう言いながらも、私はそのシーンを思い浮かべていた。



「大丈夫ですか? 顔青いですよ」
「ええ、まあ、一応」
「本当に調子悪くなったら言ってくださいね、心配ですから」
 その後、場をしばらく沈黙が支配した。
「ちょっと愚痴ってもいいですか?」
「ええ、袖すりあうも多少の縁です。私でよければどうぞ」
「実は、ですね。仕事にかまけていたせいで、妻と娘に逃げられたんです」
「はあ、それはお気の毒さまで」
「私の中では、妻と娘のために仕事を頑張っていたはずなのにですね。それで、仕事のほうも身が入らなくなってしまって」
「そんなことが」
「もう、死のうかな、なんて。でもおかしいですよね、それでも定期健診で歯医者に来るなんて」
「死んじゃだめですよ」
 もう一度繰り返す。
「死んじゃだめです。たとえ奥さんと娘さんがいなくなったって、あなたが死んで悲しむ人は必ずいます。だから、その人のためにも生きてください」
 そして少しの時間が過ぎた。
「私も、あなたからすればただの若造かもしれませんけれど、でも、やっぱり人は誰かから必要とされてるんです。たとえ自分が意識してなくても、自分を必要としてくれてる人はちゃんといるんです。ただの若造かもしれないですけど、でも、私の中ではそれは事実だって思ってるんです。だから、あなたも生きてください。生きて、ちゃんと前を見てください」



「そう言われて、『私』は励まされたんです。なのに、それが『彼』の最後の言葉になるとは」
 『彼』の父親と会話を交わす。『彼』の父親は沈痛な面持ちで下を向いた。
「そうですか。それは、誠に残念なことです」
 『彼』の父親を見ながら思う。本当はそんなこと、みじんも思っていないだろうに。誰よりも必要とされたがっていた『彼』だからそんな台詞が言えたのに、それを、父親はわかっていなかった。
「それじゃあ、私は火葬場の方へ向かいますので」
「失礼しました」
 そう言って、『彼』の父親は去っていく。私は反対側へ向けて歩き出した。
 ねえ。そう、心の中で『彼』に問いかける。
 今までずっと、みんなに必要とされてると思ってた。みんなから、いないといけない人だと思われていたつもりだった。でも実際は違って、友人も、姉も、親も、恋人でさえも、涙を流してくれなかった。『彼』はみんなから必要とされたがっていたのに、必要にされてると信じていたのに、現実は違った。誰も『彼』に涙を流さない。ただ、惜しむふりをするだけ。それがとても悔しくて、哀しくて、そして、とてつもなく残酷だった。
 ねえ、どんな気分だった? 心の中で聞いてみた。
 最悪だった。完璧に裏切られたよ。そう声が聞こえた。
 『彼』はなんのために今まで生きてきたんだろう。頑張って勉強して、友達を作って、恋人を作って。すべてに裏切られるため? そんなわけがない。そんなこと、虚しすぎる。『彼』は友人や家族、恋人を大切に思っていたのに、最後まで、信じていたのに。なのに、それは一つとして現実じゃなかったなんて。誰一人として、『彼』の死を心から悼んでくれなかったなんて。
 胸が痛む。結局のところ、『彼』は誰からも必要とされてなんかいなかった。代わりなんて他にもいた。それだけのことだ。だけれど、私の胸は痛むし、そのことをとても悲しいと思う。『私』はどうしても、『彼』のことをかわいそうだと思ってしまう。
 けれど、いくら『私』が悲しんだところで、『彼』にとっては『私』は赤の他人なのだ。それに、今の私にできることはない。
 もう、この後『私』がすることは決めた。『私』は私に戻るのだ。そして遺書をしたためて首を吊る。すべてを書き記して。きっとそれが最高の復讐だろうから。
さて、ここで問題です。この小説には大きな謎が隠されています。それは何でしょう? もう一度読み返すとわかるかもしれません。

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