長谷部先生。
教師と生徒の恋愛なんて、きっと上手くいかない。
そう思ってるのに、溢れる気持ちを抑えられない。
こんな感情、なくなっちゃえばいいのに!
私の学校で女子に一番人気なのは長谷部先生だ。
まだ二十七歳で他の先生に比べてすごく若くて、なかなか格好いい。
何より優しくて、いつも生徒のことを考えてくれている。
そんな長谷部先生に私は恋してる。
何か特別な接点がある訳じゃないから、先生と一向にお近付きになれない。
だから今日、私は一大決心をした。
長谷部先生の担当は数学。私の一番嫌いな教科も数学。
仕方ない、先生と仲良くなるためよ。
新品みたいにキレイな教科書を持って、私は職員室に向かっている。
「長谷部先生いますか?」
職員室に入る機会なんて滅多にない私は、控え目に中を覗く。職員室の中は静かで、学校じゃないみたいだ。丁度近くを通った先生に話し掛ける。
「長谷部先生は、あぁ、今部活中だね。もう三十分もすれば帰ってくると思うよ」
「そうですか。ありがとうございます」
長谷部先生がいないと分かると、そそくさと職員室を出る。やっぱりあの雰囲気は苦手だ。
私はそのまま、職員室の外に設けられている椅子に腰掛けた。
長谷部先生は陸上部の顧問だ。運動も出来るなんて本当に先生は格好いいなあ、なんて馬鹿なことを考えている。
しかし三十分も何しようか。放課後で友達も皆帰ってしまった。
「あれ? 愛川じゃねえか。お前どうしたんだ?」
気付かない間にうつらうつらとしていたようだ。顔を上げると、そこには担任がいた。
「げ!」
「……げ、ってなんだよ! 担任の先生に向かって失礼な!」
担任の里見は、長谷部先生とそう変わらない年齢なのに、本当にイケてない。
いつもダラッとした恰好をしてるし、隠れて煙草を吸ってることだって知ってる。いい加減だし、特別運動が出来そうでもないし(噂では昔何かスポーツをやっていたらしい)、頭も悪そうだ。まあ、顔は悪くないけど。
別に私は里見が嫌いな訳じゃない、好みじゃないだけだ。
「ていうか、数学の教科書持ってる! すげえキレイ! 新学期始まってから何ヶ月経ってるよ!?」
里見はお腹を抱えて笑う。失礼なのはどっちだ、これが大人のすることだとは思えない。私はフンと顔を背けた。
「で? なんで数学の教科書持ってこんな所にいるんだよ」
「質問よ!」
「質問? あー、なるほど」
里見の口元がニヤリと歪む。私は気付かない振りをする。里見にバレたら厄介だ。
「長谷部待ちって訳ね。いいなあ、俺も誰かに待ち伏せされてえ!」
「センセーは一生無理」
「いや、どこかに俺のことが好き過ぎて仕方ない女子高生がいるかも」
「えぇ? センセー、生徒と恋愛したいの?」
私の胸がドキンと高鳴る。
里見の意見でも、無いよりはマシだ。少しは役に立つだろう。私は教師的に生徒との恋愛は有りか無しか知りたかった。
「憧れるだろ、男なら誰でも! 人目を忍んで一緒に帰ったり、手ぇ繋いだり、デートしたり……」
「センセー気持ち悪い」
「愛川、お前俺のこと嫌いだろう?」
大の大人がグスンと目頭を押さえる姿は痛々しい。私はポンポンと里見の背中を叩く。
「嫌いじゃないよ、センセー。元気出しなよ」
「誰が落ち込ませたんだよ」
里見はまだブチブチ文句を言っていた。
「美味いだろ、コレ」
数十分後、私は何故か里見と食堂にいた。手にはソフトクリーム。今夏の目玉商品だ。
「うん」
私は小さく頷く。サッパリとした味で美味しい。奢って貰ったので更に美味しい。
里見は私を見ることなく、そうか、と呟いた。
「……ねむ」
里見は食べ終えたソフトクリームの包み紙をクシャリとさせた。そしてゆっくり身体を倒していく。
「センセー、本当にだらしないなあ! 長谷部先生と大違いだよ」
「長谷部は真面目過ぎるんだよ。アイツと比べるなよ、ヘコむから」
腕の中に顔を埋めているので、声がくぐもって良く聞こえない。
私は何となく、聞いてみた。
「ねえ、センセー。教師と生徒の恋愛って上手くいくのかなあ? ほら、ドラマや小説は上手くいくじゃん。それは現実でも同じなのかな。私は無理だと思う、だって教師も自分の人生かけた恋愛なんてしたくないよ。現実はそう上手くいかないんだから」
里見から返事がない。もう寝てしまったのだろうか。
「学校から出ちゃえば、ただの男と女なのにね」
ハァ、と思わず溜め息が漏れた。完全に私の独り言になっている。
それでもいいような気がして来た。
「愛川ァ、好きになったら教師だとか生徒だとか関係ねえ気がするなあ、俺」
「……センセー、起きてたんだ」
「ええ、起きてましたよ。それよかお前、教師だ生徒だ気にしないで好きに恋愛しろよ。それが青春ってもんだろう」
次の瞬間、私は思いっ切り噴き出した。青春か、らしくないよ、センセー!
「愛川って俺のこと嫌いだろ、マジで」
落ち込む里見を余所に、私は勢い良く立ち上がった。そして里見の方を見る。
「三十分経ったし、私行くよ! ソフトクリームありがとう」
「おう」
「じゃあまた明日ね、センセー!」
何か分からないけれど、スッと心のモヤモヤが晴れた気がする。
里見の言葉を完全に飲み込んだ訳じゃないけど。
しかし駆け出す私の頬は自然と緩んでいた。だから会議に出たくなくてここにいる里見は見なかったことにしよう。里見のサボりにまた付き合ってやってもいい。
読んで下さってありがとうございます!
久し振りの里見先生の登場です。
今回は掲示板で読ませて貰った多くの作品に影響を受けて、そこから感じたことを自分なりに表現してみようと思い書きました。
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