朋友よ眠れ
男はアジトへ戻って来た。
右手に残弾がほとんどないM4カービンを持ち、左肩にもはや意識のない相棒を抱えて。
いくら体躯に恵まれた彼とは言え、意識のない人間をここまで運んでくるのには相当骨が折れた。
薄汚れた部屋に入ると、彼は相棒をベッドまで運び横たえた。
キッチンからバーボンのボトルと金属製のコップを2つ持ってくると、ベッドサイドの小さな台の上にコップを並べて置き、バーボンを注いだ。
「相棒、こんなところでもお前の好きなジムビームが手に入ってよかったな。こんなコップじゃ味気ないかもしれねえが、まあ一杯やってくれ。」
相棒はその言葉に答えることなく、静かに浅く呼吸している。
顔の痣や口元の血の跡を見るだけで相棒が随分痛めつけられていることが分かる。
服に滲む血が自らのものなのか、浴びた返り血なのかは分からないが、わざわざ傷を確かめるまでもない。
男はメディカル・キットからガーゼを取り出すと台上にあった飲用水で濡らし、相棒の顔を拭った。
長い髪をかきあげる額も拭うと、男は相棒の額に刻まれた傷跡を見つめた。
これは男が相棒と初めて会った時からあった傷だ。
いつ、どんな状況で付けられた傷なのかを男は一度も尋ねたことはないし、相棒も決して語ろうとしない。
「その傷がなかったらさぞや美丈夫としてモテたのだろうな。」
などと、揶揄した時にも相棒は鼻で笑っただけであった。
男の胸の内に相棒と駆け巡った数々の戦場の光景が蘇った。
二人が組んでから窮地に陥ったのは今回が初めてではない。
過去には男が相棒に命を救われたこともあるのだが、それでも生還できたのは個々の戦闘能力の高さのみならず、この二人を結ぶ深い信頼関係と互いを自分の体の一部、装備の一部として使い合えるまでに熟練した連携によるものであろう。
今回も男は生きて帰って来られた。
何カ所か傷は負っているが深くはない。
だからこそ報復攻撃が出来る。
男は、しばし相棒の姿を眺めてコップを空けると、準備を始めた。
銃器の点検を行い、弾丸・グレネードを補充すると、
「リベンジマッチには、お前のグロックも借りて行くぜ。
あの程度の奴らなら俺のM4だけで大丈夫だろうが。
あの●●●野郎にだけはコイツをぶち込んでやる。」
そういって敵の手から奪い返して来た相棒の愛銃をホルスター納めた。
「じゃあな、ちょっと出かけてくるぜ。
俺が戻ってくるまで、眠ってろ。
果報は寝て待て、って奴だな。」
そうして彼はまた装備一式を抱えて部屋を出て行った。
数時間後、彼はまたしても生還した。
今回は単独での襲撃でもあり、相手も迎撃態勢にあったのでさすがに随分手間取った。
残弾のなくなったM4は破棄し、グレネードも使い切った。
敵から奪ったAK-47を片手に部屋に戻って来た彼は、何カ所か被弾した傷をチェックした。
幸い命に別状はない。
しばらく敵の追撃を待ったが、全滅させた相手が攻撃してくることなく、ようやく男はほっと顔の表情が緩んだ。
そして、ベッドに横たわる相棒に声をかけた。
コップに注がれたバーボンはそのままである。
「お前の銃だ。
アイツにはちゃんと3発ブチ込んでおいたぞ。
そう、お前に教わった通りにとどめを刺してある。
だから、もう安心して眠れ。」
男は洗面台で顔を洗うとベッドサイドの椅子に腰をかけ、また自分用のコップでバーボンを飲み、しばし眠れる朋友の顔を眺めていた。
さらに時間が経ち、朝が来た。
男はそのまま椅子に座ったまま眠っていたようだ。
朝のまぶしい日差しが窓から入って来る。
前日あれほどまでの死地をさまよって来た男と相棒にも、等しく天の恵みが施されているかのようだ。
静かに眠る相棒の美しい顔も輝いて見える。
男はこの人がいつも自分と共に戦ってくれていたことを感謝した。
男は眠れる朋友に声をかけた。
「なあ、そろそろ寝たフリをするのは止めてくれないか?
もうあいつらに打たれたクスリは切れてんだろ?
仕方ないな。
眠り『姫』を叩き起こすのは王子様の熱い接吻、と相場が決まっているんだぜ。
あなたの騎士が我が全身全霊を込めて『お姫様』を目覚めさせて進ぜよう。」
すると、相棒は目を開いた。
男と目が合うと微笑み、「騎士の儀式」とやらを手で制した。
『彼女』はゆっくりを身を起こすと長く美しい黒髪を整え、自分のコップを手に取ると、手塩にかけて育て上げた自慢の騎士と共にバーボンを呷った。