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魔術師は黒猫がお好き-転生使い魔の異世界日記-  作者: 東 万里央
第一話「月の光と胸の痛み」
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009.仲直りと杖探し(1)

「そろそろこの街を出るか」とクルトが言った時、もうマーヤでの日々は三週間が過ぎていた。この宿屋にもすっかりなんじんでいたから、ちょっとさみしいと感じたのは内緒だ。


「金もだいぶ溜まったし、路銀は問題ないだろう」


 クルトはベッドにどさりと腰を下ろすと、ジャケットを脱ぎ枕のあたりに放った。お布団ににょーんと伸びる私を抱き上げ膝に乗せる。


「三日後の朝にはマーヤを出よう。ルナ、何か欲しいものはなかったか? 明後日鍛冶屋に行くつもりなんだ。その後お前の好きなところに連れて行く」


 最近どうも杖の調子がおかしいんだそうだ。調整が無理なら新しいものを買うつもりだと言う。私はしばらく考えて首を振った。


『……なんにもにゃい』

「ウサギの干し肉でも、鶏肉のくんせいでも、川魚の煮干しでもいいぞ? 赤いリボンとか首輪なんかは……お前は首に巻くのが苦手だしな」


 クルトはちょっと残念そうだ。私はやっぱり「いい」と首を振った。クルトはいつもと違う私が気になったのだろうか。「ルナ」と私の脇に手を差し入れ、ゆっくりと目の前にまで持ち上げる。クルトの青空色の目がすぐ近くになった。


「どうしたんだ? 最近元気ないな」

『……』

「悩みがあるなら俺に言ってみろ」


 私はなんだか腹が立って、ぷいとそっぽを向いた。


「ルナ?」

『言えないし、言わにゃいもん』

「……え?」


 クルトの表情が、身体がぴきっと凍り付く。私は一瞬「みゃ!?」とひるんだ。ショックを受けた顔は初めて見たからだ。それでも私は目を逸らしながらも、ありのままの思いを伝える。


『く、クルトに秘密があるみたいに、私にも秘密があるの。もう子猫じゃないんだもん……』


 それからどれだけの時が過ぎたのだろうか。クルトがずっとしゃべらなかったので、私はおそるおそる逸らした目をもとに戻した。クルトはまだ凍り付いている。だ、だいじょうぶなんだろうか。まさかずっとこのままじゃ……。


『く、クルト?』


 クルトは私の呼ぶ声にはっとなり動き出す。


「そうだな……」


 クルトの声は少しだけ、ほんの少しだけど寂しそうだった。私を膝に置き頭に手を乗せる。


「確かにお前ももう一歳なんだから、言えないことの一つや二つあるだろう」


 クルトは「当たり前だな」と苦笑して私をベッドに下ろした。


「寝るぞ」


 シーツをめくり、私に早く入れと促す。


『け、けど』

「お前は寒がりだろう?」


 私は戸惑いながらも「う、うん」と頷き、クルトの胸のそばで丸まった。


 その夜は目が冴えて夜が明けるまで眠れなかった。クルトのあの声が耳から離れなかったからだ。




◇◆◇◆◇




 あれからあっという間にニ日が過ぎ、明日がマーヤでの最後の一日になる。


 今日はクルトとマーヤでお買い物で、私たちは大通りの右側を歩いていた。道の果てまで武器屋、防具屋、総合店が並んでいる。大きな店、小さな店、中くらいの店といろいろだ。ここへ来たのは新しい杖を買うためだ。ごまかし、ごまかし使っていたけれども、昨日ついにひびが入ってしまったらしい。きっとクルトの強力な魔力に耐え切れなかったんだろう。私は朝クルトに「お前も来るか」と尋ねられ、一瞬迷ったけれども一緒に行くことにした。


 私は人の足をよけながらクルトを見上げる。


『ねえ、クルト、どこのお店に行くの?』

「たぶん三、四件回ることになる。まずは”安心と信頼のウォルフス堂”からだ。次に”武器と防具の欠けぬ牙”」

 

 クルトはマーヤで一番大きなお店と、たくさん支店のあるお店を上げた。


「いい杖が見つかるといいね」

「ああ、そうだな。今日は遅くなるから、帰ったらすぐ休むか」


 クルトの態度はあれからまったく変わっていない。けれども私はクルトのそばに近づけない。今もこうして少し離れて歩いている。クルトは肩に乗れと言ったけど、後ろめたさがあり断ったのだ。どうにかしなくちゃならないと思うのに、どうすればいいのかがわからない。なぜあんなことを言ったんだろう? あんな声をさせたかったわけじゃないの。


 そうだ、お店を回る間に謝ろうと私はひそかに決める。け、けど、けど、何をどう謝ればいいんだろう? 私は迷ったままクルトについていくしかない。「ごめんね」ってたった一言なのに、どうしてこんなに難しいんだろう。


 私はうつむいたまま道を歩いていく。すると少し先に布に包んだ槍を持った、戦士のパーティが建物から出て行くのが見えた。あっ、あのオオカミの看板のあるお店が、きっと探していたウォルフス堂だ。ふつうのお店の三倍はありそうで、一階は白い石づくりになっている。二階からは灰色のレンガで濃い緑の屋根がきれいだ。私は顔を輝かせクルトを見上げた。


『クルト、見て。あそこ、あそ……』


 ところが向かいから来た二人の人間に、危うく蹴り飛ばされになってしまう。


「――にゃっ!?」

「おい、何だこの猫!? 邪魔だ!!」


 一人が怒鳴り声をあげ私はびくりと身を竦ませた。久しぶりに人間が、人間の男の人が大きくて怖いと思った。二人とも顔が赤くて身体が揺らめいている。


「野良かよ。これだから畜生は――」


 男の人が今度こそ私を蹴り飛ばそうと、足を振り上げた次の瞬間だった。長い腕が私を一瞬でさらい抱き上げる。あっと驚き気が付いた時には、私はもうクルトの胸の中にいた。


「……」


 クルトが無言で二人を見下ろす。


「な、何だよてめぇ」


 男の人たちは息が荒くてお酒臭い。どこかで飲んだばかりみたいだ。クルトはそんな二人に一言だけこう言った。


「……失礼した。俺の使い魔だ」


 男の人たちは息を呑んでいたけど、やがて一歩後ずさり目配せをし合った。


「い、いや、次から気を付けりゃいいんだよ」

「な、なあ」


 そろってくるりと身を翻し、一角ウサギよりも早く逃げ出す


「大丈夫だったか」

『……!!』


 クルトは繰り返し頷く私の頭を撫でた。

 

「もうここから離れるんじゃないぞ」


 私をひょいと肩に乗せ再び歩き始める。いつものように、何事もなかったかのように。


「みゃあ……」


 私はクルトの肩にしがみつきながら、勇気を振り絞って念話でささやいた。


『ねえ、クルト』

「ん?」

『一昨日と今日はごめんね……』

「……」


 しゅんとなる私の背に大きな掌が当てられる。


「一昨日も今日もお前が謝ることなんて何もない」

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