表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師は黒猫がお好き-転生使い魔の異世界日記-  作者: 東 万里央
第一話「月の光と胸の痛み」
6/26

006.クマ男がやって来た(1)

 こうしてキラー・ビー退治は無事に終わり、クルトと私は達成の証拠の女王バチの心臓を持って、マーヤの冒険者ギルドへと向かった。


 キラー・ビーの女王バチの心臓は魔力の塊で、ハイ・ポーションの原料にもなれば、麻痺や中毒のステータス異常の特効薬にもなる。だから、道具屋や薬屋はみんな欲しがるんだそうだ。


 今日はずっと天気のいい一日だったから、クエストへ行った冒険者が多かったんだろうか。四階の達成の承認所とアイテムや素材の鑑定所、三階の商人ギルドの支店の素材の買い取り所、二階のほうしゅうの受取所にはどこも行列ができていた。


 とくに受取所はごった返している。それでも私はこれが終わればササミを買ってもらえると、うきうき、わくわくとして順番を待っていたのだ。


「では、次の方どうぞ」


 クルトが職員のお兄さんにギルドカードと、「達成」の印章の押された依頼書を渡す。お兄さんは素早く依頼書を確認すると、「お疲れ様でした」とカウンターにコインを並べた。二枚の大きな金貨と十枚の銀貨だ。


「二十一ゴールドですね。確認をお願いします」


 私はお金を革の袋に入れるクルトに話しかけた。


『クルト、ほうしゅうが少ないよ? 三十ゴールドじゃなかったの?』


 クルトが袋を懐にしまいながら答える。


「この国では商品や報酬額が税込みでの表示になっている。差し引かれるとこの額になるから間違っていない。これも現国王の政策だと聞いたが思い切った改革をしたな」

『ぜいこみ?』


 私は首を傾げた。


「税は国や街を維持するための費用だ」

『……いじ?』


 ……にゃんだか騙されているみたい。クルトが笑いながら肩の私の頭を撫でる。


「女王バチの心臓は十四ゴールドだったから、三十五ゴールドは稼げたことになる。税は俺たちがマーヤにいるために必要だから仕方がない」

『……』


 やっぱり時々人間の社会は分からない。


 職員のお兄さんは最後にギルドカードを裏返し、「ああ」と伏せていた顔を上げクルトを見た。指先でとんとんとカードの端を叩く。


「クルトさん、マーヤ他国の十都市を合わせて、クエストの達成が規定数を超えています。ランクAへの昇格試験を受けることができますが、申し込みをして行きますか?」


 クルトはほとんど迷わず首を振った。


「――いいや、必要ない」


 お兄さんが意外だといった表情になる。ほとんどの人はここで「じゅけん」をするのだろう。ランクBとAはたったワンランクだけれども、評価に天と地ほどの差があるからだ。


「ランクAになればより報酬額の高い仕事を受けられますが……」


 クルトは肩をすくめ「いいんだ」苦笑した。


「少し前にランクAクラスの魔物を倒そうとして、返り討ちにあって命からがら逃げて来たばかりだ。まだ俺には早いんだろう。もっと数をこなしてからにする」


 お兄さんもこれで納得したらしい。「よくある話ですよ」と慰め、ギルドカードをクルトに返した。クルトはお礼を言うと「ああ、そうだ」とカウンターに腕をつく。


「この辺りにまだやっている肉屋はあるだろうか?」

「ああ、はい。ありますよ。もう少しで閉店ですから早く行った方がいいですね。ここを出てもう一本向こうの通りで、つきあたりの曲がり角を曲がって――」


 ところがお兄さんの親切な説明を、野太い怒鳴り声がさえぎった。


「なんだって!? あんたがランクBぃ?」


 クルトと私は思わず顔を見合わせ、まさかとおそるおそる振り返る。


 やっぱり後ろにあのクマ男が立っていた。でっかい身体が入り口をふさいでいる。


 追いかけて来たんだ!! 


 クマ男はどすどすとクルトに近づくと、ぐいと顔を近づけ鼻を鳴らした。


「どう見てもランクBってレベルじゃねえだろ!!」


 どあっぷになったオデコは、やっぱり後ろに広くてさみしかった。




◇◆◇◆◇




――この酒場はクマ男おすすめの店らしい。


 エールやワインなどのお酒だけではなく、近くの川から取れた魚の料理が絶品なのだそうだ。煤でくすんだカウンターの奥には、棚にずらりと酒瓶が並んでいる。床には酒樽がいくつも置かれていた。


 昨日行った食堂とは違って、人間の大人がたくさんいる。木のテーブルでもカウンターでも、みんな顔を赤くしていて、おしゃべりや歌を楽しんでいた。


「さあ、飲んでくれ。俺の奢りだ」

「……」


 クルトは無表情のまま注がれたエールをぐいとあおった。私はカウンターの上の布にチョンと乗せられている。大人しくはしているけれどもクマ男をにらむのは忘れない。


 だってこの人のせいでお肉屋さんに間に合わなかったのだ。ササミと、ササミと、ササミのウラミ! フーッ!!


 怒りをこらえているのはクルトが私に謝り、「この男を早く片付ける」と言ったからだ。


 片付けると言っても退治するわけではない。さっさと話を聞きさっさと終わらせ、無茶な要求を突き付けられた場合には、絶対払えない依頼料を吹っ掛けるのだ。


 もちろんニコニコ一括の前払いだ。それにクルトは、「どっちにしろ明日にはササミを朝一番に買う」と約束してくれた。


 だからがまん、がまん、がまんするの!


 クマ男は上機嫌でエールを飲み干し、次にまじまじと私を眺めた。


「ずいぶん賢い猫だと思っていたら、そうか、こいつはケット・シーだったんだな」


 え? かしこい? かしこいって私のこと?


「ああ、そうだ。お前のことだ」


 クマ男の言葉に私は思わず顔を輝かせる。


 ほんとう? ほんとうに? 


 クマ男は今度はガハハと笑い始めた。


「猫の顔色なんてわかるかと思っていたけど、この嬢ちゃんはずいぶん素直だな」

「……」


 コップを持つクルトの手がぴくりと動く。けれどもやっぱり無表情のままだ。クマ男は「そう言えば」とカウンターに頬杖をついた。


「ケット・シーのメスの人化は、昔一度だけ見たことがあるが、あれはちょっとヤバかったな」


 ヤバい?


「そう、魂を持っていかれちまう美しさだった……。妖精か、女神か、月光の化身か、とにかくこの世ならざる美女さ。あれが魔性ってやつなのかね。まあ人間の女と同じで、あんなメスはそういないだろうが、叶うのならもう一度お目にかかりたいもんだ……」


 クマ男は夢見るような目で私をじいっと見つめた。


「……そういやあのメスも黒猫だったな」

「にゃ?」


 ん、どうしたんだろう? クマ男は注文した川魚の蒸し焼きを私の前に押し出す。


「……おいチビクロ、これ食うか?」

『……!!』


 お魚。大きな、いいにおいのするお魚。お腹がすごく空いているから、とても美味しそうに見える。け、けど、けど――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ