004.ハチ退治に行こう!(1)
今日はいよいよマーヤでの初クエストの日だ。
あのモフモフ命!のお姉さん紹介の第一段は、マーヤの商人ギルド・運輸部からの依頼だった。西の森に巣を作り始めた殺人バチ、キラー・ビーを討伐して欲しいのだという。
この森には物資をマーヤへと運ぶルートの一つがあって、近ごろ行商人や貨物の馬車を襲われ悩まされていたのだそうだ。
クルトはその敵なら戦いに慣れるのにちょうどいいと言って、私もクエストに参加させてもらうことになっていた。
クルトもやっと私が大きくなったって認めてくれたのかな?
これまでは「くんれん」ばかりで私が早くサポートをしたいと言っても、クルトは「まだ早いし、危ない」と言うばかりだったのだ。
だから私はやる気まんまんで、昨日はぐっすり寝て、たっぷり食べて、しっかり爪を研いで、準備は万端になっている。
そんなわけでクルトと私はそろって西の森の端にまで来ていた。
ここから少し先のあたりでキラー・ビーが出るんだそうだ。私はクルトの隣を歩きながら、ちょっとおかしいなと首を傾げる。
キラー・ビーは冒険者にはおなじみの魔物だ。けれどもこんな人里近くの森にはめったに現れない。どちらかと言えばダンジョン近くの林や山のすそ野を好むからだ。
私はしばらくううんと考えたけれども、やっぱりわからないやと顔を上げた。
それにしてもこの森は緑が鮮やかで気持ちがいい。木と木の間から見える空も青くてきれいだ。
お日様が元気だと一日がとってもすてきだな。世界がきらきら、きらきら、クルトの金の髪といっしょに輝くから。
あっ、あっちにうす緑とピンクの小鳥がとまっている。こっちには黄と真っ白なお腹のリスだ。
追いかけたいな、捕まえたいな、遊びたいな。
身体がうずうずとなるのを必死にこらえる。
だめだめ、今日はクルトと仕事に来たんだから。
私はこっそりと隣を歩くクルトを見上げた。うん、クルトにはバレてないみたい。「もう一歳にもなったのに、まだ子猫っぽいんだな」なんて笑われたくないもの。
ああ、でも、やっぱり気になっちゃうな。だってどちらも大きさが手ごろで、可愛くて、美味しそ……。
「――ルナ、この森の生き物には毒があるから、煮ても焼いても食えないぞ」
「みゃあっ!?」
いきなり心を読まれ私はその場に飛び上がった。クルトを見上げ口をぱくぱくとしてしまう。
ど、どうして念話にしていないのに、私の気持ちがわかったの!?
クルトは歩きながらも声を抑えて笑い始めた。
「見ていればわかる」
『にゃ、にゃんで……』
「俺はお前の親みたいなものだからな。手のひらに乗る頃から育ててきたんだぞ?」
ところがクルトの足がぴたりと止まった。視線が刃物のように瞬時に鋭くなる。杖を握る手に力が込められるのがわかった。
『……!!』
私も森にひそむ魔物の気配を感じ、全身を緊張させ戦闘の体制を取る。クルトが前を見たまま私に告げた。
「ルナ、打ち合わせ通りに行くぞ。依頼は奴らの殲滅だ」
『わかった』
「お前なら必ずできる。俺のパートナーだからな」
『……うん!』
パートナー――その響きに力がみなぎるのがわかる。そう、私はクルトのパートナーなんだ。頑張ろう!!
ぶぅんといくつもの不吉な羽音が重なり響き渡る。
……来る!!
次の瞬間、右上方と左上方、更には前方と後方の木陰から、大きなハチが束になって襲い掛かってきた。胴体の黄色と真っ黒の縞々がちょっと怖い。
「ルナ、まだ俺から離れるな」
『わかった!!』
キラー・ビーは人間の大人の半分サイズの肉食の魔物だ。それでも単体なら魔物としてはそんなに強敵じゃない。お尻にある毒針に用心さえすれば、ランクEの冒険者も倒せるだろう。
厄介なのはこうして群になった場合だ。今回は巣作りの最中だからまだ数が少ない方だ。
キラー・ビーは別名が軍隊バチとも言われているように、指揮官と兵士の部隊に分かれ系統立った狩りを行う。
数百匹に作戦をもって襲いかかられると、あっという間に毒針と鋭い牙で殺されてしまう。それから巣に持ち帰られ骨の髄まで食われたあげく、骨片だけが糞から発見される事態になるのだ。
こんなキラー・ビーの群れとの戦闘には、全体攻撃の呪文の使える魔術師が必要になる。部隊をまとめて叩けるからだ。同時に、全体攻撃はランクB以上の魔術師でなければ使えない。
――クルトが杖を高々と掲げる。そして、両手で一気に地面に突き刺した。
私とクルトを中心に紅蓮の魔法陣が浮かびまばゆく赤い光を放つ。魔力がごうっと音を立てて渦を巻き、クルトのマントと束ねた金の髪を宙に舞い上げた。直後に火炎が瞬く間にぐるりと魔法陣を取り巻き、大きな筒にも似た火の壁を作り上げる。
キラー・ビーの第一部隊が熱に驚き一歩下がった。それでもひるまず突進してきた兵士バチは、灼熱の鉄壁にわずかに触れるが早いか、車輪がきしむような断末魔とともに消し炭となる。
『キィィィイイイィィィッッッッッッ―――!!!!!!』
ぱらぱらとほんの少しの黒い煤が地に落ちた。この間クルトは一言も口にしてはいない。そう、クルトは魔術の発動に呪文の詠唱が必要ないのだ。
呪文は術者の魔力と風、火、水、土、光、闇の六元素を繋ぐ触媒のようなものだと聞いた。魔術師は呪文、魔力、六元素の三要素によって、「攻撃」「補助」「回復」の魔術を発動させる。
ふつうは触媒となる呪文の詠唱がなければ魔術は成立しない。ところが、ごく一部の天才と呼ばれる魔術師は違う。ただし、それはランクS以上でなければありえない――はずだった。けれども私には見慣れた光景で全然驚かない。
いっぽうキラー・ビーは数十匹の兵士を失ったものの、未だに第二陣、三陣が控えている。ただ、クルトの火の壁の威力を目の当たりにし、どう攻めるべきかを迷っているように見えた。
クルトはその隙を見逃さずに杖を土から引き抜くと、一歩前に踏み出し片手で宙を思い切り薙ぎ払った。その動きに合わせるかのように炎の壁が揺らめき、次の瞬間数百もの炎の玉となってはじけ飛ぶ。爆炎の威力に大地が上下にぐらついた。
『キィィィイイイィィィッッッッッッ―――!!!!!!』
風と一体になった炎の塊を真正面から受け、キラー・ビーの第一陣の生き残り、第二陣が炎に包まれ燃やされていく。何十匹もの黒焦げのキラー・ビーが地に落ちて転がった。まだ第三陣が控えているけれども、もうはじめの勢いは失っていた。
「今だ、ルナ――行け!!」
――私は大きく頷き地面を蹴った。
『ギッ!?』