003.モフモフこそ最強説(2)
ちなみにランクには上からSSS、SS、S、A、B、C、D、Eの八種類がある。ランクを上げるためには強いモンスターを倒すか、決まった数の依頼をこなして試験を受ける二つの方法がある。
Bまでは努力をすれば到達できるレベルだ。ところがAから上は才能が必要で昇格がとってもむずかしい。その分報酬額の高いソロでの依頼もぐっと増える。S以上は二つ名ももらえてギルドであっと言う間に有名になれる。
お姉さんは「Bの方でも十五ゴールドでしたら結構あるのですけど……」と申し訳なさそうだ。
「一時的にパーティを組むこともできますが? クルトさんは攻撃、回復、補助、一通りの呪文が使えますし、魔術師のいないパーティには引く手あまただと思いますよ。五組ほど魔術師の臨時メンバーを募集しているパーティがあります」
「いや……パーティはいい」
クルトは首を振りカウンターから身体を起こした。たぶん細かい依頼をいくつか受けるつもりなのだろう。
「じゃあ、十五ゴールドの仕事だな。さっそく申込書を書いてく――」
「あ、あのっ!! ま、待ってください!」
お姉さんが慌ててクルトの袖を掴んだ。目が「行かないで!」言っている。
「そ、その、Bランクのソロ可で三〇ゴールドの仕事がないわけではないんです。ただどうしてもそうした依頼はマーヤ市に市民権のある冒険者が優先されるのです。ただしそれも絶対と言うわけではなく、昨今ではそうしたクエストをこなせる人材も、なかなか市内にはおりません。で、そこから先は職員の裁量次第と言うことになっていまして……」
お姉さんは頬をぽっと赤くしクルトを見上げた。ああ、またかぁと私は生温かい気持ちになる。
人間の女の人にとってはクルトって、ちょっと「いけめん」なのだそうだ。だから「でーと」や「あそび」を引き換えに、仕事を回すからと「なんぱ」されることがある。私は今回もそれなのだろうと思い込んでいた。
ところがこのお姉さんのお願いは斜め上を行っていたのだ。
「肩の猫、小型のケット・シーですよね?」
……ん?
よく見るとお姉さんはクルトではなく、クルトの肩に乗った私を凝視している。目はぎらぎら、口からはあはあと熱い息が吐き出され、手はわきわきと動いていた。
「モフりたい……。モフって、そして……」
「み、みゃあっ!?」
私は嫌な予感に一気に毛を逆立てた。お姉さんがついに「たまんないっ!」と立ち上がる。クルトは勢いに押されカウンターから一歩引いた。
「あ、あの……?」
お姉さんはこほんと一つ咳を払うと、再び席に腰かけにっこりと笑った。
「あら、オホホ、私としたことが……。ところでその子、触ってもいいですか?」
◇◆◇◆◇
その夜私は宿屋のベッドの上で、身体をにょーんと伸ばし寝転がっていた。
あの後私たちはお姉さんに誘われ、近所の評判の食堂で夕食を取った。それから大聖堂前の広場で思う存分モフられてしまったのだ。
お姉さんの撫で方とマッサージはプロのように上手で、私は耐え切れずにごろんとお腹を曝け出してしまった。
むぅ、何たる不覚にして何たる失態。でも……気持ちよかったにゃあ。
お姉さんの実家はお肉屋さんで、ふだん動物は飼えないんだそうだ。だから大好きな猫成分に激しく飢えており、クルトの肩に乗る私を見た時には、鼻血を吹き出しそうだったのだと言う。
私たちはお姉さんをお家まで送って別れたけれども、お姉さんは「また来たら仕事回すからね!」と手を振っていた。
この街ではお金をたくさん稼げそう。食堂のごはんも美味しかったし長く居たいな。
「マーヤはいい街みたいだな。活気があっておおらかだ」
クルトがベッドに腰かけ、杖を磨きながら笑う。
うん、そうだね、私もそう思うよ。城門の衛兵のおじさんも、受付のお姉さんも、食堂のおばちゃんも、みんな明るくて優しかった。時々撫でてくれたりおやつをくれたり。
「景気もいいようだし当分はここを拠点にするか」
クルトは杖をしまい私の顎の下を指先で撫でた。ついゴロゴロと喉を鳴らしてしまう。クルトはそんな私に目を細めながらベッドに横になった。
「今日はありがとう。お前のおかげで何とかなりそうだ」
『……!!』
クルトの顔の近くにまでにじり寄る。ぴょんと飛びあがりたいくらい嬉しかった。ああ、やっとクルトの役に立てた!! 嬉しくて、嬉しくて、クルトの胸に額を擦り付ける。
「おいおい、ルナ、くすぐったい」
私はそのままそばに丸まりまぶたを閉じた。ここが世界で一番安心するベッドだ。
まだほんの赤ちゃん猫だったころ、私は眠るのがとても怖かった。どうしてなのかは分からないけど、暗闇が恐ろしくて仕方がなかったのだ。
クルトはミルクやりやトイレの世話だけではなく、夜泣きをする私をあやさなければならなかった。赤ちゃん猫の私は木箱の寝床でいつも震えて怯えていた。
『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ』
「……? 何がごめんなさいだ?」
クルトに首を傾げて聞かれても、不安の理由は私にも分からなかった。だから私は泣き続けるしかなかった。
『ゴメンナサイ、タタカナイデ。オカアサン、ステナイデ。イイコニスルカラ……』
あの時クルトは何を思ったのだろうか。私をひょいと抱き上げると、自分のベッドに連れ込み胸に抱いた。それから私の耳に繰り返しこう囁いたのだ。
「ルナ、俺はお前を傷付けない。決して捨てはしない」
『……』
「お前がどんな子でも構わないんだ。大丈夫」
私はようやく念話で尋ねた。
『ホントウニ……?』
誰かを信じることもなぜかひどく怖かった。クルトは「本当だ」と頷き、私の身体を優しく撫でた。
「ああ、本当だ。だから、安心して眠れ」
『……』
冷たく狭い暗闇ではなく温かく優しい胸に包まれ、私は生まれて初めてぐっすりと眠れたのだ。
あれから刷り込まれてしまったのか、今でもこの安心感は変わらない。私はうとうととなりながら、念話にはせず心の中でひっそりと思う。
ねえ、クルト、世界のすべてが敵に回っても、私だけは絶対にあなたの味方だよ。明日のクエストも一緒に頑張ろうね。
私は気持ちがよくなりすぐに眠りに落ちてしまい、そこから先のクルトの言葉は聞き取ることができなかった。
「ルナ、俺はお前がそばにいてくれるだけで、いつも救われているよ」
その夜私たちは互いに寄り添い、ぬくもりを感じながら幸せな夢を見た。