025.海賊ヴォルフガング(3)
私はベッドにすとんと座りこんで首を傾げた。
そのきってなんのきだろう? 大きいのかにゃ? それとも小さいのかにゃ?
船長は答えの代わりに、「面倒くせえな」とため息を吐くと、腕を伸ばして私のあごをつまんだ。
「おい、お前、名は?」
「る、ルナ」
「ルナ? 知らねえな。やっぱり新入りか」
まつ毛とまつ毛が触れそうくらい近くから、私の目をじっとのぞき込んでいる。
「……しっかしとんでもない上玉だな。ビアンカもどこから仕入れたんだか」
私はじょうだまじゃなくて、ケット・シーのルナだよ! それに、しゅっかはされたけれども、しいれられてはいないよ?
船長の金の混じる緑の目が、いら立たしそうにゆがめられた。
「お前、この船がこれからどこへ行くのかわかってんのか? ヴェンディス沖へひと稼ぎしにいくところなんだぞ」
みゃっ!? ヴェンディス!?
ないはずのしっぽがピンと伸びた気がした。つい船長につめ寄って肩を掴んでしまう。
「この船、ヴェンディスへ行くの!?」
「まあ、沖合だけどな」
「私も行く!!」
船長が「んだとお?」とスットンキョーな声を上げた。
「女を連れていけるか! お前、ビアンカから俺たちが何者なのか聞いてねえのか。冗談じゃねえぞ」
「知っているよ! 海賊でしょ? それに私は女じゃないもん! メスだもん!」
船長が「は?」と目を見開いた。私はえっへんと胸を張る。
「私は人間じゃなくて魔物のケット・シーなの。猫の姿と人の姿を持っているんだよ!」
「ま、ものお?」
「そうだよ! 昨日は猫の姿だったでしょう?」
店長は「馬鹿な」と息を呑んだ。
「お前が魔物で昨日の黒猫だ? んなの、信じられるか!」
「船長が信じられなくても、ほんとうにほんとうだもん!」
「じゃあ、この場で猫の姿に戻ってみろ!」
船長は私に人さし指を突きつけた。私はうっと口ごもってしまう。だって戻り方がわからないだもん……。
船長はさっきよりも深いため息を吐いた。
「ヘタな嘘はやめろ」
「……」
「お前、たぶんどっかのお嬢だったんだろ。境遇の変化に耐えきれないのはわかるがな、それでも食ってかなきゃならないんだからな」
船長がなんだかくどくどとおせっきょうをしている。私はそれをするーしていっしょうけんめい考えていた。ほんとうに私が昨日の黒猫なんだって、なんとか船長にしょうめいしなくちゃって。やがて「そうだ!」とめいあんを思いつく。
「昨日船長は私にゆでた鶏肉をくれたでしょう?」
「……?」
船長がおせっきょうをやめた。
「途中でメロンの女の人が来て、私のあごをなでてくれたの。すごいてくにっくだった!」
「……!」
目をまん丸にして私を見つめている。
「あのメロンの女の人ってそんなに美味しかったの? 五回もちゅうするなんて船長はぐるめなんだね!」
船長は「わかった、わかった!」と頭を抱えた。
「……頭の中身がやばい女ってやつか。ビアンカの店もいよいよ人手不足か?」
「みゃ?」
いったい何を言っているんだにゃ?
船長は「よし」と大きく頷くと、私に目を向けてひざにひじをついた。
「だったらこうしようじゃないか。お前がマジで昨日の猫だってんなら、今から一時間以内にネズミを十匹取ってこい。ったらヴェンディスまで連れてってやる」
「ネズミ?」
「ああ、そうだ」
首をかしげる私に船長はにやりと笑う。
「猫なら簡単だろ?」
私は「もちろんにゃ!」と胸を叩いた。
そんなの楽勝中の楽勝にゃ!
――それから一時間後に私は右手に五匹、左手に六匹のネズミのしっぽを束ねて、船長に「十一匹!」と笑いながら見せてあげた。
「これで私が猫ってわかったでしょ!?」
「……」
船長はぽかんと口を開けている。私はその顔を見てまた笑った。
「船長、約束だよ!!」
◇◆◇◆◇
――それから船長は「……信じられねえ」とぶつぶつと呟きながらも、「約束は約束だ」とヴェンディスへ連れて行ってくれることになった。
これから私を紹介するために、甲板に仲間を集めるんだって。私と船長は揺れる廊下を歩きながら、ないしょの打ち合わせをしていた。
「いいか。お前は俺の女ってことにしておくからな。じゃないとあいつらが十中八九手を出す」
「船長の女?」
それってクルトの使い魔ってことと同じなのかな?
「わかったにゃ!」
私は元気よく右手を上げた。
「ビアンカには俺から話しておくさ。ったく、変な借りができちまったな。しっかし、お前、娼婦より猫が向いているんじゃねえか?」
「だから、猫なんだよ!」
「あー、わかった、わかった」
船長は大股で廊下を歩いていく。私は慌ててそのあとについて行った。「ねえねえ」と船長の顔をのぞき込む。
「船長はどうして海賊になったの?」
船長は「そうだな」とすすけた天井を見あげた。
「ま、成り行きだな。親が死んで途方に暮れていたところを、この船のオヤジに拾われた」
二年前にそのオヤジさんが亡くなって、ユイゴンで「お前が新しい船長だ」――そう言われて船長になったんだって。ほんとうはヴォルフガングという名前で、仲間からは「船長」か「ヴォルフ船長」、海軍からは「銀狼の海賊」と呼ばれているんだそうだ。
ヴォルフガング――トゥリンジアごで、「旅する狼」という意味だ。私は「ねえねえ」と今度は船長の服を引っ張った。
「私もヴォルフって呼んでいい?」
船長は舌を噛んじゃいそうで言いにくいんだもの。
船長はちょっと戸惑った顔で「まあ、構わねえが」と答えた。私はなんだか嬉しくなって、「ヴォルフは私と同じだね」と笑う。
「同じ……?」
「私もお母さんが死んで、クルトに拾われたんだよ」
ヴォルフの足が止まる。
「……クルト?」
私はいっぱいの笑顔になって頷いた。けれどもすぐにしゅんとなってしまう。 五日間もお仕事なんて寂しいにゃ……。
ヴォルフがちょっと大きな声で尋ねる。
「クルトって誰なんだ?」
私は床に目を落としたまま答えた。
「私のご主人様なの。でも、私を置いて行っちゃったの……」
「……おいおい、ご主人様かよ」
あっ、でも、クマ男はクルトは私のゲボクだって言っていたにゃ? クルトは私のご主人様と私のゲボクのいったいどっちなんだろう?
私がそんなことを考えこんでいると、ヴォルフが腕を伸ばして私の頭を撫でた。
「俺が言うのもなんだが、そのご主人様ってのも、お前を娼館に売るなんざ、ロクでもねえ野郎だな」
「……にゃ?」
「お前も苦労したんだなあ」とため息を吐く。けれどもすぐに顔を上げて、「のわりには能天気だよな」と苦笑していた。




