023.海賊ヴォルフガング(1)
あんまり何度も引っかいたから、疲れてしまったんだろうか。きっとお腹も空いていたんだろう。私は箱の中でぐったりとなって、浅い息をくり返し吸って吐いた。
嫌だ、嫌だよう。こんなところで「また」死ぬのは嫌だよう。
――ううん、待って。
私はなぜかぎくりと身体を震わせる。
どうして「また」だなんて思ったんだろう?
そう考えはじめたとたんに、頭がずきんと痛んだ。痛みはどんどん強くなって、がまんできなくらいになっていく。
痛い、痛いよう。クルト、助けて……。
私がここにはいないクルトに助けを求めていると、次は知らない誰かの声が遠くから聞こえた。
――ルナ、思い出してはいけないよ。
優しい声だった。どこかで聞いたことがあるような、ないような不思議な声だ。
――あなたは、だぁれ?
柔らかな、でも温かくはない手が額に当てられた気がした。手は私の額をそっと撫でて痛みを取りのぞいていく。
――決して思い出してはいけないよ……。
◇◆◇◆◇
私がやっと目を覚ました時には、もう頭は痛くなくなっていた。不思議な声も聞こえなくて、私は夢だったのかにゃと首をかしげる。
ところがううんと背伸びをする前に、箱がぐらりと持ち上げられて、私は慌てて壁に爪を立てた。
にゃ、にゃにが起こったんだにゃ!?
外からは二人の男の人の声が聞こえる。ヴェンディスの港で聞いた声とは違うものだった。
「この船倉の物品はこれで全部だな?」
「ああ。けどよー、こんなもんマジで売れるのか? 宝石や黄金ならともかく、ガラスじゃねえか」
「阿呆。ヴェンディスのガラス細工の価値を知らねえのか。高いもんになると家が一件建つんだぞ」
「へえ、ガラスがねえ」
この人たちはいったい誰で、どこへ行くつもりなんだにゃ!?
慌てふためく私の二つの疑問は、次のセリフですぐにわかった。
「この船はどうするんだ?」
「盗るもん盗ったら用なしだからな。海軍に見つかるとまずいから、沈めることになるだろうさ」
「……!!」
身体が一気に冷たくなるのを感じる。
この人たちは海賊だ!!
私が眠っているうちに貿易船が襲われたんだろう。品物を運び出している最中なんだ。他に中にいた人たちは無事なんだろうか。
私の心配に答えてくれる人は誰もいない。そうこうする間に私の入った箱は、また冷たく静かなところに運びこまれた。ところが前とは違って放り投げられてしまったのだ。
「み"ゃーっ!」
頭をまたぶつけて悲鳴を上げる。
「おい、乱暴にするなよ!」
「こんだけありゃ一個くらいどうってことねえだろうが」
「ま、な」
海賊の二人はガハハと笑い合うと、私を残してどこかへ行ってしまった。
私はそっとフタを頭で押してみる。何かが外れる音がしたので、もしかしてと思ったのだ。
「……!!」
フタはやっぱりすぐに開いた。私はおそるおそる外に出ると、あたりの観察を開始したのだった。
心が落ち着いて目が闇に慣れ、あたりがくっきり見える。ここは海賊船のせんそうみたいだ。そんなに広くはないけれども、いろんなものが置かれている。
私が入れられていた箱は、右側の片隅に積みあげられている。これはガラス細工だって海賊が言っていた。その隣にはふち取りのされた木の箱があって、中から金貨があふれ出している。
あっ、これは一番高いお金のはずだにゃ。いったい何ゴールドあるんだろう?
さらに隣にはやっぱり同じ箱があって、ミルク色に輝く球の首飾りや、赤や青の石のついた指輪や腕輪が入っていた。箱のほかには霊薬になると言われている、ユニコーンの角なんかも何本もある。
どれも見つめていると目がちかちかするにゃ! それに食べられるものもないみたい。
食べられるものと考えたとたんに、私のお腹がくぅと小さな音を立てた。
ああ、やっぱりお腹が空いた。今はヴェンディスに戻るよりも、まずは腹ごしらえをしなくちゃ。
私はぬき足、さし足、しのび足で、せんそうの扉の前へと近づいた。そっと鼻先で扉を押してみる。カギがかけられているかもしれない――けれどもそんな私の不安は扉が開いたことで、すぐに跳ねあがるほどの喜びに変わった。
今度は閉じ込められたんじゃないみたい!
外に一歩足をふみ出すと、つんと潮の香りがした。それから寄せては引く波の音。揺れはそんなに感じないから、どこかに停まっているんだろうか。
廊下はすすけた木の板でできていて、足あとはあっても人はどこにもいなかった。けれども目を閉じて耳を澄ませてみると、遠くからたくさんの笑い声が聞こえる。
どこかでえんかいをしているのかにゃ? おいしそうなにおいも漂ってくる。これは鶏肉の丸焼きに違いないにゃ!
私がにおいにつられて廊下を進んで、角を曲がろうとした時のことだった。向こう側からやって来た海賊と、ぶつかりそうになったんだ。
私はびっくりしてみゃっと毛を逆立てた。
だ、誰にゃ!? 海賊でも容赦しにゃいにゃよ!! このツメのエジキにしてやるにゃあ!! フーッ!!
それはクルトと同じくらいの年の、とても背の高い男の人だった。白いシャツに真っ黒な上着をはおって、やっぱり黒いズボンをはいている。
はだけた胸もとには革ひものチョーカーと、金の大きな輪の鎖をつけていた。耳にも金の輪のピアスがいくつもある。腰の太い革ベルトにはサーベルがさされていた。
短い髪はいぶしたような銀で、目は金の混じった明るい緑だ。肌は陽に焼けていてあさぐろい。胸もお腹も引きしまってたくましかった。
けれども何よりも目を引いたのは、右目を斜めに切りさいたような傷だった。ううん、よく見ると顔だけじゃなくて、胸にも腕にも傷あとがある!
こ、怖いにゃ。なんだかよくわからないけど怖いにゃ!
私がその場にかちんと固まっていると、男の人は「ああ?」と頭を掻いた。その場にしゃがみ込んで私をしげしげと眺める。
「なんでまた船に猫がいるんだ?」




