022.ひとりぼっちの暗闇
クルトの決めた依頼は貿易船の用心棒だった。
――今回は私は宿屋で留守番になる。
なぜって魔物や海賊と戦闘になった場合、水に落ちることがあるかもしれない。そしてそう、私はまだ泳げないんだにゃあ……。
クルトに留守番を頼まれたとき、私はしゅんとなってヒゲを垂らした。仕方にゃいんだけど悔しかったんだ。クルトは魚を買ってくるからと慰めてくれた。
船はガラスの食器などのゆしゅつひんを積んで、三日間かけて隣国まで航海をして、また三日かけてヴェンディスに戻るんだそうだ。
私はその間宿屋のお姉さんにご飯をもらって、お姉さんの部屋でいっしょに眠ることになった。誰かが気にかけていてくれたほうが、あんしんできるからなんだって。
クルトはまだ私を子猫だと思っているのかな? 留守番くらい一匹でちゃんとできるのににゃあ。
いよいよ依頼の一日目の朝、私はお姉さんの腕の中から、クルトが宿屋を出発するのを見送った。
「では行ってくる。一週間近くになるが、俺の使い魔を頼んだ」
クルトは私の喉を撫でながら、お姉さんに銀貨でチップを渡した。お姉さんは「わかりましたよ」と、嬉しそうに私を抱きなおす。
「昔うちにいた子を思い出すわ」
クルトは「じゃあな」と身をひるがえすと、曲がり角の向こうに姿を消した。ああ、六日間はクルトに会えないのかあ……。
私がまたしゅんとしていると、お姉さんは元気づけようとしてくれたのか、「さーてさて、では!」と私を空に掲げた。
「まずは腹ごしらえをしましょうか。朝ご飯はアジのムニエルよ!」
「……!!」
たちまちヒゲがピンとなるのを感じる。
アジは干物も煮物もムニエルも大好物だにゃ!!
◇◆◇◆◇
お姉さんは朝早くからせっきゃくの仕事がある。私はお昼までは一匹でいなくちゃいけなくて、朝ご飯のあとは近くなら遊んでいいことになっていた。お昼に宿屋の前で待っていれば、おやつを持ってきてくれるんだそうだ。
この宿屋はとくさんひんの工場の並ぶ通りにあって、あちこちでガラスのコップやお皿、時には魔道具を作っている。みんな隣国にゆしゅつするんだって。私はそのうちの一軒におじゃまして、職人さんの仕事の様子をけんがくしていた。
棒に息をふうっと吹き込んだら、ガラスが膨らむなんて面白い。濡れた布や火箸でその形を整えると、コップや花瓶になるなんてウソみたい! これで特別な魔術なんかじゃなくて、技術なんだからすごいにゃあ!
私はすっかり満足して工場を出た。空はどこまでも青く晴れていて、雲がかたまりになって浮かんでる。私は弾む足取りで三軒先の宿屋を目指した。ところが一軒先のおうちの前で、珍しいチョウチョを見つけて立ち止まる。
わあ、羽の半分が金色でもう半分が青い。クルトの髪と目と同じだ!
私はすっかり嬉しくなって、夢中でチョウチョを追いかけはじめた。
チョウチョは高さを変えて気まぐれに飛んでいく。こんなに捕まえにくい虫ははじめてだった。私は諦めずに追いかけるうちに、いつの間にか道の終わりにまで来ていた。
チョウチョがひときわ高く舞い上がる。私はそれを追って近くの馬車の荷台に飛び乗った。荷台には木箱がたくさん積み上げられていて、うちひとつはフタが開いて空っぽだった。私はよりによってそこにすっぽり入ってしまったんだ。
「にゃっ!?」
直後に人間の男の人が来て、フタがかぶせられたのか、辺りは真っ暗になってしまった。
「み"ゃぁぁぁあああ! み"ゃああ!」
私は必死にフタを引っかいたけれども、聞こえにくいのか誰も来てくれない。外からはこんな話し声が聞こえた。
「おい、出荷分は積んだか」
「ああ。数は揃ってる」
「よし、んじゃ、出発だ」
馬にムチが当てられたのか、小さないななきが聞こえる。やがて荷台は馬車に合わせて、私を乗せたまま走り出した。
――どうしよう!
◇◆◇◆◇
馬は荷台をすごい速さで引いていく。ぎょしゃさんが「後十分!」と叫んでいるから、きっと早く行かなくちゃならないんだろう。そのたびに積み上げられた箱も揺れて、私は中で右に左にと転がってぶつかった。
「みゃっ……」
「みゃーっ!!」
叫んでもフタは開けてもらえない。私はぶつかった頭の痛みよりも、この荷台はどこに行くんだろうと、だんだん不安になってきた。
それから十分ほどの時間が過ぎて、やっと馬が走るのを止めた。外からは「面舵いっぱい!」という声や、たくさんの人の足音がする。箱とフタとのほんの少しのすき間から、つんとかぎ覚えのある潮の香りもして、私はやっとここがどこなのかがわかった。
――ここはヴェンディスの港だ!
この荷台の箱の中にあるものは、きっとゆしゅつひんなんだろう。理由があってのうひんが後れて、なんとか今日のお昼までには、船に積み上げることになっていたんだ。
このままじゃ私もゆしゅつひんにされちゃうよ!
荷台がまたぐらりと揺れて、さっき通りで聞いた男の人の声がした。
「よーし、注意して運んでいけ。一応布でくるんではあるが、商品は壊れ物だからな」
「承知いたしましたー」
「み"ゃっ、み"ゃっ、み"ゃーーっっ!!」
『お願い、出して!!』
私はいっしょうけんめい叫んだけれども、足音と波の音でかき消されてしまって、やっぱり外には聞こえないみたいだった。念話で話しかけても忙しいからか気づかない。
私の入った箱が「っしょ」と持ち上げられ、足早に中へと運びこまれていく。やがて箱は外より涼しいどこかに置かれて、扉をばたんと閉める音が聞こえた。
「おい、急げ、急げ。出港だぞ」
『……!!』
はっと私が顔を上げると、壁を一枚へだてた向こう側から、ぎぎ、と船が岸を離れる重い音がした。
「み"ゃぁあーーっっ!!」
こうしてわたしはしゅっかされてしまったんだ。
◇◆◇◆◇
――この船はどこへ行くんだろう。
私は箱の中で船に揺られながら、必死に心を落ち着けようとしていた。
行き先がもといた国と隣国だったら、こうようごはクルトと話している、「トゥリンジアご」だからわかる。誰かにお願いしてまた船に乗って、ヴェンディスに戻れると思う。でも、もし他の国だったらどうしよう。きっと何を言っているのかわからない。
不安でだんだん時間もはかれなくなっていく――あれからどれくらいたったんだろう。一時間、二時間、半日、一日? ひとりぼっちの真っ暗闇では、朝も昼も夜もあったものじゃない。
「そうだ、ひとりぼっちなんだ」と気づいて、私は急に背筋がぞくりとなるのを感じた。さっきとは比べものにならない、大きな不安と恐怖が襲ってくる。
『だ……して』
嫌だ、怖い。
『出して……!!』
クルトのいない闇は、どうしてこんなに怖いの?
『出して、出して、出して……!!』
私は狂ったように木の壁をひっかいた。




