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魔術師は黒猫がお好き-転生使い魔の異世界日記-  作者: 東 万里央
第一話「月の光と胸の痛み」
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017.お月様にお願い(1)

 ワシはアーベル・フォン・アルノー。見た目は二十歳で中身は爺の、もうすぐ七十四歳である。なんの因果かエルフの先祖帰りとして生まれてきた。


 幼いころに人さらいに浚われて以来、奴隷に、男娼に、下働きに、冒険者と、さまざまな職業を転々としてきたが、冒険者がもっとも性に合っていたらしい。この四十五年は弓使いの戦士として生きてきた。


 ところが最近はどこの国も平和であり、冒険者も稼げる仕事ではなくなっている。そこで依頼のたんとあるという、このマーヤへやってきたというわけじゃ。だが、あんなワイバーンがいるなぞとは予想外じゃった。


 とにかく今は逃げるが勝ちじゃ。何事も命あっての物種である。そうしてやっと全員の避難が終わった――はずだったのだが、よりによって冒険者ギルドの受付嬢が逃げ遅れていたのじゃ。


 ルナは必死に助け出そうとしていたが、あの子猫に瓦礫をどうにかできるはずもない。ワシは間に合わんから逃げろと訴えるしかなかった。せめてルナだけには生き延びてほしかったんじゃ。


 ところがルナは決して諦めようとはせん。その間にも火の手は迫ってくる。困り果ててその場に立ち竦んでいると、突然瓦礫がふわりと持ち上がったんじゃ。何が起きたのかと目をむいていると、続いて黄金の光が音もなく爆発した。


「……なっ!?」


 ワシは慌てて腕で顔を覆って目を庇った。エルフにも絶え切れる光の量ではなかったんじゃ。


 どれくらいの時が過ぎたころだろうか。ようやく光が収まり瞼を開けると、ルナたちのいた辺りは瓦礫が砕け散り、一面の更地になってしまっていた。


「な、なんじゃ。なんなんじゃ……?」


 呆然と目を瞬かせているところに、月明かりの下を女が二人歩いて来る。ひとりは冒険者ギルドの受付嬢。もうひとりは年のころが十五、六の、あどけなさの残る小柄な少女じゃった。少女は傷付いた受付嬢の肩を担いでおり、ワシの顔を見るなりぱっと顔を輝かせた。


「アーベルさん!」

「……!?」


 ワシは少女がまことにこの世に存在するのか、夢を見ているのではないかと目を擦った。なぜならその少女はあまりにも美しかったからじゃ。

 

 極上の絹糸を純粋な漆黒で染め上げ、精魂込めて紡いだようなくせのない黒髪。その黒髪が背を越え腰を越え、膝の裏にまで届いている。


 卵形の小さな顔の中には、長く濃い煙るまつ毛に、涙に潤んだ大きな金の瞳。つまんだようなかたちのいい鼻に、紅などなくとも赤い唇が、愛らしくもなまめかしい。


 華奢な身体には簡素な真珠色のドレス。むき出しの腕は白くなめらかで、足はすらりと細く長い。


 ワシは少女がたった今月光から生まれ出た、月の精なのかと息を呑んだ。


「お、おぬしは誰だ? ガレキの下におったのか?」

「……?」


 少女は不思議そうに首を傾げつつ、受付嬢を地面に横たえた。ワシははっと我に返って二人に駆け寄る。少女の隣に片膝をつき、受付嬢の容態を注意深く観察した。


 受付嬢は重症どころではなかった。腹部と左足を潰されてしまっている。せっかく助け出されたはいいものの、恐らく長くはないだろう。現にすでに虫の息である。


 ところが少女はまったく動揺せずに、「手当てしなくちゃ」と呟いた。両膝を地面にゆっくりとつくと、いにしえの伝説の聖女さながらに、両手を組んでその睫毛を伏せる。


「お月様、どうかお願い。力を貸して。エリカお姉さんを治したいの……!」


 少女の鈴の鳴るような声が、そう祈った次の瞬間だった。二つの月が確かに一際強く輝き、砂がこぼれるような音とともに、光のかけらが受付嬢に降り注いだのだ。


「……!?」


 怪我がみるみる正常な状態となり、受付嬢の呼吸も安定したものになる。顔色もすっかりよくなっていた。


「ば、馬鹿な……」


 ワシは少女を穴が空くほど見つめずにはいられなかった。


 どうやらこの少女は月の魔力を自在に集め、癒やしに変換できる力を持っているようだ。七十年以上のエルフ生でも、そんな能力は聞いたこともなかった。


 ワシが声を失くしていると少女がすくりと立ち上がり、「アーベルさん、お姉さんをお願いします」と頭を下げた。


「私、今からクルトのところへ行く。やっぱり心配なの。こんなケガをしていたらたいへんだもの」

「……へ?」


 クルトとあの青年を気安く呼ぶのを聞き、ワシはようやく少女の正体に気づいた。


「お、お、お、おぬしはまさか、ル」


 ワシがその名を呼ぶ前に、少女は――ルナはとんと地面を蹴った。細い身体がふわりと宙に浮く。飛んだのかと一瞬驚いたが、なんのことはない。高く長く跳躍しただけだった。


 残されたワシは頭をかいて苦笑するしかなかった。


「……走り方は猫のころと変わらないんじゃなあ」

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