012.クマ男は語る(1)
「別の街でギルドに登録して、ランクEから出発したあの日は、今でもはっきりと覚えている。世界が輝いて見えたよ。後ろを振り返る気もなく、前に見える道だけを見ていた。親が心配しているとか、考えるだけでも面倒だった。ほんと何様だって感じだよなあ」
クマ男は身体が大きくて力も強くて、弱い魔物ならすぐに倒せたんだそうだ。ランクも一年ちょっとでEからDに上がった。クルトはクマ男の話を頷きながら聞いて、「戦士の冒険者なら早いほうだな」とぽつりと呟いた。クマ男は苦笑いをしながら肩をすくめる。
「まぁ、俺はそれでいい気になってちまったんだ。人間、自分の成果だけは他人より大きく見積もっちまうもんだ」
クマ男はこの調子ならAも近いと自信まんまんになった。けれども、ランクBまで行ったところで、しょうかくが止まってしまったんだそうだ。Aランクの試験だけには十九さいになっても、二十さいになっても、二十一さいになっても受からなかった。三ヶ月か半年に一度は受けていたから、十回はじゅけんしたんだそうだ。
私はいつか聞いた話を思い出す。BからAへのランクアップがいちばんむつかしい。クルトはわざと厚くて高い壁にしてあるんだと言っていた。そうしないとA級の冒険者が何人も生まれて、Sから上のランクの価値が落ちてしまうからなんだって。
「俺もわかっていたつもりだったんだけどな。十回も落ちるとすっかり自信をなくしちまって、けど、今更引き返すこともできなくて、ずるずると時間だけが過ぎて行った」
そんな冒険者は戦士にも、魔術師にも、魔物使いにもいて、だんだんお酒やかけ事におぼれてしまうんだそうだ。
「俺も例にもれず酒にはまっちまってよ。そこから先はあっという間に転がり落ちて行った。けれどもそんなダメ冒険者の俺に、ひとつの出会いがあった。あれは南国の砂漠近くの街だったかなあ。酒場の帰りに道端でガキを拾ったんだ」
男の子は黒い髪に黒い目の、うすい顔立ちをしていたんだそうだ。名前はカイトと言って、変わった服を着ていた。酒場の裏に転がっていたんだって。
「親に捨てて行かれたのかなんなのか、ここがどこかわからないみたいだった。まあ、放っておいても後味が悪いから、俺のいた宿屋にまで連れ帰って、飯を食わしておいた」
クマ男はそれからもなんとなくカイトを置いておいたんだけど、カイトはある日「ただ飯食らいは嫌だ」って訴えて来たんそうた。どうにか生きるすべを身につけて、クマ男に今までの恩返しをしたいと頭を下げたんだって。
カイトの気持ちはよくわかる。私もクルトのためならなんでもしたいもの。
クマ男は目を輝かせて聞き耳を立てる私に笑った。
「けど、捨て子ができることなんてタカが知れている。低賃金の下働きに雇われるか、冒険者になるかくらいだ。ったら、カイトは迷わずに冒険者になると答えやがった」
カイトは剣の使い手になりたいと望んで、クマ男に教えてほしいと頭を下げた。ヒマを持てあましていたクマ男は、いいよと二つ返事で引き受けたんだそうだ。
「これが……なかなか筋がよかった」
クマ男はテーブルに腕を置くと、頬杖をついて目を天井に向けた。
「カイトは一度教えるだけですんなり飲み込むガキだった。そうなると教えるこっちも楽しくてなってな。あのころは不思議と充実していた」
それから三ヶ月が過ぎたころだった。カイトが「ギルドの試験を受けて、カードをもらってくる」と言い出したんだって。クマ男はとうぜんまだ早いと止めたんだそうだ。
カイトはそれまで剣を持ったことも、魔物と戦ったこともなかった。とても平和なところに住んでいて、勉強ばかりしていたんだそうだ。なのに、カイトは「早く受けて早く欲しい」と聞かなかった。
結局クマ男は自分の実力を思い知らせるために、冒険者ギルドの試験場へ連れていった。どうせ泣きっ面で帰って来るだろうって思ってたんだそうだ。けれども、カイトは夕方になって嬉しそうな顔で門から出てきた。
「こりゃまぐれでEに受かったかと思ったら、カイは"師匠、カード貰えました! 俺はB級だそうです"って言いやがった。"B級ってどれくらいのレベルですか?"ってな」
そこまでの話を聞いて、クルトがはっきりと息をのんだ。
「まったくの初心者が三ヶ月でB級だと?」
「ああ、そうだ」
私がにゃにがすごいのと首をかしげていると、クルトがていねいに説明してくれた。
最初の試験でランクの飛び級自体は珍しくはない。ただそれをやってのけるのは、親も戦士で小さなころから訓練を受けていたか、もと騎士だったかって人たちなんだそうだ。
けど、カイトはその三ヶ月前までは、剣の握り方すら知らなかった。ふつうなら何年もかかるクラスを、そんな子があっという間に手に入れてしまった。
「そう、天才ってやつだな」
クマ男はため息を吐いた。
「よりによってその天才が、俺の目の前に現れたんだよ」
自分が伸びずに悩んで時に、カイトがそばにいるのは辛かった。なのに、カイトはやっぱりクマ男が大好きで、離れようとしなかったんだって。クマ男も冷たく突き放すなんてできなくて、「師匠のクエストの補助をしたい」というカイトと、次の月から一緒に仕事をやるようになった。
カイトはやっぱり天才だった。クマ男はこんなところに感心したらしい。
「カイトは相手の弱点を一瞬で見抜く目の持ち主で、戦い方にコツがいる魔物でも、次からは最小限のわざで倒しちまう。きっとひょろい自分の体格をカバーするためだったんだな」
クマ男はカイトがこの調子で進んでいけば、すぐにAランクになるだろうと思った。どうしてこの才能の持ち主が自分じゃなかったのかと、カイトが何も知らずに自分を慕うほど、どす黒いちりが心に積もって行った……。
クマ男はカイが寝た後には酒場へ行って、また一人でお酒を飲むようになった。みじめさも妬ましさも全部お酒で飲み込もうとした。そんな生活が続いて何ヶ月かたったころのことだった。
クマ男その日は朝まで飲んだくれて、まだ日も昇り切らない中を帰った。そして、宿屋の前まで来てはっとなった。カイトが人気のない道端で練習をしていたんだって。カイトは何度も、何度も素振りを繰り返し、ときどき向きを変えては動きやすい体勢を確かめているように見えた。
クマ男は思わず壁の影に隠れた。ところが、練習はいつまでたっても終わらない。終わったのは明るくなって店が開き始めてからだった。カイトはやっと剣をしまうと汗をぬぐって宿屋に戻った。
クマ男はその様子を語り終えると、「参った」とぽつりと呟いた。
「あいつは自分の素質に甘えず、一日も欠かさずそうして練習をしていたんだな。なのに、師匠だなんて呼ばれている俺はどうだ?」
やりきれなさをお酒でごまかして、その間にいったいどれだけのことが、どれだけの練習ができただろうと、苦しくなるくらい後悔したんだそうだ。
あのままじゅけんを続けていれば、十九回落ちても二十回目には受かったかもしれない。受からなくても取り戻せない時を悔やむことはなかったと思った。
「……初めて無駄にした時間の大切さが身に染みて実感できた」
クマ男はその日からカイトの目を見られなくなった。このままでは自分もカイトも憎んでしまいそうだった。カイトこそがなりたかった自分で、自分は一番なりたくなかったはずの、みじめな落ちこぼれだったからだ。心がバラバラになってしまいそうだった。
「だから俺は――あいつからも自分から逃げたんだよ」




