表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第一章 『雷獣』(3)

「見てみろ、テリトリー内をつつむ紫色の光が、微妙に弱くなっただろう? フン、誰かのせいでな」

 あれから二、三分後、元にもどった藍は、目をつむり深呼吸を続けていた。すっかり弱まってしまった法画陣の色をひととおり眺めた。

「今回の敵は今まで以上にやっかいだ。なぜか、高度な知恵を持っている。外力が加わったとしか考えられんが……。おそらく、この法画陣の威力が完全に弱まったのを見はからって、一気に攻撃をしかけてくる気だ」

 言葉を重ねていくにつれ、藍の表情が険しくなる。

「! じゃあどーすんだよ? このままじゃオレたち――」

「わずらわしい。今さら騒いだところでどうしようもない。もとの威力まで回復させるのに、あと数分はかかるだろう」

「んなのんきなこと言ってられっか! お前のせいだぜ? さっさと法画陣はらねーから!」

「だからわずわらしいと言っている! そもそも、貴様がくだらんことをしでかすからだろうが! それん、攻撃専門は貴様だろう、早く何とかしろ。このままでは、艦長はごまかせたとしても、社長はそうはいかないぞ」

「そ、そーだよな。社長にばれたらあわわ……」

 藍の言葉責めに、コードルは、黄土色の髪をわしゃわしゃとかき乱した。さらに頭をふりはじめ、突然飛びはねた。

「どうした?」

「……べえ、やべえやべえやべえやべえっ!」

「やばいのは貴様の頭だ。だからどうしたと訊いている」

「――見てみろっ」

 コードルにあごで指ししめされ、藍はその先にある黒影をにらみ上げた。だが次のせつな、胸のあたりでからめていた指の力がゆるんだ。人さし指と中指を立て、あとの指は左右の指間に入れていた。

 黒影が、ゆっくりと法画陣ぞいを進み、船へと近づいているのだ。いまだ甲板でたたずんでいる少年へむかって、一直線に。

「妙だな。あの粒を食べたら、雷獣は近づかないはずだが」

 再び指先まで力を入れる藍に目じりに、何本もしわが寄る。

「い、いや〜、実はさ〜、投げつけただけで食べたかどうかは」

「この、愚か者が! どうして貴様はとことん愚か者なんだっ! その、筋肉に行きとどいた栄養を少しは頭にまわしたらどうだ? そうすれば、少しは賢くなるだろう」

「む! オレに怒んのは、おかどちがいだろーが! 悪いのは食べねーあいつだ! あいつが悪い、悪い悪い悪い悪い悪い悪い!」

 コードルは、つばを吐きちらしながらたんかを切った。

極限まで薄目にした藍の口角は、血がにじんでいた。

「ちぃ、貴様のせいで口を切ってしまった。とことんわずらわしい!」

「んなこと知るかよ!」

 藍は指で口角をぬぐう。真横で並んでいるコードルから、数歩分引いた。

「とうもろこしは、この『魔の領域』にひそむ雷獣が忌みきらう。普通の雷獣とは真逆だ。フン、あんな場所に住んでいるならば、突然変異も起こるのだろうな」

「ヘン、そのくらい知ってらあ。だっから渡したんだろーが」

「わずらわしい。『投げただけ』のまちがいだろうが。それより」

「ああ」

 ふたりは同時に少年と目を合わせる。そして、腹の底から叫んだ。

「早くその粒を食べろ!」

「え?」

「だめだ、まにあわねえ! ぼーっとつったってるだけだぜ、あのボウズ!」

「普通の人間なら、当然の反応だろうが。コードル、行くぞ!」

「わかってらあっ! やべー、減給どころじゃすまされねーぞ!」

 大声を出しながら、藍は大海原を駆けぬけた。コードルも、そのあとについていく。

 だが、黒影はさらに速度を上げた。

「ダメだ! まにあわない、法画陣を解く!」

「何でだ藍? ここで解いちゃおしまいだろーが!」

 藍に追いついたコードルは、首を真横にむけて問いかけた。

「たわけが! もう法画陣がなくても関係ない。むだなことはしない主義だと、何度も言ったであろうが――『吸滅(きゅうめつ)』」

「結局、オレの意見はスルーなんだな……」

 走りながら、藍がその言葉を唱えたら、ひと呼吸もしないうちに巨大な長方形が急速に縮み、彼の胸元で消えた。


 深い闇がふけり始めた。

 コードルと藍は両足をけり上げた。すると、目線の位置が数十メートル上方にある甲板と水平になった。


「いったい、なに……?」


 少年はただ、つったっている。

 だが、五秒もかからないうちに変化が生まれる。悪寒がとまらなくなるという、恐怖の具象化が起きた。

「だぁぁ! まにあわねー!」

「く……!」


 巨大な船にむらがり、襲いかかろうとする黒炎と邪気。それがここ、魔の領域に踏みいれた功罪だった。



 視界の大部分が、まっくろになった。

 心臓が破裂しそうだった。鼓動が、限度なく大きく脈打っていく。こんなことははじめてだった。

「……には、僕、には」


 このまま死ぬのか。


 だぼだぼのズボンをにぎりしめ、少年は首を曲げ、口の中でぼそぼそとひとりごとを言いだした。

「死ぬわけにはいかない。こんな……そうだ。こん、な、ところ……で、死ん、でたま……るか」

 少年は歯をくいしばり、顔を上げた。そして、襲いかかろうとしている巨大な黒炎――魔の領域を根城としている雷獣へ、焦点をあわせた。


「う、うわわわわわああぁあああぁぁぁっ!」


 激昂が八方へくまなく走った。あらゆる闇を溶かし、光をともなう濃い白でそまった。

「な、なにィィ?」

「何だと?」

 七転八倒した展開に、コードルと藍は顔を腕で覆い受身を取ったが、すべてを飲みこむ白い光のせいで方向を失った。さらに、すさまじい風圧にやられ、まっさかさまに零下の海へ落ちていった。


 すべてが、一瞬だった。

 邪気は完全に消えうせ、静寂がやってくる。何事もなかったかのように夜の海へ降りた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ