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2nd Stage.(4)戦後処理

▼4


「結構酷い怪我だけど、痛くないの?」

「……男は黙ってやせ我慢、ってな」

「その顔と声で言われると詐欺にしか聞こえないわ」


 各々のパーティ専用に与えられた作戦会議室、通称“部室”。『東京防衛戦(TDL)』のプレートが掲げられたその部屋に戻ってまず最初に行うのは、パーティの医療班悠里による島津の脚の怪我の治療であった。


 ソファの上にうつ伏せに寝かせてスカートをお尻の辺りギリギリまでずり上げ、患部を消毒して薬を塗り込み、縫合とガーゼと包帯の機能を合わせたようなガムテープっぽい帯を貼り付ける。

 強化人間の桁違いの治癒力とも相まってこれで一晩寝れば傷は綺麗に塞がるが、人体をプラモデルのようにあっさり接着する昭和の科学の粋は、実際に恩恵を受ける者以外にはお手軽過ぎるとあまり評判が宜しくない。


 緒賀がなんかこう、「もうちょっと! もうちょっと!」とエールか野次か判らない声を飛ばしてくるがもはや誰も気にしていなかった。


「はーい、しゅーりょー。一応明日まではあまり動かさないようにね」

「あぁ。助かった」


 手当てが終わりそのままごろんと横向きになり島津は、HAR(ハル)が差し入れてくれたオレンジジュースの瓶を傾ける。

 救急箱に蓋をした悠里は「さて」と言葉を続けた。


「じゃあ、時間があるうちに喫緊の課題も片付けておこっか」

「参戦の件か? 成り行きでレイジ倒しちまったからもはや後には引けない気がするけどな」


 遠い目で返事をする島津に、悠里はちちちっと指を振る。


「もっと急ぎで解決すべき問題があるのよ。島津君と緒賀君のネカマ組に女子の身だしなみを叩き込まないと、明日の朝が大惨事になっちゃうわ」


 眼鏡をきらりと光らせながら楽しそうに宣告する悠里。内容にピンときた山路が「あー」としみじみ頷く。


「ブラの着け方が判らずにノーブラで登校したら制服に乳首が透けててそれに欲情したクラスメートの男子達に襲われるのって、あさおん系のお約束(テンプレ)だしね」

「エロ漫画的なテンプレを現実に持ち込めるかと言うと難しそうだがな……」


 悠里が普段どんな本を嗜んでいるかは今更なので誰も触れない方向で。


「まず最優先でブラの着け方と無駄毛処理の仕方。それから洗顔に髪のケアに体の洗い方、普段リンスなんか使わないでしょ? あとは軽くメイクの仕方、今時は高校生でも大抵お化粧とかしてるしね。それから爪のケアに踵の角質取りに、あとは生理用品の使い方とか夜のお楽しみのアレコレとか……」


 容赦なく難易度ハードモードのミッションが並べられ、「うへえ」と呻くネカマ二人。


「男子は結構勘違いしてる人が多いけど、美少女に変身する漫画とかで何の努力もお手入れもせずに美少女状態を維持できるようなファンタジーは普通ないからね。少し手を抜くとどんどん劣化していってやがては女としての死に至るのよ。3次元は世知辛いんだから」


 美少女に変身すること自体のファンタジー性については、既に目の前に2人実例が居るのであえて蒸し返さない。美少年も含めると3人だ。

 そして彼女の言葉に山路も「うんうん」としみじみ頷いているので、若干の誇張はあれど本質的には間違っていないのだろう。


「まあ要は血を吐きながら続けるマラソンみたいなものね。ようこそドロドロの女社会へ。じゃ、早速上脱いで貰おうか」

「いや、関連性が不明なんだが……」


 凄くイイ笑顔で歓迎の言葉を放つ悠里と対照的に、島津はもう帰りたそうな切ない表情だ。


「島津さんの困り顔、レア表情ですね。ちょっと可愛いかも」

「……ほっとけ」


 普段から泰然と――もっと言うとふてぶてしいおっさんの風格を醸し出しており何事にも動じない島津であるが、今回の事態は流石に想定外だったようで、まるで保護者とはぐれたか弱い少女のように見えなくもない。その様子に山路が茶々を入れると彼女は拗ねたようにそっぽを向いた。


「だって考えてみてよ。ゲームが現実になったってことはゲームの時には実装されてなかった、例えば服破れとかあるじゃない? 強敵と戦って制服をビリビリに破かれた時にブラの着け方が下手で肉がはみ出してたり腋毛の剃り残しがあったりしたらそれこそ百年の恋も冷めるってもんよ」

「あー、わかります。私だったら死にたくなりますねそれ」

「そういう状態になる時点で戦況的に死に掛けてるんだけどな……」


 気にするポイントが異なるのは、やはり男女の感性の差であろうか。


「ま、今更異性に幻想を持つ歳でもねェし、やるならさっさと始めようぜ。下も脱いだ方がイイか?」


 開き直ったか緒賀が自暴自棄(ヤメクソ)気味にスカートのホックに手をかけた。ブラの脱着練習の際に下まで脱ぐのはどう見ても痴女行為であるが、そのまま脱ぎ捨てようとしたところを神野によって手で制される。


「ん、じゃあ、自分は外に出とく……」

「あれ? おっぱいぷるんぷるん祭りは見て行かないの?」

「家内、居るし」


 学生帽を目深に被り直して部屋を出る神野を、山路も慌てて追いかけた。


「あ、では私も失礼しますね。お胸自体は見ても何とも思わないですが、男の子がこういう場に居るっていうシチュエーションそのものがヤバい気がして……」

「二人ともそんな固く考えなくて良いのにねー。それにコイツらは女子なんかじゃないわよ? 中身が男子だからただのやおい穴開いた男の娘じゃないの。男が上半身裸になって何が悪いんだーみたいな?」


 さっきは「ようこそ女社会へ」とか言っておいてこれである。


「……いやその理屈はおかしいから」

「あと、島津さんが脚の怪我で動けないみたいですから、代わりにシフトの調整をHAR(ハル)さんと詰めておきますね」

「しかしだな、やっぱり交渉事は俺が責任持って出ないと、他人に押し付ける訳には」


 島津は最後まで助けを求めるような哀れっぽい小動物の目を向けてきたが、山路は「何事も経験ですよ」と言い残して無慈悲に扉を閉めるのであった。





 時刻は19時を少し回った頃。島津達と山路達は食堂で合流し、準備された給食を食べていた。今日は初日に皆の胃袋を掴む作戦か、みんな大好きなカレーライスだ。


「で、どうでしたか? 悠里さんの特訓は」

「女って面倒臭いな」

「女って面倒臭ェな」


 山路の問いに対して同時に同じ答えを返すネカマ組2人。よく見ると2人とも目元や唇がほんのり桜色に染まっていて、別れる前よりも少し色っぽく変貌を遂げている。


「まだ教え足りない事は山ほどあるけど、部室にはお風呂も洗面所も無いし宿舎のお風呂は狭くて一人しか入れなくて実地訓練も無理そうだから、あとは図解にすることになったわ」

「悠里さん、絵が上手いですものね」


 こう見えても悠里は同人誌を売ることで家計の足しにしている良妻賢母である。実際下手なパートより稼いでるので旦那も何も言えない。


「最初から全部絵にして欲しかったよ」


 思わず遠い目になる島津。一体特訓中に何があったのか。


「ん、“STO”には島津や緒賀以外にもネカマは居るはずだから、本にして配ると役に立つと思う」


 神野の提案に「成程」と手を打つ悠里。“STO”プレイヤーの総勢300人の内、女性キャラを使っているのは約50人。ここからは推測の域を出ないが、その中で約半数がネカマであろうと予想されている。


「あー、中の人が男ばかりのパーティだと、聞ける相手が居ねェもんな」

「そうね。それにリアル女子だとネカマを毛嫌いするような子だって居るし。あたしみたいな当たりクジはそうそう落ちてないわよ?」

「ストライクゾーンが広いのにも限度はあると思うけどな……」

「言うほど広くないわよ。流石に揺篭から墓場までが限界。文房具とかは無理」

「その慣用句の使い方はそれで良いのか」


 などと、和気藹々と食事を進めて行く『東京防衛戦(TDL)』のメンバー一同。話題はいつの間にか、馬鹿話から真面目な内容へとシフトする。


「皆さんは、こんなことになって、恐かったり不安になったりしてないんですか? 何だか皆さんを見てると、私だけがおかしいんじゃないかって思えてきます……」


 食後のコーヒーに手を付けないまま、山路が言葉を紡ぎ出す。

 実際の所、軽い気持ちでゲームしようとしたらいきなりゲーム世界に連れて来られて命懸けで戦えと言われた訳で、“STO”プレイヤーの年齢層が全体的に高めだからか大きな混乱は起きていないが若い子であればパニックになったり恐怖で硬直して暫く動けなかったりしてもおかしくないだろう。


 その問いに島津は、「そうだなあ……」と呻りつつ懐からタバコ型チョコを1本取り出し、口に咥える。


「男ってのは、女が見てる前だと格好付けて見栄張らずにはいられない生き物なんだよ。ネナベやるなら気に留めて置くと良いかもな」


 あまりに情緒的な答えに山路は思わずぷっと噴き出し、「何ですかそれ」と声を上げる。


「ん。物理的に襲い掛かって来る敵は、実はそれ程恐くない」

「だな。納期直前に見つかるバグの方がよっぽど性質(タチ)悪ィぜ!」


 神野と緒賀も、それほど深刻に考えていないようだった。ゲーマー男子としてはゲームの世界で活躍するのは恐怖より憧れが先に来るのかも知れない。


「あたしは、まだ実感薄いかなー。あんまり戦闘に直接参加するポジションじゃないし、いつも盾で護られてるし。でも、山路(やま)ちゃんが盾役で、前線に立つ度合いも被弾の回数も多いから、現実(リアル)だと恐いし痛いんだろうなー、っていうのは想像に難くないわ」

「悠里さん……」

「うんうん、男だから女だからって関係無しに、ディフェンダーで敵の攻撃を正面から受け止めるのは恐いわよね」


 よしよし、と山路をあやすように肩や背中を撫でる。


「そんな訳だから、ゲームの時みたいに『死ななきゃ後で治せるー』って作戦は止めておいてよ」


 そう釘を刺す悠里の言葉に、ゲーマー男子組は素直に頷くしかなかった。


「じゃ、まだ寝るには早いし部室に戻ろうか。この時間なら丁度お銀ちゃんのお風呂シーン間に合いそうね」


 施設内には各個人に宿泊用の部屋も準備されているが、ホテルのシングルルームと一緒でベッドとユニットバスぐらいしか無い狭い空間なので、早い時間に宿舎に戻ってもやることがない。

 その点部室にはテレビが設置されているし歓談しながら寛げる。勿論テレビはブラウン管式で、作戦行動の際には小型カメラからパーティメンバーが居る場所の映像を送ることもできるものだ。


 また、現実ではゲームと違い武器は定期的にメンテナンスしなければならず、例えば(ブレード)の交換や弾丸の補充と装填なんかも必要になる。

 このパーティでは不足している弾丸があれば島津が纏めて取り仕切って調達しており、このような準備行動も部室でメンバーが揃っている中で行う方が効率良く進む。


 そんな訳なので、お風呂シーンに釣られた一部の者も含めて一旦部室に戻り、これから待ち受ける激闘の日々に各自が様々な思いを抱きながらも並行世界初日の夜は更けていくのであった。




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