2nd Stage.(3)貫通弾
▼3
『みんな、無事か!?』
「当然ッ!」
「山路、無事です」
「あたしも平気ー」
「神野だ。こっちも大丈夫」
凶竜レイジの暴虐的なブレスが収まり、まずはパーティメンバーの無事を確認する。光と熱と砂埃が収まると、周囲のアスファルトは大地震の後のようにデコボコになり、煮えた匂いを発していた。
だがこのブレスは体内に蓄えられた膨大なエネルギーを一気に放出するため、攻撃直後に僅かながら確実な隙が生じる。その隙を待ち構えてたように、上空からレイジに向けて銃弾の雨が降り注いだ。
他のプレイヤー達による援護のようだ。ビルの屋上に銃を扱える者達が集まり、レイジに向けて一斉に撃ち下ろしたのだった。殆どの弾は硬い鱗に弾かれたが、幾らかが比較的柔らかい翼膜を突き破っており、機動力を奪うことに成功している。
『この援護はありがたいな。おハルさんや、助かったって伝えておいてくれ』
レイジが上空を睨みつけると、ガンナー隊は無理せず退却する。追撃を狙ってリスクを取らないのは良い判断だ。
そして相手が余所見をしたチャンスに今度は島津が竜に向かって奔り出した。作戦の『プランC』に必要な工程があるのだ。
オペレーターは純戦闘職でないとはいえ、強化人間の脚力は凄まじい。竜が首を元に戻す頃には既に爪が届く程の距離に肉薄している。
『反撃の狼煙だ。喰らいなっ!』
島津が手にした銃、浅草に行けば一山幾らで売ってるような安物拳銃の引き金を引いた。乾いた音と共に、レイジの左前足の付け根部分に赤い液体が飛び散る。
血液ではない。普通の拳銃ではレイジの鱗には傷一つつけられないからである。特に胸や喉のような重要器官を護る箇所の鱗は極めて固く、これを破壊するには単分子刃を正しく当てて切断するか対空砲を256発撃ち込むかしないとならない。
つまりこの弾丸はマーキング用のペイント弾で、着弾の衝撃で特定の色の染料が飛び散る仕掛けになっているのだ。
『よし。赤の一つ下の鱗だ!』
「判った。後は任せな!」
緒賀が間合いに踏み込むのと入れ替わりに、島津は注意を分散させるためあえてレイジの顔の近くを駆け抜けて爪の射程から退避する。レイジが彼女を目で追った隙に緒賀は右手の刀を竜の胴体に当て、軽く撫でるように一閃。
極限まで薄く鋭く加工した刃は、まるで紙を切るかのようにあっさりと、島津が指定した位置の鱗を斬り飛ばした。
だが、同時にドラゴンも緒賀を振り払おうと左腕を振り回す。先程までのように間合いを維持して斬り合った時とは違い、今回はドラゴンの懐深くまで接近しているため易々とは避けきれない。
「ちィっ!」
咄嗟に左手で構えた圧縮鋼の刀で受けたが、腕力も体重も絶望的に劣る彼女はその反動で大きく弾き飛ばされた。
「緒賀さん!?」
『任せろ』
華奢な身体が勢いよく吹き飛び、硬いアスファルトに叩きつけられるかに見えた瞬間、島津が飛び出して緒賀の身体を抱き止める。
そのまま島津が下になり路面に激突し、数メートル引きずられるように滑ってようやく止まった。
「おい! 大丈夫か!?」
予想以上に柔らかかった胸の感触へのコメントは自重しつつ、慌てて緒賀が立ち上がり島津を起こすが、
『あぁ。オペレーターは喉だけ動けば仕事できる。前衛が優先だ。気にするな』
これまでの激戦でひび割れてギザギザの突起が飛び出したアスファルトはもはや凶器と言って良い。
彼女達の着ている制服は日本の誇る某化繊メーカーが昭和の科学の粋を集めて開発した特殊素材でこの程度では傷つかないが、スカートから伸びた生脚はそうもいかず、島津の太ももの後ろ側がざっくりと切り裂かれていた。鮮血がアスファルトを赤く染めていく。
「島津君!」
慌てて悠里が駆け寄り、応急処置用の止血・消毒スプレーを傷口に向けて噴射。そしてテキパキと道具箱からゼリー状のガーゼを取り出す。
『さ、前衛に戻れ。最後の仕上げだ』
「了解。そっちも無理はするなよ」
島津に促され、再び緒賀は前線へと駆け出す。緒賀の居ない間の前衛は山路が大盾を振りかざしてどうにか凌いでるところだった。
「きゃっ! 重……っ! そろそろ! 限界みたい……です!」
「悪ィ! 待たせた!」
山路の横を高速で駆け抜け、勢いのままにレイジの首目掛けて刀を一閃。
さすがに急所への攻撃は警戒しているようでレイジは首を捻って回避したが、注意が分散する分山路の負担がこれで緩和される。
『よし。二人で奴の注意を引いて、動きが止まったところで神野が撃つんだ』
この作戦の『仕上げ』を考慮し、緒賀はあえて真正面から挑む。掠っただけで骨を砕かれそうな牙を掻い潜り、カウンターでその喉元に刀を叩き込もうとする一進一退の攻防。
やがて、緒賀の刀の先端がドラゴンの鼻先を掠った。ダメージは無いに等しいが獣の鼻は急所の一つであるので一瞬だけだがレイジが怯む。
神野にとってはその一瞬で十分だった。
銃声と共に、物陰で彼が構えた狙撃用ライフルから一発のテフロン加工を施すことで貫通力を高めた特殊な弾丸が射出。島津がマーキングし緒賀が斬り飛ばした鱗の位置、護りが無くなり柔らかな肉を晒した箇所へと着弾し、体内へと潜り込む。
「……行けっ!」
本来、ドラゴンのような巨大な獣に対し矮小な人類が有効打を与える方法は、それほど多くない。
例えば緒賀のように刀を振って戦う場合、幾らよく斬れる刀で攻撃したとしてもその刀の刃渡りを越える深さの傷は与えられない。従って今回のような巨大な敵にどれだけ斬り付けてもその刃は急所にまで到達しないのだ。
また神野のように銃を撃って戦う場合も似たようなものだ。銃弾の威力次第では刀より深くまで攻撃を到達させることができるが、その反面刀のように「線」を描いて斬り裂く傷は与えられず「点」でしか効果を発揮しない。巨大な敵に対しては針で軽く刺すようなものだ。
それらを踏まえて今回島津達が採った『プランC』の作戦は、言うなれば針を正確なポイントに深く刺して急所に届かせるものであった。
ゲームの時には、島津がマーキングした位置の鱗を剥がし貫通弾で正確に真横から撃つと、レイジの肋骨の間を潜り抜けて肺を破り心臓に到達する。“STO”はRPGではないため、ダメージの蓄積など面倒臭いことを気にしなくても急所を破壊すればボス相手でも一撃で倒せるのだ。
但しこの作戦を現実に持ち込む際のリスクもある。ゲーム時代の凶竜レイジのデータはあくまで予測値であり、実物の骨格が予想と異なる可能性も無視できない。
その場合は、少しずつ射撃ポイントを横にずらすことで粘り強く肋骨の隙間を引き当てる他無い。正直なところ、これ以上の戦闘の続行は危険度も跳ね上がるので、場合によっては一時撤退も視野に入れなければなるまい。
『さて、届いてくれよ……』
祈りにも似た気持ちで、島津が呟く。彼女の見てる先でレイジは一声大きく吼えたが、四肢の動きは明らかに鈍い。
「油断を誘う罠かも知れない。念の為もう少し様子を見る」
既に2発目の発射準備を終えた状態で、神野が警戒の声を上げた。緒賀も構えを解かずにじりじりと間合いと詰めて行く。
そんな視線の集まる中、竜の口から紫色の血が大量に吐き出され、力尽きたかのように頭を地面に横たえた。
「ははッ。ここまで来て死んだフリとかしやがったら、オレも怒って良いよな……?」
奇襲に警戒しつつゆっくりと近づいて、緒賀は手にした刀で凶竜の首を切り裂いた。どろりとした血が傷口から垂れ落ちるが、勢いよく噴き出したりしないのはもはや心臓が動いていない証拠だろう。
「……勝った……の、ですか……?」
まだ勝利の実感が沸かない様子で山路が呟く。そんな彼の肩を、神野がぽんぽんと叩いて親指をぐっと上げた。
「ま、あたし達が本気を出せばこんなもんよね!」
島津に肩を貸して立ち上がらせつつ、悠里も笑顔で勝利の喜びをあらわにする。
『よし、みんなお疲れさん……あー、おハルさんや。レイジはなんとか倒した。こっちの消耗も結構あるから一度基地に帰らせてくれ。雑魚の掃討は他のパーティに任せても良いよな?』
『やりましたか~、素晴らしいです~。お疲れ様でした~』
通信の向こう側からもHARや基地待機組の喜ぶ様子が伝わってくる。
レイジを倒したのでこれ以上レイジの眷属が増えることはないため、残りの雑魚はそんなに急いで狩り尽くす必要もないだろう。そう判断して島津達は一旦“部室”へと戻ることにするのだった。