2nd Stage.(2)凶竜レイジ
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『神野、お前さんから見て2時半方向でワイバーン相手に苦戦してるパーティがある。援護射撃は可能そうか?』
「ん、わかった」
信号機の上から島津が見通す先に、ワイバーンの急降下一撃離脱戦法に絶賛苦戦中なパーティの姿があった。
ゲームであれば他のパーティの交戦相手に勝手に攻撃するのは“横殴り”と言ってあまり褒められた行為ではないが、現状で手出しを控えてもし向こうのパーティで死者が出たりするのも寝覚めが悪い。
返答を受け、島津は自身に群がる鳥を鉄パイプで迎撃しながらも矢継ぎ早に指示を出す。
『じゃあ、神野は狙撃を、悠里はサポートを頼む』
「了解」
「はーい」
『山路は後衛のガードを、緒賀は負担かけるが討伐のペースを上げてくれ』
「はい!」
「はッ、楽勝!」
慣れた動きでパーティメンバーが隊列を組み直した。島津が一旦路上に飛び降りて緒賀と山路と正三角形を描くように防衛線を形成、その内側に神野と悠里が移動する。
「悠里、頼む」
「はいはーい。今回は炸裂弾がベストかな?」
神野が道具箱からライフルを取り出して悠里に渡し、悠里がそのライフルに特殊な弾丸を込める。薬品やら素材やらを扱う素養が高い悠里は、ライフル用の特殊弾丸の生産も一手に担っているのだ。
「準備完了。じゃ、あとは頑張って」
「ん、ありがと」
きっちり30秒後、装填の完了したライフルを神野の手に戻す。この間、前衛3人による防衛戦は小鳥1羽たりとも通していない。
狙撃用ライフルのスコープ越しに、1km近く離れた戦場の様子を覗き見る。飛行速度に優れるワイバーンの素早い攻撃に、あまりゲーム慣れしていないように見えるパーティが翻弄されているのが判る。
向こうのパーティにもレーザーガンで武装したガンナーが居てポニーテールを振り乱しつつ応戦しているが、どうにも動きが素人くさく狙いを絞れずにエネルギーの無駄遣いを続けている。
急降下したワイバーンがまた上昇し、上空で一瞬止まることを見越した2秒前、神野が迷い無く引き金を引いた。
――タアン! と乾いた銃声と共に、秒速約400mの弾丸が空気を引き裂き解き放たれる。
着弾までのタイムラグも計算しつくした一撃は、端から見るとシューティングゲームのスーパープレイのように移動後のワイバーンの座標へと到達。
その肩の辺り、高速飛行の要となる翼の付け根に命中し、次の瞬間に大爆発を起こす。
『命中だ。いつもながらお見事だな』
弾頭に特殊な炸薬を詰め、着弾の衝撃により爆発を起こす炸裂弾。強力である分その取り扱いは難しく、今回は敵がプレイヤーから距離を取るタイプだったのが幸いした。
本来このような弾丸はグレネードランチャーのように大きな弾頭を持つものだが、それがライフルの弾丸サイズに収まるのは例によって昭和の科学の粋である。
事実上片翼を失ったワイバーンは一声鳴いて地上へと墜落。飛べないワイバーンはもはやただのでかいトカゲだ。あとは新兵の群れでも反撃に気をつけつつ集中攻撃すれば勝てるだろう。
「さて、次の獲物は?」
手の届く範囲の敵を全て斬り捨てた緒賀が、血振りをしつつ問いかけてきた。
『あぁ。良いニュースと悪いニュースがあるがどっちから聞くか?』
空を見上げていた島津が人の悪い笑顔で振り向く。この笑顔は大抵ロクな事が起きない前兆だ。
「そりゃ勿論、良いニュースからに決まってる」
『OK。次に来る敵を倒せば特別ボーナス10万円だ。しっかり頑張れ』
島津の言葉に、緒賀以外の3人の表情が音を立てて引きつる。10万円もの賞金が掛けられているのは、全ての侵略者の中でも僅かに7体だけ――
「それは……つまり……」
恐る恐る上空を見上げる山路の目に、少しずつ大きさを増していく竜のシルエット。その大きさや迫力や威圧感は、先ほどのワイバーンの非ではない。
凶竜レイジ。
ゲーム中では東京タワーの最上階でプレイヤー達を待ち受けていた、ボス級キャラ、“七つの苦難”の内の一体だ。
全身を覆う赤黒い鱗は鋼よりも硬く、生半可な攻撃は容赦なく跳ね返す。
豪腕から繰り出す鋭い爪の一撃は、装甲車すらも切り裂く。
そして口から吹きつける超高熱の吐息は、全てを焼き尽くすと言われている。
ゲーム的に評するなら、トリッキーな動きは仕掛けてこないが規格外の攻撃力と防御力で蹂躙する、純パワータイプのボスキャラだ。
「けど、レイジが何故ここに……確か東京タワーの上から動かないはずじゃあ……?」
「ここは現実でゲームの中じゃ無ェからな。大方、腹が減って飯を探しに来たってとこじゃねェか?」
「っ! ……そんな!」
降下を続けるレイジの腹を見上げつつ、悠里が顔を青くさせて呻いた。
『とにかく落ち着け。ゲーム中では何度も勝った相手だ。あと着陸予想地点はここだ。少し下がるぞ』
着陸の際に踏み潰されないよう、近くの建物の壁際まで後退する。恐らくは島津達が一番派手に戦っていたために、レイジの目を引いたのだろう。
そして“ゲーム中では何度も勝った相手”とは言うがその勝率は決して100%ではない。RPGみたいに『レベルを上げて物理で殴る』ような万能の解が存在しないので、攻撃を避け損なうと結構あっさり崩される。
『あー、おハルさんや、なんかレイジと交戦することになった。初心者パーティは危険だから退避させてくれ。熟練パーティは辺りの雑魚を引き受けてくれると助かる。あと横殴りはこっちの連携が崩れるからなるべく控えて欲しい。距離を取って誤射の危険が無ければ好きに狙撃して良い。以上』
『了解しました~。伝えておきます~』
予期しなかったボス戦を前に緊張感が増す中、島津がHARに早口で通信を入れた。
『さて、作戦はプランCで行こう。成功の確約はできないが失敗時のリスクが低い』
「安全第一ですね。良いと思います!」
『悠里は貫通弾の準備を頼む。緒賀と神野はブレスを引き出すまで隙を見て攻撃』
指示を出す間にも、凶竜の影はみるみる大きくなり、やがて中型の飛行機のような巨体を現す。
『――来るぞ! 全員着地の衝撃に備えろ!』
そして、アスファルトを割る程の衝撃と地響きを立てて、凶竜レイジが千代田区の交差点へと降り立った。
頭から尻尾の先まで約30mはあろうかという、巨大な竜だ。腕一本だけを見ても成人男性の体よりも太く大きく、鋭い牙の並んだ大きな口は人間など一呑みにしてしまうだろう。
間髪入れず竜は、天へ向けて獣のような雄叫びを上げる。その咆哮は物理的な重さすら感じる、もはや音波兵器である。昭和の科学の粋を集めた強化ガラスでなければ、建物のガラス窓が纏めて粉砕されていたであろう。
間近で雷が落ちたかのような轟音と振動に島津達も一瞬立ちすくんだが、
『……っ! こけ脅しだ! 怯むな!』
「はッ! 誰に言ってる!」
『そら、お前さん以外の全員だ』
パーティの特攻隊長緒賀が即座に立ち直り、レイジに向かって突撃する。映画に出てくる怪獣のような巨躯に対し、見た目は華奢な女子高生、普通に考えるととても歯が立たないように見えそうだが、この場には緒賀の心配をする者は誰も居なかった。
『右爪振り下ろし、左爪横薙ぎ、尻尾が来る、次は左足踏み潰しだ』
島津の指示に反応し、優雅な舞いのような身体捌きを見せ、一撃必殺のドラゴンの攻撃をあっさりとかわし続ける。更に隙があれば指の先を単分子刃で切り裂く余裕っぷりだ。
ゲーム時代からこの凶竜レイジは、巨体ゆえの可動限界か自分のパワーを過信しているからか、攻撃モーションが大きく読み易いという特徴がある。間近で刃を交えていると見えないような細かな動作であっても、一歩引いた目線で観測する島津が伝えてくれるので問題にならない。
「この程度の攻撃、目を瞑ってても余裕だぜ!」
『やめとけ、何も知らんガキが真似すると危険だ。次、尻尾横』
地面スレスレの位置を丸太のような強靭な尻尾が呻りをあげて通過する。余裕を見せ付けるように後ろ向きに宙返りして避けた緒賀はついでとばかりに刀を振るい凶竜の尻尾の半ばほどから斬り落とした。
「よッ……と!」
黒髪とスカートをなびかせつつ着地。
ところでわざわざ書くまでも無いかも知れないが、彼女の短いスカートで斬ったり張ったり跳んだり回ったりするとスカートが翻って中身がチラっと見えたりモロに見えたりする。するのだが、彼女の場合は見られても構わない所謂“見せパン”だと思われるのでそれほど問題にならないであろう。その証拠に縞パンだ。あざとい流石ネカマあざとい。
『あー、緒賀。ちと見せすぎで有難みが無いな。縦移動は控えた方が良い』
「簡単に言ってくれるな!?」
苦情を言いつつも緒賀はすり足のような水平移動主体に切り替え、レイジの猛攻をかわしつつ斬りつける。
余裕を崩さない彼女に対し、致命傷には程遠いものの身体のあちこちに傷をつけられたレイジは怒りのオーラを纏い、本来なら餌でしかないはずの矮小な人類を睨みつける。
そんな竜の注意が緒賀に向けられた時、銃声が響いた。
これまで緒賀が殊更派手に立ち回っていたのには、彼女に注意を引き付けて神野の狙撃の効果を高める狙いもあったのだ。コンバット・マグナムから撃ち出した弾丸は、狙いを過たずレイジの左目を直撃する。
「……目は無理か」
だが、濃厚果汁飲料特有の分厚いスチール缶をも貫く威力のマグナム弾は、普通弱点のはずの眼球にぶつかって弾かれてしまった。どうやら眼球の周囲を透明な殻のような鱗が覆っており、その丸みを帯びた構造で衝撃を外に流す創りになっているらしい。
それでも竜の気を引き怒らせることには成功したようだ。レイジは再び一声吼えると、今度は大きく息を吸い始め、それと同期して背びれが青白く明滅していく。
凶竜レイジが持つ最高威力の攻撃手段、全てを焼き払うブレスの前兆だ。これをまともに受けると防御特化のディフェンダーですら盾ごと蒸発する。
『来るぞ、ブレスが。5秒前、3、2、1――』
失敗は許されない。島津の背中を嫌な汗が伝う。ゲーム時代の膨大な知識と経験をベースに、目の前の相手のこれまでの挙動や息遣いを観察しながらタイミングを微調整する。
『――避けろ!』
島津達5人が大きく跳躍すると同時に、視界を白い閃光が埋め尽くした。