2nd Stage.(1)襲撃
▼1
島津達が“全サバ特”合宿所の建物から飛び出すと、これまでの度重なる襲撃により廃墟となったビル街の隙間から見える空には無数の飛行体が羽ばたいていた。
周囲にはガラスや壁材の破片やら破壊されひっくり返った自動車やらアスファルトの残骸やらが散乱しており、復興への道筋も立ちそうにない状況だ。
当然、人の気配も自分達が本拠地とする建物以外からは感じられず、一般住民達は皆既に東京周辺から退避している。
『鳥か……ってことはレイジの眷属だな』
オペレーター用のインカムを道具箱の中から取り出して頭部に装着した島津の声が、通信機を通じてパーティメンバーの耳に入る。毎度のことであるが、透明感のあるヒロイン声に人生に疲れたおっさん口調はもはや詐欺であろう。
道具箱――この特殊な箱も昭和の科学の粋を集めたもので、外側から見た体積よりも中の容積が大きい。ゲームではお馴染みの収納具であるが、所詮昭和のテクノロジーなので食べ物を入れれば劣化するし水の入ったコップを入れれば振動で倒れたりもする。
また一般的にオペレーターはパーティ用の部室に残ってモニタ越しに戦況を確認し指示を出すものだが、島津は現場主義なのでこうやってパーティと一緒に戦場にも出てくる。
それと眷属についてだが、“七つの苦難”はそれぞれ、支配・使役する眷属の種類が異なる。その中で空高くを飛べる眷属を持つ相手は虫を操る妖蜂サスピシャス、鳥や亜竜を支配する凶竜レイジ、空に浮かぶ魚やクラゲを統べる怪魚テラー、の3体だけだ。
今回は鳥型の敵が多数だったので、レイジの眷属であると判明したということだ。群れに紛れてワイバーンクラスの強敵も何体か紛れているかも知れない。ちなみにワイバーンを1体落とせば400円になる。それくらいの大物だ。
「はッ、この程度の雑魚、オレ一人で片付けてやンよ」
豪語して緒賀も道具箱から二振りの刀を取り、電磁鞘から刀身を抜く。
この電磁鞘も昭和の科学の粋を集めたものだ。極限まで鋭くした刃は普通の鞘を容易く切り裂いてしまうために、二枚の板で電磁的に挟み込むことで刃から他の物体をガードする仕組みにしているのである。
山路は右手に騎士のような真っ直ぐな剣を、左手にジュラルミンと硬化プラスチックを重ね合わせた構造の大盾を取り出し、後衛の二人を庇う位置へ動く。
神野は愛用のコンバット・マグナムを抜き、悠里は攻撃力を期待されるポジションではないので強化プラスチックの小盾だけ構えて防御に徹する。手首と肘の辺りで固定する、ファンタジーRPGで言うところのバックラー状の小盾で、山路の持つ盾ほどの防御力は無いが両手の動きを阻害しない物だ。
『小型の相手でも油断するなよ、高速の突撃に気をつけろ』
島津はそう注意すると強化人間の身体能力を駆使して大きく跳躍、建物前の交差点に立った信号機の上に着地する。直接戦闘にはあまり参加せず、このように戦場を見渡してパーティや敵の動きを肉眼で把握しながら指示を出すのが島津の好むオペレーティングであった。
見回すと、他のパーティのプレイヤーの面々も、建物から出てきて思い思いの場所で敵を迎え撃とうとしている。敵の数は多いが、ゲーム時代のままならプレイヤーには十分の戦闘能力があるので余程の相手でなければ遅れを取ることは無いだろう。
『さて、来るぞ。キラーイーグルが6羽。まずは練習用だな、各自自分の攻撃力に機動力に反応修正を確かめてゲームの時とのズレを微修正してくれ』
翼を広げると2メートルに届こうかという程の大きな猛禽が次々と急降下してくる。素早い動きと鋭い爪とで初心者プレイヤーを翻弄する難敵。賞金は180円で“ちょっと強い雑魚”ぐらいの位置づけだ。
落下の勢いを乗せたキラーイーグルの爪が緒賀を切り裂くかに見えた時、彼女の手が動く。
するり、と、さして力を込めたように見えない斬撃が猛禽の身体を撫でるようにすり抜け、次の瞬間哀れな鳥は頭から真っ二つに切断されて地に落ちた。
返す刀で後続のキラーイーグルの胴も切断する。あまりにも見事な切断面から異界の生物独特の紫色の血液を迸らせ、二羽目の鳥も息絶える。
緒賀が右手に持つ方の刀には昭和の科学の粋を集めた単分子刃が仕込まれており、分子一個分の薄さにまで研ぎ澄ますことにより理論的には大体何でも斬れる。
但し薄い分横からの力に弱く、斬撃の際に少しでも刃筋が狂ったり不用意に敵の攻撃を刀で受けたりした日にはあっさり割れてしまう、そんな不安定な代物なので、威力は高いが実際に使う人は少ない。
『どうだ? ゲームの時と違いはありそうか?』
「ああ。身体の動き自体は違和感無ェけど斬った時の手応えが少し生々しいな」
『OK。近接組は要注意だな』
「打撃の方も試してみてェ。余裕ができたらあと何匹かこっちに回してくれ」
「少し待って。こっちも撃ちたい」
控えめな声で神野が主張すると同時に、銃声が響く。続く3羽目と4羽目が、彼の正確無比な狙撃で頭部を破壊された。
「ん、反動がリアルになってる。“現実”の感覚に近いから射撃経験の無い人は戸惑うかも」
『解った。おハルさんにフィードバックする』
「頼んだ。最初は慌てずに一発ずつよく狙って撃つよう言っといて」
特に火薬式の銃は強力な物ほど撃つ時の反動も大きい。ゲーム時代の感覚で連射すると素人ではなかなか命中しないということだ。島津は一旦HARと通信回線を開き、今の話を他のガンナー陣に伝えて貰うよう依頼する。
そこに一瞬の隙が生まれた彼女に、1羽のキラーイーグルが飛来するが――
『甘いな』
道具箱から取り出した鉄パイプで、無造作に大鷲を殴り飛ばした。刃筋を気にしなくて良い分、彼女は刀よりも鈍器を好むのだ。
『――っと、キラーイーグルの第二陣が波状攻撃。それに紛れて黄金鳥が3匹狙ってる』
HARとの会話を終えた島津が新たな敵の訪れを告げる。黄金鳥とはその名の通り黄金色の体毛の鳥で、翼を畳んだフォームでの高速飛行でターゲットの心臓を一気に貫く攻撃を得意とする。
基礎スペックは低いが油断すると痛い目に遭う、他のゲームで例えると首狩り兎みたいな敵だ。ちなみに撃破ボーナスは120円と危険度の割に安い。
『今羽根を畳んだ……来たぞ。緒賀に2、神野に1だ。避けろ』
島津の警告に、緒賀はニヤリと笑うと身体を半身にずらしつつ両手の刀を振るう。
決着は一瞬。
弾丸のような速度で突撃してきた黄金鳥の1匹目の首をすれ違い様に右手の刀で切断。超人的な動体視力と刀捌きを兼ね揃えてようやく可能になる業である。
そして2匹目は左手に持った刀で受け止めていた。刀に真正面から衝突した鳥の顔面と首がぐしゃりと潰れる。
こちらも昭和の科学の粋を集めた圧縮炭素鋼による、見た目は刀だがその実体は鉄の塊とさえ言える物体だ。
「単分子刃は切れ味が凄ェ分派手で人気があるが脆いという弱点も備えた正に脆刃の剣! それを補うためにコイツはあえて刃を研がずに硬度と重量を増加させることで破壊する玄人好みの扱いにくすぎる武器! どっちも癖が強ェから素人が持っても使いこなせねェでナマクラ刀にも劣る代物だけどな!」
『長えよ、台詞が。あと誰が微妙に上手いこと言えと』
緒賀の決め台詞をばっさり切り捨てる島津。
一方、神野の方はあのスピードの敵を真正面から迎撃する気は無かったようで、ディフェンダーである山路の背に隠れていた。
山路は手にした盾で微動だにせず黄金鳥の突撃を受け止め、動きが止まった瞬間に剣を叩き付けて葬った。
職能的に山路の攻撃力は緒賀や神野に比べると劣るが、この程度の相手であれば十分に通用する。
「助かった」
「いえ、これが私の仕事ですから」
学生帽の縁をちょいと動かして照れくさそうに謝意を述べる神野に、山路は爽やかなイケメンスマイルを返した。