Epilogue.(2)同窓会
▼
昭和の東京での激戦から、1ヵ月後――
とある居酒屋ののれんを、高校生らしい紺のダッフルコートを着た少女がくぐる。
「うっす、お疲れ」
肩の下辺りで外側にハネたダークブラウンの髪に、くりくりと可愛らしく丸まった目。島津当人であった。
「おゥ。遅ェぞ島津!」
「しょうがねえだろ、仕事が溜まってんだよ」
緒賀に言い返しつつも店に入りコートを脱ぐ。下はラフなカットソーにジーンズだ。
「何だ、色気が無ェなァ。面倒がらずにもっと頑張れよ」
「知らんがな。俺は別にコスプレがしたくてネカマやってた訳じゃ無えんだよ」
じとっとした目になって言い返す。対する緒賀は豊かな胸を強調するようなぴっちりしたTシャツに黒いミニスカートと縞々ニーハイソックスだ。そして長くつややかな黒髪も勿論健在で、美少女オーラを無駄に振り撒いていた。
「ん、久しぶり」
シンプルなYシャツにスラックス姿をした黒髪の少年神野が片手を上げて挨拶してくる。畳敷きの部屋には島津達のパーティ『東京防衛戦』のみならず、釘屋や堀井や高塚などあの戦乱を共に戦った戦友の内かなりの数が待ち構えていた。
「しかし、便利な時代になったよなあ」
空いた席に腰を下ろし、しみじみと呟く島津。テーブルの向かい側でカーディガンに綿パン姿の金髪美少年の山路と昭和テイストなドット側ワンピースに身を包んだ悠里とがしきりに頷いた。
「そうですね。まさか飲み会まで仮想現実で開けるサービスができるなんて」
「ま、ネットゲーム参加者なんて全国に散らばってるから生身でこんなに集まれる訳ないしねー。首都圏の島津君と山路ちゃんは良いとして、あたしは北海道で緒賀君は関西で、神野君に至っては合衆国に出張中なんだもん」
そう。今のこの集まりもかつてゲーム時代の“STO”と同じく、VR機器を通じて接続するネット上の仮想空間の中である。
現実の姿で集まっても誰か判らないし誰も得をしないので、このように“STO”のキャラクターを再現したアバターで参加している、といった具合である。
ちなみに他のパーティも、九州在住の『県立日本防衛軍』や鳥取県民の釘屋、偶然か必然か四国四県出身の『グングニル』4人に北陸・東北育ちの『ラーメン研究会』メンバーと、全国津々浦々に散らばっている。
とはいえ飲み会とは言っても味覚に関しては技術的にまだまだ実現できていないため、自室で生身で飲みつつ仮想空間でお喋りを楽しむという訳だ。
話は逸れるが、VRであるので明確な倫理基準に基づいたエフェクトが効いており、胡坐かいて座る緒賀のスカートの中には深淵なる暗黒が広がっていた。
「俺らが学生の頃は、ネットはおろかケータイすら無くて個人連絡と言えばポケベルだったのになあ」
「はいはい。昔を懐かしむのはそれくらいにして、そろそろ始めるから最初の挨拶頼むわ」
何故かヴィクトリア期のようなゴージャスなドレス姿の釘屋が呆れた口調で島津を促した。
「……なんで俺が?」
「あのねえ。一連の戦いで一番戦果を挙げたのはどう考えても『東京防衛戦』じゃないの。その功労者を差し置いて喋りたがる奴なんていないわよ」
釘屋の言葉に不承不承立ち上がると、会場から喧騒が収まっていく。比較的静かになった和室に、島津の透き通ったヒロイン声が響いた。
「あー、今日は忙しい中をお疲れさん。皆聞いてると思うが昭和の日本で俺達“全サバ特”が国民栄誉賞を貰えたらしい。これもひとえに全員が自分のできる限りの仕事をやった成果だと思う」
二つの日本の時空的距離が離れつつある中、最後の政府間通信でこのことが告げられたのだ。「何とか間に合いました。報告できて良かった」と、向こうの文部大臣がこちらの文部科学大臣に晴れやかに伝えたと聞いている。
「あと、狭間の婆さんからもメールが来てた。元気を取り戻しつつあるらしいぞ。さすがに主治医からVR禁止令が出ててここには来れないが皆に宜しく伝えてくれとのことだ」
島津の報告に、あちこちでほっとした空気が流れる。
事実を端的に述べると、昭和の日本で戦死したはずの狭間なでし子(88歳)は、その時のショックで意識が元の体に戻って来たのである。
これは初日の説明会でもHARが述べた可能性の一つとして、確かに皆が覚えている話だった。
更に言うなら、その時のこちらの世界での年老いた肉体は長期間のVRへの没入により生死の境を彷徨っており、主治医に言わせるともしあと数日意識が戻らないままだと間違いなく命は無かったとのこと。
すなわちあの時の戦闘で一足先にリタイアしたことが怪我の功名になり、入院中とはいえ今もなお生きて携帯ゲームやスマホアプリをエンジョイしているという訳である。
正に本人が語ったように『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』ということだ。
「ま、ヒマさえあればスマホ見てるらしいから気が向いたらメールでも送ってやると喜ぶだろう。じゃ、そんなところで――」
島津がビールジョッキを掲げると、各々もそれに続いて各自の飲み物を手に取る。グラスの冷たさや水滴まで再現されており、VRの中なのでこれらは皆データの塊であるが、飲み会に特化したサービスだけあって一見すると本物と区別がつかないようなリアルな質感を伴っていた。
「俺達全員の無事な帰還に、そしてこっちと向こうの日本の更なる発展を願って、乾杯!」
「「「「「乾杯ーー!!」」」」」
『STO ― 昭和東京オペレーター物語 ―』 完
 




