Final Stage.(3)ラストバトル・後編
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裏路地の先のポイントに陣取り、立ち並ぶビルの僅かな隙間からの狙撃。
障害物が多く万が一の時は素早く身を隠せること、そしてアロガントの飛ばす火球は当たり判定が大きくこのように狭い隙間を通すことがほぼ不可能なこと、それらの理由により彼ら別働隊は比較的安全地帯から落ち着いて狙撃ができたのだ。
インベーダーゲームで言うなら、遮蔽物の隙間から一方的に攻撃できる状態、と言えばお判りであろう。
勿論この狙撃を成功させる為の難易度はベラボーに高く、別働隊の側の精密な射撃技術は勿論のこと、『東京防衛戦』の側も狙った位置に巨人アロガントを誘導して更に狙撃班の方向を向かせなければならない。
だが、彼女達はこの難しい作戦をやり遂げたのだ。
『よし、効果は出てる!』
「……ん、みんな良い腕してる」
歴戦の5パーティから集めた11人もの狙撃兵による射撃の精度と威力は凄まじく、1射目の攻撃では11発中9発がアロガントのコアに命中。オレンジ色に輝く球体――戦闘可能な残り時間の推定、約2分20秒程――に、無数の細い亀裂が走る。
そして立て続けに2射目が着弾。今度は11発中8発がヒットし、コアの表面を削り落として行く。
アロガントの側も応戦すべく、両手の間に巨大な火球を生み狙撃者達の方向へ向けて発射したが、ビルの隙間の狭さに比べて火球の方が大きく、はるか手前でビルに衝突し大爆発を起こす。
細い裏路地に沿って熱風が吹き付けるが、別働隊に届く頃にはその威力は盾で充分に防げるぐらいまで減衰していた。
『気をつけろ、遮蔽が削れると危険だ。無理せず早めに退いてくれ』
火球が直撃したビルは大きく円形に抉れており、もし同じ攻撃をあと2、3発受けると遮蔽の効果も無くなるだろう。これもインベーダーゲームのトーチカと同じであまり長時間は保たないということだ。
『了解。3射目が終わったら撤収することにするわ』
釘屋の返事と同時に、別働隊の3射目がアロガントのコアに着弾。最後の一斉射撃は11発中なんと10発が命中し、ガラスが割れるような音を立てて粉々になった。
『OK、コアの破壊を確認。助かった。あとは俺達に任せな』
『頼んだわよ。ここまでやっといて負けたら、承知しないんだからね』
『あまり大口叩くとフラグになるからな。まあ見てな、男は黙って不言実行だ』
釘屋との通信を終了し、再度アロガントと対峙する島津。そこに緒賀が口を挟む。
「いや、でけェこと言って自分を追い込む崖っぷち感がイイんじゃねェか! 男なら華々しく有言実行だぜ!」
アロガントに向けて予告ホームランのように刀を突き付けた彼女に向けて、暗黒の巨人の右手から突如、火の球が飛び出した。
モーションも溜めも無しでの一撃。悠長に火球のエネルギーを溜めていたら神野に狙撃され手元で爆発してしまうことを学習したからか、威力を犠牲にしてでも早さ重視に切り替えたようだ。
『速射か!?』
「ッ! うおおおおッ!」
その攻撃を緒賀は、気合いと共に左手で振るった圧縮鋼の刀で受け止める。超重量の鉄塊に弾かれ、爆音と共に炎が弾けて周囲に火の粉が舞い散った。
「緒賀君!?」
「はッ! 直撃さえ受けなければ大した事ァ無ェよ! だがそう何度もは武器の方が保たねェな」
自慢の黒髪とセーラー服を所々煤で汚しながらも元気な様子を見せる緒賀、だが左手に持つ刀は切っ先部分が溶けて曲がってしまい、威力が落ちたと言えども楽観視できない熱量なのは間違いない。
『連続で来るぞ!』
息をつかせる暇も無く、アロガントは次々と火球を飛ばし、弾幕を張る。
「足を斬りつけて動きが鈍ったからか、オレ達が近寄るのを警戒してる感じだよなァ」
次々と襲い掛かる火の球を細かいステップでかわしつつ、緒賀と島津が距離を置くべく後退。
山路も道具箱から2枚目の特殊盾を取り出して後衛の二人を背に庇う。
「悠里さんと神野さんは私の後ろに! ガードできるのは人数的に限界ですので島津さんと緒賀さんはそのまま避け続けて下さい!」
「……ん、なるべく左右に散って注意を分散して欲しい。隙を見て、撃つ」
珍しく神野が前衛組に指示を出した。彼も銀色に輝くニードラーを構えつつ、猛禽のような鋭い目になって獲物を見つめている。
『了解!』「任せろ!」
立て続けに降り注ぐ炎の雨の中、島津が右に、緒賀が左に跳びアロガントの左右に回り込む。当然山路の方向にも炎の攻撃は絶え間なく襲い掛かってくるが、彼はその全てを手に掲げた銀色に輝く盾でシャットアウトしていた。
「さすが怪魚の鱗、何ともないですね」
ゲーム中でも物理防御に秀でた凶竜レイジと並んでエネルギー系の攻撃に対する高い耐性を誇った怪魚テラーの鱗。それを盾に貼り付けてアロガントが繰り出す炎への対策としたということだ。
鏡のように滑らかな鱗に衝突した瞬間、炎は弾き散らされて大きく勢いを削がれる。
後衛組が安心して一息ついた、その時。
避けた火球が地面に着弾した際の爆風に煽られ、島津の軽い身体が宙に浮いた。
『――くっ!?』
「島津さん!」
「おお、クマのバックプリントね」
『……気のせいだ、忘れろ。悠里』
何とか空中でバランスを整え、後方へ一回転したが、着地の瞬間を狙った追撃が回避不可能なタイミングで飛来する。
「島津!」
『仕方ないか』
直撃する! そう見えた瞬間、島津が道具箱から何かを取り出し、振り上げる。
キンッ――と澄んだ音を立てて、火球が空間ごと真っ二つに割れ、その軌道が左右に分かれた。
『この切り札があるって事は出来ればギリギリまで隠しておきたかったけどな……サプライズで喉元に突きつける時までは』
島津が取り出したのは、空間切断能力でかつて緒賀達を苦しめた死神マリスの大鎌。扱いは難しいが切れ味は緒賀の持つ単分子刃と同等で、アロガントの硬い表皮にも通用するであろう代物だ。
『さて、反撃開始といくぜ』
刃の先から危険な色のオーラを立ち上らせて自己主張するその鎌をアロガントに向けつつ、島津はゆっくりと歩を進める。そんな彼女の挙動に意識を向ける暗黒の巨人。
だが、そこに注意を向けさせるのが島津達の仕掛けた罠だった。
「外さ……ないっ」
神野がニードラーの引き金を引き絞る。電磁力で加速された巨大な針が空を切り、胸の真ん中、割れたコアの内側へと突き立つ。
妖蜂サスピシャスから狭間がへし折った、2本目の毒針。それが巡り巡って狭間自身の弔い合戦での切り札になったのだ。
「 !!」
人類には聞き取れない耳障りな声をあげて、アロガントが天を仰ぎ見るように仰け反る。
そして、その巨体が一度、二度、痙攣した。
アレルギー反応によるアナフィラキシー・ショック。1回目の毒で体内に作られた抗体が2回目の毒に過剰反応することで発生する急激で激しいショック症状だ。
「どうだッ!?」
『まだ生きてる! 時間もあまり無い、畳み掛けるぞ!』
だが流石は“七つの苦難”最強の巨人。妖蜂の毒針を2度受けて尚、生命の炎は消えていない。
胸のコアの破片は既に赤くなりかけ、残り時間の少なさを示している。ここで仕留めきれなければこれまでの積み重ねが水の泡になってしまう。
『これで、最後だっ!』
アロガントの足元へと駆け込んだ島津が、ゴルフスイングのように死神の鎌を振り上げ、真上に投げ飛ばした。
鎌の切っ先は空間に裂け目を刻み込みながら真っ直ぐに飛び――アロガントの首筋をかすめて空へと消える。
焦って手元を狂わせた、のではない。次の攻撃に向けての仕込みだ。
『緒賀っ!』
「応! 任せろッ!」
痙攣する体を押さえ込みつつ、アロガントが腕を島津達に向ける。ここからはどちらの攻撃が早いか時間との勝負だ。
『行けえ! スカイラブ・タイフーン!』
島津の頭上に軽くジャンプした緒賀の靴の裏を、島津の右拳が打つ。ボクシングで言うところのアッパーカットの要領で、遥か上空へと緒賀を打ち上げる、言わば人間ジャンプ台だ。
一見すると簡単そうに見える行動だが、この域に達するまでには血の滲むような鍛錬の積み重ねがある。来る日も来る日も2人同時プレイ可能なレトロゲームで相方を突き上げてカメにぶつけたり踏みつけて移動を邪魔したりした成果が今この瞬間に繋がったのだ。
「……これで、決めろ!」
残った弾薬をありったけ使い尽くす勢いで、神野も援護射撃を行う。
アロガントが真下に撃ち付けた炎を、島津がすんでのところで躱す。
そして緒賀は大ジャンプの頂点で道具箱から長さ3メートルの大太刀を取り出し、切っ先をたった今死神の鎌が切り裂いた空間の切れ目へと差し込む。
こうすることで刀身の長さに反比例して不安定になる切っ先部分を固定させ、刃筋を正確に立てられるという訳だ。
「喰らえええええええっ!」
落下の勢いを乗せて振り下ろされる単分子刃は、ギロチンのように真っ直ぐに、無慈悲に、そして絶望的に。
だが見上げた時に目に映るシルクの白い光沢は、闇を切り拓く希望の光のように明るく輝き。
そして、遂に、“七つの苦難”最後の1体である暗黒の巨人アロガントの、首が落ちた。




