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STO ― 昭和東京オペレーター物語 ―  作者: TAM-TAM
7th Stage.流すな汝が涙、と老兵は言った
33/41

7th Stage.(3)遺志

▼3


 暗黒の巨人アロガント相手に、『東京防衛戦(TDL)』を含む3パーティ合同戦線でも歯が立たず、加えて最強の一角に数えられる狭間大和の重傷。その情報は、“STO”の全プレイヤー達を震撼させるものとなった。

 予想を上回る強さの敵に対してある者は恐れおののき、またある者はこれからどうなるのか憂いを帯びて騒然としたロビーに、慌しく島津達『東京防衛戦(TDL)』の5人が帰ってきた。


「今帰還した。おハルさんや、狭間(おっさん)の容態は?」

「お帰りなさいませ、比較的ご無事で何よりでした~。医務室の方へお急ぎ下さい~」


 比較的、というのは、島津の左腕が包帯でぐるぐる巻きになっており肩から吊り下げられていたことによる。

 最後に放ったアロガントの火球の影響である。指先を掠めただけで左腕が燃え落ちそうになる程のダメージを受けていたのだ。

 万が一直撃を許していたら強化人間の強靭な肉体でも一瞬で消し炭にされてしまうだろう。

 急いで帰還することを優先させて黙っていたら悠里に目ざとく見つけられて怒られたのは割といつものことであった。


「……急がなきゃならない状況なのか?」


 HAR(ハル)と一緒になって廊下を早足で歩く島津達の表情が険しくなる。


「ええ。大変言いにくいことなのですが~」


 HAR(ハル)が言うには、狭間は全身大火傷に全身打撲、肋骨の骨折と普通の人間なら3回は死んでいる程とのことだ。

 強化人間であれば適切に処置すれば本来は半々で助かるらしいが、それは元の日本に残してある元の肉体が健康ならという但し書きが付く。


「狭間さんの場合、元の肉体の生命力がかなり低下しているみたいで、非常に危険な状態なのです~」


 ――自分は部隊(ぱーてぃ)を組まぬことにしておるのだ。何時死ぬか判らぬのでな。


 HAR(ハル)の声と、いつか狭間自身が語った言葉とが重なる。彼の言う“死”はきっと、VR(ゲーム)でのキャラクターの死ではなくプレイヤー自身の死を意識していたのだろう。


「狭間のおっさん一人だけを、元の日本に帰すとかできないのか?」

「……申し訳ございません~。それをするには準備が不足しておりまして、あとお足の方も~」


 例えて言うとしたら、時空間移動はジャンボジェット機で日本からアメリカに飛ぶのを更にグレードアップさせたものに近い。移動日を決めたらそれに合わせて多大な時間とお金をかけて準備する必要があるのだ。

 また、1人運ぶのも300人運ぶのも手間としては大して変わらないため、最終日にプレイヤーを全員一斉に送還する予定で現状準備中であり、簡単にスケジュールを覆せないとも。


「では、私は部屋の外でお待ちしてますね~」

「え、HAR(ハル)さんは入らないのですか?」


 医務室の扉の前、怪訝そうに聞き返した山路にHAR(ハル)はうっすら微笑むと。


「私は機械ですから、“うれしい”とか“かなしい”とかの感情はあまりよくわかりません。そんな私が中に入ると、きっと異分子になると思いますので~」

「……判った。おハルさんなりの気遣いだけ受け取っておくよ」


 島津がHAR(ハル)と目を合わせて頭を優しく撫で、医務室の扉を開ける。ちなみに実はHAR(ハル)の方が少しだけ背が高く、島津は爪先立ちにならないと目線が合わなかったのはここだけの話である。


「狭間さん!」「おっさん!」


 山路と緒賀の遠慮のない呼びかけが医務室に響く。部屋の中ではこれまで治療に携わっていた『グングニル』のメンバーに囲まれ、ベッドに横たわる狭間の姿。

 その顔色は青白く、死相が浮かんでいたが、表情はやけに穏やかでいつもの鉄面皮と比べると別人のようだった。


「すまん! 俺達がもっと早く到着していれば……!」

「いや、それを言うなら俺達だって守りに入りすぎていたから……!」


 頭を下げる島津に『グングニル』の黒崎(アタッカー)がフォローを入れる。そんな様子を見て狭間がゆっくりと口を開いた。


「ふふ、若い子がそんなのを一々気にするんじゃないよ。アタシは自分の意志で戦って自分の力不足で負けただけだからね……」

「……え?」

「狭間のおっさん、その喋り方……」


 いつもとの雰囲気の違いに周囲が唖然とする中、狭間は言葉を続ける。


「ああ。アタシの本当の名前は狭間撫でし子。こう見えて昭和3年生まれ、今年88になるお婆ちゃんさね」

「88!?」

「というか、アンタ、ネナベだったのか!?」

「もう歳で、お医者さんからももう長くはないって言われてたからねえ。最期の思い出にって無理言って仮想現実なんとかげえむの許可を貰って、この懐かしい東京の町並みで一暴れしたかったのよ……」


 そう言って目を細める狭間。彼――いや、彼女の瞼の裏には今も昭和の東京の風景が見えるのだろうか。


「考えてみれば、ヒントはあちこちに転がってたか」


 島津が狭間のこれまでの言動を思い出し、得心する。

 戦前生まれの女性は就職せずすぐに結婚という生き方(ライフスタイル)が主流なので、社会人の基本ともいえる周囲との報連相(ホウレンソウ)がおざなりなのも仕方がないとか。

 当時の女性の憧れの男性像を追い求めたらこんなキャラクター性になっちまったとか。

 残された僅かな命を燃やし尽くすことに躊躇がないため、ともすれば自暴自棄にも見える戦い方をしていたとか。


「アタシは“STO(こっち)”の中じゃあ随分好き勝手しちまったけど、自分の人生には誇りを持ってる。だから誰にも謝りたくないし謝られたくもないよ。それに年寄りから順番に死んでいくのは当たり前のことさ。泣くんじゃないよ、若い子はせいぜい笑って見送っておくれよ」

「いや……俺達も見た目ほど若くはないんだけどな……」

「ふふ、アタシから見れば40歳も20歳も60歳もみーんな子供みたいなものさね――ゴホッ!」


 狭間が咳き込むと、口に当てた手の指の隙間から真っ赤な血が滴り、白い服やシーツに広がる。


「おっさ――いや、婆さん!?」

「駄目です! 死なないで! 狭間さん!」


 島津と山路が両側から狭間の身体を支える。


「――ゲホッ! ……良いんだよ。どの道怪我がなくてももう長くはないんだし……それにしても、時代は変わったねえ。女の子でも、強けりゃ認められるんだから……」


 そう言って、血を拭った手で島津の頬に手を沿え、肩先まで伸びたダークブラウンの髪を撫でた。

 そこへ、緒賀が横から口を挟む。


「そうだよ。時代は変わってる。これからもっともっと面白くなっていくんだ。だから、こんな所で終わるのは勿体無ェだろ!?」

「医療だってどんどん進歩してるから、難病だって寿命だって、意外となんとかなるかもよね」


 彼女なりの励ましの言葉に、悠里が相槌を打ち、口下手な神野も言葉を搾り出した。


「……ん。戦友がいなくなるのは、寂しい」

「……ありがとうね、みんな。アタシも、あなた達と一緒に戦えて良かったよ」

「婆さん!」


 頬に当てられた手を、島津が自由な右手でぎゅっと握り返す。他の仲間も、『グングニル』のメンバーも、泣きそうな顔で狭間を囲んでいた。


昭和(こっち)の日本の未来も、(あっち)の日本の未来も、頼んだよ……大変だろうけど……あなた達なら……でき……る……よ……」


 それが、狭間大和の最期の言葉だった。脈を取っていた黒川が、沈痛な面持ちて首を左右に振る。


「……あ……う……うわあああああああっ!」


 心臓も呼吸も停止した狭間の亡骸にすがるようにして、山路が嗚咽を漏らした。

 緒賀も「畜生!」と拳を振り上げたが、やがてゆっくりとそれを降ろす。強化人間の腕力(パワー)で物に八つ当たりしたらどうなるか、少しの想像力があれば明らかだからだ。


 医務室を重い沈黙が支配する。ここに居るのはいい大人ばかりなので自分を責める言葉を吐いても空気が更に悪くだけであることを弁えているし、慰めの言葉も今はまだ心の整理が付かず空虚な言い訳にしかならない。


 やがて、悠里と黒川のヒーラー組が主体となり、葬儀に備えた遺体の処置が行われることになる。遺体を整えて死化粧の段階になると悠里と山路を除いた男性陣は外に追い出された。


「……ちと、外の空気吸ってくる」

「って、おい島津! 外は……!」


 ふらりと入り口方面に歩き出す島津を緒賀が呼び止めるが、後半の言葉は飲み込んで黙って行かせてやることにした。


「……ま、今日のところはこれで解散だな。オレも食堂で一杯引っ掛けていくことにすっか。……今日のコーラは苦ェだろうなあ」





 外は、いつの間にか雨が降っていた。

 雨に打たれながらも厚く暗い雲を見上げていた島津に、後ろから声がかかる。


「島津さん……泣いてるんですか?」

「……山路か。別に、泣いてなんかねえよ」


 髪も服もびっしょりと濡らした島津に、山路がビニール傘を差しつつ頭からタオルを被せた。


「良いんですよ。私だって泣きましたし、ほら、空だって今日はこんなに泣いてます」


 泣きはらした赤い目をしつつ山路は、タオル越しに島津の頭をわしわしと撫でる。


「こら、そんな撫でるな。脳味噌が揺れる」

「ふふっ。少女漫画とかで男の子が女の子の頭撫でるシーンがよくありますが、あの気持ちが判る気がします。良い位置に頭があるんですよね」

「好きで低くしてるんじゃねえよ。ほっとけ」

「やっぱり……後悔してるんですか?」


 巨人アロガントが現れる際の真っ黒い柱を見た時、島津は目の前の敵を確実に片付けて現場に移動するという安全策を取った。

 敵からの反撃のリスクも受け入れて速攻で倒せば間に合ったかも知れないというのは所詮結果論で、あの時の島津の決断は状況から見ても最善のものと言えただろう。

 本人も仲間たちも、当然そんな事は判っている。


「……狭間の婆さんにも言われたばかりだからな、謝るなって。だからここで弱音は吐きたくねえが……やっぱり、悔しいなあ」

「悔しいのは……私だって一緒です。あの時本当は、私、恐くて足が竦んでいたんです。もし私にもっと勇気があって、足がちゃんと動けば、狭間さんを庇えてたかも知れない、そう考えると……」

「いや、アレは盾で受けても盾ごとぶっ飛ばす類の攻撃だ。無謀と勇気は違うよ」

「それでも、私は動けなかったのに狭間さんは動けた。それが、大きな差を感じるんです……」


 そう言ってしんみりと黙り込む山路。同じく暫く黙っていた島津は、唐突に爪先立ちで背伸びして山路の頭を撫でてみた。


「お返しだ。受け取れ」

「って、何ですかいきなり」

「狭間は狭間、お前さんはお前さんだ。大きな差? 知らんがなそんなもん、個性の差はあれど優劣の差なんか無えよ」


 暫くされるがままになっていた山路は、大きく溜息をつく。


「……はあ。励ましに来たつもりがかえって励まされちゃいましたね」

「ま、そこはお互い様だ」

「とにかく、風邪ひかないうちに戻りましょう。ゆっくりお風呂に浸かって、温かくして寝て下さいね」

「やれやれ……子供(ガキ)じゃねえってのに」


 雨の音を聞きつつ、建物内へと戻っていく二人。そして後日、平常運転に戻った緒賀から「島津の濡れ透け制服イベを一人占めしたのか!? (ずり)ィぞ!」と理不尽なクレームが寄せられたのは余談である。



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