7th Stage.(2)暗黒の巨人アロガント
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「結局のところ、侵略者はどこから来たのか。奴らは何者なのか。奴らはどこへ行くのか」
『最後の要るか?』
ゲームで例えると最終面に相当する文京区の町並みにて。暗黒の巨人アロガントの眷属である筋骨隆々の巨人の屍骸を見下ろしつつ哲学的な問いを発する緒賀に、島津が冷静に突っ込んだ。
「いや、もし連中がどこぞの海底人みてェに実は地球の先住民で今の人類に住処を追われたのが今になって取り戻そうと帰って来たとかだったら大変だよなァと」
『それなら当時の人類の方が戦力差から蹴散らされてるだろうな』
「ま、昭和なんだし正義が悪者を撃退してめでたしめでたし、で良いんじゃない?」
島津と悠里の返答に、緒賀も深く考えるのを止めることにした。元々難しいことを考えることは彼女の得意技ではない。
「だな。話も通じねェし残り時間も無ェし、正当防衛ってことで片付けさせてもらうか。っと、新手が来る」
地響きと共に路地裏から現れたヒョロ長い巨人を前に、島津達5人の顔に緊張が走った。
巨人達は数こそ少ないもののパワーと耐久力が高く、一戦一戦がボス相手のような激闘になりやすいのだ。その分撃破した場合の賞金も高いが。
ついでに、巨人達は基本半裸で現れるため悠里大歓喜である。
『よし、総員フォーメーションAだ。消耗を避け確実に仕留めるぞ』
島津の指示で一斉に動く『東京防衛戦』メンバー。フォーメーションAは島津と山路と緒賀が前衛に立ち、島津と山路が牽制して敵の位置取りをコントロールしつつ緒賀と神野の攻撃で倒すという、このパーティの最もスタンダードな陣形である。
そして戦闘が始まり、巨人の丸太のような腕を掻い潜り島津の鉄パイプが相手の脛を打ちつけた直後、島津の目の端で闇の柱がまるで墨を流したかのように青空を切り裂いた。
『あれは――暗黒の巨人の出現か!?』
島津達の聞いた情報によると、暗黒の巨人アロガントは闇の柱と共に降りてきてそれから5分間破壊活動を行い、時間切れになると再度闇の柱に包まれて上空へ帰って行くとのことだ。
そして今目にしている現象はその情報と一致する。
「どうする!? リスク覚悟でサクッと首斬っちまうか!?」
巨人が振り下ろす腕をギリギリで回避して小指を斬りつけながら緒賀が問う。今の攻撃の余波で巻き上がった瓦礫が頬を掠め、美しい顔にに赤い雫が流れていた。
このように、相手の攻撃に対してカウンターを狙うことには当然危険が伴うのだ。島津は数瞬考えを巡らすと。
『…………そうだな。なる早で倒して現場に向かおう。だが無茶はするなよ、あくまで安全優先で行こう』
アロガントの出現時間は僅か5分間。はやる気持ちはあるがそれに気を取られて目の前の敵から手痛い攻撃を喰らうのも間抜けすぎる。
バランス重視の指示を出すと島津は一旦目の前の戦いに集中することにした。
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その姿は雄大で力強く、だが暴虐で荒々しく、人に本能的な恐怖を想起させるものだった。
暗黒の巨人、アロガント。
大きさは8階建てぐらいのビルと同程度の、人型をした姿。全身を覆う黒と銀の禍々しい模様には、地球上の物質では再現できないような質感と光沢がある。
顔は仮面のような無表情だが、細長いスリットのような形状の4つの目がオレンジ色の怪しい光を放っている。
胸の真ん中には緑色に輝く球体――通称“コア”が嵌め込まれており、一際目立つ。
そして体つきは鍛え上げたボクサーのように細く鋭く絞り込まれており、巨体に似合わず俊敏そうに見えた。
闇の柱に包まれて降り立ったそのアロガントの両手の間に、突如、灼熱の光球が出現する。一拍の間を置いてアロガントは両腕を突き出してその火球を前方に射出。
大地をも揺るがす轟音を立てて、前方にあったビルが炎に包まれた。そして膨大な熱量により溶解し、黒い炭となって崩れ落ちていく。
その様子を見て満足したように一つ頷いたアロガントは、続いて別の建物に4つの目を向けてもう一度両手に炎を生み出す。
そこへ――
「主砲斉射!」
号令と共に、立て続けに銃声が轟いた。
上位パーティ『グングニル』の4人による一斉射撃である。全員サングラスにダークな色合いのスーツに似たブレザー制服を装備したオサレ系のプレイヤー達だ。
パーティ編成はオーソドックスなアタッカーの黒崎、ディフェンダーの黒沢、ガンナーの黒井、ヒーラーの黒川という構成であるが、ガンナー以外もサブウェポンとして銃を用意していおり初見の敵はこうやって遠くから射撃して様子を見るのが彼らのセオリーであった。
「外皮は非常に堅牢で銃弾でも傷一つつかない模様」
「よし、次は胸の核を狙う。弱点の可能性もあるからな」
銃撃の結果を素早く分析する黒川に、黒崎が素早く次の指示を出し、再び全員で銃を構える。
だが、それより早くアロガントは手に抱えていた炎を『グングニル』に向けて射出。
予想済みだったらしく4人は大きく跳躍して回避を試みるが、着弾による爆風の勢いが予想以上に大きく、空中で体勢を崩した。
「ぐわっ!」「うおおっ!?」
着地に失敗してアスファルトの路面を勢い良く転がる黒スーツ4人。
追い討ちをかけようと空手のような構えを取ったアロガントだったが、今度は横っ面を銃弾の雨が叩き付ける。
「させぬぞ」
“戦場の横咬”、狭間大和が横合いのビルの屋上から突撃銃を連射したのだ。白い学ランの裾が風で翻り、孤高のヒーローの風格を醸し出す。
人間味のある動作で両手で顔を庇いつつも、アロガントは強烈な回し蹴りを狭間のいるビルに叩き込んだ。
立てこもり犯を説得するのに用いられる鉄球クレーンのような重さと迫力を帯びた、怪獣のように力強い足がビルに叩き込まれ、足場が大きくゆらぐ。
「ぬうっ!」
僅かにバランスを崩したところに、今度は真上からチョップが襲う。咄嗟のサイドステップで身を躱す狭間の横で風が呻る。
規格外のパワーで振り下ろされた手刀はビルを垂直に斬り裂き、そして横と縦から致命傷を受けた哀れなビルは遂に崩壊を始めた。
「なんのこれしき!」
だが狭間は落下しながらも周囲の瓦礫を空中で蹴りつつ体勢を整え、華麗に軟着地を果たす。
そして今の攻防の隙に立て直した『グングニル』による再度の射撃攻撃が狭間を援護。今度は胸に輝くやや黄色味を帯びてきたコア部分に射線を集中させる。
どうやら胸のコアはそこまでの硬度は持たないようで、銃弾が高速で激突する度に少しずつひび割れ削り取られていく。
「よし! コア破壊まであと少し!」
黒井が歓声をあげるが、ここで調子に乗って特攻したりしないのが慎重派パーティ『グングニル』の生き残りの秘訣である。
そんな中、アロガントも一方的にやられっぱなしにはならず、射撃戦に応じるべく再度両手の間に高温の炎を生み出した。
「ふむ、あの胸に光る玉を狙えばよろしいのか。心得た」
アロガントが炎の球を撃ち出す直前、狭間が足元に散らばった中で一際大きい瓦礫を拾い上げ、それを巨人に向けて投擲。
瓦礫は一直線にアロガントの胸部へと吸い込まれ、炎球に命中するとその衝撃で大爆発を起こす。
「――なっ!? ちょっ! 狭間さん!」
爆発の衝撃で大きく上半身を仰け反らせるアロガント。
そして、狭間はビルの跡地に辛うじて残った骨組みを蹴り、あろうことか破裂した炎の中へと突っ込んだ。
「無茶だ! 退けっ!」
「無茶は承知! 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ!」
白い学ランを煤で黒く汚しつつ煉獄の炎を突っ切り、至近距離からコアに向けてフルオートの連射をお見舞いする。
そして遂に、銃弾の運動エネルギーに耐え切れず、胸のコアが澄んだ音を立てて砕け散った。
「やったか!?」
コアの破片がガラスのようにキラキラと光を反射しながら落ちてゆき、『グングニル』の黒沢が快哉を叫ぶ。
「恨みは無いがトドメを刺させて頂く!」
狭間も跳躍の勢いに身を任せ、銃剣の先をアロガントの割れたコアの中に突き立て――る寸前。
アロガントの手刀が、無情な程に綺麗な軌跡を描き、狭間の胴を打ちつけた。
重く、不快な音が響く。
「……ぐっ!」
食いしばった歯の間からうめき声が漏れる。空中で迎撃された狭間は成す術も無く落下してゆき、地面に激突するかに見えた瞬間。
『狭間のおっさーーーん!』
死の淵から引っ張り上げるような可憐な声と共に、島津が空中で狭間の体を抱きとめた。お約束のお姫様抱っこで。
その様子を見て『グングニル』メンバーの顔に希望が戻る。
「『東京防衛戦』か! 助かる!」
「“鬼畜JK軍師”が来たからには、こっちの勝ちは揺るがないな!」
『買いかぶられても困るんだが……とにかく緒賀と神野で少しだけ時間を稼いでくれ!』
「任せなッ!」
男らしく両足を踏ん張って着地すると、その衝撃で狭間の顔が激痛に歪む。まだ息はあるがこのままだと危険なのは誰の目にも明らかだ。
あまり大きく揺らさないよう気を遣いつつ、島津は狭間を抱えて後方に退き『グングニル』の元へと向かう。
それと入れ替わるように緒賀がアロガントに向かって突進し、すれ違い様に高速で足首を斬りつけた。
『恐らく致命傷だ! 応急手当だけして急いで基地に連れ帰ってくれ!』
「ああ。了解、引き受けた!」
『頼んだぜ。ここからは選手交代だ。奴は俺達が討つ!』
『グングニル』のヒーラーの黒川に狭間の身体を預け、再び戦場へと駆け戻る島津。
島津の目線の先では、足首に傷を負った巨人が反射的に一歩下がり、緒賀も深追いせずに走り抜けて距離を取っているところだった。
これまでに戦った巨大な敵のセオリーから外れて、暗黒の巨人アロガントの動きが機敏なので、不用意に近づいた時の危険性は凶竜や巨獣の比ではないのだ。
山路も今回は盾を構えてかなりの距離を取っており、光線銃を手に遠くからちまちまと攻撃を加えている。神野と悠里は彼の背中の後ろで次なる一撃の準備を展開中だ。
「あ、そうだ! 胸のコアは破壊したが弱点じゃなかった模様!」
『ああ見てた! 検証感謝する!』
軽く手を上げて謝意を表し、手にした愛用の安物拳銃の銃口を斜め上へと向け、引き金を引く。
『閃光弾、行くぜ。目に注意だ』
インカムを通じて小声で囁かれた島津の警告の直後、放った弾丸が巨人の目と鼻の先で激しい光を放出。射出後一定時間で発光する特殊弾丸だ。
突然の閃光に、アロガントは手で顔を覆い一瞬の隙が生まれる。
「……外さない」
そこへ、神野の構えた新兵器、銀色のレールのような銃身が真っ直ぐに伸びたハイテクなライフル銃を撃つ。これこそが昭和の科学の粋を集めた、電磁力を使って音速に達する針を打ち込む電磁ニードラーという武器だ。
武器の性能も神野の技量も申し分無く、射出された針はアロガントの胸のど真ん中、割れたコアの奥に深々と突き刺さった。
「――――――――!」
聞き取れない怪音波のような声をあげ、アロガントが胸を押さえてその場に片膝をつく。
「……ん、意外と効いてる」
「異界の怪物には異界の毒、か。サスピシャスの針を拾っておいて良かったわね」
悠里が今言ったように、神野が電磁ニードラーで撃ち出したのはただの針ではなく、妖蜂サスピシャス最強の武器である毒針を使っていた。
毒液の染み込んだ禍々しい色の毒針は妖蜂が死んで尚、触れた者を蝕む凶悪さを維持していたのである。
「よし! あとはオレが決める!」
アロガントが蹲り、頭を低くした隙を見逃さず、トドメを刺すべく緒賀がビルの残骸の鉄骨を踏み台に宙へと舞う。それは奇しくも先程狭間が使ったのと同じ位置の骨組みだった。
「食らえッ! 月面宙返り!」
そして空中で道具箱から“大太刀”――長さ3メートル程の特注品の単分子刃――を取り出し、体操選手のように前方に一回転する勢いに加えて更に落下の自重も乗せ、アロガントの首にそれを叩き付ける。
ちなみに振り仮名の位置は間違いではない。ちゃんと「ムーンサルトり!」と正しく発音している。
それはともかく、緒賀の持てる最大威力での斬撃がアロガントの首を討つ。そして――
乾いた音を立て、“大太刀”の刀身が半ばから折れた。
「――ちィッ! 駄目か!」
成功率10パーセント。元々分の悪い賭けではあった。極限まで薄くした刃は長く加工すればする程扱い辛くなるということだ。
こうなる可能性が高いのは前々から知っていたが、それでもパーティの顔に落胆の色が浮かぶ。
そして、重力に引かれて自由落下していく緒賀の目の前に、赤い光が灯る。
早くも毒を克服して動きを取り戻したアロガントが火球を生み出していた。当然狙いは空中で自由に動けない緒賀。
「――緒賀君!?」
「駄目! やめてーーーーっ!」
女性陣2人の悲鳴が轟く中、島津の足が自然に動く。
地面を蹴って大きくジャンプし、空中で緒賀の身体を横に突き飛ばしたのだ。そしてその反動で島津自身も反対方向へと流れる。
『邪魔だ。どいてな』
「邪魔って、おま、自分からぶつかっておいて!」
一見すると簡単そうに見える行動だが、実はこの域に達するまでに血の滲むような鍛錬の積み重ねがある。来る日も来る日も2人同時プレイ可能なレトロゲームで相方に体当たりしたり踏み台にしたり下から突き上げたり風船割ったりした成果が今この瞬間に繋がったのだ。
アロガントが放った灼熱の炎は島津の手先だけを掠めて二人の間を通過し、遥か後方で大爆発を起こした。
だが島津達にもアロガント相手にもう打つ手が無い。万事休すか、そう思えた時。
アロガントの胸のコアの残骸に灯る光が、黄色から赤に変わった。
『ここで、時間切れ、か……』
活動限界の5分間が経過したのだ。
アロガントは地上に降りた時と同じように闇の柱に包まれ、直立不動のポーズでゆっくりと上昇していく。
衛星軌道上まで昇り、また次の侵攻に備えて力を蓄えるのだ。
「クソッ! 仕留め切れなかったか!」
折れた“大太刀”を手に、緒賀が悔しそうに毒づく。
「まずは……一旦基地に戻りましょうか。狭間さんの怪我も心配ですし」
重い溜息と共に吐き出した山路の言葉を受け、島津達は今の戦闘の結果をHARに報告しつつ、作戦の練り直しの為に拠点へと戻ることにした。




