1st Stage.(3)合流
▼3
『はい、どうぞ~』
HARにマイクを差し出されて島津が疑問に思った点を言葉にする。ヒロイン力の高い澄んだ声が集音器具を通じて会議室の隅々に行き渡った。
「今の話を総合すると、皆がリスク回避を優先した結果1ヶ月間弱い雑魚相手に無双するだけでタイムリミットが来てお役目終了ってこともありそうなんだが、そうならないような仕掛け……要は強敵を倒すことで俺達に何かメリットはあるのか?」
『よくぞ聞いてくれました~』
何故かえへんと胸を張り、良い笑顔で答える。
『報奨金をご用意しております~。まず基本給が時給300円、侵略者の撃破で雑魚相手なら強さのランクに応じて1体50円から500円、ボス級を倒せば何と特別ボーナス10万円! ですよ~』
微妙な金額を提示されて微妙な表情になる強化人間一同。隣の山路もぽつりと「安いですね……」と微妙な声音で呟いている。
『え? あれ? あれれ~? 反応薄くないですか~?』
「んー、もしかして物価が違うのか? 参考までにこっちの日本での大卒初任給平均値は幾らぐらいだ?」
『あ、成程~。こちらの大卒初任給は全国平均すると約5万4千円になります~。ちなみにハンバーガーのお値段は100円から200円ですね~』
「OK、大体の物価感は把握した」
時給300円なら週に44時間働いて月給換算で約5万円ちょっと。それに侵略者の撃破ボーナスがあるとすれば高校生には過ぎたバイトだろう。
尚、昭和の日本に週休二日などという概念は存在しないので土曜日は半ドン扱いで労働時間を算出している。
『ちなみに防衛庁だと市民団体の反発が激しくて予算が取りづらいですので、とりあえず大蔵大臣を祇園のノーパンキャバクラにお連れして日教組にも媚薬を嗅がせて文部省で予算を通しておきました~』
「そういう裏話は言わなくて良いよ」
こちらの日本は島津達の居た日本以上に自衛隊やら戦争やらに対する風当たりが強いため、戦闘能力のある集団を迂闊に公にできないそうだ。それにより、とりあえずの隠れ蓑として“全国高校サバゲー部特別合宿”略して“全サバ特”という名称で対外的にお茶を濁すことになっている。勿論防衛庁ではなく文部省の下部組織という位置づけだ。予算の通り易さもそうだが“STO”のプレイヤーキャラクターが皆高校生の少年少女という設定であるのも大きく関係するのは間違いない。
島津達が今居るこの建物も、千代田区にある東京都庁の隣に建造した“全サバ特”専用の合宿所扱いの秘密基地になっており、宿泊用の個室や“部室”と呼ばれるパーティ毎の作戦会議室やここのような大会議室や食堂やロビー等各種施設が準備されているのだ。
余談であるが、件の市民団体は今日も沖縄で元気に平和を訴え続けている。侵略者の蔓延る東京どころか本州にすら足を踏み入れようとしないのはご愛嬌と思ってスルーだ。
『あ、注意点になりますが、こちらのお金はお帰りの際に向こうに持ち出しできませんのでこちらで使い切って下さいね~』
「まあそうだろうな」
違う次元にある国同士になるので、物質的なやりとりは不可能ということである。
『それでは、一旦こちらは解散といたしまして、まずはパーティ毎にお集まり頂いて皆様の希望シフトを纏めて頂こうと思います~。ご質問ありましたらまたいつでもお受け致しますのでお気軽にお声を寄せて下さい~』
こうして、説明会は終了となった。シフトと言うのは、8時間ずつ3交代で常に防衛戦力を用意した状態を維持したいため、パーティ毎に勤務時間を分散するスケジューリングである。当然人があまり働きたがらない深夜や日曜や土曜のゴールデンタイムはその分時給を高くしている。
▼
「やれやれ」
会議室からロビーに出た島津は、くたびれたおっさんの仕草でジャケットの内ポケットからタバコ型をしたチョコの箱を取り出して一本咥える。
「山路も一つ食うかい?」
「あ、じゃあ、一本いただきます」
タバコを吸うような背徳感を覚えながらも噛んでみる山路。ハッカの清涼感とココアの甘さが程よいバランスで舌を刺激する。
そうやって少しの時間ロビーで待っていると、島津達の残り3人のパーティメンバーが合流してきた。
「島津ー! 百合の花園に行こうぜー!」
「中身知ってるから無理だ。おっさん」
来ていきなり島津のスカートを捲り上げた黒髪セーラー服の美少女の脳天に、島津は容赦なくチョップを落とす。
「いてッ! ……って、白無地か。相変わらず外見に無頓着だよなァ。それにしても、スカートの中がブラックホールじゃなくなったのを見ると本当にゲームが現実になったんだって実感するぜ」
「ふぉおおおっ! 男子が男子のスカートを捲ってそれを通行人の男子達が視姦する新たなジャンル! この光景だけで同人誌1冊余裕だわ!」
「って、緒賀さんいつまで捲ってるんですかっ。悠里さんもここでハァハァしないで下さいっ」
続いて現れた眼鏡に三つ編みの委員長っぽい女学生が猛り、頭痛を堪える表情で山路がセーラー服少女の手をぺちっと叩き落した。
ちなみにブラックホールとは、倫理基準の高いゲームでスカートの中が闇に包まれる視覚効果のことである。“STO”もゲーム時代は例に漏れずブラックホール実装だったのだ。
「みんな、適応が早い……」
大人しそうな学ラン姿の男子学生が、ぽつりと呟く。それに応えて緒賀と呼ばれたセーラー服少女は、
「そりゃア、男の子ってのは誰でも、もし学校にテロリストが襲ってきたらとか、もし朝起きたら美少女になっていたらとか、もしネットゲームの世界に囚われちまったらとか、そういった事態に備えて――」
「あ、それ、さっき島津さんからも聞きました」
アンニュイな表情で、山路が会話に口を挟む。
「ちぇー。まあ、折角美少女になれたんだしこの機会に」
「ストップ。リアル女性が二人居るんだ。それ以上はセクハラになるぞ、緒賀」
緒賀椿、さっきからテンションの高い台詞を連発しているエロ女子高生のキャラクター名である。
つやつやした黒髪ロングストレートに、キリっとした切れ長の黒目。白いセーラー服でボトムはかなりのミニスカートを履いており、膝上まで黒いソックスに覆われている辺り計算ずくだろう。
パーティ内での役割は、刀を使った近接戦闘で敵を切り裂く『アタッカー』で、島津達のパーティ『東京防衛戦』の攻撃の要にして起点だ。
黙っていれば映画や舞台に出しても恥ずかしくない大和撫子であるが、中の人がエロいおっさんなので喋らすと大抵大惨事になる。実例は先ほどHARに下着の色を訊いた件。
「あたしは大丈夫よー? 緒賀君と島津君の絡みなら標準装備の801フィルターで素敵なおじさま二人に脳内変換するから」
眼鏡をきゅぴーんと光らせたのは、悠里智子。
茶色がかった黒髪を三つ編みに纏め、銀縁の眼鏡をかけた子で、丸襟ワンピースタイプの制服がお嬢様然としている。
中の人はバリバリの腐女子であるが、これでも旦那と中学生の息子が居て家族仲は良好と謎の多いおばさんだ。
パーティ内での役割は怪我をした仲間の治療やサポートを担当する『ヒーラー』で、パーティの生命線とも言えるだろう。
「ん。とにかく、部室に行こう。ここじゃ目立つ」
地味な少年が小声で呟く。彼の名前は神野†RENJI、キャラクター登録名がこれである。
黒い学ランに学生帽を目深に被り目線を隠している。まるでギャルゲー主人公であるが本人が言うにはこういうのが落ち着くとのこと。
パーティ内での役割は銃器を使った遠距離攻撃を担当する『ガンナー』で、その腕前は誰もが一目置く程だ。
中の人は普通のガンマニアなおじさんで、海外出張の度に実弾射撃をしに行くのが密かな楽しみなのだと言う。
「そうだな。メンバーも揃ったことだし部屋でパーティの方針を決めよう」
ココアシガレットを咥えたままで島津が提案する。
パーティ『東京防衛戦』として、こちらの日本政府の要請に応じるかどうか。
応じるならばどこまで行動を広げるか。雑魚殲滅に留めるか、或いはボス撃破まで視野に入れるか。
ボス撃破を目指すパーティが複数組被った場合、ボスの振り分けをどうしたいか。
あとは勤務時間シフトにどの時間帯を希望するか。
それら考えるべき項目を頭の中で纏めた時、建物全体に大きな警報音が響き渡った。
「な!?」
「何だ!? 敵襲か!?」
まるで戦時中の空襲警報のような、長く抑揚のあるサイレンの音。それに続いて今度はHARの慌てた声が館内放送に乗る。
『敵襲です! 多数の侵略者の群れが、こちらに向かって飛来してきます! もし準備と戦う覚悟ができてましたら出撃して応戦をお願いいたします! もう一度繰り返します! …………』
「ゲームの時には、こういうイベントって無かったよな」
「はい。ゲームだとこちらが攻め込むまで律儀に待ってくれる相手ばかりでしたが……」
「現実だと、そうは行かねェってことだな。面白ェじゃねェか」
島津の呟きに山路が応え、緒賀が不謹慎な類の笑顔を浮かべつつ指の骨を鳴らす。
「俺達も出撃しようと思う。どこかで初陣は経験せにゃならんからそれが早まったと思えば。無理な人、時間が欲しい人はいるか?」
島津の問いに他の4人も決意の表情で肯定の意を示す。
「よし、じゃあ出よう。無理はするなよ」
ロビーを駆け抜けてエントランスから建物の外に飛び出す。異世界召喚初日に早くも大激戦の火蓋が切られようとしていた。