6th Stage.(3)死神マリス
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そして、決戦の土曜日。
2パーティによる合同作戦とのことで、この日はパーティ毎に割り振られたいつもの部室ではなく、転移初日の説明会で使った会議室に島津と釘屋が並んで座っていた。
二人の前にはそれぞれブラウン管式テレビが用意されており、パーティメンバーが胸に装着したバッジを通じて現場の映像を投影しているのだ。
島津の机の横にはもう1台テレビとそれに繋がったゲーム機にキーボードが鎮座して、新宿駅の地下迷宮の構造がワイヤーフレームの立体モデルで映し出されている。
他にも、背後には先日釘屋に貸したカラオケ機器の巨大な筐体が存在感を主張しているし、もし何かあった時のフォローの為にHARや空いたパーティの人員が何人か待機していて、準備万端だ。
「いよいよですね~。最強パーティ2組による合同作戦、いつもはいがみ合う2つの勢力がここぞと言う時に協力して巨大な敵を蹴散らす展開、これこそ乙女の憧れでございます~」
「むしろ少年漫画的展開だよな」
楽しそうにうねうねと謎の舞いを踊るHARに、島津の冷静なツッコミが飛んだ。
そうこう雑談をする間にも、2パーティの準備は着々と進む。『東京防衛戦』は島津の指示に誘導され、複雑な新宿駅の地下道を右に左にと迷い無く進み、『姫様のお茶会』のメンバーは渋谷駅前で一旦隠れて島津達の準備が整うまで待機する。
「次の五叉路を右から2番目。その先に階段があるから一旦昇ってまた降りれば最終エリアだ」
『応ッ!』
ブラウン管の中で緒賀達が、行く手を阻む漆黒の蝙蝠を刀で斬り払い、或いは銃で撃ち抜きながら地下通路を駆ける。
途中、闇を固めたような黒鉄で身を覆った、身の丈3メートル程の鎧人形が現れたが、これも山路の防御、緒賀の斬撃、そして神野が鎧の隙間を狙っての狙撃で難なく撃破。流れるような連携に後ろの観客達も言葉を忘れてテレビ画面に見入った。
やがて――
『島津さん、見つけました。間違いありません。死神マリスです』
「あぁ。こっちからも見えてる」
新宿駅地下最奥部。これまで通ってきた地下道に比べると横幅も広く天井も高い、戦闘に適した空間へと入り込む。
緊張した声を会議室へと送る山路の視線の先には、漆黒のドレスに身を包んだ真っ黒い少女の姿。
深い闇のような眼窩に赤々と光る目と両端が邪悪な形に釣り上がった口。そして少女の持つ大きな鎌の切っ先からは、禍々しいオーラが立ち上る。
“七つの苦難”死神マリス。先日墨田区で交戦した死神スパイトの片割れにして、ここ新宿区のボスだ。
「『東京防衛戦』、死神マリスと接触」
島津の鋭い声が合図となり、状況が一気に動き出す。
「わかったわ。聞こえたかしら? 『お茶会』も戦闘準備」
『こちらは準備万端、いつでも行けるぞー。狭間さんにもバックアップに入って貰ってるー』
釘屋の声に『姫様のお茶会』の佐藤が現場から応答を返した。ボスと直接戦闘するパーティ以外も、周囲に眷属が沸いた時のカバーの為に可能な範囲で何パーティか現場に参加しているのだ。そして狭間は相変わらず通信機を持っていなかった。
余談であるがスパイトとマリスの眷属は、蝙蝠やトカゲや鎧人形等とファンタジー色が強く、別ゲームに迷い込んだ錯覚を受ける。
『『グングニル』現着。引き続き渋谷駅周辺の侵略者処理に移行する』
『『県立日本防衛軍』、新宿駅地下1階の広場に着いたで! 雑魚掃討は任しちょけ!』
『『お姉さんの保健室』、新宿駅地下4階の中央十字路に到着です。前線組のバックアップに入ります』
『『ラーメン研究会』も渋谷駅に到着、『お茶会』のサポートに入るっス』
頼もしい味方達の声が次々と通信回線に乗ってこちらに届いてくる。ちなみに『グングニル』は地味だが正統派のバランスパーティで、堅実な戦いぶりに定評がある。『ラーメン研究会』はアタッカー2人にガンナー2人という前のめりなパーティであり、食べ専のサラリーマンばかりでラーメン屋店主なんかは居ない。
「皆、助かる。帰ってきたら何か一品ずつ奢るぞ」
「何だかお祭りみたいね。男の子が好きそうな展開だわ」
「これは燃えますね~。熱くて炉心が溶融してしまいそうです~」
オペレーター組も、クールぶってはいるが口元の笑みは隠しきれない。HARが口走ったなんか不穏な単語は聞かなかったことにして流した。
そんな中、遂に『東京防衛戦』も死神マリス相手に戦端を開く。
『島津さん! こちらも戦闘開始です!』
『さァて、こちとら連日の探索でストレスが有頂天なんだ。ここらで一丁暴れさせて貰うぜッ!』
「OK、少しずつダメージを蓄積させてくれ。倒すタイミングは釘屋に合わせるんだ」
言い終えると島津は釘屋の方を振り向き、目で合図を送る。彼女も「わかってるわよ」と頷くと、背後に備え付けてあったカラオケ機器のスイッチを入れた。
「攻撃タイミング同期化装置オン! それじゃあみんな、ここからは――ガンガンいくわよ!」
釘屋の宣言と同時にカラオケ装置に備え付けられたレコードプレイヤーが分速45周で回転を始め、アップテンポで南国風の楽曲を演奏する。
「お、青珊瑚か。往年の名曲だねぇ」
タバコ型チョコを咥えつつしみじみ呟く島津の横で、釘屋が熱唱を開始。
突然の事に周囲は唖然としているが、別に遊んでいる訳ではない。事前の打ち合わせで“スパイトとマリスを同時に倒す”際のタイミング調整に歌を利用するのが最適という結論に至ったのだ。
その理由は、同じ拍子で曲が進むからタイミングが合わせ易いこと。歌を流すことで戦闘者のテンションが上がり、動きのキレも良くなること。そしてあと、釘屋が歌ってる途中は余計な口出しをしなくなるため、地雷を踏んで状況が不利になるような不確定要素を潰せることだ。
「やっぱり良い歌声だ。釘屋に任せて正解だった」
島津の賞賛に釘屋は一瞬紅くなり、目を逸らす。
声だけなら島津も負けていない自信はあるが彼女は演歌しか歌えないためリズム感も考慮すると釘屋に歌わせる方が得策なのであった。
ブラウン管の中でも、前衛組が歌のリズムに合わせたステップでマリスを翻弄しているのが見て取れる。
空間切断能力を持つ鎌の切っ先に触れないよう気を遣いつつ、緒賀が牽制し山路が相手の攻撃を押さえ込んで、隙を突いた神野のマグナム弾が少しずつマリスの機動力を奪っていく。
同様に『姫様のお茶会』側も、佐藤と田中の連続攻撃で少しずつ手傷を負わせていた。
やがて、歌がラストのサビに差し掛かり、攻撃のペースが更に上がりだす。
『遅ェぜっ!』
マリスが放った横薙ぎの一撃を緒賀はバックステップで躱し、振り抜いた鎌が止まる寸前で進行方向に向けて追突させるように圧縮鋼の刀をぶつけ、
『今です!』
その勢いで体が前方に泳いだマリスに、山路が盾ごとぶつかって動きを封じ、
『……貰った』
武器を引き戻して再度攻撃態勢を取るマリスの手首を神野のマグナム弾が撃ち抜き、
『これで終いだッ!』
曲のフィナーレと同時に、緒賀が単分子刃で首を斬り落とした。
「おお~、タイミングもドンピシャです~」
歌の余韻に浸る釘屋の代わりに、HARが渋谷側の映像の様子を告げる。渋谷組でも同じタイミングでレーザーガンがスパイトの胸を貫いたところだった。
いずれも決定打となり、スパイトとマリスの体が黒い粒子になり崩壊する。
「予想以上に上手く行ったようだな」
安堵の吐息をつきつつも、念の為に相手が復活しないよう見届けていた島津の視線の先、崩れた砂の山が突如巻き戻し映像のように復元する。
「――なっ!?」
『まさか! 復活しやがった!?』
元通りの姿に戻ったマリスが再び大鎌を手に緒賀に襲い掛かる。流石に残心を忘れてはおらず危なげない動きで回避するが、驚愕は隠せない様子だった。
「どういうことだ? 同時に倒した筈じゃなかったのか……?」
「とにかく! もう一度やってみるわよ! 悩んでるだけじゃ始まらないわ!」
「OK解った! 聞こえるか? 今度は時間短縮で頭サビのラストに合わせてくれ! 復活直後は向こうも弱ってるから倒しやすい筈だ!」
再びカラオケ機が楽曲を奏で始め、釘屋の甘く切ない声が響く。島津は僅かな違和感をも拾い上げようと、新宿側と渋谷側ののテレビを交互に睨みつける。
そして頭サビのラスト、再び双方のパーティが同時に敵を仕留める瞬間、島津は気付く。
楽曲のリズムと映像のステップとの若干のタイムラグ。余程注意して見ないと認識できないような齟齬があった。
「これでどう? ……って、やっぱり駄目なの!?」
テレビ映像の中ではまたもや、スパイトとマリスが致命傷を復元し立ち上がる姿。
徒労感や絶望感が重苦しい煙のように湧き上がる中、ネガティブな空気を吹き飛ばす島津の清涼な声が響いた。
「OK判明した。時間差か。昭和の電波は進むのが遅いってことだ」




