6th Stage.(2)大迷宮
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新宿駅――
増築と改築を繰り返すことで次第に複雑化していきもはや誰も全貌を把握できなくなった、現在の生ける大迷宮。
曰く、入口と出口の数が違う。
曰く、来る時に昇ったはずの階段を降りたら全然知らないデパートの地下に居た。
曰く、駅員がトイレに行ったまま3日間帰ってこなかった。
誇張半分ではあろうが日本でも屈指の迷いやすさを誇る建造物なことには疑い無く、特に侵略者により東京が襲撃された今となっては最も危険な場所の一つとなっていた。
「畜生ッ! また振り出しかよ! まるであの洞窟みてェだな! 名前忘れたけどナンタルキアとかそんな感じの! 雪原前に通る!」
新宿駅西口の地下にある巨大なイルミネーション“新宿の目”の前で、緒賀が毒づく。新宿駅の地下は時空が歪んでおり正解のルートを選び続けないとこうやってスタート地点に戻されるのであり、特に地方から上京してきた地方人の場合高確率でこの罠に引っかかって非業の死を遂げる。
山路と悠里と神野に至ってはもはや愚痴や訂正や突っ込みを入れる気力も無いようで、沈痛な面持ちで溜息をついていた。
『焦るな。少しずつだがハズレルートを潰して着実に先に進んでる』
「そうは言うけどなァ。ゲームだと定番のループダンジョンを実際に足で踏破するのがこれだけ面倒だとは思わなかったぜ。島津もここに来て歩いてみれば判るよ。凄ェよなゲームの登場人物って」
通信機を通して届く島津の涼やかな声に緒賀が反論。ここ新宿駅の探索では島津は部室に残り、コンピュータを利用したマッピング作業に勤しんでいる。その証拠にカチャカチャというキーボードを叩く音が時おり響いてくる。
普通に構造が正しい方向と距離で繋がっている建造物であれば方眼紙で地図は描けるが、新宿駅のようにループやワープが多様された構成であればコンピュータの手を借りないとマッピングできないのである。
『ま、若いんだから頑張れ。それに強化人間の身体だと筋肉痛も神経痛も無縁だしな』
「その点は有り難ェけどな」
『んじゃ、そろそろ時間だ。周辺の雑魚を仕留めながら安全第一で帰投してくれ』
「あいよ。さて今日の給食は何だろうな」
地下道から外に出ると陽も西に傾き新宿のビル街を紅く染め上げていた。
彼らの知る東京の空に比べると、ビルが低い分空の面積も広く、どこか懐かしい風景だ。
「……綺麗ですけど、人の居ない東京ってやっぱりちょっと恐いですね……」
「北海道なら割と普通だから慣れたけどねー。見える範囲に人が居ないなんて」
リアルの活動圏の違いによる感想の差は、日本中から一つのサーバーにプレイヤーが集まるネットゲーム特有の会話と言えよう。
尚、ここ新宿駅周辺が普段以上に静かなのも理由がある。
先日『銃撃少女帯』が死神スパイトに襲われた関係で、戦闘力上位のパーティ以外は基地から遠く離れないように通達が出ているのだ。
従って次の攻略対象となるここ新宿区および隣の渋谷区には、仮に突然スパイトの襲撃があっても撃退できる実力を備えた小数のパーティのみが出撃しているという訳だ。
ちなみに今日新宿区で戦ったのは『東京防衛戦』を含めて3パーティ。
残る二組は、ヒーラーがパーティリーダーを務め後方から戦場を見渡して的確に指示を出し作戦と連携で獲物を追い詰める技巧派パーティ『お姉さんの保健室』と、九州男児ばかりで構成された連携よりも個人技重視で真正面から叩き伏せる武闘派パーティ『県立日本防衛軍』。どちらも“STO”内で上位の実力を誇る歴戦の勇士達だ。
ともあれ、どこか物悲しく非現実的な風景の中を4人で歩き基地へと戻る。
本来はオペレーターが基地に残り指示を出すこの編成がパーティとしては正しい姿ではあるが、やはりいつもの5人編成に比べると寂しさや物足りなさを感じるのであった。
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「で、そっちの探索状況はどうなのかしら?」
夕食の揚げパンにクリームシチューを食べ終わった頃、『東京防衛戦』のテーブルに『姫様のお茶会』のオペレーター釘屋が顔を出した。
輝く金髪を揺らしつつ仁王立ちで一般庶民を睥睨するその姿は、相変わらず無駄に態度がでかいが、これも芸風だと見切ってしまえばそれ程気にならないので島津達も最近はさらっと受け流すようにしている。
渋谷区を攻略中の筈の彼女達『姫様のお茶会』が『東京防衛戦』の探索状況を気にするのにも勿論理由がある。
攻略中の新宿区ボスである死神マリスは、渋谷区のボスである死神スパイトと命を共有しており、同時に倒さないと残った側が相方を蘇生させてしまうことに起因する。
そう。『姫様のお茶会』が渋谷のスパイトを、そして『東京防衛戦』が新宿駅のマリスを撃破する手筈になっており、そのタイミングを計る為に新宿駅の探索状況を聞きに来たという訳だ。
ちなみに『東京防衛戦』が新宿担当になった理由は、単純にオペレーターが地図に強いかどうかで決めていた。渋谷側は駅前の判り易い場所にボスが居るので難解な迷宮を突破する必要が無いのである。
「明日の探索でボスルートを特定、明後日の土曜に死神を撃破。その予定で進めてる」
「わかったわ。それじゃあわたし達は明日オフ貰うことにするから、せいぜい頑張ることね」
「OK、そっちも普段激務だからゆっくり休め。あぁ、それから貸す約束だったカラオケセットも持ってきてるぞ」
島津が道具箱から大きな棚のような形状のカラオケ機器を取り出し、床にずしっと置くと、すぐさま釘屋が自分の道具箱に回収する。何事かと周囲が振り返る頃には全て受け渡しが終わっている、密売人もびっくりの早業であった。
「ありがと。コレが無いと明日お休み取った意味が無いからね」
上機嫌で去っていく釘屋を見送り、山路が首を傾げつつ発言する。
「釘屋さん、少し丸くなったでしょうか……? いつもだったら『探索遅いわよ』とか『足引っ張るんじゃないわ』とか嫌味の一つも出てきそうなのに」
「……ん。彼女もリアルで新宿駅遭難経験者の筈だから、迂闊な事言うと藪蛇になる……」
神野の返答に「なるほど」と納得する山路。
「あれは毎日利用する地元民以外はちょっと無理よねー」
ここ数日の迷宮探査を思い出してか、悠里もお手上げと言った風に両手を挙げる。
「増改築でいつの間にか構造が変わってることも多いしな。実際、ゲーム時代の新宿駅と今週探索した結果のマップがかなり違ってた。今週中に決着をつけないと週明けにまた改築されて迷うってことになりかねない」
島津が語った恐ろしい未来予想図に一同の顔が嫌そうに歪んだ。冗談でなく新宿駅なら有り得ると思わせるところが尚更恐ろしい。
「……暗黒の巨人対策に時間が必要なのもあるから、今週中に決着をつけよう」
神野の一言に他のメンバーも頷く。彼らが昭和の日本に転移してもうすぐ3週間になろうとしており、滞在可能な1ヶ月経過まで残り僅か10日強だ。
最強の敵である暗黒の巨人アロガントに対処するのに、情報収集や分析や作戦立案の時間も欲しい。そのためには渋谷と新宿にこれ以上手間を取られたくないのが皆の本音だった。
「まあ、来週の事は来週考えるとして。今は目の前の新宿駅攻略に集中しよう」
「はッ! タイミング合わせて斬りゃァ良いだけだろ? 楽勝じゃねェか」
「そのタイミング合わせが多分一番のハードルってことだ。一応手立ては考えてあるが、油断すると反対に死神の鎌で喉元を掻っ切られるぞ」
豪語する緒賀に、きっちりと釘を刺しておく島津であった。




