6th Stage.(1)土産物
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物理的にも政治的にも大激戦を繰り広げたその翌日。基地1階の端にある生協で働く『銃撃少女帯』の元に、緒賀と悠里がふらりと訪れた。
「よっ。元気か? ……って聞くのもアレだが、立ち直れたみてェで良かった」
「あはは、こっちでの身体は仮初めの義体のようなものだし、元の日本に帰れれば元通りだから気が楽だよ」
明るく笑いつつも、左手首の先に取り付けられた義手をカチャカチャと動かしてアピールする『銃撃少女帯』リーダーの高塚。
昭和の科学の粋を集めた義手は神経系から生体電流を読み取る機能を備えており使用者の思い通りに動かせるが、“C”型の金具を向かい合わせに取り付けただけの大雑把な機構なので細かい作業には向かない。
「……スマンな。ウチの優秀なオペレーターが居ればもっと早くサポート出来たンだろうけどな」
「いや、感謝してるよ。あの状況でボク達のパーティ全員生き延びたのは儲け物だから。まあ流石にこの手じゃあ戦闘任務はリタイアなのが悔しいけどね」
「でもその懐かしのマジックハンドだと、スカート捲りが捗るんじゃねェか?」
意地の悪い笑みを浮かべた緒賀に、悠里が横から茶々を入れる。
「そんな発言ばっかりしてるからモーレツ星人って言われるのよ。あ、これお会計お願いねー」
悠里が商品棚から集めてきたのは、ラムネ菓子やイカ焼き菓子や人参型の袋に入ったポン菓子等の駄菓子の数々。3度の食事は食堂で給食が食べられるがおやつは別売りなので買い食いは働く大人達の特権なのである。
「ええと……1割引だから全部で360円になるね」
「はーい。って、やっぱり昭和の物価は安くて良いわね。これだけ買い込んで360円で済むなんて」
「初心者殺しと恐れられる“巨大カマキリ”を落とした賞金がおやつ5人分と考えると、微妙に割に合わん気もするけどなァ」
買い込んだ駄菓子を詰めた袋を受け取りつつ、好き勝手に論評する2人。
「その辺はさて置き、敵さんの戦力も残り僅かだ。後はオレ達に任せて暫くゆっくりしときなって」
「はは、ありがとう。キミがもしリアル女子だったら惚れてるとこだったかもね」
「そりゃァ残念。ま、気が変わったら言ってくれ。めくるめく百合世界のお誘いならいつでも待ってるぜ」
漢らしい笑顔で酷い台詞を吐き、生協を後にする。予想以上に前向きな高塚の姿に感化されたか、緒賀も悠里もその足取りは軽やかであった。
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「あ、島津さんお帰りなさい」
「よし、土産よこせ土産!」
「OK落ち着け、まずは着替えさせろ」
お昼前、パパラッチ対策のカクテルドレスを着こなした島津が『東京防衛戦』部室へと帰着した。
群がるお子様軍団を押し止め、いつものブレザー制服に着替えると緊張が解けたか力の抜けた様子で椅子に深く座り込み、出張の報告を始める。
「今日の分のHAR雑記帳にも載るだろうけど、まず、今朝方に京都で緊急世論調査があったんだが、銀川内閣支持率は微減」
「あー、やっぱり減るのは減るんですね……」
「HARちゃんがまた荒れそうな結果よねー。愚民どもがーって」
山路と悠里の表情が微妙なアンニュイさを帯びる中、島津は言葉を続けて、
「どうしても、今回の件で国民に秘密裏に進めてたのがマイナスポイントになるらしい」
「まァ、政府側も民衆側も有事慣れしてねェからな。ある程度手探りで方法論を模索していくしか無ェとはいえ……」
「……ん、最善手には届かなくても最悪の結果は免れたと思う」
「で、“全サバ特”の活動についてだが、国民感情としては黙認が優勢だった。要は“彼らは自分の意志で個人的に戦ってるんだから憲法は関係ないし戦わない人があれこれ言うもんじゃない”ってところだろう」
島津の報告は“全サバ特”としては事実上の勝利宣言と言えた。島津達プレイヤー陣は昭和の日本に居れる制限時間が残り約2週間、政治的にこの短期間で余計な横槍はこれ以上入ることもなさそうだ。
やはり政治的にも心理的にも余計な重荷に囚われず自由に戦えるのが望ましい。その点では昨夜のテレビ討論は成功の部類に入るだろう。
「東京オリンピックが余程効いたンだろうな」
「現金な物ですね……」
「ま、こっちの作戦通りの方向に持って行けたってことだからな。今回のところはこの結果で満足しておくべきだろう。それより土産だ。やっぱ京都と言えばコレだな」
一旦報告を締めて、おもちゃを手にした子供のような笑顔を見せ、島津が道具箱からそれらを取り出すと周囲から歓声が沸き起こる。
十年を一昔とするならば、彼女達の感覚で三昔前に全国的に大ヒットした家庭用ゲーム機。コンピューターゲーム人気の先駆者となったあの伝説的ハードが、想い出のままの姿でそこにあった。
「おおッ、懐かしいな! こっちじゃあまだコイツが現役なのか!」
白いボディに臙脂色のアクセントの入ったゲーム機を早速箱から取り出し、緒賀が声を弾ませた。
「ってか、3台も買ってきたのかよ?」
「ああ。俺達だけ遊んでるって陰口は御免だからな。こっちは若木大臣からもカンパして貰った分でロビー用と食堂用に置くつもりだ」
疑問に答えながら、島津が続いてゲームソフト、いわゆるカセットと呼ばれる物を取り出す。
1つ目は、配管工の兄弟が土管から溢れ出た亀や蟹や虫を退治する、2人同時プレイ可能なアクションゲーム。
2つ目は、エスキモーの男女がハンマーを手に雪山の頂上を目指す、2人同時プレイ可能なアクションゲーム。
3つ目は、風船を背負って空を飛び相手の風船を割って海に落とす、2人同時プレイ可能なアクションゲーム。
「ちょっと待て! 友情破壊ゲーばっかりじゃねェか!」
「それは遊び方の問題だ。本来は協力プレイで友情を育むのが正しい姿だ」
言いつつも、定番のアクションゲームやらシューティングゲームやらレースゲームやらパズルゲームやらを取り出す。島津達の基準ではグラフィックは粗雑だがゲーム性はどれも折り紙つきだ。
ついでに、家庭用のカラオケ機器に人生体験型のボードゲームにスティックで選手を操作するサッカーゲームも並べておいた。これだけ用意しておけば帰還日まで娯楽に困ることは無い筈である。
「そう言えば、昭和の日本にはまだRPGは無いの?」
そんな中、アクション系が苦手な悠里が発する疑問への答えはある意味衝撃的なものだった。
「ああ。こっちじゃあRPGは俺たちの知らない発展を遂げていた。“頭脳戦艦”シリーズがそこそこヒットしたみたいで他社もそれに追従してて、RPGと言えば成長要素のあるシューティングみたいな訳の分からんことになってた」
説明しつつも島津が、“頭脳戦艦”シリーズ最新作、いかにもな戦闘機が宇宙を疾駆する図版の『頭脳戦艦ガルガンチュア』というタイトルのカセットを取り出した。箱の裏にある煽り文も“頭脳戦艦を知らずしてRPGを語ることなかれ!”とやたら強気だ。
「勇者が魔王を倒す物とか迷宮を潜って悪の魔法使いを倒すタイプとかも有るには有ったけど、例外なく爆死してたな」
「な、なんたるちあー」
あまりの衝撃に悠里は、よく訓練された昭和人向けのギャグで感嘆をあらわにする。
「っと、あと忘れてならないのがこれだ」
最後に島津が取り出したのは、ゲーム機本体よりも少し大きい銀色に輝く箱。表面にはパソコンのキーボードに良く似た物体が描かれている。
「え!? これって……」
「ああ。探せばあるもんだぜ。プログラミング可能なコンピューターは」
パーティメンバーの唖然とした反応に彼女は、サプライズが決まって気を良くしたか口角を吊り上げた。
そう。このキーボードをゲーム機本体の外部接続端子に差し込むことで、簡略化されたBASIC言語を用いてプログラミングができるようになるという夢のような装置であった。
「最新のバージョンだと立体モデリングも可能らしい。つまり、これを使えば――」
一息分の溜めを挟んで語られた言葉、それは確実にこの先の希望へと繋がる道標だった。
「――あの広大な大迷宮の新宿駅もマッピングできるということだ」




