5th Stage.(5)切り札
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アメリカ風のホームパーティで若者集団がコーラを飲むCMが流れる中、テレビの前の面々は雑談に興じていた。
「島津さん、思ったより大人しい感じだったわね。もうちょっとこう、理屈っぽく追い込んでいくのを予想したんだけど」
食後のカフェオレで喉を潤しながら釘屋が疑問を口にする。
「あァ。その辺も昨夜部室で話し合ったんだがな。あの女子高生の容姿で理詰めはリスクが高ェって結論になったんだ」
緒賀がコーヒーにミルクと砂糖を投入しつつ答える。元はブラック派なのだがこの身体になってから甘い物が美味しく感じられるようになったとか何とか。
「こういった討論番組で島津さんが語りかけるターゲットは、議員さんや弁護士さんのように見えますが、実際はテレビの前の日本国民の皆さんなんです」
「だから、いつもの“島津節”で論戦しちゃうとかえって、子供のくせにーとか女のくせにーとか、視聴者の反発を招くのが恐いのよ」
山路と悠里のフォローに、周囲の観衆はなるほどと頷き返す。
「ってェ訳で、か弱い女の子のフリで皆の同情を集める作戦もこの状況ではアリなんだよ」
「でもその路線を貫くには、島津さんは大根役者すぎるのよ。わたしだったらさっきのあのシーン、涙の雫の一つや二つこぼせたわよ。所詮ネカマだとあの程度が限界よね」
緒賀の言葉に釘屋が何故か勝ち誇った顔で金髪をふぁさっとかき上げた。中身はポンコツでも外見や仕草には女優の貫禄が伺える。
「ま、他にも切り札は用意してあるぜ。地雷をむやみにつつかずに日本国民の心を揺さぶるようなのを、な」
ニヤリと笑うと緒賀は、再びテレビに目を向ける。CM明けの第2ラウンドの開幕だ。
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討論番組が再開すると、話題は“全サバ特”の活動の中身に移っていた、まずは資料映像として、彼らの基地の前で行われた『東京防衛戦』対凶竜レイジの激闘の様子がVTRで流される。
どうやら火炎瓶の話は無かったことにされたようで、緒賀は「汚ェなさすがテレビ汚ェ」と愚痴っていた。
総天然色で映し出される実際の戦闘の様子は怪獣映画以上の迫力とリアリティがありスタジオの面々も思わず息を飲むが、途中スカートを翻して戦う緒賀の姿に周囲が凍りつく中で島津は思わず頭を抱えるのであった。
『何て言いますか……こう……コメントに悩む映像でしたね……』
司会の古建も言葉を濁す中、大原議員がパッドの入ったスーツの肩部分を更に怒らせて糾弾してくる。
『何ですかあの短いスカートは! 年頃の娘が何て破廉恥な!』
『あー、すみません。あいつ……あの子は実はモーレツの星から来たモーレツ星人ですので時々ああやってモーレツ成分を補給しないと存在が消えてしまうんです』
苦しい言い訳ではあるが、「エロ成分が無いとオレは死んでしまう!」は自他共に認める事実であるのでそこまで間違った事は言っていない。
「って、誰がモーレツ星人か! 島津の奴、帰ってきたら半脱ぎにして揉みしだく!」
緒賀の怒りの咆哮に周囲の男子生徒達が沸いた。「そのイベントは何時どこで開催されますか!?」「入場料は取るのか!?」「半脱ぎってところに浪漫を感じる!」「やっぱすげーよ緒賀は!」と質問や賞賛が飛び交いカオスな状況になるも――
「はい、皆さん静粛に。テレビに集中しとかないと重要発言を聞き逃しちゃうわよ」
釘屋が手を叩きつつ場を沈めるのだった。要約すると「うるさいわよ男子!」ということだがその辺りは上手くオブラートに包んでおく。
『それから貴女も! 高校生の癖に煙草なんか吸って! 何考えてるんですか!』
『いえ、あれはああいう形のお菓子ですから……』
資料映像が島津にまで飛び火して、ギャラリーの目が生温くなる。
やがて映像の論評が一段落すると、これまでの戦闘の様子等を島津が語り始める展開になるのだった。
途中彼女が道具箱から凶竜レイジの黒光りする鱗や妖蜂サスピシャスの禍々しい針を取り出し、スタジオを驚かせたり。
侵略者を倒した時の報酬金額が思ったより安かった事を受けて大原議員が労働者の権利の保護と格差の是正を訴えたり。
落ち着いた物腰に美声を駆使して的確に説明する島津の姿は、見かけ上は倍かそれ以上年齢の離れた論客の中にあって決して見劣りしない。そんな様子で前半に比べると意外と和やかな展開で議論が進む中……
『ですがやっぱり私としては、貴女達みたいな子供に戦わせるのは人道的見地からも阻止したいと思いますの』
『そうですね。子供達を戦場へと駆り出すことについて、政府が主導でそれをしているということに政府の責任の大きさは僕達の地元でも市民の声が大きく――』
『あ、それは違います』
政府批判へと話題を発展させた大原と抹丘に、島津が挙手して割り込んだ。
『別に私達は政府に強制されている訳でも人質を取られてるとかでもなく、自分達の意志で戦ってますから、そこは切り離して考えて頂きたいです』
実際は問答無用で集団転移させられて昭和の日本に来たのであるが、それでも戦闘任務の拒否権はあるしそもそもゲームとしての“STO”への参加は自分の意志だった訳で、島津も含めてプレイヤー陣は戦いが好きな良く言えば熱血漢、悪い言い方だと血の気の多い人種であることに疑いは無い。
『それに、子供、子供って言いますけど、今時の高校生は言う程子供じゃないですよ。原付の免許取ったりアルバイト始めたり、女子は16歳で結婚できるようになったり、少しずつ社会に対して責任を負っていく年頃ですから』
中の人達はそもそも高校生の息子や娘を持つような年代だったりするのだが、そこは言っても信じられないだろうし信じても誰も得をしない情報なので伏せておく。
ともあれ、政府批判を逸らす為というよりはむしろ“自分の行動の責任は自分で取る”という、大人としての意地が大きなウェイトを占めていてこういう発言に踏み切るのだった。
『ですので、“全サバ特”は“全サバ特”自身の意思と責任で戦ってるという事を、国民の皆様にも知っておいて欲しいです。勿論戦いぶりが下手だとか戦術が甘いとかそういった苦情は私達がお受けしますが、政府批判のダシにするのは反則かと』
そこまで言うと島津は若木大臣に笑顔で振り返る。
『あ、でも、予算不足とか武器の火力不足とかそういった事柄は政府の管轄と責任ですので、もうちょっと何とか頑張って欲しいですね』
『いや~。政府も国民の信任が無いと動けませんからね~。国民の皆様が“全サバ特”の活動を応援してくれるようにこの場を借りまして私からもお願いいたしますよ』
打ち合わせ済みなのかアドリブか、右側席で茶番が始まってしまった。そこへ抹丘が挙手して反論する。
『ですが、国民の血税をこれ以上非生産的な活動に費やさせる訳にも行きません。かつてない不景気が来たらどうするのですか?』
『非生産的と言いましたか? では“全サバ特”が居なかったら、あるいは力及ばず侵略者に負けたりしたら、この先どうなるか考えた事はおありですか?』
それに島津が食いつき、テレビの中の熱量が一気に上がった。
『自衛隊に守って貰うおつもりですか? でも自衛隊の出動にも国会で反対してますよね? そうなると米軍の出番ですか? そうなるとソ連や中国も動き出して面倒なことになりませんか? まさか警察や消防に何とかして貰おうと考えてますか?』
『いや、まずは戦争ありきじゃなくて平和的にですね、平和憲法の精神を尊重した解決策を模索するところから始めないと』
『でしたら平和的に解決可能な人材を東京に連れてきて下さい』
一言でばっさり黙らせた。
実際、島津達がここに転移してから東京で会った事のある生身の人間は若木文部大臣およびその側近だけで、事実上封鎖されているのと同じ扱いだ。その事も交えて彼女は現場の苦悩や将来の危機を説いていく。
『侵略者が好き勝手暴れたとしても自衛隊や米軍が出動して大量破壊兵器で東京が火の海になったとしても、その場合の都市機能の損害とか復興にかかる予算は何十兆円規模になりますから。目先の予算をケチった事で将来的に莫大な損害に発展する事の愚かしさを考えて頂きたいです』
ここまで言い終えた島津は新しく補充されたジュース缶を取って喉を潤し、『それに――』と続ける。
『もし、万が一、東京が壊滅的な被害を受けてその復興に時間がかかりそうなら……』
ここで一呼吸の間を挟み、特大の爆弾を投下。
『……4年後に行われる東京オリンピックも、きっと開催不可能で返上になりますね』
ざわり、とテレビの電波を通じて日本中のお茶の間のざわめきが聞こえた気がした。
東京オリンピック。
昭和39年に開催され、そしてまた4年後の昭和95年に開催される予定の、世界最大のスポーツの祭典だ。
世界中の200程の国から1万人以上の代表選手が参加し、28競技300種目で鍛え上げた力や技を競い合う。
元より4年に1度だけのお祭りということで国内外で注目度の高いイベントであるが、特に昭和95年は国内開催の為、日本国民の期待感は計り知れない。
「……え? これが? 切り札?」
「昭和の時代は娯楽が少ないからねー。地元でのオリンピックは国が揺れ動く程の大事件よ。釘屋ちゃんが思ってる以上に効果あると思うわよ」
「それに、何だかんだで相手は憲法とか法律のプロですから、真っ向から相手の土俵に乗ると分が悪かったり上手く行っても泥仕合でグダグダになるだけですし。こうやって関心を逸らすのは有効な手だと思うんです」
「うーん、そんなもんなのかしらねえ」
いまいち納得の行ってない表情の釘屋であったが、テレビの中の大原と抹丘は心なしかトーンダウンしたように見える。
視聴者の手前、『オリンピックを犠牲にしてでも平和憲法遵守を!』とはなかなか言いにくいのだろう。
『ですので、東京の町並に無用な被害を出さないよう、白兵戦主体で戦う“全サバ特”の活動は意味があると思ってますし緊急性も高いのです』
再度上目遣いになり、視聴者に語りかける島津。
『現状としては、“全サバ特”の活動を応援して貰って、予算なんかもバンバン出して貰って、憲法とかの難しいことは侵略者を排除してから落ち着いてまた話し合うべきだと思うのですが如何でしょう?』
「既成事実化と先送りは、日本の悪習だと思うんだけど」
「でも、国民性がそういうモンだとしたら利用しねェ手は無ェから。それに、本質的な話をするとオレ達は正確にはこっちの日本の国民じゃねェから、あんまりドラスティックな変化を煽るのも筋違いだしな」
「……そこまで考えて、オリンピックを切り札に?」
「……1ヶ月で離れる外国の政治問題にまで、責任は持てねェからな」
珍しくほろ苦い響きを帯びた緒賀の言葉に釘屋は「ふぅん」と気の無い相槌を打つとテレビに目を戻す。残り時間の少ない討論番組では丁度、司会の古建が締めの挨拶を行っているところだった。
『えー、今日は非常に有意義な討論だったと思います。“全サバ特”と憲法と、そしてオリンピックと、考えることは山積みですが、それでも私達は民主主義の国民として一人一人が、良く考えて次の世代に恥じない決断をする必要性があると思ってます。それでは皆さん方、今日は本当にありがとうございました』
「……ふぅ、ハラハラしっぱなしでした」
「ん、やるだけのことはやった筈。後は視聴者の判断に期待しよう」
番組終了後、堀井がテーブルに突っ伏すように息をついたのを見て、神野も重そうに言葉を吐き出した。
「ま、物は考えようよ。もし“全サバ特”が国民の支持を得られなかったら、その時は元の日本に帰るのが早まるだけだと思えば」
開き直った悠里の言葉に、食堂のあちこちから乾いた笑い声が起こる。その未来予想図に危機感を覚えたらしいHARが「わ、笑い事じゃないですよ~」と涙目で抗議したりしたが、そこはあまり重要な問題ではないようで誰も気にしなかった。




