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STO ― 昭和東京オペレーター物語 ―  作者: TAM-TAM
5th Stage.ロボっ娘はテレビ東京の夢を見るか?
23/41

5th Stage.(4)論戦開始

※今回&次回は政治的にやや際どい話題が登場しますが、作中人物の政治観と作者の政治観とは必ずしも一致しません。

 また、作中人物も建前と本音を使い分けたりしております。基本は娯楽小説として一歩引いた目線でお読み頂けますと幸いです。

 また当然のことながら、この小説はフィクションで、実在の法律等と関わりはございません。現実では火炎瓶を作成・使用・保管・輸送すると犯罪行為になり処罰されます。


▼4


 激闘の日の夜。食堂では大勢のプレイヤー達が、晩の給食後も退席せずそのまま留まっていた。

 昭和の日本でのテレビが世論に及ぼす影響は絶大であるので、当事者としても討論の行方が気になるところであろう。


「おっ、何だ少年もこっちで観るのか」


 『東京防衛戦(TDL)』のテーブルの隣に堀井(ほりい)(まこと)が座るのを見て、緒賀が楽しそうに声を上げる。


 ちなみに今日の堀井の服装はピンクのブラウスに花柄のフレアスカートに足元は黒タイツと、清純派路線であった。以前に比べると化粧っ気も出てきて色々染まってる感じであるがパーティメンバーの男子2人からは好評なので全く問題は無い。

 最近伸びてきた赤毛は頭の左側でサイドテールにしている。通常のポニーテールやツインテールは左右対称の位置で結ぶのが難しいので、適当に結んでも形になる今の髪型に落ち着いたようだ。


「あ、こんばんは。部室(へや)にもテレビはありますけど、食堂(こっち)の方が画面が大きいですし、それにここに居たら皆さんの解説が聞けるかな、と思って」

「あー、確かにこうやってみんなで無責任なコメントしながらワイワイ観るのが昭和のテレビの見方って感じよねー」


 サイドテールを揺らして礼儀正しくお辞儀する堀井の言葉に悠里が同意した。子供時代のお茶の間での様子を思い出したのだろう。


 やがて、皆が注目する中、テレビから軽快なピアノ音楽が流れ出した。いよいよ討論番組の開始である。


『えー、日本は今、戦後最大と言って良い危機を迎えております。侵略者によって東京が壊滅、これがいつ周辺地域にまで攻め込んでくるか気が気じゃない中、政府が実は秘密裏に侵略者と戦う組織を立ち上げていたことが最近発覚した、とそういう訳でありまして』


 弧を描くように緩やかに湾曲した長机に5人の男女が並んだスタジオの映像が映り、まずは中央席の司会と思しき人物が口を開いた。


『今日はその渦中の極秘組織から特別にお一人の方をスタジオにお招きして、日本はこれからどうなるのか、政府や私達国民はこれからどうするべきなのか、いつもより枠を拡大しての1時間生放送で徹底的に話し合いたいと思います。司会はわたくし、古建(ふるたて)破知郎(ぱちろう)でお送りいたします』


 それから順番に、コメンテーターの紹介に移っていく。司会の右側に若木文部大臣と“全サバ特”代表で島津織子(おりこ)。左側には護憲派野党の労働者(プロレタリア)党所属の大原(おおはら)議員と、平和市民団体“沖縄ハルバード”顧問でもある抹丘(まつおか)弁護士。敵味方共に豪華な陣営だった。

 参加者各人の前には飲み物が置かれているが、昭和なのでペットボトルではなく缶ジュースだ。勿論番組のスポンサー企業の商品を並べている。


「……島津さん、織子(おりこ)さんって名前でしたっけ?」

「あァ。流石に“オペ子”って名前でテレビに出るのはあんまりすぎるってんで皆で相談して織子(おりこ)にさせた。ま、ペンネームみたいなモンと思ってくれ」


 テレビの前で堀井他何名かが首を傾げたので緒賀が代表で解説する。尚、今日の島津は当然ながらお水ドレスではなくカチっと着込んだブレザー制服姿で、周囲のおじさんおばさん方と比べると若々しさが眩しかった。


「そうよね、オペ子なんて名前で人前になんか出たら親御さんの常識が疑われちゃうわ。あぁ可哀相に」

「言いてェ事は理解できるが釘屋エリザベートちゃんにだけは言われたくねェだろうな」

「なんでよ!? わたしは日系イギリス人って設定だから自然かつ高貴な名前になってるじゃない!」


 確かに日本人感の薄い金髪碧眼の美少女釘屋が不機嫌そうに眉を吊り上げる。

 さて、そうこうしているうちに討論の方は早速ジャブの応酬が始まっていた。整った顔立ちではあるがツリ目できつい印象のする女性議員の大原がまず若木大臣に論戦を挑む。


『“全国高校サバゲー部特別合宿”でしたかしら? 高校生の部活という名目にはなっていますが実質やってることは軍隊と同じじゃありませんこと?』

『確かにサバゲー部の特性上は軍隊を模した“ごっこ遊び”に似ている一面はありますが、そういうところまで駄目出しをすると学校の空手部、柔道部、剣道部、銃剣道部なんかも全滅ですよ。子供達の学ぶ権利をですね――』

『それは詭弁です! 名目云々ではなく実質的に軍隊と同じことをやってるのが問題なんです! 貴方達には自衛隊の時もそうやって既成事実を先に作って有耶無耶にしてきた過去がありますから!』

『しかし今も目の前に現実の危機がある状態でダラダラと形式論に明け暮れてると被害ばかりが広がります。政府としてはまず国民の生命と財産を護ることを優先した訳です』

『それで議論がおざなりになるのは与党の怠慢であり能力不足です!』

『対案もロクに出さない無能な野党が好き勝手ばかり言わないで頂きたい!』


「……不毛ですね」

「ま、討論番組ってのはこういうモンだからな。それに、あの様子見てるとそろそろ島津が動きそうだぜ」


 番組開始早々にげんなりした様子の山路に、緒賀が悪戯っ子のような目を向ける。

 テレビの中の島津も、借りてきた猫のように微笑を浮かべて大人しくしているが、彼女がテレビの生放送程度で萎縮して静かになるような繊細な人間ではないのでその辺りについては誰も心配していない。


『そもそも、日本国憲法が定める戦力とはですね、国際紛争の解決のための武力行使と定義してる訳でありまして、侵略者(インベーダー)は国家でも人間でも無い訳ですし自衛の為の戦いはまた扱いが違いますからこんな想定外の事態まで縛ろうなんて通用しないのですよ。あなた、自分の家の台所に現れた害虫を駆除する時にも憲法9条と照らし合わせたりしますか?』

『しかし、憲法とか法律を語る上で重要なのは法の精神じゃないですか。それを考慮するなら宇宙人との戦いだって戦争のようなものじゃありませんこと?』

『あのぅ』


 議論がヒートアップしてきたところで、島津の清涼な声と“くしゃっ”という何かが潰れたような音とが割り込んだ。

 見ると、島津が飲んでいた某濃厚果汁飲料の分厚く硬いスチール缶を、まるで紙でも丸めるように握り潰している。


 あまりの力技に周囲が凍りつく中、島津は笑顔のままで言葉を続ける。


『その手の議論は国会か学会で心行くまで話し合って頂くこともできますから、わざわざ今ここで尺を取らなくても良いと思います。今日は東京の戦力を割いてまで私がこちらに呼ばれましたので、この機会に“全サバ特(わたしたち)”に聞きたいこととか何かありませんか? きっと国民の皆様もそういう裏話とか暴露話とかを期待してると思いますし、口止めされてる機密以外は出来る限りお答えしますよ』


 決して大きな声量でも鋭い声質でもないが、柔らかくそして凛とした島津のヒロイン声が場を制圧していくのがテレビ越しにも判る。


「島津さん、あんな喋り方もちゃんとできるのね……」


 釘屋が意外そうに呟くが、島津とてリアルでは仕事で数多の会議(しゅらば)を越えてきた企業戦士。TPOに合わせて喋りを変えるのは社会人としての基本スキルである。


『僕もそう思います』


 島津と同じくこれまで無言だった抹丘(まつおか)弁護士が気障な仕草で眼鏡の位置を直しつつ同意する。歳は30歳ぐらいに見える、目つきの鋭い神経質そうな痩せた男性だ。


『ですがその前に』


 彼の目が眼鏡の奥で挑戦的な光を帯びる。


『お嬢さんにもお聞きしておきたいと思います。あなた達“全サバ特”が自衛隊と同じく違憲な存在であることについてどう思っているかを』

『そういう結論ありきで誘導するのは討論の場では卑怯な行為ですよね?』

『ふむ、じゃあまずは質問させて頂きますが、島津さんはまだ随分とお若いようですが憲法9条はご存知ですか?』


「……随分と人を馬鹿にした聞き方ですね」

「弁護士って高学歴高収入だからねー。人を見下すような態度の奴はそれだけしか取り得が無いことの裏返しだと思うけど」


 テレビの前の山路と悠里が不快感をあらわにすると、周囲でも数名のプレイヤーが深く頷いた。

 対して島津はおっさんの貫禄で、済ました顔で受け答えをする。


『勿論知ってます。第1項が戦争の放棄、第2項が戦力の非保持と交戦権の不使用。なんなら暗唱もできますよ』

『でしたら、あなた達“全サバ特”は第2項の陸軍海軍空軍その他戦力に該当する、そうですよね? これを無理やりな解釈で合憲に持って行くのはそれこそ先程大原議員が仰ったように詭弁以外の何者でも無いと』


 勝ち誇った顔で抹丘弁護士が畳み掛けるが、島津は笑顔を崩さずに答える。


『そうですね、憲法9条だけを見ると違憲、ですが憲法全体で考えると合憲、と言ったところじゃないでしょうか』


 島津の答えに「はあ?」と思わず素で聞き返す野党側の2人。その反応に気を良くしたか島津は饒舌になって説明を続ける。


『つまり9条だけにスポットを当てず憲法全体で考えるとですね、例えば13条の個人の権利の尊重、それから25条の生存権、あとは19条の思想と良心の自由を踏まえまして、私達が生きる為に、家族とか故郷を守る為に戦う権利って保証されてると思うんですよ』


 そこまで言うと島津は、両手を広げるジェスチャーをし、


『9条があって、他の条文があって、それらが真正面からぶつかる時――』


 両手を胸の前で打ち合わせた。その勢いで胸がふるんと小さく揺れたがあまり迫力は無い模様。


『両者を比較考量した中間線的な着地点を探る必要が出てくるのですけど、私達“全サバ特”が今現在行っているように刀と小銃と火炎瓶を使った白兵戦で戦うのは、その両者の落とし所として悪くないバランスだと思ってます』


 ここで両手をぐっと組んで、上目遣いで視聴者に訴えかける。昨晩悠里からの演技指導で何度も練習させられたポーズだった。


『私達が戦わないと、家族や家を護る事ができないんです。自衛の為に戦うのは、そんなに悪いことなのでしょうか?』

『ですが、憲法の前文にある憲法全体の意義を考慮するとですね――』

『でしたら、私からも質問させて下さい』


 すっと挙手して今度は島津が話題のイニシアチブをもぎ取る。


「お、攻撃色が出たぜ」


 テレビの前で緒賀が楽しげに論評した。島津のターンということでわくわくと展開を見守る一同。


『私達が戦闘で使ってる主武装(メインウェポン)の一つに火炎瓶があるのですが、これって実は私の父……いえ、祖父が学生運動の時に労働者(プロレタリア)党さんの事務所で作り方を教わった物らしいのですが』


 島津の言葉に労働者(プロレタリア)党所属の大原議員の表情が不快そうに歪む。


『平和市民団体さんもお使いのようですし、火炎瓶は平和的で合憲な武器という理解でいるのですがそれで宜しいでしょうか?』


 穏やかな笑顔で問いかける島津に大原議員と抹丘弁護士が言葉に詰まる、そんなタイミングで、


『えー、それでは一旦、クールダウンの為にここでコマーシャル入ります』


 司会の人が議論をぶった切るのだった。



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