5th Stage.(3)死神スパイト
▼3
中堅パーティ『銃撃少女帯』は、“STO”史上、いや人生史上最大の危機を迎えていた。
「クッ――何故ここにこんな奴が! 逃げるんだボクの可愛い子猫ちゃん達!」
『銃撃少女帯』はその名の通りに中の人が女性ばかりの4人組パーティで、前衛にディフェンダー1人と後衛にガンナー3人で構成された癖のある編成だ。パーティバランスは悪いが今回のテラー撃墜の状況で相性の良い、いわゆるメタ対策系パーティだった。
そのパーティリーダーを務める、高塚麗が余裕の無い声で叫んだ。真っ白い男物のブレザー制服を着こなしネクタイの代わりにスカーフを巻いた麗人で、中の人は女性であるがキャラクターの性別は未だ確認した人が居ない。シュレディンガー先生の出番である。
ちなみに彼女は学生時代に某歌劇団に憧れて演劇部に所属していて、その声には張りがあり乱戦の中でもよく通る。
そんな彼女の前方から悠々と歩いてくる真っ黒い人影、シルエットとしてはマントを羽織り礼服を着こなした少年のように見えるが、深い闇のような眼窩に青く爛々と光る目と三日月型に釣り上がった口が恐怖感を煽る。
少年が手にした大きく反りの入ったファルシオンのような両手剣も、切っ先の辺りから禍々しい真っ黒なオーラが立ち上っており、一目で危険な武器だということが伺える。
“七つの苦難”のうちの一つ、死神スパイト。本来は渋谷駅のハチ公像が立っている辺りでプレイヤーを待ち構える強敵だ。
「嫌ですっ! お姉さまを置いて逃げるだなんてっ!」
盾役である高塚の後ろに並んだ3人の少女達が持つ自動拳銃が次々に火を噴く。だが同時に死神は手に持った曲刀で目の前の空間を一撫で。
ギィン、と硬い音と共に銃弾が弾かれる。死神が振るった剣の軌道上に硬い力場のような物が形成され、それが攻撃を防ぐ盾になったのだ。
空間切断――死神スパイトとその片割れマリスの扱う武器の特殊能力である。空間そのものを斬る、科学では説明できない現象を操り、攻防両方に絶大な効果を発揮する。それゆえ、ゲーム時代にも刀と銃器メインのSF的世界観の中で「こいつらだけファンタジー世界の住人」とよく揶揄されたりしていた。
とはいえこの空間切断にも弱点はある。切断が可能なのは武器の切っ先の僅かな部分だけであり、剣の軌道に沿った幅の狭い線の範囲しか防げない。また、この能力で切断された空間は例えて言うなら水を割った場合のように元の状態に戻る力が働くため、長時間盾としての役割を果たすことも出来ない。
つまりガンナー少女達が3人がかりで乱射すれば何発かに一発は防御を掻い潜ってターゲットに命中する。
その結果、死神の左肩と右脇腹を鉛弾が穿つが、それ以上のダメージを嫌ったか彼は横向き、いわゆる半身の状態へと構えを変えた。正面投影面積を狭くすることで飛び道具の命中率を下げ、同時に空間切断による“盾”でカバーできる範囲を広げる狙いだろう。
「ふっ、言葉は通じずとも考える頭はあるようだね」
相対する高塚も、強化プラスチック製の大盾を高くかざしつつ右手の細剣を構え、相手の動きに合わせてじりじりと後退する。釘屋経由で救援は要請した後なので、格上相手とはいえ守りに徹して粘り続ければ生き残りの目が見えるからだ。
後衛のガンナー少女達も弾薬の浪費を気にせず撃ち続けているが、死神が剣を縦に真っ直ぐ振り下ろすことで生まれた障壁に全て阻まれ、攻めあぐねる。
「っ! ここは一か八か、横に回りこみます!」
事態を打破しようと十字砲火狙いでガンナー少女の一人が駆け出そうとするが――
「キャッ!?」
踏み出した足に衝撃を受け、前のめりに倒れてしまう。見ると足元に大クラゲが潜んでおり、麻痺毒の触手で脚を絡め取られていた。
「ミホっ!」
高塚が慌てた声を投げるが、そこに隙が出来た。その瞬間死神は一気に動いて距離を縮め、曲刀を一閃。
ディフェンダーとして培ってきた経験と修練から彼女は剣の軌道上に大盾を割り込ませ、攻撃を止めた瞬間に細剣を急所に突き立てるべく右手に力を込める。だが――
万物を空間ごと切断する死神の剣先は、無慈悲にも強固な盾を左腕ごとばっさり斬り飛ばした。
「う……うわああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
上下真っ二つに切断された盾と一緒に、彼女の左手が宙を舞い、鮮血がしぶく。
ゲーム慣れしていても元は平和な環境で育った日本人ゆえ、自分の腕が切断されるという痛みや恐怖は初めてのものだ。悲鳴をあげパニックになったとしても誰も責められはしないだろう。
後衛のガンナー少女達も顔面蒼白で硬直しており、援護射撃どころではない。
そこへ止めを刺すべく死神が再度剣を振り上げる。
絶体絶命黙示録。誰もがそう思った時――
「――させねェぜっ!」
横合いから飛び込んできた黒髪セーラー服の少女、緒賀の刀が、スパイトの曲刀を受け止めた。厄介な空間切断能力を発揮するのは切っ先部分だけなので、剣の根元側を左手の圧縮鋼製の刀で押し戻しているのだ。
「下がれ! すぐに悠里が、仲間のヒーラーが来るから応急処置だけでもして貰え!」
「わ、わかった。すまない!」
鋭い声で一括して『銃撃少女帯』の4人を後方に下がらせ、緒賀は両手の刀を構えて死神と対峙する。他の3人がまだ来ていないのは、身体能力の高い彼女が先行して屋根伝いに走ったためである。そして今回はその僅かな移動力の差で一人の命がギリギリ救われたのだ。
「……ってか、大ボス戦の途中で別のボスが乱入とか、世界樹でも滅多に無ェぞ」
全く無いとは言い切れないところが世界樹の業の深さであった。
「ま、とにかく、女を泣かした落とし前はきっちりつけて貰うぜ!」
宣言すると同時に躊躇無く間合いに踏み込みつつ首・即・斬。しかし緒賀の振るった単分子刃は死神の剣先に当たってそこで止まる。切断された空間による盾は破壊可能な物体ではない為昭和の科学の粋を集めた単分子刃でさえも斬れないのだ。
同時に左手の圧縮鋼刀を振るうが、こちらも曲刀の先で迎撃されそうになり咄嗟に軌道を逸らして空振りさせ引き戻す。
それから数合、剣を打ち合わせる展開が続く。剣戟の余波で罪の無いカエル人形が真っ二つに切り裂かれて路上に転がるが、そこまで気を配る余裕は誰にも無い。
身体能力や手数では緒賀の方が上であったが、死を恐れず大胆な攻撃を繰り出す死神も手強く、どちらも有効打が入らないまま戦況が硬直するように思えた時――
遠くで轟音と共に土煙が舞う。どうやら『姫様のお茶会』他多数のパーティによる銃撃の結果、怪魚テラーが遂に地に墜ちたようだった。
それを見た死神スパイトは、瀕死の怪魚の援護に回る為か、一気に跳躍してこの場から逃げようとする。
「――ちィッ!」
後ろに怪我人を退避させている都合上、緒賀としてはここで深追いもできない。『茶会』級の強豪パーティなら撃退可能と思われるが中堅どころには荷が重い相手だ。緒賀が状況を伝えようと釘屋との通信回線を開こうとした時。
「……ん、逃がしはしない」
ようやくこちらに到着した神野がライフルで射撃。狙い過たずに死神の胸のど真ん中へと迫る。
しかし距離が開きすぎており、相手側に対策の時間があった。彼は空中で体勢を崩しつつも曲刀を一閃、高速で飛来するライフル弾をどうにか叩き落す。
「隙有りっ!」
だがそこで更に横合いから襲い掛かって来た人物が居た。単独で身軽に戦う遊撃手の狭間大和が民家の屋根の上から跳躍し、まず突撃銃を連射。
剣を振り抜いた姿勢でバランスを崩していた死神を無数の銃弾で貫き、そして止めに体当たりする勢いで銃剣の剣先を突き刺した。
ざらりと砂細工が崩れるかのように死神スパイトの身体が霧散し、骨も残さず消滅する。
「流石、“戦場の横咬”の異名に相応しい、良ィ横殴りだったぜ」
何事も無かったかのように仏頂面で着地する狭間に、思わず敬礼を送る緒賀であった。
「た、倒した……のか……?」
到着した悠里から左腕に応急的な治療を受けつつ、呆然とした様子で高塚が問うが、
「いんや、水を差すようで悪ィが奴は片割れのマリスと命を共有してるっていうファンタジーな設定があって、片方だけ倒してもすぐに蘇生してしまうんだぜ」
「そ、そんな……」
「それでも、ゲームの通りなら復活直後は力を取り戻すまで弱体化してる筈ですから、暫くは渋谷で大人しくしてると思います」
山路のフォローに高塚がほっと胸を撫で下ろす。
「しかし、ボスがボスらしく特定の場所で待っててくれねェってのはちと拙い状況だな」
「そうね……今までみたいに敵が弱いエリアに下位パーティを派遣すると、運悪く遭遇した時に瞬殺で狩られるわね」
「……ん、上に報告して早急に対策が必要」
“七つの苦難”も残すところ3体まで順調に減らしているのだが、まだまだ激戦の日々は続く予感だった。




