5th Stage.(2)怪魚テラー
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その日の昼過ぎ、東京都墨田区両国一丁目。
昭和の下町を感じる町並みの中、島津を除いた『東京防衛戦』の4人は、両国国技館上空を優雅に泳ぐ巨大魚、“七つの苦難”の一体である怪魚テラーを見上げていた。
どういう原理で魚が空を飛ぶのか謎であるが、流線型のフォルムをくねらせて空を舞う姿は美しく、神秘的にすら感じる。レーザー兵器を弾き返す反射装甲でもある銀色の鱗が陽光をプリズムのように反射し、巨大魚の周辺に時折虹色の環を写し出す。
「空中戦仕掛けようにもこの辺の建物には高さが足りねェんだよなァ。昔の歌手みてェにパラシュート背負って空飛べば奴と近接できそうなんだけどなァ」
「ん、空を飛ぶのは歌の中の人で歌手本体じゃない……」
緒賀の戯言に律儀に突っ込む神野。アタッカーが空を飛んで怪魚に斬りかかるアイディアはゲーム時代も何度か話題に上ったが、風に左右されて安定性が無いのと仮に近接武器で倒しても一緒に墜落して落下ダメージで死亡してしまうのとで結局実用レベルには至っていない。
その代わりに安全に倒したい時に用いられる作戦が、路地裏にガンナーを並べて遠距離で倒すという身も蓋も無い戦法だった。
狭い路地裏から狙い撃つことで怪魚からの体当たりでの反撃はこちらに届かず、また墨田区のあちこちにガンナーを配置することで怪魚が逃げた先で別のプレイヤーが迎撃できるという作戦だ。勿論小型の眷属からの攻撃は受けるが、ボスと正面から殴り合うよりは遥かに危険は少ない。
但しこの作戦にも欠点がある。複数パーティで多人数の参加が前提になるので、ゲーム時代はプレイヤー達のスケジュールを調整するのが大変なことと、あと賞金を山分けしたら一人当たりの取り分が安いことだ。今回はゲームが現実化した状況で安全に倒せるメリットは計り知れないため賞金の安さには目を瞑ることとなった。
やがて、通信機から甘く耳に心地よい声が聞こえる。
『はろーえぶりわん? それじゃあみんな配置に就いたかしら? 打ち合わせどおり、最初に一斉射撃で強襲して後は流れで。さあ、日本の未来を守る為にもわたし達で怪魚テラーを倒すわよ!』
『姫様のお茶会』のオペレーター、釘屋エリザベートの声だ。彼女の声が緒賀達『東京防衛戦』の耳にも届くのには理由がある。今日決行の怪魚テラー撃破作戦は前述したようにいわゆる大規模討伐と呼ばれる複数パーティ合同作戦なので、元々墨田区方面攻略パーティ達のリーダー格である『茶会』がその取り纏め役をしている訳だ。
「さァて、さっさと終わらせてテレビ観るぜ。島津の晴れ姿をな」
緒賀の言葉に山路も「はい」と頷く。ただ今回の作戦の主役はガンナーの神野と弾丸装填担当の悠里になるので前衛の2人は比較的気楽なものだ。
『それじゃ、始めるわよ。ターゲットロックオン! 5、4、3、2、1』
釘屋のカウントダウンを聞きつつ、神野が手に持ったスナイパーライフルで静かに狙いをつける。
『薙ぎ払えーーーー!』
指揮官として言ってみたい台詞ベスト5に入るであろう号令と共に、神野も含むガンナー達の構えた銃が一斉に火を噴いた。怪魚テラーの全身に無数の火花が散り、超音波のような甲高い悲鳴が轟く。
「ん、次、貫通弾」
「りょーかい。準備できてるわ」
神野が撃ち終わったライフルを悠里に渡し、交換で新しいライフルを受け取る。そして即2発目の銃弾を射出。炸裂弾で剥ぎ落とした鱗の隙間に貫通弾を撃ち込むという離れ業を見せた。
青紫色の血が上空で花のように散り、怪魚がその身を仰け反らせる。
「やっぱ流石だな。時間さえあれば神野一人で奴を落とせるんじゃねェか?」
「ん、移動力の差で逃げられたら追いつけない」
神野の言うとおり、テラーは空中でくるりと身を翻し、神野の射程距離から離れようとする。無論逃げた先にも別パーティのガンナーが待ち構えているのだがテラーにとっては神野程危険ではないのでやむを得ないと言ったところだろう。
「そういうもんか。じゃあお客さんにぶぶ漬けご馳走したらオレ達も追いかけるとするか?」
言いつつ、今度は緒賀が2本の刀を電磁鞘から抜いた。いつの間にか周囲を敵の気配が取り囲んでいる。先程テラーが発した甲高い音波が眷属を呼び寄せる合図になっていたのだ。
恐らくは他のパーティも雑魚敵と交戦を開始しているところだろう。テラー狩りに参加しているパーティはいずれも上位陣で構成されている為このくらいの敵襲では動じないが、念の為緒賀は釘屋に通信を入れておくことにした。
「釘屋、『東京防衛戦』は雑魚と接触。多分他の奴らも同様だ。被害状況には気を配っておいてくれ!」
『い、言われなくても! ちゃんと分かってるわよそのくらい! バカにしないで貰えるかしら!?』
釘屋の苦情を聞き流しつつ、緒賀は早速、矢のような勢いで飛来してくるトビウオを単分子刃で2枚におろす。
「片栗粉、散布するわ!」
続いて悠里が空中に白い粉の詰まった袋をぶち撒ける。人体には無害な粉が宙を舞い、そして空中にふよふよ浮かぶ何者かの姿を浮き出させた。
透明化して宙を漂い、迂闊に近づいた不運な犠牲者を麻痺毒の含まれた触手で刺す大クラゲだ。
「ナイス悠里! 良い勘してるぜ!」
「ふふん、腐女子でも女の勘は標準装備だからね」
居場所を特定された大クラゲ達が次々と、緒賀の刀と山路の剣によって断ち斬られていく。動きの鈍い敵なのでこうやって姿さえ確認できれば楽勝だった。
そして、その他の雑魚を蹴散らしながら怪魚を追跡していると、突然、釘屋のけたたましい声が響く。
『ちょっ、緊急事態! 誰か手の空いてる人居ない!? 危険が大ピンチよ!』
一瞬顔を見合わせたのち、パーティで最も人当たりの柔らかい山路が代表で返答することにした。
「『東京防衛戦』山路です。どうされましたか? まさか新手の敵襲ですか? まずは落ち着いて場所と敵の特徴をお願いします」
『そう! 敵襲で救援要請よ! 場所はあなた達の所からだと右上にぐーーーーっと行ったところ!』
「……北東ですね。学校がある辺りでしょうか? それとも荒川の方まで出ますか?」
『なんか線路がガーーーーってあって、薬局があって、カエルの置物が目印になってるわ!』
「……ごめんなさい、ちょっと判らないです」
島津に比べると情報伝達の精度に粗があるオペレーターの釘屋であった。
「とにかくまずは移動してみようぜ! 細けェ場所は戦闘の気配があればそれで判るはずだ!」
「さすが戦闘民族は言うことが違うわあ」
緒賀の決断に悠里が頷き、進路を北東へと微調整して移動速度を上げる。
『でも気をつけて! 今度の敵は、情報が確かなら――』
普段の様子からは考えられない程緊張で固くなった釘屋の声。それは死を告げる天使のように美しくそして冷たい響きを持って、残酷な事実を告げる。
『――死神、だわ』




