5th Stage.(1)急報
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妖蜂サスピシャスを撃破した翌日、おっさん達は銀座に害虫狩りに、おばさん達は食堂へおさんどんに、それぞれ出かけて戻って来た夕方。
「はい、は~い。おはようからおやすみまで皆様の幸福を見つめる、HARでございます~。都民、あなたは幸福ですか~?」
微妙なネタと共に、部室にきゃるーんとHARが登場。思わずリアクションに困る『東京防衛戦』の一同であった。
「おハルさんがそのネタ使うと結構洒落にならんからな……それで、今日は何の用だ?」
「実はですね、若木文部大臣から電報が届いておりまして~」
言いつつHARは着物の袖口から二つ折りの電報台紙を取り出す。電電公社ロゴが懐かしい。
「ですがまずはテレビを点けて貰いましょうか~。テレ東以外はどこも特番をやってるはずです~」
返事も聞かずに勝手にがちゃりとブラウン管テレビのスイッチを入れた。昭和なので勿論リモコンなんかは無くて手動である。
「実は最近ちょっと皆様の活動が取り沙汰されることが増えてきまして~。と言いましても“全サバ特”がどうこうというよりはそれをダシにした政府批判がメインみたいですが~」
そしてテレビが映像を結ぶまでに暫くのタイムラグを経た後、そこに映り出すはこちらの日本での行政のトップである銀川旋風丸内閣総理大臣。銀髪の渋いおじ様で、威風堂々とした立ち居振る舞いに存在感があり、国内外から注目されている名物総理である。だが内閣の政策面では無難で日本人好みな中道左派だ。
その銀川総理であるが、どうやら記者会見の最中らしく報道陣に取り囲まれて守勢に立たされている。
『えー、従って、繰り返し申し上げますが、“全サバ特”の活動に関しましては機密に属するため、現時点ではお伝えする訳には参らない、とまあそういう話でございます。あー、情報が漏れると利敵行為になりかねない、そういう事情がありますことを国民の皆様にもご理解を頂きたい次第でございます』
答弁の内容は典型的な日本の政治家ののらりくらりとかわすスタイルだが、自信ありげに胸を張った佇まいのおかげで何か立派なことを喋ってるようにも見える。だが周囲の記者達も負けじと声を張り上げた。
『総理! 子供たちが戦場に駆り出されているという事は問題視なさらないのですか!?』
『総理! 我々国民の血税が兵器開発に回されているのは憲法違反じゃないのですか!?』
『総理! …………!』
場がグダグダになってきたのでHARがチャンネルのツマミを回して別の局へと移ると、こちらは京都の街角で小奇麗なレポーターが通行人にマイクを向け、彼らの生の声を集めているところであった。
『やっぱりぃ、国民に何も知らせないで秘密のままにしとくのはぁ、良くないと思いまぁす』
『東京が壊滅してるんでしょ? だったら自衛の為の戦いはやむを得ないとは思うんですが……高校生の子供達を戦場に行かせるのは、ねぇ』
『何とか話し合いで解決できないものでしょうか』
『えー、このように、国民の間では情報を出さない政府に対する不信感が強まっており、銀川内閣の政権運営へ今後波紋を広げそうです。以上、京都河原町駅前からお伝えしました』
番組の進行が一段落したところで、体制派として思考回路もプログラミングされているであろうHARが憤然と口を開く。
「こんな感じで、世論が色々うるさいんですよ~。政府としてもそのまま知らぬ存ぜぬで通すのもリスクがありまして。国民感情が否定的な方向に傾くとこちらの予算が出なくなって皆さんにお給料をお配りできなくなったり、最悪活動そのものが中止になったりする可能性も考えられます~」
「それって、オレ達が歯止めにならねェと“七つの苦難”が東京の外にも侵攻して最悪日本全部が壊滅するンだがあいつら解ってンのか?」
珍しくシリアスな声音の緒賀の言葉に、山路がふるふると力なく首を振る。
「東京から逃げてきた人はともかく、地方でテレビだけ見てる人には案外他人事かも知れませんね。怪獣映画の延長みたいな……」
「それでも民主主義ですと感情で動く大衆が政治的に影響力を持ちますから厄介ですよ~。愚民の愚民による愚民のための衆愚政治を防ぐためにもやはり高性能なコンピューターが民衆を統制するべきだと思います~」
「HARさんが言うと冗談に聞こえないのが恐いですね……」
「ともかく~、そういう訳ですので次の木曜夜の討論番組に、できましたら島津さんが出て欲しいというのが若木大臣のご意向なのです~」
そこまで言い終えてHARが先程の電報を開くとそこには“キヨウト コラレタシ”という簡潔な文面。この文面から背景事情や日時指定まで読み取るのは彼女の昭和の科学の粋を集めた処理能力の賜物であろう。
「イメージアップ戦略ってことか……だけど何で俺を名指しなんだ?」
不思議そうに問う島津に、HARは「それはですね~」と指を一本立てて、
「ああいった場で一番ソツ無く答えられるからだと思います~。はっちゃけた話……」
「座禅でも組むのか」
「失礼いたしました~。ぶっちゃけた話、顔よりも度胸と頭の回転重視という訳ですよ~」
ストレート過ぎるものいいである。
「そうだぜ島津。女は顔より胸だ!」
「1文字何処か行ってるぞ」
形の良い胸を“たゆん”と揺らしつつ緒賀が豪語するが、島津は関心無さげに一瞥するだけに留まった。
「それはともかく、確かに釘屋さんとかだとテレビ映えはするでしょうけれど、迂闊な発言しそうで危なっかしいですよね」
「釘屋ちゃんなら、討論番組よりも喉自慢大会とか熱湯コマーシャルとか、あと痛快なりゆき番組なんかに送り出した方が視聴率取れるわねー。あのフリフリ制服で壁をよじ登ったりローラー乗って大股開きしたり飛び石踏み外して池に落ちたりとか、考えただけで同人誌1冊余裕だわ」
「OK帰って来い」
妄想の世界に身を委ねてハァハァしだした悠里を島津はチョップ一発で呼び戻す。
「まあそういう事情なら京都の行くのもやむを得ないがその間またパーティが割れるからな。戦力調整はおハルさんの方で責任持ってやってくれ」
「ん、その件で要望がある」
控えめに挙手する神野。彼の希望としては、銀座方面で女性陣が不参加のまま少人数で戦うよりは墨田区へ移って山路や悠里も居る状態で戦う方が得策だろうとのことだ。
「そうですね。銀座は妖蜂を倒して危険度も下がりましたし、これまでみたいな過剰戦力を送り込まなくても良いのではないでしょうか」
「よねー。島津君が居ないのは苦しいけど元々オペレーターは後方支援職だしパーティとしてはこっちの編成が標準的だもんね」
提案に山路と悠里も同意しHARも戦闘区域の移動を了承したので、彼らの銀座区域での虫退治は今日限りで終了ということになった。
「……ん。これで武器を実弾に戻せる」
「最初からそれが狙いだったんだな」
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そして、木曜の早朝。
“全サバ特”基地の駐車場に、島津達5人とHARとそして今回の引率の若木文部大臣が集まっていた。
京都までの移動手段は、国鉄の技術の粋を集めた弾丸列車である0系新幹線を使うのだが、東京駅が壊滅状態のためまずは車で名古屋駅まで走ることになる。
「で、何でこんな格好しなけりゃならないんだ?」
島津がピンク色のカクテルドレスの裾を嫌そうに摘みながら、じっとりした目で首謀者悠里を見つめて尋ねる。足元はストッキングにハイヒールでセミロングの髪もアップに纏めており、知らない人が居れば水商売のお嬢さんにしか見えないだろう。
「だって、大臣の車の助手席に座るんでしょ? 知らない人が見たらお持ち帰り以外の何物でもないじゃないの。それで女子高生の制服姿なんかしてたら……」
「昭和には援助交際なんてマイルドな単語は無ェから、ストレートに言うと児童買しゅむぐっ!?」
「OK少し黙ろうか」
何か言いかけた緒賀の口にタバコ型チョコを数本押し込んだ。
「そんな訳だから、万が一パパラッチされた時にもダメージの浅い装いにしようと思って」
「その間違った方向で細やかな気遣いに涙が出てくるぜ……」
「では島津さん~」
出発時刻が迫り、最後にHARが島津の両手をきゅっ、と包み込む。ほんのり温かいのは電子頭脳の熱暴走を防ぐための廃熱機構を兼ねているかららしい。
「現場の苦労も知らない頭でっかちさん達を、どうか、どうか、ガチョーンと言わせてやって下さい~」
「そこはギャフンじゃなくて良いのか?」
「細かい部分は作戦実行段階での判断にお任せいたします~」
事実上の丸投げ宣言だった。
「じゃ、行ってくるから。後よろしくね!」
気さくな感じで文部大臣が挨拶し、縦方向に開閉するスイングアップ式ドアが特徴の真っ赤なボディの外車に乗り込む。昭和の日本ではスーパーカーブームがまだ続いているということらしい。
島津もまさか往年の名車に乗れるとは思ってなかったらしく、幸せそうにとろけた表情で助手席へと乗車した。勿論左ハンドルなので助手席は右側だ。
「……お持ち帰り感、半端無いですね」
「恋する乙女の顔だったわねー」
仲間達に見送られつつ、環境に配慮した日本車には出せない豪快なエンジン音を響かせてスーパーカーがジェットコースターの如くに加速する。
かくして、名古屋駅8時丁度発のこだま2号で、島津は京都へと旅立って行った。




