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4th Stage.(4)妖蜂サスピシャス

▼4


 一方で、狭間と妖蜂サスピシャスとの戦闘も熾烈を極めていた。


「うおおおおおおおっ!」


 幾度かの交差の後、妖蜂サスピシャスのスピードや攻撃タイミングにも慣れてきた狭間が、腹部から突き出した太く長い毒針を雄叫びと共に振るった銃剣の先で根元から切り飛ばした。


 先端が毒々しい色に染まった、剣ほどの大きさのそれが、回転しながら路上に転がる。

 この毒針はサスピシャスの攻撃手段の中でも最大級に殺傷能力が高く、軽く掠っただけで即死しかねない。よしんば即死を免れたとしてもその後で二刺し目を受けるとアレルギー反応によるアナフィラキシー・ショックで更に死亡率は跳ね上がる。


 だが、毒針に注意を向けていると他の攻撃に対する反応が遅れてしまう。針の代償とばかりにサスピシャスが振るった爪が狭間の左肩口を穿ち、鮮血が白学ランを彩る。


「っはあああああああ!」


 狭間の側も負けておらず、銃剣を引き戻し至近距離からサスピシャスに向けて連射。外皮を鉛の雨で叩いて弾き飛ばすと同時に、逸れた弾が背中から伸びた羽根の1枚を吹き飛ばすのだった。


 ちなみに“STO”は少年漫画ではないので、剣での攻撃はまだしも銃で撃つ時に叫んでも特に威力が上がったりしない。要は気分の問題だった。


『意外と暑苦しい奴だねえ』

「はッ! 喧嘩は気合負けしたら終わりだからな!」


 島津はそろそろ腕が重く、肩で息をしつつも鉄パイプを両手で振るって軍隊蟻を殴り飛ばしている。未だ鬼神のように無双する緒賀の方はまだしも、神野の銃撃も無数の蜂からの飽和攻撃で少しずつ押されているようだ。


「……っ、リロード、する」


 レーザーガンの出力が弱くなってきたので、銃把(グリップ)のケースを開けて古い単二電池を抜き、新しいものを2個直列に押し込む。

 この電池も昭和の科学の粋を集めた水素電池で、レーザーガンなら100発以上射撃可能な優れものである。ちなみに目覚まし時計に同じ電池を入れると1個で10万年以上動き続ける。


 6発撃つ度にちまちまと弾丸を込めなければいけないリボルバー式拳銃に比べるとこのような乱戦での使い勝手はレーザーガンが格段に上だが、やはりそこがなんだか不満なレトロ嗜好の神野であった。


 電池交換に要した時間は僅か3.5秒。だがその間に2匹の蜂が女王を守るべく狭間へと襲い掛かる。


「――ふんっ!」


 絶妙のコンビネーションで左右から刺そうとする軍隊蜂。狭間はまず突撃銃(アサルトライフル)を右に撃って片方の鉢を牽制、そして反動も利用して銃床を左の蜂へと叩き付ける。最後に剣先で右の蜂を貫いて処理完了。


 だがその隙に今度は妖蜂サスピシャスが戦場から離脱しようと羽根を動かす。飛行可能な敵の厄介なところは、こちらが逃げようとしてもなかなか逃がしてくれず、相手の側はあっさり逃走可能な不平等性にあると言って良い。


 しかしその時、高度を上げようとしたサスピシャスの頭上から熱を帯びた刃が振り下ろされる。神野の銃撃によるサポートだ。

 誤射しないようにするためやや狙いが甘くなったが、それでもサスピシャスの背中の羽根を2枚削ぎ落とすのに成功し、女王蜂は空中でぐらりとバランスを崩す。


「逃がさぬっ!」


 そこへ大きく跳躍した狭間が銃剣を手に襲い掛かり、大上段から渾身のフルスイングで銃床を頭に叩きつけた。そのまま轟音を上げて路上に落下するサスピシャス。

 落下の勢いを銃剣に乗せた狭間が、着地と同時に剣先で腹を貫く。

 剣先が抜けないように少し捻りを加え、その状態で狭間は容赦なく銃の引き金を引いた。重い振動と共にフルオートで発射される無数の弾丸がサスピシャスの腹の中で暴れ回る。

 逆転の兆しに緒賀が歓声を上げた。


「よっし! やったか!?」

『いや! まだだ!』

「……ん、小芝居してる場合じゃない」


 だがサスピシャスも比較的タフネスが低いとはいえ“七つの苦難(セブン=トーメント)”の一体。このままで終わる筈もなく腹の先からにゅるりと巨大な毒針を再生させた。


「ぬっ!?」


 怪我の残る左腕を無理やり動かし、電磁鞘からサーベルを抜き出して毒針を迎撃。二合、三合と剣をぶつけて何とか毒針を再び叩き折るが刀身の方も刃こぼれが酷くボロボロになっていた。

 尚も暴れ続ける女王蜂の6本の爪が、幾つかはサーベルで弾かれ、幾つかは狭間の肉体を掠める。


『おい! 狭間!』

「おっさん! 無理はすンな!」

「なんのこれしき!」


 銃を撃ち続けながらもサスピシャスの最後の反撃を受け続ける狭間。事態は狭間が力尽きるのが早いか蜂の体内を完全に破壊するのが早いか、はたまた銃弾が尽きるのが早いかのチキンレースの様相を帯びてきている。


 やがて、狭間の身体がぐらりと傾いた。


「ちょッ、おっさーーーーん!」


 緒賀が叫ぶが、助けに入ろうとも緒賀も島津も神野も自分の目の前の敵で手一杯だ。


「おおおおおおおおっ!」


 倒れそうになる身体に無理やり活を入れ、引き金を再び引き込む。そして遂に、内側からの圧力に耐え切れずサスピシャスの胴体が破裂した。





『全く……無茶苦茶しやがって……』


 妖蜂サスピシャスの息の根を止めたことを確認した後、島津達は狭間を連れてついでに後々使えないかと折れた妖蜂(サスピシャス)の毒針も回収して建物前から撤退し、怪我の応急手当のため安全な建物の中へと入り込んでいた。


 ボスを倒したからと言って周囲の蜂や蟻がいきなり消えたりする訳ではないが、指揮系統の喪失により虫達の集団行動に齟齬が生じる。そして丁度そのタイミングで島津が要請していた他パーティの援軍が到着。予想以上に重いダメージを受けていたらしい狭間を緒賀が背負って救援パーティに退路を確保して貰い逃げ出した、という按配だ。


「そうは言うが、あの女王蜂は身のこなしが機敏ゆえ一対一で屠るのが有効。であれば自分が()くのが最善ではないか」


 援軍パーティ『お姉さんの保健室』所属のヒーラーにかいがいしく怪我の手当てをされつつも狭間が険しい顔つきで反論する。


 尚そのヒーラーの人は“ゆるふわ”な雰囲気を纏った茶髪の美人さんで、豊かな双丘がニットのベストの胸部分を押し上げていた。

 学校よりもコスプレ物のエロDVDに多く生息していそうなタイプだが、虫型の敵がひしめく銀座に生足を踏み入れていることからネカマの可能性は高い。恐らく古き良き白ネカマ側だ。


「それならそれで、夜に戦うなり予め他のパーティに雑魚を任せるなりすべきだって言ってンだよ。報連相(ホウレンソウ)は社会人の基本だぜ」

『社会科赤点の緒賀が社会人の基本について語る資格があるかはさておき、あんたが他のパーティに迷惑をかけまいとして単独(ソロ)で活動してるってのは判るが、もはやここはゲーム世界じゃなくて現実なんだ。協力できるところは皆で協力した方が確実に生存率は上がる』

「だが自分は何時死ぬか判らぬ身。仮に先のことで助力を約束したとしても、それが果たせぬ事態になった場合どう侘びを入れれば良いか……」


 白刃のように鋭い眼光を閃かせる狭間に、島津も負けじと見つめ返して諭し続ける。


『リアル難病か? まあその辺の事情は深く詮索しないが、周りとしては例え何かの事情で無理になったとしても行動予定を予め知らせておいてくれた方が有り難いんだよ』


 ネットゲームでも急な私用で集まれないことはザラであるし、現実の仕事でさえも身内の不幸や家族の急病で重要会議の日に出社できないことだってある。そういう事態は仕方ないことと割り切り周囲の仲間で理解しサポートするのが本来あるべき姿ではないか。実体験も交え島津もそう力説した。


『とにかく、慣れないパーティを組めとは言わんから、せめてパーティリーダー会議には出て回りとの歩調を合わせて欲しい。頼むから』

「ふむ……めんこい女子(おなご)にそうまで頼まれては無下にする訳にもいかぬな」

『……中身はおっさんだけどな。万が一期待させてたならすまん』

「ははは。最近の遊戯(げぇむ)はそういうものと聞いておる。確かろーる何とかと難しい呼び方をしておったが要はゴッコ遊びであろう。だがそなた達はまだまだ“なりきり”が足らぬな」


 破顔して島津と緒賀の演技(ロールプレイ)に駄目出しをする狭間。その会話に救援パーティのヒーラーの人も乗ってきた。


「そうですよ。“STO”は分類上はロールプレイングゲームでは無いですがだからといってロールプレイを軽視するのは勿体無いです」


 かくっと首を傾げつつ柔らかい笑顔を見せる。ゲームがVR(バーチャルリアリティ)時代に入ってロールプレイの幅は従来の文章メインからこういった仕草や表情にまで及ぶようになっており、これが彼女の素の顔でなければ相当修練した結果であろうことが見て取れた。


「さて、狭間さんの治療はこれで終わりです。明日まで安静にしておいて下さいね」

「うむ。助かった。感謝する」

「じゃあ次は島津さんの治療に移りましょうか」


 豊かな胸をたゆん、どころではなく、ゆさっ、と揺らしながら身を乗り出してくるヒーラーの人。島津は物量や迫力に圧倒され思わず腰を引く。


『い、いや、応急処置は済ませたから俺は大丈夫……』

「応急処置って、制服の上から止血スプレー噴きかけただけですよね。そんなんでは不十分ですよ。ちゃんと服を脱いで処置しないと」

『そ、そういうのは帰ってやるから!』


 “服を脱いで”のワードで周囲の男どもから歓声があがるが、それも仕方の無いことだ。


「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。男同士じゃないですか」

「悠里の奴に聞かせたら鼻血噴いて悶えそうな台詞だよなァ」


 何気ない緒賀の呟きに、ヒーラーの人は“ゆさっ”と振り向く。


「あ、悠里さんに、本ありがとうございましたとお伝え下さい。おかげ様で色々捗りました」

「そうか、捗ったか。そいつァ良かった」


 何がとは聞かない。漢同士なら言葉など無くても通じ合うことがある。そして今がその時だった。


「オレみたいな大人には肩透かしだったからなァ」

「あはは、緒賀さんは要求が高すぎるんですよ。それでお礼も兼ねて、ロールプレイ面でのネカマ心得を執筆することもできますが……」

『それは元の日本に帰った時に色々悪影響が出そうだし遠慮しておくよ』


 やんわりとお断りする島津。結局、この場で服を脱がして治療というのはお流れになり、それでも島津の制服があちこち破れて柔肌が覗いてたのでせめてと“ゆさっ”の人にニットのベストだけ渡されることになった。

 胸が余ってスカスカしてたのはここだけの話である。



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