4th Stage.(3)狭間大和
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狭間大和――
彼は“STO”では珍しい、パーティを組まない単独プレイヤーだ。だが銃と剣で戦う遠近両用の戦闘能力は滅法高く、下手なパーティよりも恐らく彼1人の方が強いだろうと言われている。
これまでも何組ものパーティが彼をメンバーに誘ったが、彼は常にこう言って断ったらしい。
「自分は部隊を組まぬことにしておるのだ。何時死ぬか判らぬのでな」
この台詞からも判るように、狭間は筋金入りの孤高主義者で、プレイスタイルも人に指示されることを嫌って気ままに動き気ままに戦い、PKこそしないがいわゆる横殴りも気に留めないタイプである。
そんなプレイスタイルからついたあだ名は“戦場の横咬”。
つまり敵にとっても味方にとっても出会ってしまえばその不運を嘆くしかない、そんな厄介なプレイヤーだった。
「この前のパーティリーダー会議で言わなかったのか!? 銀座のボスは夜に倒すから昼間は手ェ出すなって!」
『言ったさ。だが狭間は会議に出てこないし、おハルさんが回した議事録なんかも読んでないんだろうなあ』
「クソッ! これだから身勝手なおっさんは!」
見た目だけは美少女の癖に品の無い言葉で毒づく緒賀に、静かにツッコミを入れる神野。
「ん、おっさんと決まった訳じゃない。中の人、意外と若い可能性も」
「いいや、あいつは人の話は聞かねェし協調性は無ェし通信機も使わねェし台詞回しも古風だし絶対おっさんに決まってる。それも歴史小説とか読むタイプのな」
理不尽な風評被害が歴史小説家を襲う。
『さて、脱線はこれくらいにして俺達もどう動くか決めよう』
実際問題として、いかに狭間個人の戦闘能力が突出していても、妖蜂サスピシャスが配下の虫を呼びつけることで周囲を囲まれてしまえば、進むことも退くこともままならなくなりそうだ。
かと言って島津達『東京防衛戦』も今はメンバーが3人しか居ないため、あまり踏み込んだ援護もリスクが高い。
「ま、退路を確保しつつ援護、ってところだろうなァ」
「ん。ここまで来て見なかったことにはできない」
『OK。ならまずは巣の出口を押さえる。蜂の数が減らせればだいぶ楽になるからな』
即座の相談で方針を決定すると、3人は大量の蜂が潜む魔境となった宝飾店へと駆け出す。
狭間の方も既に戦端を開いており、砲撃に釣られて時計台から出てきた妖蜂に向けて突撃銃での牽制射撃を散発的に行いつつも少しずつ後ろに下がって有利な位置へと移動していた。
8枚ある羽根を点滅する程の速度で羽ばたかせつつゆっくりと狭間へと近づく巨大蜂サスピシャスは、神々しいまでの輝きを放つ黄金色の身体を震わせ、顎先をカチカチと鳴らす。威嚇すると同時に仲間を呼ぶ目的も兼ねた音だ。
「狭間のおっさん! 雑魚はこっちで引き受けてやンよ! あまり余裕は無ェから手早く頼むぜ!」
「むっ――助太刀感謝いたす! だがこれは自分の戦いゆえ、お主らは気にせず退くがよかろう!」
『そういう訳にもいくまいよ。まあ乗りかかった船だ。やれるだけの事はやるさ』
邪魔にならないように距離を置きつつ、狭間の周囲を護るように島津達は陣形を敷く。他のボスに比べると妖蜂サスピシャスは身体が小さい分通常兵器でも当たりさえすればダメージが見込めるが、その分動きが速く、目の前で発射された銃弾も躱す事すらある。
なので組み慣れない相手との連携はかえって同士討ちを招きやすく、ここは狭間が一対一でボスと対峙して島津達は周囲の雑魚を狭間の元へ行かないよう食い止めることに専念するのが最善の策な訳だ。
『行くぞ! 神野、着火を頼む!』
「ん、了解」
走ってきた勢いを乗せ、島津が道具箱から取り出した火炎瓶をビルへとブン投げる。放物線を描いて飛ぶそれらの瓶の口を、神野がレーザーガンで次々と狙い撃ちして空中で着火。
曲芸じみた連携であるが、サスピシャスに呼ばれて配下の軍隊蜂が巣から出てくるまで時間の猶予が無く、最も着弾までの時間を短縮できるこの手段を採ったのだ。
今や蜂の巣と化した宝飾店の窓の中で無数の目が光ったのとほぼ同時に、火炎瓶が着弾して建物を炎で包み込む。
『よし、作戦の第一の関所は突破。これが間に合わなければ早めに狭間を引きずって撤退しなけりゃだったからな』
これだけの数の殺人蜂を駆除するには、本来は夜に来て炎と煙で燻すのが正しいやり方だ。
見える範囲は炎で焼いてかなりの数を戦闘不能に追い込んだが、活発な時間帯のためビルの裏手から出てくる蜂も居て状況はまだ楽観視できない。
ちなみにこの火炎瓶であるが、平和市民団体も使っているクリーンかつ平和的な武器なので昭和の日本では規制も緩く、“STO”ではほぼ全プレイヤーが標準装備している火器だったりする。
島津達の世代は親が学生運動の革命戦士だった者も多く、大抵は親に聞けば作り方を教えてくれるため、皆一度は夏休みの工作に火炎瓶を作成して先生に怒られた過去を持っているのだ。
『さて、おハルさんや。狭間が妖蜂と交戦開始。俺達もサポートに就く。近くのパーティをできれば何組かこっちに回してくれ。無理に攻撃してこなくて良いがまず退路の確保が欲しい』
『わかりました~。お伝えしておきます~』
HARと通信回線を開きつつ島津は次の仕込みの為に足元に並べた火炎瓶に着火していく。その間、神野は炎の隙間や建物の裏から出てくる蜂をモグラ叩きのように撃ち落とす簡単なゲームに勤しんでいた。
狭間はと言うと、サスピシャスを相手に互角の攻防を繰り広げている。近距離から銃で撃ち、相手が避けた所を剣で突く。カウンターで相手が鋭く巨大な針を刺してくるのを身を捻って避け、武術の達人のような足取りで場所を入れ替えて再び斬りかかる。
『あの戦闘は、動画に撮って配信サイトにアップすりゃあ100万アクセスは稼げるよなあ。どうだ? 緒賀、お前さんだったら一対一で狭間には勝てそうか?』
「……良い勝負にはなるだろうなァ」
戦闘スタイルが違うため単純に比較できないが、緒賀をして勝てると断言しない辺り、狭間の実力も相当のものであろう。
「っと、増援来たぜ」
『ああ。準備もできてる』
見ると今度は軍隊蟻の群れが隊列を組んで整然と行進してくる。蜂のように高速で飛来して毒針で刺したりはしないが、強靭な顎を持つ無表情な兵士の集団は生理的な恐怖を掻き立ててくる。
『蟻は俺達で何とかする。神野は引き続き蜂を優先で落としてくれ』
「ん、解った」
島津が再び火炎瓶を投げる。但し今度は蟻に向けてではなく周囲の道路で破裂させた。火柱が上がり炎の壁が蟻達と内部とを隔てる。
しかし炎の壁に若干の隙間が開いており、蟻達は炎を迂回してその隙間から内部へと侵入する。
勿論この隙間は島津が計算ずくで用意したものであり、全方位から襲い掛かられると防ぎきれないので隙間に誘導することで迎撃ポイントを人為的に作り上げたのだった。
「さァて、地獄の一丁目にようこそようこ、ッてな」
『古いよ、ネタが。あと微妙にマイナーだ』
軽口を叩きつつも、緒賀は両手に持った刀で、島津は頑丈な鉄パイプで、軍隊蟻の進路を塞ぎ息の根を止めていく。
だが倒しても倒しても、仲間の屍の山を踏み越えて次の蟻が襲い掛かって来る。それは下手なホラーよりも余程恐怖や絶望を煽る光景だった。
『さて、いつまで保つかねえ』
比較対象が適切ではないが、緒賀に比べると島津の白兵戦能力はやはり落ちる。致命傷こそ避けているが島津の手足には蟻の牙や爪による裂傷が無数に赤い糸を引いていた。
それに、今は“壁”を作っている火炎瓶の油もいつまでも燃え続ける訳ではない。なるべく時間をかけて燃焼するタイプの油を使っているとはいえ、いつかは炎が消え、その時は全方位から蟻の攻撃を受けることになる。
『燃え尽きた時が、撤退の合図だな……』
戦術的にも戦略的にも、ここで玉砕するのは無駄死にである。それなら一旦退いてリベンジのチャンスを待つ方が良い。
のしかかってきた蟻の顎を鉄パイプで受け止め、前方に蹴り飛ばしつつ、頭の中で撤退ルートの算段を始める島津だった。