4th Stage.(2)銀座戦線
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濡れ透け白ワンピ論争が開戦そして終戦したその翌日、働き始めの月曜日。昭和の日本での活動も2週間目に入り、皆こちらでの生活や戦闘にもそれなりに慣れてきた様子だ。
この日の『東京防衛戦』の任務は中央区銀座の哨戒で、諸事情により島津と緒賀と神野の3人だけが参加している。
実は先週末のパーティリーダー会議では「文京区に行って未実装ボスのアロガント対策に専念したい」という希望を出したのだが、戦力が分散するのを危ぶむ声も多く希望は通らなかった。
会議で纏まった戦略としては「最大戦力をなるべく集中して1区画ずつ確実にボスを叩いていく」方針で進んでいる。
そのような訳で、この週は『東京防衛戦』を中心とした一部の上位パーティ陣がここ中央区、そして『姫様のお茶会』を中心とした別の上位陣が墨田区を、それぞれ重点的に攻略することとなった。
ところでこの二区だと墨田区側が当たりクジで中央区側が外れクジになる。理由は中央区に巣食う侵略者が全て虫タイプで生理的嫌悪が待ったなしだからだ。
それ故に『姫様のお茶会』が主にオペレーター釘屋の強い要望により墨田区担当になり、それに合わせて島津達『東京防衛戦』が銀座区に来ることになったが、パーティメンバーの山路と悠里は同行を拒否して今は基地の食堂で調理班に混ざっているという訳だ。
他の銀座担当パーティも同様の理由で男子オンリーパーティばかりで、ある意味水族館のような様相をしており女子にも大人気な墨田区と比べると華やかさが著しく欠けていると言えよう。
ちなみに、堀井達を含む下位パーティは既にボスを葬った後の台東区と港区で残党狩りに勤しんでおり、戦力レベル毎の棲み分けも着実に進んでいた。
「しかし、オレ達がわざわざパーティ割ってまで銀座に来るなんて非効率的だよなァ」
『効率無視して安全第一で確実に進めたいというのも、作戦としては理に適ってるからなぁ……』
ぼやきつつも襲い掛かってきた巨大なトンボを右手の刀で両断する緒賀に、手元の地図に目を落としてあれこれ書き残しつつ島津が応える。
以前なら宝飾店、時計店、呉服店、寿司屋、高級キャバクラ等が立ち並んだ銀座の繁華街。それが今では蜂の巣や蟻の巣として占拠されており、かつての栄華の名残りが残る鉄塔やネオンや看板にも巨大な蜘蛛が巣を張ってある。
繁殖力や数の暴力が特徴の虫型の敵を効率よく駆除するには、昼間に巣を見つけ出して動きの鈍る夜中に襲撃をかける方が有利なので、こうやって島津は地図に敵が巣を構えているポイントを書き込んでいるのだ。
但し勿論夜は夜で、固くて力も強い巨大カブトムシやら炎を飛ばす巨大ホタルやら全体的に高スペックかつビジュアルが恐怖を呼ぶ巨大ムカデやらが待ち構えているので、弱いパーティには任せられない。
「ん。3人パーティだと心許ない。早めに銀座は攻略して次の区画に進みたい」
「どっかで、夜の、シフト、入れて、ボスも、オレ達で、倒し、ちまうか?」
巨大カマキリと高速で切り結びつつ器用に会話に参加する緒賀。
人間の胴体程度なら簡単に両断できる鎌を左手の圧縮鋼製刀で受け止め、続く攻撃も紙一重でかわしつつ一歩踏み込んで首・即・斬。
撃破ボーナスが350円級の大物だが彼女にとっては世間話しながら片手間で相手できる程度ということのようだ。そして今日もあざとく縞パン……ではなく、先日のショッピングで買ってきたらしい真っ赤な紐パンだった。
『何かに似てると思ったら、あれだ。あの運送会社の飛脚』
「ん? 何の話だ?」
『いや独り言だ気にすんな。それより相変わらず結構なお手前で。そうだな、夜シフトの件はまずはボスのねぐらを確認してから考えよう』
気の無い賞賛を送りつつも、島津達は別の侵略者と戦っていた。高速で飛来し毒針を突き出す殺人蜂を、島津は特注品の超合金製鉄パイプで頭を潰し、神野は手にしたレーザーガンの引き金を引いたまま鞭のようにに薙ぎ払って胴体を切断する。
虫型の相手は体組織が大雑把な造りになっているので火薬式の銃でちまちま撃ってもダメージを気にせず襲い掛かって来る傾向があり、今日は慣れないレーザーガンを使っているのだった。
「ん。やっぱり、反動と硝煙の匂いが無いと物足りない……」
『実弾フェチだねぇ……』
銀色の銃身にパラボナアンテナのような発射口のついた、昭和の科学の粋を集めて造られた光学兵器を眺めつつ、神野がぼそりと呟く。どう贔屓目に見てもコンバット・マグナムよりも取り回しが良く継戦能力も高いハイスペックな武器なのだが、浪漫を刺激するかどうかは別問題なのであった。
「ま、使い慣れた武器が一番だからなァ。新しいからって簡単に別の武器に浮気しちまうと本妻がヘソ曲げちまう」
『ほぅ、だとすると緒賀の単分子刃と圧縮鋼刀はどっちが本妻でどっちが愛人なんだ?』
「はッ! オレは両方等しく愛してるからな! オレみたいな上級者になるとハーレムルートも余裕よ!」
『そっか、まあ頑張れ』
無駄話をしながら、途中現れる侵略者を駆除を続ける島津達一行。やがて中心地に辿りつくと、一際おどろおどろしい蜂の巣が見えてきた。
銀座4丁目、大きな交差点前のとある高級宝飾店――明治や大正の時代から銀座の町並を見守ってきた時計塔を有する、銀座を象徴する建造物。
しかし今は、そこにあるのは巨大な蜂の巣であった。
白亜の外壁は蜜蝋であちこちが黄色く覆われ、整然と並ぶ窓は全て破られて一つ一つが蜂の寝床に改築され、そして最上部に位置する時計塔には姿こそ見えないが強烈な威圧感を発する何者かが潜んでいるのが気配で解る。
『ボスはあの時計塔の中か。ゲームの時と同じようだな』
島津がボスと呼ぶのは、“七つの苦難”の一体、妖蜂サスピシャスのことだ。その宝飾店が高く構える時計台に巣を構え、配下の虫型侵略者を従えて組織的な攻撃を行う難敵である。
その体長は2m程で、凶竜レイジや巨獣グラトニーに比べるとそこまでの巨体ではないがその分素早く、また次々と仲間を呼び戦場に援軍が殺到するため、これまでの二体とは攻略方法が根本的に異なる。
『さて、真っ昼間に奴と戦うのは無謀だ。夜の部に備えて周辺の夜行性の侵略者を狩っておくか』
「おう。それで蜂の索敵範囲は?」
『ゲームと同じなら半径200mだからこのくらいかな。一応安全マージンに20m加えてこのエリアには入らないようにするぞ』
緒賀の問いに島津は、地図上にフリーハンドでやけに正確な円を描く。洗練されたパーティではこういった危険エリアの把握をオペレーターが一手に担っているため、他のメンバーは目の前の戦闘に専念できるのだ。
「ん、待った。あそこ、誰か居る」
『こんなところに誰が……って、あれは!?』
「狭間のおっさんか!?」
宝飾店前の交差点に単身で現れた、狭間と呼ばれたその男――白い学ランを着て突撃銃に銃剣を着剣し腰にサーベルを差した兵士然とした精悍な男は、険しい顔つきで時計塔を見上げるとそこへ向けて銃を狙いを定める。
『まさか、あの蜂の大群に喧嘩を売る気か!? この昼間に!?』
あまりの急展開に普段は冷静な島津も思わず焦った声を上げる。大声を出すと蜂の大群にも気付かれてしまうため急いでHARとの回線を開いた。
『おハルさん! 狭間の奴が暴挙に出ようとしてる。止めてくれ!』
『申し訳ございません~。狭間さんは通信器具をお持ちでないですので連絡が届きません~』
『ああもう! これだから孤高主義者は!』
HAR経由の通信を試みる間にも事態は既に戻れない段階まで進む。狭間の放った銃撃が時計台へと立て続けに突き刺さり、銀座を取り戻す戦いの幕が今開かれた。




