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STO ― 昭和東京オペレーター物語 ―  作者: TAM-TAM
3rd Stage.釘は無慈悲なサークルの女王
13/41

3rd Stage.(4)巨獣グラトニー

▼4


 時間は少し前、この日の昼過ぎぐらいに遡る。


 年の瀬のテレビ番組で正月料理を求める客でごった返すことでお馴染みの台東区アメヤ横丁、通称アメ横商店街……正確にはその跡地。

 まるで山が動いて挽き潰されたかのように破壊され尽くした商店街に、喰い荒された海産物の残骸が瓦礫と共に散乱している。


 約400メートル程伸びたアメ横の通りの中央付近に鎮座するは、“七つの苦難(セブン=トーメント)”の一体、巨獣グラトニー。

 頭部に3本の角を、肩にも1本ずつ突進用の棘を生やした超巨大なサイのような姿をした獣で、“七つの苦難(セブン=トーメント)”の中でも最大級の体躯、体重を持つパワータイプの侵略者(インベーダー)だ。

 その眷属も獣型が多く、攻撃力の高さを除けば大体見た目どおりの攻撃手段しか持たないので慣れたプレイヤーには比較的対処し易い相手だ。


 ゲーム時代では、前後に長いアメ横商店街を横幅一杯使って疾駆するグラトニーの必殺の突進にどう対処するかが腕や作戦の見せ所であった。


『巨獣グラトニー、わたし達で倒すわよ! 日本の未来の為にも!』


 十分な距離を確保して巨獣グラトニーと睨み合うのは、高い実力を持つバランス型パーティである『姫様のお茶会』所属の男子生徒4人であった。オペレーターの釘屋エリザベートは勿論この場所ではなく基地にある部室から音声情報だけを送ってきている。


『大丈夫! わたしがついてるわ! 場所は違えど心はいつも一緒よ!』


 可愛らしい声でテンション高く言い放つ釘屋。ちなみに現場のパーティメンバーは、胸につけている昭和の科学の粋を集めて開発されたバッジを通して映像と音声をオペレーターに送れる仕組みになっている。

「了解、精一杯頑張るよ」と余所行きの返答を送って男子メンバー達は一旦通話機能を消音(ミュート)に。


「ああは言ってるけど、あれは絶対『東京防衛戦(TDL)』への対抗心だよなー。本人は取り繕ってるつもりだろうけど、解り易いもんなー」

「けど、今回の作戦の出所がその『東京防衛戦(TDL)』の“鬼畜女子高生(JK)軍師”ってのは知らないみたいだな」


 佐藤(アタッカー)の悟りきった呟きに後藤(ディフェンダー)が律儀に応じる。


「面白いから暫く黙っとこうぜ。それで頃合を見て爆弾投下してまた変顔リアクションを楽しむ、と」

「やっぱあの辺の顔が本性なのかねえ。俺としては時たま見せる冷たい視線もゾクゾクしてイイんだけど」


 意地の悪い笑みを浮かべる田中(ガンナー)に、危険な性癖を垣間見せる鈴木(ヒーラー)

 そして本人には聞かせられない会話でひとしきり盛り上がった後、再び通話機能を有効に。


「では、これより作戦を開始する。釘屋ちゃんは応援と周辺の状況の監視だけお願いー」

『わかったわ! わたしもみんなの為に粉骨砕身で頑張るから!』


 このパーティでは戦術的な指揮は佐藤(アタッカー)が行うため、オペレーター釘屋の存在意義は第一に応援による精神的な支え、第二に周囲の監視になるのだ。

 『東京防衛戦(TDL)』に比べるとオペレーターが働いていないように見えるが、男の子というのは美少女に応援されると不思議と力が沸いてくるものなのでパーティ全体の戦力の底上げには間違いなく寄与している。


「よし、じゃあ作戦開始だ。……とは言っても最初の方は地味な作業だけどなー」


 そう言いつつ佐藤(アタッカー)後藤(ディフェンダー)の二人がまず恐る恐る巨獣グラトニーに近づいて行き、巨獣から100メートル程離れた地点に道具箱(インベントリ)から大きなブロック肉を取り出して無造作に転がした。

 途端、肉の匂いに反応してぐるる……と地面を震わす程の呻り声を上げるグラトニー。


「……慎重に、慎重に……」


 いつでも跳んで逃げられるように突進に気をつけつつ、ブロック肉を幾つもバラ撒いて、軽やかなバックステップで初期位置の商店街入り口に戻ってくる前衛二人。


「お疲れさん、上手く行ってるようだな」


 鈴木(ヒーラー)が指差す先には、早速その肉に喰らいつくグラトニーの姿があった。この巨獣は“七つの苦難(セブン=トーメント)”の中でも一際食欲が旺盛で、目の前にある肉を食べずに放っておくことができない。


 やがて全ての肉がグラトニーの腹に収まったのを確認し、鈴木(ヒーラー)が押しボタンスイッチを取り出して手をかける。


「じゃあ、リア(じゅう)爆発させるよ。ポチッとな」


 彼がボタンを押した直後、大きな爆発音と共にグラトニーの胴体が膨れ上がった。先程の肉の中に仕込んでおいた爆薬を遠隔操作で爆破させたのだ。

 昔のゲームで剣が通じないサイのモンスターに爆弾を食わせて倒すという攻略法から島津が着想を得た作戦である。


 口から大量の黒煙を吐き出し、商店の残骸を押し潰しながら横向きに倒れるグラトニーであるが、あのレイジをも上回るタフネスを誇るボスなだけあってまだ生きているようだ。


『やった! やったわ! みんな、すごーい!』

「いや、まだだ! これからトドメを刺す!」


 はしゃぐ釘屋を鋭く制すと佐藤(アタッカー)は警戒しつつグラトニーに近づき、単分子(ブレード)の仕込まれた脇差でグラトニーの脚の腱を一本一本切断していく。佐藤(アタッカー)が普段使っている硬化炭素鋼製の刀ではこの巨獣の外皮を切り裂くには不足しているのだ。


「あー、やり辛えー。こんな変態武器で動く敵を斬る緒賀はやっぱりおかしいよなー」


 ぼやきつつも慎重に刃筋を立て、全ての腱を切断して再度仲間の元に戻る佐藤(アタッカー)。この処理をして突進を完全に封じないとグラトニーが道連れ覚悟の大暴走を行う可能性があるのだ。

 ゲーム時代もそれで炎を纏った巨獣に突進されて何組ものうっかりパーティが星になった。


「じゃ、最後の仕上げだ。頼むぞ田中」

「おう。任せとけだぜ」


 最後に、鈴木(ヒーラー)が取り出した20本程の火炎瓶に着火し、田中(ガンナー)が次々と放り投げた。瓶は狙いをあやまたずに全てグラトニーに命中し、可燃性の液体を撒き散らして即座に火が上がる。


 断末魔のような叫び声と共にたちまち紅蓮の炎に包まれるグラトニーだが、脚を動かせずに逃げることも転がることもできない。

 高温の炎は外皮を溶かして肉を焦がし、やがては巨獣グラトニーの命をも焼き尽くす。


 そして、炎が鎮火した頃、巨体は内と外両側から破壊されて真っ黒に炭化していた。


「よし、終わりー。完全勝利でこちらの人的被害はゼロだー。雑魚を掃討しつつ基地(そっち)に戻るから祝杯の準備頼むー」

『わかったわ! やったわね! みんなおめでとう! さあボーナスで何買おうかしら……うふふ。あなた稼ぐ人、わたし使う人。ひゃっほ~い!』

「釘屋ちゃん、心の声が漏れてる」

『あ、今のナシナシ! やり直し! これで日本の平和にまた一歩近づいたわ! でかしたわよみんな! 国中の民がそなた達を褒め称えるであろう!』

「どこの王様やねん」





「……という流れみたいだな」


 妙に臨場感溢れる新聞記事を読み終え、同じく未読だった堀井にも内容を説明し、疲れたように“HAR雑記帳(ハルノート)”をテーブルに置く島津。

 講談調の文体はHAR(ハル)のいつもの執筆スタイルであるが今回は情報提供者釘屋の目立ちたがりな性格もあってか普段の5割増で読むのにエネルギーを消費したのだ。


 なお堀井はその間、手持ち無沙汰だった山路と悠里に二人がかりで髪型を色々いじり倒され、最終的には元気いっぱいのツインテールに収まっていた。鏡に映った自分を見て「こ、これがボク……?」とお約束のリアクションを披露したのは余談である。


「これで“七つの苦難(セブン)”も2体撃破か。思ったより順調だよなァ」

「ゲーム中で撃破経験のある6体は、ある意味前座だろうからな」

「ん。戦闘データが無いのが致命的。暗黒の巨人(アロガント)は情報がもっと必要」


 ゲーマー男子組の緒賀と島津と神野の話題は自然と攻略の方にシフトしていた。

 ゲームみたいに死にながら行動パターンを覚える作戦が使えないため、未知の敵であると同時に最強のラスボスの巨人アロガントに対してどう作戦を組み立てて行くか、島津達のようなトッププレイヤーであれば自然とそこに意識が向いていく。


「できるなら俺らや『茶会』みたいなところは暗黒の巨人(アロガント)対策に集中して、他のボスは中堅どころのパーティに任せられれば楽なんだけどな」

「安定して倒せないと厳しいからなァ。勝率8割でも現実で命懸けの戦闘なら躊躇しちまうだろうし」


 館内新聞(ハルノート)の記事は掛け値なしのグッドニュースであるにも関わらず、今後の展望に不安材料が拭えない辺り、ゲーマーの性というものだろう。


「この話は次のパーティリーダー会議で挙げてみるかねぇ。特に妖蜂(サスピシャス)は『東京防衛戦(ウチ)』と相性が悪いし怪魚(テラー)は俺達が出るまでもない相手だからこの2つだけでも丸投げしておきたいか」

「あ、島津君島津君、会議の時についでに女子トイレの件も言っておくと良いんじゃないかしら? とりあえず男女の人数比的に女子トイレは供給過剰だから一部をネカマネナベ専用トイレにして完全隔離するとか。女子の中には釘屋(くぎゃ)ちゃんの他にも気にする子とか居そうだし。あ、あたしは気にしないけど。むしろ隣の個室でネカマビギナーちゃんが羞恥と背徳感と開放感の狭間で悶えてると考えただけで同人誌(ほん)1冊イケるけど」

「OK。お前さんみたいな変態淑女から純情なネカマを護る為にも議題に挙げておくよ」

「酷い言い草だわ。否定はしないけど」


 悪びれずに笑う悠里をじっとりした目で見やりつつ、島津は堀井に忠告する。


「そういう訳だから、何か困った事があれば相談には乗るがそん時はここの変態1号2号に捕まらないよう気をつけろよ」

「ええー。それじゃあ緒賀君が力の2号ね」

「何だとォ!? なら悠里は力の1号だな!」

「わ、技はどこに行っちゃったんですか……?」

「そもそも、食いつく箇所がおかしい……」

「あはは……えっと、その、今日は助けてくれたり色々教えてくれたり本当にどうもありがとうございました!」


 変態の部分にはあえて触れないことにした。そうして、現状の把握や今後に向けての方針を共有したところで、この日は流れで解散することとなるのだった。



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