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STO ― 昭和東京オペレーター物語 ―  作者: TAM-TAM
3rd Stage.釘は無慈悲なサークルの女王
10/41

3rd Stage.(1)文部大臣

▼1


 “STO”のプレイヤーが昭和の日本に集団転移して4日目、皆少しずつこちらでの生活にも慣れていた。


「おおっ! 凄ェ! 見ろよこれ! 五百円札じゃねーか! 懐かしー! ってか誰だこのダルマみたいなオッサン!」

「“ダルマ蔵相”高橋是清じゃねえか。歴史の授業中何やってたんだよ」


 給料袋を開けてテンション高く吼える緒賀に呆れ声で突っ込みを入れる島津。1ヶ月で元の日本に帰ることとこちらのお金はこちらで使い切らなければならないこととを考慮して、プレイヤー達の給料日は週に2回に定めているのである。


「オレは理系だから社会なんか捨てても良かったんだよ」

「その結果が今の社会不適合者という訳だな」

「社会科を捨てる者は社会から捨てられる……こうやって因果は巡るのですね」


 山路が目元を押さえて嘘泣きをする。だが体格(ガタイ)の良いイケメンがそれをやってもシュールなギャグにしかならなかった。


「それで、何買うー?」


 ウキウキとした様子で問いかける悠里。初日に撃破した凶竜レイジの分を含む侵略者(インベーダー)の撃破ボーナスも合わせると、一人頭で3万円以上になる。昭和の東京では相当な大金だ。


「そうだな、プログラミングできるコンピュータが欲しいところか。今後の作戦のためにも」

「昭和だと個人用コンピュータなんて売って無ェだろ。そんな物より服買おうぜ! 服! セクシーランジェリーにスケスケネグリジェ!」


 島津の言葉に緒賀が反論した。緒賀は元々好きでネカマプレイをしていただけあって、この状況でも「楽しまねェと損じゃん」と開き直っている。

 つまりは初日の夜に早速、学術的な好奇心を満たすために、こう、身体のあちこちに刺激(インプット)を印加し反応(アウトプット)を確認するという学術的な検証作業に学術的に勤しんだりしたのだが、結果は「期待外れ」とのことであった。


 実験から得られた彼女の見解や初日の説明会でのHAR(ハル)の言葉から類推するに、強化人間の肉体は技術的限界によりまだ生物にはなれない、いわば義体のようなものなので、生殖やそれに付随した性的快楽を得られる機能がまともに働かないのだろう。


 尚、この結論に達した2日目の朝の緒賀の絶望ぶりは凄まじく、無念の表情で両手両膝を床につけて悔しさを全身で表していた。そして後ろから縞パンが丸見えで、島津に「みっともない」とお尻を蹴られていた。


 ちなみにそれは裏を返すと例えば島津や緒賀であれば女性の肉体の脳やその他臓器が精神や感情に影響を与える危険性も無い、ということである。

 つまりは肉体に心が引きずられる、というこの手の変身譚にありがちな変化を気にする必要が無い。


 要するに平たく言うなら、戦闘の為に作られた強化人間の肉体なんだから戦闘以外の機能が原因で肝心の戦闘に弱くなったら本末転倒やんけ、ということだ。


「まあ、いつも制服でいるのも味気ないですし、私服も少し揃えましょうか」

「そうねー、着るより着せる方が楽しそうだけど」


 楽しそうに手をぽん、と合わせる山路に、悠里もネカマ2人を見比べつつ同意する。


「自分は、新しい銃、かな。折角だから色々撃ち比べたいし」


 そんな中、相変わらず趣味に生きる神野であった。弾丸についてはわざわざ買わなくても一定量は支給されるのだが、メインで使っている物以外に追加の武器が欲しい場合は生協で申請して購入しなければならない。

 ちなみに生協なら通常より少し安く手に入る。こういう面でも学生の立場は有利である。


 ここで補足すると、集団転移した“STO”のプレイヤーの中には戦闘任務を受け入れなかった者も小数居て、そのプレイヤー達は食堂で給食を作ったり生協で仕入れや販売を担当したりしている。

 荒廃した東京に生身の人間が殆ど残っていないため、強化人間の需要は大きく、無為徒食は許されないのだ。


 島津達『東京防衛戦(TDL)』はと言うと、当然戦闘任務には参加で、その戦闘力故に敵が強いエリアの哨戒を主に任されている。その分勤務時間のシフトは希望が通り易く、大体は朝から夕方までや昼から夜までになっていた。勿論土曜の夜の(サタデー・)ゴールデンタイム(ナイトスペシャル)は死守している。


 ふと、部室の入り口のドアが控えめに音を立てた。来客を告げるノック音のようだ。


「お、来たか」


 島津が立ち上がり、制服の襟元を整え、咥えていたタバコ型チョコを噛み砕いて飲み込む。今日はこの時間に重要人物(VIP)が来室する予定があったので、朝食後このようにパーティ揃って待機してたのだ。

 パーティを代表して島津が入り口に向かい、「どうぞ」と扉を開ける。


「は~い、お待たせいたしました~。みんなのアイドル、HAR(ハル)でございます~」


 きゃるーん。と平坦な擬音を自前の電子音スピーカーで鳴らしつつ、お茶目っぽくポーズを取る着物姿のロボっ娘。それと彼女の斜め後ろに、つやつやした生地の高級スーツに身を包んだ渋いおじさんが居た。

 ついでに護衛を兼ねてる様子の秘書と思われる若い男性が2人付き従っているが、こちらは基本居ないものと思って良さそうだ。


「そして、こちらの方が先程お話しました……」

「あぁ、どーもどーも! はじめまして! 文部大臣の若木(わかぎ)学人(がくと)です。あ、これ名刺ね。それとこれ京都のお土産の生八ツ橋。生ものだから早めに食べてね。いや~、話には聞いてたけどみんな可愛いな~、若いな~、良いな~」


 名刺(縦書き)を配りつつもついでにパーティの皆とぶんぶん握手するフランクな文部大臣であった。


 初日の説明会でも触れたことであるが、島津達プレイヤー陣の昭和(こちら)の日本での立場は“全国高校サバゲー部特別合宿”通称“全サバ特”ということになっており、文部省の管轄である。

 つまり指揮系統の最高指揮官(トップ)が今目の前に居る文部大臣の若木学人ということだ。


「いや~、話には聞いてたけどホント凄いねぇキミ達。早速あの凶竜レイジをやっつけただなんて。あいつ凶暴だし強いし固いしでホント手を焼いてたんだよ。ありがとう! ホントありがとう! 内閣一同みんなにはお礼のしようもないよ! うん。おじさんで出来ることがあったら出来るだけ融通するから何でも言ってみて?」


 ちなみにこの文部大臣。通常モードでこそ気さくなおじさんであるが、キレると無茶苦茶恐いと評判で、過去も国会答弁で野党議員を何人も文字通り泣かしてきた経歴を持つ。しかも第三形態まであるらしい。


「あ、じゃあオレ、ノーパンキャバクラに行ってみたいっス!」

「それは……流石に文部大臣が女子高生連れてそんなトコ行ったりするところをマスコミにスッパ抜かれでもしたら内閣吹っ飛んじゃうから……ごめんねえ、ホントごめんねえ」

「あー、すみません、気にしないで下さい。コイツ戦闘中以外は大抵頭おかしいですので」


 とりあえず島津他3人で緒賀を物理的に片付けておく。尚島津もいくら中身がふてぶてしいおっさんとはいえ社会人なので目上の人が出てきたら口調を切り替えるぐらいの常識は持っている。


「それからね、こっちが本題なんだけど。キミ達がレイジをやっつけたって話は既に暫定首都(きょうと)の方にも広まってて、それで色んなテレビ局がキミ達にテレビ出演のオファーをかけようとしてるんだけどね~……流石に時間無いよねえ?」


 テレビ。携帯電話もスマートフォンもインターネットも、それこそパソコン通信やメールすら無い昭和の日本では情報メディアの頂点にして独裁者とすら言える。そんなテレビに出演することはこの世界の人にとっては非常に大きなステータスだと言えた。

 だけれど……


「テレビ局って、本拠地は今は京都ですよね。行くとしたら往復で丸1日か2日かかりそうです」

「そうですね。それからオファーが来てるという番組の種類にもよりますでしょうか。政治討論と思って出向いたら早着替えして熱湯風呂でしたとか、ちょっと洒落になりませんし」


 慎重な意見を返す山路と悠里。島津も緒賀の方をちらと見て眉間に皺を寄せる。生放送中に出してはいけないものをポロリしてしまう未来予想図が見えた。


「そんな訳ですので、とりあえず今のところは保留にさせて下さい。最も、俺……いや、私達が東京を離れている間に大規模な襲撃があったりして犠牲が出たとかになると悔やんでも悔やみきれませんから、なるべく出演はナシの方向でお願いできましたら……」

「うんうん。キミ達の言いたいことはよ~く判ったよ。じゃあそういう風に伝えとくから」

「すみません。折角のお申し出を」

「いやいやいやいや! おじさんもキミ達をテレビに出すことには反対だったから。だってきっとファンクラブとか出来ちゃうし、そうなると色々面倒臭いし、それに目立てば目立つほど敵も増えてくるし、キミ達にはそういうの気にせずにスカっと戦って欲しいわけよ。応援しかできなくて不甲斐ないけど」

「いえ、それでも、危険な東京に大臣自ら来て下さってありがとうございます」


 島津がサラリーマンライクにピシッと頭を下げるのを、大臣は慌てて手を振って制し、


「そんなそんな! これが仕事だからね。それにおじさんだけじゃなくて内閣一同、キミ達にはホント感謝してるんだから! じゃ、おじさんはこれで。ホントみんな、怪我には気をつけて頑張ってよ!」

「それでは~、次の予定がつっかえてますので~、これで失礼いたします~」

「あ、どうもこちらこそ……って、おハルさんや、もしかして全パーティ回る予定で?」

「はい~。若木大臣のご意向で~、全員に直接ご挨拶をしたいそうです~」


 どうやら各パーティの出撃シフトに合わせつつ一部屋一部屋回っていくようだ。組織のトップとしての使命感か、はたまた若い子に会うのが楽しいのか。


「思ったよりも、良い上司みたいだな」

「そうですね、今の東京に生身で足を踏み入れるなんてなかなかできませんよね」


 新しいタバコ型チョコを取り出しつつ呟いた島本に、どことなく嬉しそうな様子で山路が応える。


「……緊張、した」


 最後に大きく息を吐きつつ、神野が呟いた。



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