1st Stage.(1)集団転移
※昭和91年という架空の歴史設定が舞台になっておりますが、炎上防止のため皇室関連ネタの突っ込みはご遠慮頂ければ幸いです。
▼1
『その日、ゲームが現実となった』
島津はふと、ネット小説か何かで見た覚えのある一説を思い出す。とあるVRMMO――Virtual Reality Massively Multiplayer Online――のアクションゲームにログインしたらいつもより現実感の強い光景が広がっていたのだ。
この時代、VR技術は一般化しており、医療、教育、ビジネス、情報通信等様々な分野で利用されている。
娯楽も例外ではなく、VRを駆使した映画やゲームは既に一般家庭にも普及していた。
島津も“VRボーイ”と呼ばれる主にゲーム用のVR機器を所持しており、電極板を額に貼り付けることでコンピュータネットワークに脳を接続し仮想空間へと入り込んだ、はずだった。
そう。ゲーム用のVR機器はお値打ち価格の分だけ画質も低く、いつもの通りだとポリゴン感の高い建物や人物が出迎えてくれるし、処理の限界やプレイアビリティの面から通常は視覚と聴覚だけでしか仮想空間を感じられないものだが――
今視界に写るものは現実と同等のリアリティを帯びて五感に迫ってくる。
天井の蛍光灯からの光はただの色情報に留まらず、目を瞑っても網膜に刺激を感じ、
息を吸うと無機質な匂いと共に、肺の中に空気が満たされる感触を受け、
白い壁には所々に染みや汚れがあり、単なるゲーム内の障害物に留まらない存在感がある。
「……マジか?」
一見可憐な女子高生に思える容姿からは程遠いぶっきらぼうな口調で呟くと、島津は自分の手を見、自分の身体を見下ろし、そして改めて周囲の様子を見回した。
自分が今居るのは普段このゲームにログインすると転送されるロビーではなく、どうやら会議室のような空間だ。光沢のあるリノリウムの床にパイプ椅子の並べられた、会社の入社式を思い起こさせる光景である。
部屋の中で時折光の柱が立ち、彼女と同じような高校生の少年少女が転送されてくる。中にはゲーム内で何度か話したり協力したりした間柄の人も居た。
「あ、島津さん」
ふと斜め上から声をかけられる。振り向き見上げると長身で金髪の男子高校生が体格に似合わない気弱そうな笑みを浮かべていた。
「おう、山路か。お疲れさん」
片手を挙げておっさんくさい挨拶を返す。
「あの、やっぱりここって、“STO”の世界、なのでしょうか?」
“STO”とは“Seven=Torment Online”の略称で、まさに今日島津達がログインしようとしたオンラインゲームの名前である。昭和91年の近未来の東京を舞台に“侵略者”と呼ばれる外敵を刀や銃で撃破する内容のアクションゲームで、中高年の皆さんに隠れた人気があるが若者人気が薄いためプレイヤー人数が少なく「いつサービス終了するか」とハラハラした気持ちで生暖かく見守られていた。
そんな“STO”がこの週末に、最大にして最後のイベント! という触れ込みで大規模イベントを打ち出してきた為、島津も「ああやっぱり続けられなかったか」と思いつつログインしたのだった。
尚、“STO”の実勢参加人数は全国で約300人と言われており、この会議室に並べられたパイプ椅子の数も横10脚掛ける縦10列をひと塊としてそれが3ブロック分横に広がっていて、椅子の数的にも丁度良い感じである。
「俺も今来たばかりだから何とも言えないが、お前さんの姿見て可能性は高まったな。“STO”で使ってるキャラそのままだ」
そう言うと島津は制服のポケットから二枚貝型のコンパクトミラーを取り出し、片手で器用に開けた。自分の顔を確認した後、山路にも渡す。
「ほら、お前さんも確認するか?」
「あ、すみません……って、島津さんなんでそんな落ち着いてるんですか!? 普通もうちょっとこう、驚くとか慌てるとかしますよね!?」
「良いか、男ってのは誰でも、もし職場にテロリストが襲ってきたらとか、もし街中にゾンビが溢れ出したらとか、もしネットゲームの中に囚われてしまったらとか、そういった事態に備えてシミュレーションを重ねてるもんなんだ」
「それただの中二病じゃないですかーやだー」
容赦の無い言葉で抉ってくるが、山路と呼ばれた少年の方も知ってる相手と出会って軽口を叩けたことで少し緊張が和らいだようだ。
そんな時、部屋の前方、入社式で言うなら社長が挨拶する予定の壇上に、着物姿の女性がマイクで喋っているのが見て取れた。
『皆様~、状況をきちんと説明いたしますのでまずはお静かにお近くの椅子へご着席下さい~』
「あれは、おハルさんだな」
「そうですね。となるとますます“STO”の世界で間違いなさげですね」
壇上の女性は“STO”のゲーム内でプレイヤー達のナビゲーション役だった人型ロボットのHAR-160であった。新しく来たプレイヤー達もHARの言葉に従って次々とパイプ椅子に座り始める。プレイヤーの年齢層が総じて高めなせいなのかこの状況でも大きな混乱は無さそうだ。
そんな様子を眺めつつ、島津と山路も2つ並んだ席へと座る。端から見ると美少女と美少年のカップルに見えなくもないが彼女達はネットゲームのキャラクターなのできっちり“中の人”が存在する。
少女の方はキャラクター名が島津オペ子。ネーミングセンスについてはパーティメンバーからいつも「もっと頑張れよ!」と言われるが本人はもう諦めている。
ネットゲームでは一般的な光景であるが極限までカスタマイズした美男美女が並ぶ中、島津の容姿は「平凡な美少女」「埋没しがちな美少女」という印象だ。要は整っている顔立ちであるがデフォルトで用意されているパーツをそのまま使いまわしてる感が強いため周囲に比べると見劣りするということだ。
肩先まで伸ばしたダークブラウンの髪はやや外ハネになっており、昭和の名残りを感じる太眉。目元もくりっとしていて可愛らしいがそれ以上のインパクトは感じられず、服装も紺のブレザーに赤のタータンチェックスカートなど今の時代では量産型扱いだろう。全体的に個性の無い外見になっていた。
その代わり、名前や外見に費やすべき労力を彼女は全て“声”に費やした。一昔前のアニメのヒロインのような、透明感のある凛とした美声。彼女のパーティ内での役割は情報・通信に特化した『オペレーター』なので声だけは拘り抜いたのである。
ちなみに島津の中の人はおっさんで、いわゆるネカマである。ただ彼女の場合はネカマプレイをしたくて女性キャラを作ったのではなく、オペレーターがやってみたくてその職能に最適なキャラメイクをした結果女性キャラになった、という訳だ。
少年の方はキャラクター名が山路護。女子受けしそうな甘いマスクと声をしている。
金髪に青い瞳で背が高くスマートな外見は、少女漫画に出てくる“王子様”のような印象だ。制服は薄いグリーンのブレザーで見る者に爽やかな印象を与える。
彼のパーティ内での役割は、ジュラルミンや硬化プラスチックでできた大盾を掲げて仲間を守る『ディフェンダー』と呼ばれるもので、パーティ内のダメージコントロールや攻撃役の準備時間稼ぎ等、地味ながら重要な役割を担っている。
尚、中の人はおばさんで、ネカマの対義語としてネナベと呼ばれる人種である。
また、このゲーム“STO”では、プレイヤー同士が一つの“パーティ”を組むことで協力して戦うことができる。ほかのゲームで言うところの“チーム”や“ギルド”に当たるプレイグループだ。
島津と山路は同じパーティに所属しており、他にあと3人のメンバーが存在する。恐らくはこの人ごみに紛れて会場のどこかに居るのだろう。
余談であるが島津達のパーティ『東京防衛戦』(島津命名)は“STO”の中でも最強の一角に数えられる程の実力を持つと噂されており、ゲーム内では比較的有名人だったりする。
それはさておき、やがて、ログインする人の波も一段落して並べていたパイプ椅子の殆どが埋まる。ちなみに“STO”のキャラメイクは外見だけでなく制服のデザインまで自在にカスタマイズできる為、この会議室も予想以上にカラフルで華やかな光景が広がっていた。
『すみません~、お静かにお願いします~。壇上にご注目下さい~』
人の入りが収まった頃合を見計い、HAR-160が笑顔で手を振りつつ壇上に注目を集める。ゲーム時代からそういう一面はあったが、ロボ娘の割にお茶目なキャラだ。
『え~、まずは自己紹介からさせて頂きますね~。ご存知かもしれませんが私は人間ではございません~。文部省と科学技術庁によって科学の粋を集めて造られた、Human Automatically Robotess――HAR-160と申します~。気軽に“ハル”と呼んでくださいね~』
そう言って美しい所作でお辞儀した。